2009年8月23日 (日)

メコン川流域3カ国から余談:総選挙で投票できない・・・

 日本では総選挙に向けて選挙運動が活発であるが、残念ながら私は投票できない。昨年の市長選挙も外国出張のために投票できなかった。

 現行の制度では、選挙公示前に出国してしまうと外国で投票できない。選挙立候補者の公示後は、投票日前の投票ができるが、公示前は投票できない。しかし、これだけインターネットや衛星放送が発達しているのだから、立候補者の確認は外国でも可能である。地元の日本大使館・総領事館でパスポートの提示だけで投票できないのであろうか。

 また、投票結果は、暗号処理した通信衛星回線で日本に送ることは技術的には可能であると想像される。現在は、外国での投票用紙を人間が運んでいると聞いたことがあるが、この航空機費用も税金のムダのように思われる。

 パスポートによって日本出国日が公示以前であることが確認できれば、日本で投票できないことが明らかである。したがって日本と外国の二重投票の可能性はない。パスポートに投票済みの証明をすれば、外国間での二重投票の可能性もなくなる。パスポートがあれば、不正の余地はないと思われる。それに加えて日本の現住所を示す証明書があればよい。自動車免許証・住民基本台帳カードなどをパスポートと一緒に提示する。または長期外国旅行の前に日本居住の市役所で選挙権の証明書を発行してもらう。この証明書とパスポートを提示する。

 国民の投票の権利が奪われたと私には訴訟する時間と費用の余裕はないが、なぜ、以上のように簡単なことが実現できないのであろうか。おそらく理由は簡単である。在外大使館の職員の仕事が増えるからである。今でも忙しいのだから、できれば仕事を増やしてほしくない。そういうことが理由であるとすれば、「公務員」本来の使命を忘れて、自らが「特権階層」と錯覚していることを意味する。こんなことは民間企業ではありえない。最近では私立大学でもありえない。大学教授が高校や企業を訪問して受験や就職の営業することは珍しくない。

 今回の日本の総選挙の争点に「悪しき官僚主義」の撤廃がある。これはベトナムでも同様である。「いくら仕事しても同じ給料だから、仕事は増えないほうがよい」。これはベトナムの国営企業について、これまで頻繁に批判されてきた経営感覚もしくは就業意識である。今のままではWTO加盟後、さらに2015年の「アセアン共同体」成立後の国際的な市場競争に負ける。ベトナム人ビジネス研修において私が常に指摘してきたことである。

 日本の公務員の意識改革は地方自治体から変化しつつあると思うが、まだまだ改革途上とみなされる。私のような投票したくてもできない人間がいるのだから、読者の皆さんには棄権だけはしないでいただきたい。このことを心から訴えたいと思う。

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2009年7月14日 (火)

三重苦はちょっと辛い

 ベトナム訪問前から「五十肩」のようだった。最初に左肩が痛くて、筋肉痛のように思ったが、どうもそうではない。その後に右肩も違和感が出てきた。帰国後には「歯痛」が発生した。さらに軽い「ぎっくり腰」になった。まさに今は三重苦である。

 この中で歯痛の原因は虫歯ではなく、歯の摩耗による噛み合わせ不良ということであった。左右で歯の形状が異なっており、左側が尖っていて痛みが伴うようだ。

 五十肩はだれもが経験し、整形外科で治療すれば治ると聞いた。ぎっくり腰は次第に痛みは軽くなってきた。

 これまでの「疲れ」が蓄積しているのだと思う。こういう場合に、いつも思い出すのは和倉温泉の加賀屋である。「温泉に入ってゆっくりしたい」。最近の『日経ビジネス』によれば、この加賀屋が台湾進出するそうである。

 加賀屋に初めて宿泊したのは30年以上も前である。私が大学生の時であった。金沢市出世員の収納くんと一緒だった。大学の学部1年生の時から彼は親友だったが、大学院生の時に他界した。彼のために遺稿集を出版し、その中で「彼の分まで頑張る」と書いたことを今でも鮮明に覚えている。

 「彼の分」まで頑張ってきたかどうかは証明不能だが、通常よりは少し頑張ったのだと思う。ゆっくり加賀屋で時間を過ごす。身体が辛いときに常に思うことである。

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2009年6月29日 (月)

恐るべき怪作「ふくすけ」を見た:関西大学「学園座」2009年夏公演

 先週の土曜日、関西大学で演劇部「学園座」2009年夏公演「ふくすけ」を鑑賞した。この舞台劇は、松尾スズキ(大人計画)を原作としており、すでに一般公演されている。それを関西大学の学園座が再演した。

 私は、この原作者も作品も知らなかったが、その内容の過激さと大胆さに新鮮な感動を覚えた。ここでは表現できない「放送禁止用語」が連発される舞台は、それだけでも刺激的である。その陰湿で不快な感覚が、あたかも「ギリシャ悲劇」を思わせる母子相姦や親殺しから生じる暗澹たる感情を増幅させる。

 さらに歌舞伎町を舞台にした暴力団と新興宗教の葛藤や、和歌山ヒ素事件を想起させる物語の展開は現代的であり、一般に受け入れられる内容となっている。このような松尾スズキ氏の革新的な発想は、まさに怪挙である。

 それにも増して、関西大学「学園座」の演技力にも感心させられた。特に1年生の部員の熱演には感服である。この作品には異常なまでの狂気=凶器が含まれているが、それを大学生として十分に消化・表現できていると私は思った。

 もう30年も前から私は文学座・劇団民芸などを見てきた。それ以前には母親に連れられて宝塚歌劇を見た。その中で特に故・滝沢修の「セールスマンの死」に歓喜したことは、まるで昨日のようである。

 かなり以前のブログでも紹介したが、アカデミー賞の名優ダスティン=ホフマンがニューヨーク・ブロードウェイで演じた「セールスマンの死」よりも、滝沢修の演技は、その抑制の効いた深い内面的な心理状態の表現においてダスティン=ホフマンを凌駕していた。この両者の演技を比較できる機会を得たことは私の自慢でもあるし、それ以上に鮮明な想い出である。

 今回「ふくすけ」を鑑賞させて頂いて、このような感傷にふけることができた。関西大学「学園座」の一層の発展を祈念して、その感謝の気持ちを表明したいと思う。

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2009年6月21日 (日)

箕面市のカラス騒動:発想の転換は可能か?

 大阪府・箕面市(http://www.city.minoh.osaka.jp/)。私が住んでいる大阪府北部の人口13万人弱の自治体である。有名人として西川きよし・上沼恵美子が在住である。故・みやこ蝶々さん宅はご近所であって、現在は記念館になっている。また故・笹川良一さんの生家も箕面にある。

 かつての西国街道が通り、織田信長が「箕面の滝」を見学したという逸話もあると記憶している。阪急電鉄の箕面線は同電鉄の開業当初から敷設されており、箕面駅の山側には動物園があった。私が小学生の頃は餌付けした「箕面の猿」が有名であったが、現在の猿は野生に返っている。

 この箕面市の阪急・桜井駅の周辺では、最近テレビ局の取材場面を頻繁に見かける。カラスの大群が生息しているからである。このカラスは生ゴミの袋を食い破るし、上空からのフン害もある。このカラス対策は箕面市の最優先課題の一つとなっている。

 現在の対策は、カラスを追い払うことが主眼であるが、それが成功したとしても、そのカラスは別の場所に移動するだけではないか。

 ここで逆転の発想。積極的にカラスを養殖し、カラスの焼き鳥や羽毛の製品開発をする。こんなことを考えるのだが、カラスは一般に不吉な印象を与えている。この発想には、いろいろクリアしなければならないハードルがありそうである。

 それなら全国からカラス退治のアイデアを募ればどうか。カラスの街=箕面市。これは現在は「悪評」であると判断されているが、それを積極的な「町おこし」の手段に利用できないのであろうか。日本のみならず世界から「カラス退治」の専門家を集めて、それぞれの手腕を競争することも面白い。

 最後に今、この文書の文字変換中に気がついたのであるが、「カラス」は「枯らす」に通じる。やはり、その漆黒の姿からの印象は良くない。また荒俣宏『帝都物語』には、故・三島由紀夫がカラスの眼を食べて、市中を徘徊する「霊」を見るという場面が出てくる。カラスの神秘性や不気味さには説得力がある。今後のカラス問題の進展が注目される。

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2009年6月11日 (木)

今日はお休みなさい・・・

 心身ともに今日はお休みです。ただし夏向きに散髪しました。

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2009年5月24日 (日)

最近の訃報に接して:ご冥福をお祈り申し上げます

 私の10年来の友人であるベトナム人・リンさんのお父さんが亡くなった。リンさんが大学生の時から私は知っているが、今は結婚して一児の母となっている。リンさんが日本の会社に就職して、お父さんとお母さんを日本に招待した。その時に京都や奈良をわが家総出で案内した。懐かしい想い出である。

 お父さんに日本食が合わなくてリンさんは苦労していた。一緒に数カ所のベトナム料理店で食事したが、なかなかOKが出なかった。あのお父さんが亡くなったというのは、私にとって感慨深いものがある。娘を信頼して娘の自由にさせた教育方針に確かに私は影響を受けた。また私の名刺を大事にもっていただいて、それをお父さんは私に見せてくれた。何か娘にあった時は頼りにしているという意味であった。

 次いで毎日放送の報道局長であった樺沢さんの訃報を受けた。大阪の千里会館の葬儀は無宗教の音楽葬であったが、薫り高い多数の花束に覆われた葬儀は厳粛であり、かつ心暖まる雰囲気であった。阪神大震災の時に毎日放送(MBS)の報道局長として陣頭指揮を執られたそうである。脚立の上に登ってフロア全体を見渡して総指揮をされたという逸話は目に浮かぶようである。

 樺沢さんと私は、日本ベトナム経済交流センターの理事として一緒に仕事をした間柄である。もっともっとご教示をいただくことがあったと思うのだが、それが実現しなかった。毎日放送を退職後は大手前大学教授に就任されており、これから共通の仕事ができると楽しみであった。享年64歳は早すぎる。同じ箕面市の住人であり、私の出身の箕面第一中学のご近所に住まわれているということだけはお聞きしていた。結局、ご自宅を訪問しないままの別離となった。残念である。5月19日がお誕生日でその前日のご逝去であった。

 韓国の盧武鉉前大統領が自殺したという。ソウル大学出身のエリートが権力をもつのが当然の韓国社会において、前大統領は異質の人物であった。韓国社会の伝統的な常識を打破した人物として私は彼を評価していたし、そういった人物を大統領に選出した韓国社会の民主主義の成熟度を私は彼から実感させられた。

 政治家であるから、当然に反対勢力からの批判がある。しかし盧武鉉氏の人柄に私は好感をもっていた。その晩年の汚職事件は私も残念に思っていたが、周囲の人々よりも彼自身が最も本気で自責の念にかられていたのであろう。韓国の歴史に残る大統領であったと思う。

 それ以前に日本銀行総裁であった速水さんが亡くなった。速水さんは岳父を通して私の勤務先の流通科学大学のご講義をお願いしたことがあった。残念ながら日銀総裁の退任後もご多忙のようで依頼をお引き受けいただけなかったことが残念であった。商社を経験された日銀総裁として異例の人物であったと思う。

 以上、私の誕生日5月20日を前後して何人かの方々が逝去された。私自身の人生を振り返る機会を頂戴したように思う。人間いかに生きるか。死ぬ瞬間まで考えなければならない課題である。皆さまのご冥福をお祈りしたい。

  

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2009年4月 3日 (金)

ゴルフ練習を始める:シューズ2足を履きつぶすまで・・・

 この4月からゴルフの練習を始めることにした。自宅近くのゴルフレッスン場に毎週1回ほど通う。今後3ヶ月間で10回のレッスンを受けることができる。

 次の楽しみは、コースデビューのタイミングである。今年中にベトナムかラオスが目標である。

 今まで何回かゴルフを誘われたが、なかなか練習の時間がなかった。ゴルフクラブのフルセットを岳父から借りているのだが、それに埃がかぶっていた。申し訳なし。

 また、新品のゴルフシューズが靴箱から2足も出てきた。ゴルフを始めると決めてシューズを買って、そのままになって忘れていて、再びゴルフを始めると決めてシューズを買った。最初からゴルフシューズ2足を準備するゴルファーも珍しいのではないか。

 このゴルフシューズ2足を履きつぶすまで頑張ってみよう。大学では新入生の入学式があり、そのゼミ(基礎ゼミ)を担当する。新たな気分に乗じて、私も新しい挑戦である。

 

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2009年2月 3日 (火)

能勢で温泉と「ボタン鍋」を楽しむ:汐の湯温泉

 箕面船場ライオンズクラブと能勢ライオンズクラブの合同例会が、能勢の「汐の湯温泉」で開催された。恒例の「ボタン鍋」が最大の楽しみである。昨年は大学行事のために欠席であったが、一昨年の味が忘れられないでいた。

 「ボタン鍋」と言えば、そのメインの食材はイノシシの肉である。同席した料理旅館「錦亭」のご主人である谷川さん(ライオンズ会員)からお話を伺った。この「錦(にしき)亭」は創業100年になり、やはり「ボタン鍋」が名物である。そのほか「松茸狩」と「クリ拾い」で人気がある。

090203_19410001  猪肉(シシニク)には3種類ある。野生・養殖・イノブタである。猪肉を嫌う人の理由は、その「臭い」である。イノブタは臭いがないが、それは正統の猪肉ではないので除外するとして、養殖の猪肉は臭いのない時期に食肉処理するので、やはり臭いが気にならない。一番美味しい猪肉は野生だが、それには繁殖期のオスの強烈な臭いがある。しかし、そうでない時期は臭いがない。また米やイモを食べる害獣としてのイノシシは、人間に迷惑をかけたのだから、それだけ味はよい。(写真:すでに猪肉の半分は鍋の中。その後に追加した。確かに「ボタンの花」の華やかさがある。)

090203_19420001  この「錦亭」の「ボタン鍋」は味噌鍋をポン酢で食べるそうであるが、「汐の湯温泉」では薄味の味噌鍋を特製の「味噌だれ」で食べる。この「味噌だれ」が絶妙の味である。この味噌は、やはり能勢の名産である「田楽味噌」を使用している(遊留里(ゆるり)が製造販売)。この味噌に、おそらくお酒や味醂が混ぜられた秘伝の「味噌だれ」と、やや甘みがある猪肉が実に美味しい。(写真:参照。)

090203_19410002 牛肉や豚肉と違って猪肉は油が出なくて煮れば煮るほど美味しくなる。コラーゲンがたっぷりということであった。早く食べないと肉が固くなるということは猪肉には当てはまらない。こんなお話を谷川さんから伺った。次は谷川さんの「錦亭」で「ポン酢だれ」を試してみたくなった。「ぜひ家族で伺います」と約束して別れた。こういう出逢いが、ライオンズクラブでは食事以上に楽しい。(写真:猪肉の「石焼き」。これを塩と胡椒で食べる。もちろん「味噌だれ」で食べても美味しい。この「焼き猪肉」は香ばしく、少し歯ごたえがあっても柔らかい食感が新鮮である。)

 なお、夕食前に「汐の湯温泉」に入浴したが、やや赤みがかったお湯は、おそらく鉄分が含まれている。有馬温泉の「金泉」と同様のように思われた。

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2009年1月17日 (土)

少し風邪

 風邪でお休みします。

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2009年1月 7日 (水)

大学の「勝ち組」と「負け組」:経営戦略的な視点

 大学経営について「勝ち組」と「負け組」がある。その基準は何か?

 ます学生の「定員割れ」の有無がある。これは大学の「売り上げ」に直接影響する。大学の「定員割れ率」が基準になるかもしれない。たとえ定員割れしていなくても、大学受験生の全体の減少に対する各大学の受験生の推移を見ればよい。たとえば受験生全体が5%減少しているのに、2%減少なら「勝ち組」もしくは「健闘組」であるし、8%減少なら「負け組」である。

 こういった各種の「経営指標」を用いた大学経営の戦略が必要な時代である。私の勤務先・流通科学大学学長である石井淳蔵先生からお教えいただいた。さすがに日本のマーケティングと流通論の第一人者である。

 私見では、近い将来、大学経営の「再建ビジネス」や「M&Aビジネス」が興隆するかもしれない。大学の事業活動を学問や研究とすれば、その領域は本来グローバルである。学問や研究は世界に普遍的である。そう考えれば、大学の「再建」や「M&A」もグローバルな視点が必要ある。日本と韓国と台湾と米国の大学が連携したり、経営統合したりする。こういった連携マッチングのビジネスは十分に成立すると思う。

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2009年1月 6日 (火)

東京の「お蕎麦」屋さん:同窓生の酒井さんの店

 私の高校生時代の同窓生の酒井さんが、東京で「蕎麦さかい」を開店されています。ぜひとも今年は訪れたいと思っています。同じく同窓生で大阪で開業されている岩田研二郎弁護士からの紹介です。

 http://soba-sakai.com/

 自分が未訪問のお店をお勧めするのはどうかとも思いますが、上記のホームページを見れば、自信をもってお勧めです。それが信頼関係というものでしょう。ともかく「ビジネス=モデル」がしっかりしている。換言すれば、経営理念=長期戦略が確立されている。こういう企業は一般に成功すると思います。

 ただし蕎麦つゆの味は、色が黒くて塩辛い関東風なのでしょうか・・・。私自身、今年も好奇心をもって、元気で仕事に取り組みたいと思っています。

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2009年1月 2日 (金)

瀧安寺に初詣:レトロ感覚

 「ANEetoRI0052DE1.gif」をダウンロード

 阪急電鉄・箕面線の終点、箕面駅。そこから箕面滝までの途中にある瀧安寺に初詣に行った。http://www.nanokaichi.com/ryuanji/index.html

 瀧安寺の少し滝側には山本珈琲館がある。また沿道に位置する音羽山荘は大正時代の木造建築の旅館がる。この両者は、積極的にレトロな雰囲気を「売り」にしている。

 私は中学生時代、この滝道を何度も冬のシーズンに陸上部の練習で走った。雰囲気も想い出も古く懐かしい。以下、写真をどうぞご覧ください。

090102_110201090102_114201090102_110402090102_110203090102_110202 

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2008年12月31日 (水)

大晦日に年賀状を書いています:感謝です

 今年も多数の人々のご厚情を賜り感謝を申し上げます。

 年賀状を書いていますが、とても書ききれません。ご容赦ください。

 この冬休みはカンボジアとラオスについて原稿を書くことになっていますが、拙宅の少しばかりの植木の剪定もしなければならない・・・。でも原稿は頑張ります。

 それにしても、今年も多数の出逢いがあり、多数の勉強をさせていただき、感謝の気持ちで一杯です。こういった勉強の成果を整理・記録し、それを若い人々に教育し、さらに広く一般の人々に伝えることが私の使命なのだと思っています。

 今年一年を振り返って、心からありがとうございました。

 

 

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2008年12月27日 (土)

クリスマス後に残り福がやって来る

081217_185901   少し遅れてクリスマスの写真です。クリスマス前のパーティーや催しは多数ありますが、クリスマス後は皆無です。残り福を以下でどうぞ。恥ずかしいので説明は省略です。

081213_16550001

081217_201201 Concert_2008_dec

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2008年12月 1日 (月)

私の推奨商品を紹介します:米国商品を買おう!

 今年の夏に米国ワシントン州の友人から、BODY SENSE社のNeck Easeという商品を送ってもらった。

 商品名を意訳すれば、「首が楽になる」。確かに夏も冬も使用できて、首や肩が楽になる。ただし、この商品の形状を文書で説明するのは、かなりの文学的な能力が必要である。

 そこで以下のホームページを参照。株式会社アスティを通して日本でも購入できる。 http://www.kireikei.com/bodysence_neckease.html

 現在、この商品は定価の半額になっており、お買い得である。原価に近い価格であると思う。肩こりなどに対して夏は冷指圧、冬は温指圧のような効果がある。ハーブの香りも気分を静める。夏は冷凍庫で冷やし、冬は電子レンジで温めて何度も使用できる。

 この種の商品は、高齢化社会の日本で開発されても不思議ではないと思うのだが、原産国は米国である。米国経済を支援するために米国製品を買う。年末に帰省される人がいれば、お年寄り向けのお土産にも使える。私の推奨商品である。

 ただし、内容物は米に加えてオールスパイス・クローブ・ブラックペッパー・シナモンが含まれている。こういった香りが苦手な人は購入を避けた方がよい。

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2008年11月22日 (土)

どうぞ紅葉を楽しんで下さい

 私の住んでいる大阪府箕面市の紅葉を以下でお楽しみ下さい。パノラマ動画も必見です。

http://www2.city.minoh.osaka.jp/SYOUKOU/kankou.htm

 今日は、余韻をもって終わりです。 

 

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2008年1月 2日 (水)

東京ディズニーランドに行った

 国際ライ080102_11500001オンズクラブの青年交流事業で来日中のビンセント君を連れて、1月1日から東京訪問。2日の朝から舞浜の東京ディズニーランドに行った。私の最初の訪問はかなり前なので、ほとんど覚えていない。

 ジャングルクルーズ、ホーンティッドマンション、スプラッシュマウンティン、スペースマウンティンなどを回った。午後3時からのパレードも見た。礼080102_15140001儀正しい言葉使いの魔女姿が似合う案内の女性に聞くと、通常よりも多めの入場者ということであった。確かに多い。

 スプラッシュマウンティンでは2時間の行列に並んだ。これは苦行であったが、いろいろ人間観察ができて面白かった。ほとんどの人が単独では来ていないから、それぞれの人 間関係を考えた。

 最後のスペースマウンティンは、かなり疲れた。「もうやめて!」 。やや気分が悪くなる。これだけは次回から絶対に遠慮しておこう。

080102_17200001  おそらく、こういう正月は二度と来ないだろう。良い経験をさせてもらったと思う。次は、ディズニーシーに行ってみよう。すっかり若返った気分になった。

 なお、大阪のUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)に比較すると、外国人訪問者に対する配慮が十分にされていた。USJにも英語の地図はあるが、施設内の放送や案内などで英語は皆無である。外国人の観光客を誘致するという観点から、大阪府・大阪市は全面的な再点検をする必要があるだろう。ディズニーランドに来て考えさせられた。

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2007年12月29日 (土)

兵庫県・竹野町と城崎温泉

 12月28日と29日は1泊して、ホームステイ中のマレーシア人の高校生ビンセント君と一緒に兵庫県の竹野町城崎温泉で過ごした。彼は、箕面船場ライオンズクラブとマレーシアライオンズクラブとの間の青年交流事業で来日している。彼のおかげで、久しぶりに温泉三昧の時間を過ごした。

 カニ刺し・焼きガニ・カニみそ・カニしゃぶ・カニすきといったカニのフルコースは、世界共通の絶品である。竹野町の福田屋さんにお世話になったが、夕食のカニを使ったカニ飯が翌日の朝食で出てきて、さらにこのカニ飯をおにぎりにしてもらった。これでもかというほどの「カニ攻撃」のサービスに、こちらは全面降伏である。

 下の写真は、ビンセント君。城崎温泉の源泉の前である。水温は80度を超えており、隣では温泉卵を食べることができる。

 今日か071229_11390001ら正月休みに入った城崎温泉は、多くの人々で賑わっていた。特に若い人の多いように感じた。それに呼応するようにアイスクリームの専門店など若い人向きの店舗も多くなっている。日本のみならず、アジアの「温泉テーマパーク」として、さらなる企画や施策がありうると思う。

 いつもの冬休みはベトナム方面で過ごすのだが、今年はビンセント君のおかげで、家族サービスをすることができた。「すれ違い」の生活が多い子どもとも久しぶりにゆっくり話すことができた。

 さて次は、数年ぶりにスキーに行く。インターネットでスキー講習(英語)のサイトがあり、ビンセント君も熱心で読んでいたが、実際の滑りは果たしてどうか。私は高校生・大学生・大学院生とスキーを続けてきたが、余り上達はしていない。しかし、急斜面に対する恐怖心は克服している。これが、本当は事故になりやすい。年寄りは無理をしないことだ。

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2007年12月24日 (月)

ビンセント君(マレーシア人)のホームステイ

 12月16日~来年1月6日まで、ビンセント君(マレーシア人、16歳)がホームステイしている。国際ライオンズクラブのYE(ユース=エクスチェンジ)事業の一環である。

 これまでに大阪城・道頓堀・姫路城・神戸港・京都(金閣寺・竜安寺・三十三間堂・東寺)などを案内した。神戸の流通科学大学では、私の講義にも出席し、さらに中国人留学生と食事もした。

 ビンセント君は、中国系のマレーシア人で、英語・北京語・広東語・客家語・マレー語を話す。家族とは広東語を話しているそうだ。日本のわれわれとは英語である。

 家族の一員なので、特に気を遣う必要はないと言うものの、できるだけ日本のことを知ってもらいたい。ホストファミリーの父親として、仕事している典型的な日本人を見せなければと思うと、やや緊張する。

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2007年7月25日 (水)

さすがに今日は忙しい

 試験の採点。原稿の執筆。さすがに今日は多忙だ。そうは言うものの、NHKのDVD『ハゲタカ』を見ながらの仕事だ。このDVDの内容とコメントについては、また報告する。

 仕事をしながらDVDを見る。不謹慎なようだが、尊敬する大先輩の故・松井和夫先生(日本証券経済研究所主任研究員を経て、大阪経済大学教授)は、次のように指摘された。「TVを見てるときでも仕事をしているんや」。つまり「常時仕事」ということだ。これは、松井先生からの私にとっての遺訓だ。

 以上、今日は、ここまで。

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2007年7月24日 (火)

梅雨明けの富士山:日本の風景

 午前6時に起床し、いわき駅前から高速バスで福島空港に向かう。いわきベトナム交流協会の副会長・大和田さんが早朝からホテルに迎えに来られて恐縮した。その心配りやお気遣いは大いに勉強させていただいた。その後、関空まで1時間070724_09150001 少し。関空から空港バスで神戸三宮駅前。そして流通科学大学で試験監督を2回。そして大学共同利用施設ユニティで午後7時45分まで「比較企業論」の最終講義。今日は1日フルに働いた。

 しかし不思議に疲れない。関西地方は梅雨明けで快晴。さらに福島から関空の機内から、左手に富士山、右手に浅間山の噴煙が見えた。この爽やかさが疲れを忘れさせてくれた。

 今回初めて日本列島を視察した。その第一印象は、何と山の多い国だろう。そして山々の深緑が目に染み入る。しかし注視すれば、山々の周辺にはゴルフ場が多い。ゴルフ場建設が自然破壊だというようなヤボなことは言わないが、上空から見れば、かなり目に付く。ゴルフ好きの日本人は、空から見ても明白だ。

070724_09570001  上の写真は、福島空港。ラオスのワッタイ国際空港を想起した。右の写真は富士山。かつてバンコックからカトマンズに向かう途中で目に入ったヒマラヤ山脈と重なって見えた。

 航空路は、紀伊半島を海岸沿いに回って和歌山から大阪湾に入り、関空に向かう。エメラルドのようにさまざまに色彩を変化させる海上に白線を流して走る船舶。その背景に入り組んだ入江があり、その奥には紀伊半島の山々が連なっている。この絵は今でも目に焼き付いている。

 以上、日本の自然美を再認識できた。すでに日本は十分に「美しい国」である。この「美しい国」を守ることが重要ではないのか。こんなことを考えながら、まるで子どものように左右の景色を機上から楽しんだ。だから疲れを今日は感じなかった。

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2007年7月19日 (木)

角川春樹さんに会う:北新地みやざわ

 大阪の北新地にある創作中華料理店「みやざわ」で昼に女性4名と会食した。いろいろ仕事には外交活動が必要なのだ。そこで偶然に角川春樹さんに会った。

 この「みやざわ」は、創業当時に利用して、その後も何度かVIPの方々をご招待した。その後にブランド価値が高まり、関西の財界の方々も訪問するようになっているそうだ。オーナー=シェフの宮澤さんは、いつも通りの気さくな人で、それが同店の魅力にもなっている。

 何人かのお弟子さんがおられて、厳しい指導もされていた。お客の前で普通、そういったことはしないものだが、「みやざわ」では不快感がない。お弟子さんの緊張感が伝わり、その後の宮澤さんのお客に対する気さくな語りかけのフォローもあり、それが、この店に特有の雰囲気になっている。

 味は文句なし。贅沢な素材を使った独特で新鮮な味付けだ。フカヒレのスープの味は奥深くて、全身に精気が染み渡るような感覚がする。また最後は、ウニ入りのチャーハンにイクラがトッピングされている。何と贅沢なんだろう。この味は絶妙であり、芳醇な海の香りがする。おそらく最高級のチャーハンだ。

 「みやざわ」は、次を参照。通常の中華料理に満足できない多くの方々にお勧めです。
http://www.cocoalde.jp/feature02/003miyazawa/f_top.html

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2007年7月 8日 (日)

久しぶりの休日

 何週間ぶりに日曜日が休みとなった。そこで、今日は休日。

 そうは言っても、大学の期末試験の問題作成をする。レポートに目を通す。出席カードを名簿に転記する。読みたい論文もある。仕事は山積している。

 限られた時間を有効に使う。しかし寿命を縮めては元も子もない。100歳まで生きるつもりなら、まだまだ時間はある。無理はしないことだ。

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2007年6月18日 (月)

今日は高校訪問:信頼関係の構築が重要だ!

 大学経営にとって、多数の優秀な受験生を確保することは最重要の課題となっている。学生の定員割れは、大学の経営破綻に直結する。それを回避するための高校訪問は、少子化時代における大学存続にとって不可欠な仕事となった。

 今日、大阪を中心にした高校を訪問した。こういった大学の「営業」活動における留意点は、やはり信頼関係の構築だ。高校が、ぜひ何とか推薦入試枠での入学をお願いしたいという希望があるときに、それに大学が応える。そうしておけば、ぜひ何とか受験生を増やしたいという大学の希望があるときに、それに高校が応える。より正確に言えば、高校生自身が、そういった過去の実績を考慮して自発的に大学に受験してくれる。

 このような関係は、一般のビジネスも同様だ。困ったときは、お互いさま。相手のために誠意を尽くせば、それが将来に自らにも帰ってくる。このような信頼関係を構築する。そのためには、目先の利益を考えないで、長期的な視野での利益を追求する。

 たとえばベトナムは、最近になって「中国のビジネス移転先」として注目されるようになった。「第2次ベトナムブーム」は本物であるし、それは単なる一時的な「ブーム」ではないと思う。その「ブーム」に便乗する人々がいる。これはビジネスとして当然だ。

 しかし他方、それほどベトナムが注目されていなかった時代から、日本とベトナムの各種の交流に尽力した人々がいる。これらの人々は、古くからの関係に固執・安住してしまって、現在進行形の急速なビジネス展開に乗り遅れている部分もある。しかし、これらの人々の下積みの努力があってこそ、今日の日本とベトナムの好調な経済関係が存在している。 

 ベトナムに飛びついた最近の人々は、こういった先駆者に敬意を払わなければならない。こういったことに無配慮な日本人および日本企業は少なくないと思われるが、ベトナム人およびベトナム企業は、こういった歴史をより重視していると私は思う。日本よりも儒教主義的な意識が、間違いなくベトナムでは強いからだ。この意識の乖離があるとすれば、日本とベトナムのビジネスにおいて何らかの負の影響が生まれる可能性がある。

 長期的な視野での相互利益を追求する戦略を考える。それが、短期的な利益よりも重要な場合があることを認識する。このようなことを今日は考えさせられた。

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2007年6月13日 (水)

大学における教員評価

 流通科学大学では「教育活性化」として、教員評価が今年度から実施されている。各教員がA・B・Cの3段階に評価され、それぞれ給与に反映される。

 こういった評価は、普通の企業では通常に実施されている。大学だけが例外ではありえない。評価方法は完全ではないので、今後も改善していく。これが推進の論拠のひとつだ。

 頭の中では理解していても、実際に「あなたは??評価」ですという通知を受け取ると違和感がある。特に20歳代・30歳代の若手教員は、どんどん収入が増えなければ生活設計できないだろう。これに対して、子どもが独立した60歳代の教員が同じ基準で評価される。これは変だ。これまでの「年功賃金」には、このように考えれば、正当性がある。

 大学における教育者・研究者には独立性・創造性が要求され、それに応じた自負心があると思う。そういった教員に対して評価を下すことは、その勤務意欲を大幅に衰退させることにならないのだろうか。

 私事でいえば、私は自分自身の「実学」を遂行することで時間と頭が一杯だ。どんなことでも全力を尽くす。それだけのことだ。そう思っていても、なかなか思うようにいかない。時間と能力に制約があるからだ。学生を含めて多くの人々にご迷惑をかけることもある。こういう私自身を評価する? それは評価する側の自由だ。人間は、常に他人から評価されている。これも頭で理解できる。評価を気にしてもしかたがない。しかし正直に言って、その評価が給与に反映するのは愉快でない。お金はみんな欲しいのだ。これは感情の問題だ。他方、実際の切実な生活の問題でもある。

 今後、教員の評価の是非や方法は広く問題にされるだろう。その本質は、論理と感情のジレンマと思われる。頭で理解できても、感情がそれに追いつかない。人間の仕事の意欲は、その双方で決まるように思われる。少なくとも評価の目的は、仕事の改善・向上だ。評価のための評価であってはならない。

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2007年5月30日 (水)

1年に1本のタバコ喫煙:故・松岡大臣の自殺をめぐって

 一昨日の月曜日、松岡・前農林水産大臣が自殺した。その前日に、普段は吸わないタバコを1本吸ったそうだ。大臣は「1年に1本くらい吸う」と同席者に述べたという。

 このセリフは、私も同じに使ったことがある。ゼミの懇親会などで学生の1本をもらい受けて、「先生、タバコ吸うんですか?」という質問に対して、「1年に1本か2本は吸う」と答えた。こういう喫煙の気分はリラックスと開放感だ。しかし最近、この1年に1本か2本の機会がなくなった。

 タバコに対する嫌悪度が強くなったのか、または喫煙したくなる雰囲気がなくなったのか。その理由は自分でも明らかでない。1年に1本程度の喫煙だから、常習性はない。このような喫煙の場合、その喫煙の気分はどのようなものであろうか。大臣の喫煙の心境は、いかようであったか。また私が次にタバコを吸いたくなるのは、どんな状況か。

 「1年に1本のタバコ」。こういう非常習性の喫煙者のためのタバコがあってもよいかもしれない。新しいコンセプトの新商品だ。値段は高くてもよいだろう。また、こういった喫煙者のために健康被害のないタバコがあってもよい。薬草系の「健康タバコ」などは売れると思う。それが今でも未発売ということは、そういうコンセプトの製品化は困難ということなのだろう。

 最後になったが、政治的な疑惑を残したとはいえ、故・松岡大臣のご冥福をお祈りしたい。日本人は死者にむち打たない国民性をもっている。これは浜村淳が朝のラジオで強調していたが、確かにそうであると思う。松岡前大臣は、延々と続く政治の腐敗構造の犠牲者であったとみなすことができるかもしれない。彼の死を無駄にしないためには、そういった汚職・腐敗の根絶をめざすことが正論であると思う。

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2007年5月24日 (木)

3つの禁句:見えた・わかった・知ってる

 昨日、「箕面船場ライオンズクラブ」の27周年記念の例会と懇親会があった。余興でリチャード=シブヤさんのマジックショーがあった。シブヤさんはテレビにも出演経験があるそうだ。軽妙な話術は、さすがにプロだ。

070523_18560001_1   そこで手品の禁句は、表題の3つということだ。「見えた」、「わかった」、「それ知ってる」。さらに最悪は「それ持ってる」。手品のネタを持っているという意味だ。これらは、たとえそう思っても、言ってはダメな言葉だそうだ。

 大学の講義やその他の講演会でも、「それ知ってる」とか「それ見た」は困る。最近、ベトナム経済やベトナム株式に関する講演依頼が増えているが、同じ人が何度も熱心に参加していただく場合がある。このような「上田ファン」には大いに感謝しなければならないのだが、このような場合、「それ知ってる」・「それ見た」ということが多い。これは講演者としては当惑し、申し訳ない気持ちになる。

 残念ながら、同じ演目を何度聞いても魅力があるというような「芸域」に私は未到達である。ただし、かつての私の大学生時代、神戸大学経済学部の故・置塩信雄教授の講義は、何度聴いても魅力があった。低音で抑制された先生の口調は忘れられない。私の漫談のような軽い講義では、何度聴いても楽しいとはならないだろう。

 1度限りの講演における内容構成は、非常に難しい。重複部分がないと、どうしても全体の話がまとまらないのだ。それに比べて講義は、それぞれの部分の講義の積み重ねであるから、話す内容は豊富で多様にすることが可能である。

 講演を重複して聞く受講生の方は、たとえ思っていても、「それ知ってる」・「それ見た」とは言わないでいただきたい。マジシャンのシブヤさんと同じ気持ちだ。他方、そう思っているのは講演者の方だけで、受講生は、以前の話を忘れている場合も多い。「これは前に話したけど、覚えてる?」と講義で質問して、ちゃんと答えることができる大学生が少ないことも事実だ。

 結局、雑念を排して、その時々にベストを尽くすしかない。いろいろ気にしていると、何もできなくなってしまう。受講生のために自然体で話す。これが一番だ。

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2007年5月23日 (水)

国際間・地域間競争の宣伝効果:タレントやキャラクターを起用する

 先日、東京のJETRO本部に行ったとき、その受付の前に日本の各都道府県のパンフレットの英語版・日本語版が並んでいた。これは、JETROに日本の取引先や直接投資070514_11100002 先を相談に来た外国人ビジネスパーソン向けと思われる。このような地域間の競争は、当然であるが、これまであまり注目されてこなかった。

 写真左は、JETRO本部内に設置された都道府県の案内書である。その中には英語版のみならず、韓国語版もあった。

 最近、宮崎県の東国原知事による宮崎県のセールス効果が高いと言われている。宮崎県の物産の売り上げも上昇しているだろう。かつて横山ノック大阪知事も、大阪の「たこ焼き」を宣伝していたが、東国原知事の場合、その活動がより積極的で顕著である。その知事が、今度は韓国を訪問するそうだ。テレビでは、韓国でも日本と同様に「東国原ブーム」が起こるかどうかと指摘していた。おそらく日本のマスコミの取材陣につられて、韓国のマスコミも取り上げるだろうが、日本ほど人気が出るかどうかは疑問だ。韓国でタレント「そのまんま東」は無名だからだ。

 私見では、海外向けの日本宣伝や都道府県の宣伝をするなら、海外に知名度のあるタレントを効果的に起用するべきだと思う。外国人観光客を日本に誘致することが近年は奨励されているが、それに適当な役柄は、けっして安倍首相ではなく、外国に知名度のあるタレントやキャラクターであると思う。たとえば日本政府が、映画「ラストサムライ」の渡邊謙を起用したり、ドラえもんキャラクターを活用すればよい。それは、日本に韓流ブームをもたらした「ヨンさま」や「チェジュウ」と同様だ。

 いくら政治家や外交官が頑張っても、一般大衆に人気のあるタレントの真似はできない。国際的に活躍する日本人がいてこそ、日本は国際的に認知される。そういった日本人を広報に活用することが、日本の国際的な注目度を高めると思われる。

 政府は、日本のコミックが世界的に人気があることに着目している。今後、日本のコミックのキャラクターが世界で活躍することが望まれる。外国向けの日本の文化政策が、ようやく始動したとみなされる。そのことが、外国企業の日本投資や外国人観光客の日本誘致の促進に貢献することが期待される。ドラえもん、名探偵コナン、ポケモン、ゴルゴ13、ケンシロウ、ラオウ。そのほかコミックの人材は確かに日本で豊富だ。 

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2007年5月20日 (日)

校歌の効果:「関大マグマ」に感動した

 流通科学大学には校歌がない。卒業生の作詞・作曲した愛唱歌があり、私はテープを持っているが、あまり最近は歌われていない。

 他方、今日、機会があって関西大学の校歌を聴かされた。また、テレビの東京六大学野球では、早稲田大学と明治大学の試合があり、早稲田の校歌が歌われていた。

 早稲田の「都の西北」は有名だが、関西大学の校歌や応援歌は初めてであった。しかし関西大学の応援のための愛唱歌とも言うべき「関大マグマ」は親しみやすい名曲だ。あのテレビ番組「マグマ大使」の替え歌になっている。私のような年配者は、テレビの「マグマ大使」を思い出すし、その同じ歌を若い大学生が歌うとなると大いに連帯感が生まれる。

 流通科学大学は来年に開学20周年を迎える。これまで何度か校歌を作ろうという試みはあったが、「大学には校歌があるべきだ」というような規定の固定概念を持たないという大学があってもよいという意見もあった。大学という組織に依存せず、個々の学生が最大限の個性を発揮する。こういう大学が日本にあってもよい。いずれにせよ、大学の主役は学生だ。学生が考えればよい問題だと私は思う。

 私は神戸大学の卒業だが、校歌よりも「神大の屋根からノーエ---」という替え歌を覚えている。神戸大学の卒業生が「未来の社長」になって、神戸女学院の卒業生を「奥さん」にするという内容だ。この歌、私が歌ったのは数回だが、今でも覚えている。誰か、一緒に大声で歌ってくれる人がいたら楽しい。要するに校歌とは、年齢を重ねてから若い時を懐かしむためにある歌ではないか。

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2007年5月17日 (木)

流通科学大学・東京オフィス:東京駅から徒歩1分「セピアタワー」を訪問

 5月14日(月)に流通科学大学・東京オフィスを訪問した。東京で知人に会うための待ち合わせ場所に利用するためだ。この東京オフィスは本年4月から開設され、東京駅の日本橋口か070514_14410001ら徒歩1分の「セピアタワー」の9階である。

 同じ階には、関西大学や産業能率大学などの東京オフィスが並んでいる。現役学生が東京で就職活動する場合の情報交換の拠点、同窓生の集合場所、さらに私のような東京出張中の待ち合わせなどの利用が期待されている。
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 写真上は、事務局の木村さんである。流通科学大学の東京オフィスの事務職一般をすべて担当されている。写真下は、会議室である。小さな研究会やセミナーを開催できる広さである。

 ビジネスの東京一極集中が一般に進行中であるから、より活発な就職活動や同窓会活動のために大学も東京の拠点が必要である。流通科学大学は、すでに学士会館の近くに東京オフィスを設置していたが、より利便性のある東京駅にそれを移転した。

 この「セピアタワー」はセキュリティが厳重であり、事前に訪問を連絡し、その後に受付で確認カードをもらうことになっている。訪問される場合は、電話を事前にしていただく必要がある。03-5224-8268。流通科学大学の東京での活動拠点として、私個人としても大いに利用したいと思っている。

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2007年5月13日 (日)

東京出張で考える:東京一極集中化と大阪

 現在、東京出張中である。月曜日に朝から仕事がある。おそらく東京の人々は、大阪を特に意識しないのではないか。大阪は、札幌・仙台・名古屋・京都・神戸・福岡などと同様に、地方都市の一つと認識されているにちがいない。ほとんどの仕事が東京だけで完結することが多いからだ。

 それに比べて、大阪に住んでいると、やはり東京に行かなくては仕事にならない。お金と情報が東京に集まっている。それに反比例して、大阪経済が「地盤沈下」していると言われて久しい。

 ベトナムにも2つの都市がある。ハノイとホーチミン市だ。ハノイは首都であるだけに政府の情報が集まる。何らかの問題で企業が政府に陳情するとなれば、ホーチミン市からハノイを訪問する。他方、経済活動ではハノイよりもホーチミン市が優位であるために、ハノイからホーチミン市に出張しなければならないことも多い。この相互の往来がある限り、両都市は補完的である。その結果、ベトナム航空は儲かる。

 このようにベトナムでは2都市が分業しているように思われるのだが、日本では東京一極集中が進行している。かつての「商都」と呼ばれた大阪は、どこに行ったのだろうか。このような都市の発展過程の歴史的な分析は、おそらく「経済地理学」といった学問領域に含まれる。こういう問題にも、ぜひ私は取り組みたいという気持ちはあるが、なかなか時間がない。やはり100歳まで生きるしかない。

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2007年5月11日 (金)

手と頭が回らない:ご心配をおかけしました

 毎日ブログを書いていて、しばらく空白があると、私の健康状況について、ご心配を頂戴することがある。

 今回の空白理由は、健康不良ではなく、時間不足という由である。ご心配をおかけして恐縮でした。ベトナム現地法人・ロータス証券投資ファンド運用管理会社の仕事が、大学の講義と重なったために、ブログにまで「手と頭が回らない」という状況であった。

 これが30歳代なら無理もできるのだが、50歳代になると、健康維持のために無理できない。どうぞ、ご容赦ください。 

 以後、空白を埋めていきたい。

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2007年5月10日 (木)

結婚記念日

 明日、5月11日は結婚記念日だ。20回目以上になる。最近、結婚記念日をお祝いしてくださるのは、私の所属する「箕面船場ライオンズクラブ」からだけになった。お祝いしてもらうのは何でも嬉しいから、それで満足してしまう。

 しかし今年は、花束を買った。合同会社TETを設立し、昨年度は給与を支払うことができなかったこともあり、申し訳なく思う気持ちもあったからだ。会計処理ソフト『弥生会計』を担当するのは妻である。

 来年の記念日はどうなるか不明だ。それぞれの家庭で記念日を作っておくと、生活に変化があって楽しいかもしれない。当面、弊社の「創立記念日」を作ろう。この日は、会社を休みにして、従業員全員にボーナスを支払うことにしよう。といっても、私を含めて社員2名の零細企業だ。今は、大学との兼業であるが、こういった種を撒いておくと、たとえば定年退職後が楽しみだ。

 人生はいろいろだ。自分の人生を自分でデザインする。これが楽しい。どんなことでもよいので、頭の中で考えているだけでなく、少しの勇気とやる気と弾みがあれば、最初の一歩踏み出すことができる。結婚記念日を前にして、こんなことを考えた。

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2007年5月 4日 (金)

「ダリ展」に行く:個性と創造性の表出

 大阪・天保山の「サントリーミュージアム」で5月6日まで開催中の「ダリ展」に行った。「生誕100年記念」、「創造する多面体」という副題が付いている。個性・独創性・新規性---。こういった才能の表出が「ダリ」だと思う。

 そうは言うものの、初期の写実画の正確な描写は意外であった。ピカソもそうだが、いわゆる前衛的な芸術画家は最初から「ムチャクチャ」ではない。しっかりとしたデッサン力が最初に修得されている。そういう基礎能力があってこそ、その後の個性や新規性が発揮できると痛感した。(芸術と同様に学問も同様だ。)

 「サントリーミュージアム」で入場券を買うのに10分間、さらに入場するために10分間の待ち時間、それに隣接する「海遊館」では最長で「3時間待ち」であった。いつもなら閑散としているのに、さすがに黄金週間である。これほどの顧客動員には驚嘆する。確かに景気は回復しているような気がする。

 おそらくダリは、立体感の把握や描写に優れた才能があったのだと思われる。この意味で、彼がデザインした「家具」は秀逸だ。普遍的な「驚き」や「遊び心」を多数の人々に訴える。他方、絵画は鑑賞者によって評価が分かれるのではないか。「よく理解できない」という「つぶやき声」が入場者の中から聞こえた。

 個性や新規性は魅力的だが、それが長続きする必要がある。そのような工夫がないと、すぐに飽きられる。また、過度に個性的であれば、多くに受け入れられず、特殊化してしまう。経営戦略においても、差別化=差異化戦略は存在するが、特殊化戦略は強調されない。

 特殊化は、それを支持する顧客が少数限定的である。逆に、特殊な分野を一般化・普及させる努力が求められるかもしれない。他方、少数限定であるからこそ「ブランド化」するという現象もありうる。一般に妥協してしまえば、それで個性は終わりだ。そこで「ブランド形成」は中断する。

 ダリの不可解な世界を人々の頭越しに見ながら、以上のようなことを考えた。それにしても、この人出は予想外だった。かなり多数の人々に景気回復が実感されているように思われる。果たして、それは本当か。

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2007年4月25日 (水)

「ライオンズクラブ」のバッジをめぐって

 今日は、箕面船場ライオンズクラブの例会が開催。そのために朝からライオンズのバッジを付けていた。この例会出席はバッジ着用がルールになっていて、忘れると罰金が取られる。そんなこともあり、忘れないように朝から付けることにしている。ただし、この罰金は奉仕活動資金の一部に使用される。

 この奉仕活動の内容について言えば、私が指導している「ラオス清掃ボランティア活動」に支援金を毎年頂戴している。さらに来る5月12日(土)は、「箕面ヴィソラ」(ショッピングセンター)で赤十字社の献血活動のお手伝いをする。いつも私はティッシュ配布して、通行の人々に献血を勧める役割だ。個人的には、かつて英国訪問の経験があるために献血できない状態だ。狂牛病の感染予防が献血禁止の理由である。また上部組織であるライオンズ国際協会では、あのヘレン=ケラーが提唱して以来、眼の不自由な方々に対する手術資金を支援している。
 
 さて、その後の大学で2つの反応。
 A氏:「ライオンズクラブですね。どこですか?」、「へえ、箕面なんですか。」
 B氏:「大学に関係ないバッジを付けてくるのは、どうかと思いますよ。」

 A氏は、ライオンズクラブの活動を知っていて、好意的に対応してくれている。流通科学大学の創設者・故・中内功も、かつてライオンズクラブの会員であった。
 B氏は、ライオンズクラブの活動内容を知らない。そこで、世界最大のボランティア活動の組織であることを説明した。もっとも、それ以前の問題として、個々人のバッジ(=装飾品とみなすとする)について、とやかく言われる筋合いはないと考えられる。

 他方、B氏の指摘が正論という解釈もできる。一般的に考えて、ある職場に別の組織の理念の象徴(=バッジ)を持ち込むことは、職場に働く人々を混乱させることになる。この組織が政治団体であったり、宗教団体であったりすると、それは職場での一種の宣伝活動になるからだ。これは禁止されるべきものであるかもしれない。バッジがよいなら、たとえば何らかのメッセージを書いた衣服やゼッケンも容認されるのか? 確か、このような問題に関する裁判所の判例があったようにも思う。

 いずれにせよ、ライオンズクラブについて、もっと多数の人々に知ってもらいたいと思う。ちょうど偶然に、明日4月26日(木)の『毎日新聞』朝刊ライオンズクラブの広告が掲載される。ぜひ、ご覧になっていただきたいと思う。

 ライオンズクラブ国際協会のHPは、http://www.lionsclubs.org/JA/index.shtml
 日本のHPは、http://www.lionsclubs.org/JA/content/jlions_index.shtml

 なお、私は毎日、バッジを付けているわけではない。例会のある日だけである。そうは言うものの、不審に思う人がいる限り、バッジ着用は控えることにしよう。また私とB氏は、特に「犬猿の仲」ではない。いわば「率直に何でも言える間柄」と言った方がよい。このように大学では何でも自由のように一般に思われているが、いろいろ気を遣う世界でもある。

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2007年4月24日 (火)

前方から後方から?:競争社会を考える

 大阪で開催された昨日の「ベトナム投資セミナー」では、約70名の方々が参加された。座席は前の方から埋まっていった。これに対して大学の講義では、前方の座席はいつも空いている。

 たかが着席の位置であっても、それは個々人の意識の表明だ。観劇や公演では、長い行列ができるほどに前列から埋まる。高い料金を払っても、できるだけ「スター」に近づきたい。前方に着席することが、積極性・執着性・熱中性を示している。

 これに対して、後方に着席する場合が私にもある。少し遠慮して、公演(講演)者を見守るという意識が働く。または、やや客観的に会場全体を眺めるという気持ちを示している。

 大学生を対象にした就職企業セミナーでは、当然、応募者の着席は前方からが望ましい。私が採用担当者なら、後方の着席者の「やる気」を疑うだろう。

 それでは、大学の講義はどうなのだろうか。前方の学生もいれば、後方の学生もいる。さまざまな講義を受ける姿勢があってよい。それぞれの学生に個性がある。古き良き時代の大学の雰囲気だ。

 しかし今年度から、あえて私の講義では、最後方の座席の3~4列を空けるようにして、前方に詰めて着席するように指示している。就職企業セミナーを想定して、積極性をもってほしいという学生教育の一環だ。古き良き時代の大学は郷愁となり、現在の大学は競争の時代となった。その意識を高めるために着席の位置も指示することにしたのだ。

 大学が競争の時代となった背景には、日本全体が競争社会に変貌をとげている状況がある。受験生の減少だけが理由ではない。たとえば奨学金を増やすなどの受験生を増加させる施策が採用されれば、定員割れの大学の出現は回避できるだろう。それが施行されないのは、大学だけが競争に対して「聖域」とは認められない社会風潮があるからだ。

 現在、競争に伴う「格差社会」の出現が社会問題となっている。競争を前提にして、その結果の格差を是正するのか、競争そのものを緩和して格差を是正するのか。この2つの考え方が存在するように思う。

 この選択について結論をだすことは難しい。私見では、競争を前提にした社会の場合、競争という緊張感の中で、かえって今まで以上に人間の絆もしくは親愛・友情、そして家族の結束が強まるのではないか? そのように「プラス志向」で考えることが望ましいだろう。他方、「競争」を前提としない新しい「共創」の社会が望ましいと思うこともある。競争の中で「WIN-WIN」関係を追求するという発想も、一種の「共創」の活動とみなされる。

 古き良き時代を回顧するのではなく、新しい時代を切り拓く。このような意志を持ち続けたい。 

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2007年4月15日 (日)

ダイエー池田駅前店のリニューアル開店:買い物を楽しむ!

 「ごはんがおいしくなるスーパー」・ダイエー(daiei)池田駅前店が、4月13日にリニューアルされ開店した。今日は視察を兼ねた買い物だ。

 ダイエー池田店は、阪急電鉄・宝塚沿線店の中で「老舗」だと思う。私は、母親に連れられて電車に乗って買い物に行った遠い記憶がある。その後も、紳士服・カバンなどファッション製品やメガネ・家電製品などを買ってきた。大阪の北摂地区(池田・箕面・豊能・能勢)には「総合スーパー」が少なく、「ダイエー池田店」は近隣で唯一のショッピングセンターであった。

 その後、幹線道路に沿って専門店が林立するようになった。メガネでは「愛眼」・「ビジョンメガネ」、家電製品では「上新電機」・「コジマ」・「八千代ムセン」、衣料品では「ユニクロ」だ。さらに最近では箕面に映画館「シネマ109」や「カルフール」を備えた大規模ショッピングセンターの「ビソラ」が誕生。「ダイエー池田店」には足が遠のいていた。この経験は、まさにダイエーの低迷の歴史と符合する。ただし紳士服は、専門店の「青山」や「アオキ」も利用したことはあるが、常時1万円の低価格ダイエーを愛用していた。

 再生ダイエーについては、東京・目黒の「ダイエー碑文谷店」を何度か訪問し、その変貌を見てきた。最近の訪問は3月半ば。東京出張中に立ち寄った。1階の食品売り場の改装は顕著だ。特に鮮魚と寿司の専門店は活況だった。また回転寿司の店舗が併設されている。これには驚いた。しかし上階の衣料品売り場は閑散としていた。昔からのダイエーという印象だ。

 これに対して「ダイエー池田店」は全面改装である。何と言っても「ユニクロ」の低価格店「g.u.」(ジーユー)が入居。価格は確かに驚くほど安い。店員には活気があって客数も多い。衣料品売り場に久しぶりに喧噪が戻ってきた。「ジーユー」の隣には「JOINT」も出店。対照的に堅実な品揃え。多様な衣料品売り場となり、買い物を楽しむことができる。

 1階と地階の食品売り場では、什器の高さが低くなり、店内に明るい開放感がある。1階の入り口の右手には「パン専門店」があり、正面には「生花売り場」が目に入る。第一印象として明るい雰囲気を感じさせる。以前は、入り口の正面にサービスカウンターがあり、事務的な感じがした。このサービスカウンターは店舗の奥に移動した。これは、駐車券をもらうために店舗の奥まで顧客を再び誘導する効果がある。その途中で何か買おうということにもなる。

 魚売り場は以前より狭くなり、それだけ「厚み」のある展示ができている。売り場が広くて顧客が閑散としていては、あまり買おうという気が起こらない。「ごはんがおいしくなるスーパー」として食品売り場の改装が特に留意されたようだ。

 率直な印象。なぜ、もっと早く改装できなかったのか? 子どもの頃から生活の一部であったダイエー。再生ダイエーに期待したい。また、さらなる接客サービスの向上が今後の課題であろう。明朗な発声と笑顔は接客の基本だ。それが自然にできるだけの職場環境の整備も考慮されなければならないだろう。以上、私の買い物は、20%引きの紳士靴(Chiyoda & ERICA)と2000円の通勤用カバン。

 なお、どのスーパーに行っても思うのだが、「買い物かご」の商品をレジを通して、再び「買い物かご」に入れて、次に顧客が「買い物袋」に移し換える。この作業の手間を何とかしてほしい。全商品に「ICタグ」が装備されれば、一気にレジを通過できるそうだが、そうしなくても簡便化できるのではないか。レジを通して移し代える「買い物かご」に「買い物袋」をセットすればよい。すでに実施しているスーパーもあるのではないか。また、資源節約のために「買い物袋」の有料化が検討されてよいと私は思う。

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2007年2月14日 (水)

今日は風邪でお休み

 先週は東京2泊出張を含めて休みなし。風邪を引いた。昨日も明日も大学で休むわけにはいかない。そこで今日は休養。あまり食欲がないことを好機にして、食事も減らして体重も減らす。転んでもタダで起きない。「ネアカのびのびへこたれず」。そういうことにしておこう。

 ベトナムの「ロータス社」に電話したら、今日は「忘年会」で職員みんなで昼食は日本料理店に行ったそうだ。旧正月前のウキウキした雰囲気が伝わってくる。

 インベスター=リレーション(IR)担当のTRANG(チャン)さんからは、先生、次に来るときは「お年玉」ですよと言われている。確かに、そう言われれば、「お年玉」を渡すような立場になったのだなあと思う。この「お年玉」、要するに縁起物だから高額は必要ない。5万ドン~10万ドンで十二分だ。それでも10人も渡せば、結構な出費になる。それも楽しいではないか。その代わりに、今度は、「先生の日」にプレゼントをくれるようにお願いしてみよう。花束がてんこ盛りになるかもしれない。

 ベトナムでは、このようにプレゼントを交換する習慣は強く残っている。これを忘れたからと言って、外国人だから許されるだろうが、いつまでもベトナム人には接近できないであろう。かつての日本にあったような濃密な人間関係が残っているので、それに注意しながらベトナムでビジネスをする。円滑なビジネスの遂行にとって、これは重要なことだと思う。

 休憩と言いながら、これだけ書いてしまったじゃないか。もう、「どうにも止まらない」。山本リンダ現象だ。それにしても、古~~い!! まさに中年オヤジだ。

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2007年2月 1日 (木)

東京出張(1月29日)

 今日(1月29日)は東京出張だった。ロータス証券投資ファンド管理会社の仕事だ。

 このような仕事は、勤務先の大学に出張届けは提出するが、費用は会社(この場合は弊社TET)の負担である。弊社・合同会社TETの定款には、「海外の直接投資・貿易・株式投資の促進」という項目があり、その一環として上記のロータス社が設立されたのである。

 今回の東京出張がベトナムに関係する仕事だからと言って、この費用を日本学術振興会「科学研究費補助金」で負担したり、大学の個人研究費で充当したりすることは明確に不適当である。費用負担の厳密な区別は当然である。より一般に、コンプライアンス=法令遵守の意識向上は、企業でも個人でも最近の最優先課題となっている。

 このような意味で、最近の話題となっている東京都石原知事の飲食費乱用は異常だ。これこそ典型的な公私混同ではないか。私見では、石原都知事は勘違いしている。自分がエライから都知事なんだ。または都知事だからエライのだと。石原氏自身は小説家としてエライのだろうが、だからといって都知事になれば、公務員=パブリック・サーバントにすぎない。その重要な職務を果たす対価として給与が支給されており、エライから給与が支給されているのではない。

 いずれにせよ、自分がエライと思い始めると、ろくなコトはない。「稔ほど頭をたれる稲穂かな」。自戒、自戒。

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2007年1月25日 (木)

母の一周忌を迎えて

 母の一周忌だ。この1年は長かったように思う。

 「なぜ会社を作ったの?」と質問されると、その契機に母の他界があると答えている。

 母の死は、頭の上からの「重し」がなくなったような感じがした。本当に自分が自由になったような気がした。また同時に、一人になったような孤独感。本当の独立と自由を獲得したような感覚。それは、ベトナムのように自ら勝ち取るものではなく、やはり母が与えてくれたのだ。私にとって母は、それだけ「重い」「思い」存在だった。

 いろいろな感覚や感情があるのだが、ここで表現することは控えよう。何らかの文章でそれらを定着させるよりも、自らの感覚や感情のままに思いをめぐらせることが、母に対する供養になるだろう。さまざまな思いを整理するのではなく、自然に駆けめぐることが、故人の冥福を静かに祈ることにつながると考えるからである。

 母の死に比べて、父の死は思いが異なる。余り感情的にならない。やはり同性だからかもしれない。このような家族間の感情や心理に関する議論は、心理学や社会学のどこかで行われているのだろうと想像している。そういった分析よりも、素人は自然の思いのままに任せよう。改めて母に感謝の気持ちを贈りたい。

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2007年1月21日 (日)

大学入試センター試験の監督をした

 今日は日曜日であるが、「大学入試センター試験」の監督業務が、勤務先の流通科学大学あった。私の担当は午後の後半、理科②と理科③であった。

 全国一律の試験であるから、公平・公正な実施が当然である。したがって「マニュアル」が重視される。私は性格的に「マニュアル」に従った行動は嫌いだが、このセンター試験は別格だ。試験の『実施要項』を正確に踏襲することが求められる。

 無事に試験業務を済ませたので、ホッと一息である。しかし、たとえば試験終了後に「皆さん、お疲れ様でした」とか「気をつけて帰ってください」とかを言いたいのが人情だが、このセリフは「マニュアル」にないので言わないことになっている。

 「マニュアル」とは、あらゆる状況に対処できなければならない。この意味では、こういった試験官の心情をも反映させた内容でなければならないと思う。ただし仮に、このセリフが「マニュアル」に入れば、感情が伝わらない空虚な言葉だけになる場合もある。それでは受験生に対して失礼だ。

 公平・公正という原則を反映した「マニュアル」さえ厳守すれば、それ以外は柔軟に対応すればよいと思う。もし、この「柔軟な対応」に不都合があれば、受験生に抗議する機会を積極的に提供すればよい。たとえば試験の最後に、「この試験について不公平・不都合・不正などがあると思えば、今すぐに手を高く上げるか、本日午後9時までに試験場本部に申し出てください」という文言を「マニュアル」に挿入すればよい。

 この指示によって「柔軟な対応」は強く規制されるとみなされる。試験官は、今まで以上に緊張すると想像される。しかし少なくとも、試験の最後に「皆さん、ご苦労さまでした」という発言が自由にできるようになる。この発言を不公平とか不正と指摘する受験生はいないだろう。

 以上の発想は、経済活動を政府の規制によって調整するか、市場メカニズムによって調整するかという問題に似ている。前者は、すべてを「マニュアル」で規制する。他方、後者は「マニュアル」を最小にしておき、それ以外は受験生からの抗議発言によって規制する。私見では、後者の方が教育的であると思う。市場の自由化・開放。規制緩和。これらの潮流に合致した方法だからである。 

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2007年1月20日 (土)

今日は休日

 久しぶりに休日だ。

 休日だから、休日にしよう。

 健康管理も重要な仕事だ。

 今日は、以上で終わり。

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2007年1月16日 (火)

自宅で露天風呂の勧め

 小さなベランダや庭があれば、子ども用プールを設置。そこに湯沸かし器からホースを伸ばして、お湯を張る。最初はぬるめにしておいて、身体を横たわらせ、次第に熱くする。そこに入浴剤を入れる。これで露天風呂の完成だ。

 空や雲を眺めて、ゆっくりする。新しい視点で自宅を眺めることができる。できることなら、海水パンツをはかない方がリラックスできるが、それは周囲の状況に依存する。

 自宅の近くに温泉施設があるが、そこの入浴料と比較すれば、水道代とガス代はそれほどもったいなくもない。以上、自宅の露天風呂が最高だ。

 子どもは、父親の奇行にあきれているし、妻はあきらめている。これこそ、アホな大学教授の真骨頂なのだ。次は、雪の降る日が楽しみだ。自宅の露天風呂で雪見酒。これほどの贅沢は、なかなかできない。なお、プールは大き過ぎても小さ過ぎてもよくない。自分の身長に合ったサイズを選ぶ。

 なお、入浴剤の入った残り水を草木に与えることは特に問題ないのだろうか。洗濯の可否は入浴剤の説明書にあるが、そこに草木の散水用の適否は書かれていない。もし草木に障害があるようなら、入浴剤に注意を明記しなければならない。一般にも、残り湯を節水のために散水に使用することがあるだろう。しょうもないことをすると、しょうもないことに気がつく。これもまた、楽しいではないか。

 追伸 入浴剤の中には、以上の注意書きが明記された商品もある。「残り湯には無機塩が多く含まれている」ので、鉢植えや草木には使えないということである。

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2007年1月12日 (金)

東京でホッとする時間:帝国ホテルのロビーにて

 今日は、東京出張。帝国ホテルのロビーでブログを書いている。だからと言って、ここに宿泊しているわけではない。約束の時刻までの「時間つぶし」だ。

 照明を暗くしているが、新聞を読むには不自由しない。柔らかく重厚な雰囲気を感じさせながら、実用にも困らない絶妙の照度なのだと思う。床も絨毯で、より暖かい穏やかな印象だ。さすがに帝国ホテルだ。

 ベトナム出張では、こういった「時間つぶし」に、かつてハノイでは「大宇ホテル」や「メトロポール」を使ったが、最近は走り廻っているので、そういった余裕がなくなった。また大阪や神戸の通常の生活で、ホテルのロビーでゆっくりすることはない。こういった意味で、この時間は貴重だ。

 ホテルのロビーで、その出入りする人々を見ていると、時間の過ぎるのを忘れる。まさに人間観察にとって格好の場所だ。宿泊客よりも、私のような「時間つぶし」や「待ち合わせ」の人々が多いように思う。しかし、そういった人々がいないと、ホテルとしての賑わいがなくなる。名刺交換をしたり、新年の挨拶をしたりして、ホテルから外に向かう。このような光景を見ていると、まさにホテルは人間の出会いの場と言える。

 今日は朝から4社を訪問。今から5社目である。いずれもベトナムの投資ビジネスの話だ。大阪でも同様の話はあるが、どうもスピードが遅いような気がする。東京のビジネスは、その展開にスピード感がある。何かに追い立てられているような焦燥感。それだけ企業間競争も激しく、人間も企業も多いということなのだろう。東京で生き残るのは大変なことなのだと思う。

 この中の1社の女性秘書は、いつも私のブログを読んでいてくれて、わが社も経費節約で「スカイプ」を社内で導入していると言われていた。「スカイプ」を利用した通信経費の削減は、今や常識になりつつあるのかもしれない。

 久しぶりに東京で相対の話を連続して、やや疲れ気味だ。そんな時に、ホテルでゆっくり。ホッとするひと時だ。そうは言っても、ロビーに併設された喫茶コーナーでビールを一杯というわけにはいかない。ベトナムなら、そういう習慣なのだが、ここは帝国ホテル。むちゃくちゃ値段が高いやんか。最後は、やっぱし大阪弁やナ。帝国ホテルで大阪弁。それもエエやんか。

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2006年12月21日 (木)

フランス料理レストラン:グーテは最高!!

 今日の夜は、親しくしていただいているAご夫妻、そして私たち夫婦の合計4名で大阪南の「レストラン・グーテ」で美味しいフランス料理の夕食の一時を過ごした。

 ご一緒したご夫妻、ご主人は「気」を自由に操ることができる武道の達人であり、奥様は日経新聞を常に携帯されている株式投資の達人。この達人ご夫妻、共通のご趣味が「グルメ」と旅行なのだ。

 この武道の達人から、「25年来のつきあいの杉下シェフと美人マダムのあっさりしたフランス料理の店がある」と聞いて、これをお断りするのはもったいないと思った。

 その結果、期待を裏切らない雰囲気と美味だった。この日は「栗のスープ」が特に印象深かったし、柔らかいヒレステーキのソースは絶品だった。前菜のシーフードの野菜巻きは、プリプリしたエビの食感と甘い香りが今も思い出になるほどだ。

 フランス料理と言えば、ワインがつきもの。全席で20名ほどの小さな店にしてはその種類は豊富である。当然ナプキンもパリッとした布製である。

 午後10時を過ぎて、われわれ4名だけになって、杉下シェフからお話を伺った。フランス大使館の職員も来店され、絶賛されて帰られるそうである。そもそもフランス料理は、食器・ワイン・材料・下準備にお金と時間がかかり、フランス宮廷料理が起源だ。それだからこそ、本物のフランス料理はコストがかかり、あまり儲からないということだった。

 杉下シェフの温厚な人柄が味にも反映しているような気がしたし、美人の奥様の笑顔が店内を華やかにしている。このフランス料理店は本物だ。隠れ家的な店なので、あまり多くの人に教えたくないという気がする。

 グーテは、「○●ホテルの××フランス料理」といった名前と格式を喜ぶ人ではなく、本当に美味しいものリーズナブルな価格で食べたい人のための店だ。こういう店を内緒にしておきたいという気持ちは理解できる。だからこそ、インターネット検索してもコメントは書かれていないのだと思う。

 予算は、そこそこの値段のワインを1本飲んでコース料理で1人で1万5千円まで。もちろんメニューはいろいろ。フランス家庭料理のような雰囲気であるが、その味は本物というフランス料理が食べられる。小さな店なので、ぜひ事前に予約の電話をされると良い。

 レストラン・グーテ(goutez):大阪市中央区西心斎橋2丁目4-7 電話:06-6211-5955
 大阪市営地下鉄・御堂筋線「難波駅」から御堂筋西側沿いを北(大阪方面)に100メートル。「スポーツタカハシ」ビルを左折。15メートルほど歩き右側。新福二ビル2階。
 営業時間:11時30分~15時 17時00分~22時30分
 定休日:毎週日曜日、第1・第3月曜日。 

 ホンマにうまかったわ。料理の世界も奥は深いな。

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2006年12月18日 (月)

首が回らん!!

 今日は、首が回らない。寝違えたらしい。

 振り返ってみれば、飲み過ぎた日はあっても、体調が悪い日は1年間でなかったように思う。そこで今日は、ブログはお休み。

 「首が回らん」というと、心配してくれる同僚や友人がいるのだが、それは私の健康よりも、私の事業のことだと想像している。それでも中には、温湿布の貼り薬を渡してくれる人もいる。私の勤務先、なかなか居心地の良い大学なのだ。

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2006年12月14日 (木)

ブログ1周年記念

 1周年を記念して、本日はお休み。

 ちょっと別の仕事で多忙です。

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2006年12月13日 (水)

364回目の感想

 今日は、流通科学大学・情報学部の忘年会だ。大学の先生も忘年会くらいはする。忘れたいことは、人並み以上に山のようにある。

 なお、このブログは364回目になる。ほぼ1年前からブログを開始して毎日連載してきた。最初のブログ読者は、1日30名ほどであったが、今は通算平均90名台。直近では1日150名から200名となっている。

 このブログ連載の趣旨は、やはり学生に対するメッセージだ。故・中内功ダイエー創業者が「理事長からのハガキ」として週1回の割合で学生にメッセージを送っていた。これに対応して、私もやってみようと思った。当時の多忙な理事長が週に1回なら、私のように暇な大学教授なら毎日でも書けると思った。

 これまでのブログの中で、読者数が増える日は、やはり海外現地報告だ。外国のホテルやインターネットカフェから、その場の様子を直接に報告する。これは臨場感があり、読者も興味深いだろうが、私にとっても訪問の記録になる。ビールを飲みながら、1日を振り返ってブログを書く。これは私にとって、新しい楽しみのひとつになった。

 今後さらに、できるだけ新鮮でオリジナルな話題や見解を提供したいと思う。偏見や誤解もあるが、それは時間をかけて検証する課題だ。ご指摘をいただければ幸いである。故・中内理事長が以前に指摘していた。「教授はプロフェッサー。それは、自分の意見を主張する人という意味だ」。以上、ブログ生活1年間の感想である。

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2006年11月 3日 (金)

今日のコメント

 明日は、全国のベトナム人留学生が一同に会する「研究交流集会」が神戸大学で開催される。私は、「5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)のベトナム導入」について報告する予定だが、原稿は未完成である。

 早く準備すればよいのだが、それができないのは学生時代からの私の悪習だ。こんな時に限って、小説を読んだり、映画を見たりして現実から逃避してしまう。

 なお本日、日本経済新聞社が主催する「日経図書文化賞」の受賞図書の発表があった。

 この中に経営学分野の著書が含まれていないようだ。そもそも審査委員に日本経営学会に所属する「伝統的」な経営学者が含まれなくなった。このことは、経営学の衰退と考えるべきなのかどうか。別途に検討が必要な問題である。

 以上、今日は簡単な雑感である。

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2006年10月19日 (木)

今日の出来事:その4

 第1時限目と第5時限が講義。明日は、大阪市・IBPCのベトナムセミナーの講師。ベトナムからズン首相を始めとする一行が来日。東京に連絡。

 明日の講師の準備で多忙。この日もブログ執筆を断念。

 「毎日書く」と宣言していて書かないと、ご心配を賜る場合がある。「ブログが更新されていない。倒れたのではないか? 入院したのか?」

 今後、短くても「今日の出来事」を書いておこうと思う。ご心配をしていただいた皆様に感謝です。

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2006年10月18日 (水)

今日の出来事:その3

 朝から会議の打ち合わせ。午後に講義。その後に教授会。それにFD(教育改善)研修会。

 少し気力を出しかけたが、このブログ管理のメンテナンスのために接続が悪くなっており、ストレス増大。明日の講義の準備もあるーーー。この日もさすがに疲れて、ブログ執筆を断念。

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2006年10月15日 (日)

安倍総理大臣:箕面カルフールに来る

 午前中は、大学のAO入試の面接試験委員。午後は、近くの総合スーパーマーケット「カルフール」前で開催された演説会の安倍総理大臣を見に行った。

Dsc08874  主催者側の発表で1万人の聴衆。大阪第9区・衆議院議員の補欠選挙の投票日22日に向けての街頭演説である。その応援のために、安倍総理と公明党の太田新代表が箕面市に来た。ともかく安倍人気に驚いた。

 この選挙は、自民党(公明党推薦)・民主党・共産党の3候補者の戦いである。私は、「アジアと共に日本が成長する」という主張に最も近い候補者に投票したいと思っている。

 日本の輸出額は米国が最大であるが、第2位の中国、第3位の韓国を合わせれば、その輸出額は米国を上回る。また日本にとって最大の輸入国は中国である。

 以上のような日本経済を現状を考えれば、中国・韓国を始めとするアジア諸国と日本は、より以上に関係を深めることが不可欠だからである。

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2006年10月 7日 (土)

休養日

 今日は、健康管理のためにブログはお休みです。

 なお、この「健康管理」という用語は、JICA(国際協力機構)で使用されている。外国に1年以上派遣された長期専門家は、健康診断などを受けるために強制的に約1ヶ月間の休暇を取らなければならない。健康管理休暇と呼ぶ。そうしなければ、十分に当初の任務が達成できないという趣旨であると思われる。

 大学でも「サバティカルリーブ」と言って、教育現場から離れて、自己研鑽のための自由な時間を提供する制度がある。ただし、この制度を利用するためには、自己申請しなければならない。しかし本来、各自の健康や自己研鑽のためには強制的に休暇を取らせるべきである。それは大学に限らず、すべての労働者の権利とも言うべきものである。

 有給休暇の完全消化。治療から予防医療の充実へ。健康保険制度を今後も維持するためには、予防医療に対する関心がもっと高まってよい。そのために健康管理を十分にする。働き過ぎない。その代わり、高齢化社会だから70歳までは勤務する。

 このような意味で、健康管理休暇という発想や制度は広く適応・導入されるべきである。

 せっかく休養日と思っていたのに、またブログを書いてしまった。これでは休養にならんではないか!!

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2006年7月16日 (日)

やっと終わりました EXHAUSTED!!

 今日、ベトナムの著書の校正が終わりました。ベトナム出張とNHKラジオ出演に加えて、この仕事が連続し、やっと終わってホッとしています。ホッと言うよりも、英語でexhausted しました。

 この本は、ビジネス人向けなので、ちょっと学術書とは勝手が違いました。たとえば図表の下には、出所や資料を必ず記載するものですが、それらは巻末に一覧にされています。また、文書の注はできるだけ添付しないようにされています。これらは出版社の意向です。

 考えてみれば、新聞や雑誌には注が付いていません。それだけ「ナマ情報」ということでしょう。そうであれば、ビジネス書でも「ナマ情報」の臨場感を出さなければなりません。ごちゃごちゃした参考文献や注などに依存せずに、すべてが自分の意見・見聞・データに基づく内容が期待されているということでしょう。これが、ビジネス書の売れる条件のひとつなのかもしれません。

 これまで私の単著は、『企業権力のネットワーク』(1994年、文眞堂)です。これは翻訳書ですが、愛着のある本です。翻訳の善し悪しは、英語力ではなく、日本語の表現力に依存することを気づかせてくれました。この時の初版は1500部でしたが、現在は完売しています。他方、今回の本では、一般の人々に売れる本はどういうことかを考えさせれました。もちろん内容は重要ですが、その表現力も重要ということです。今回の初版は3000部です。

 カナリア書房の担当者・日高さんは、明日の祭日も出勤して校正をチェックしてくれることになっています。私の原稿が遅延したために迷惑をかけたということです。申し訳なく、また感謝です。

 ともかく、このブログから書き始めた「ベトナム情報」が著書になります。7月末までに出版予定です。ぜひ、ご購入ください。

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2006年6月30日 (金)

やっと解放されました

 今日からブログを再開します。

 とりあえず原稿を「カナリヤ書房」に出しました。現在、疲労と解放感を楽しんでいます。

 昨日、以前に注文していたDVD「戦争と人間・3部作」が自宅に着きました。これから、ゆっくり見ます。わが青春の映画です。この映画の紹介は、ブログに掲載予定です。

 空白の日々を埋めながら、ブログを前進させます。ブログ連続は、私にとって「認知症防止」の決め手です。そのように自分で決めたことです。

 いろいろ書きたいことが多数あります。今後とも、ご愛読をお願いいたします。

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2006年5月 8日 (月)

上田義朗セミナー:祝!ブログ連続150日を達成

 昨年の12月20日から始めて、今日で150回目のブログとなる。これほど毎日続けた個人的な日課は今までに経験がなかった。

 たとえば150日間、英語やベトナム語の単語や文章を1つか2つ覚えたら、もっと上手に英語やベトナム語を話したり、読めたりできるだろう。150日間、ジョギングや「ジョーバ」(松下電工の室内用の乗馬マシーン)を続ければ、もっとスマートな体型になっていた。150日間、血圧を計測し続ければ、健康管理の貴重なデータになっていたはずである。150日間、恋人にメールを送り続ければ、絶対に好きになってもらえるか、またはストーカーとして警察から注意されていただろう(注:これは「たとえば」の話である)。

 なぜ150日間継続することができたのか。いろいろ理由はあるが、やはり基本はゼミ学生に読んでもらいたいという気持ちである。自分の先生が何を考えているのか。講義以外では何をしているのか。学生は知りたくないかもしれないが、こちら側としては知っておいてほしい。しかし昨今の学生は昔よりも忙しくて、ゆっくり話す時間がない。それなら、せめてブログを読んでほしい。

 このブログの連続記録が今後何日続くか不明だが、当面は書くことがなくなるまで続けるつもりである。しかしながら何でも書けばよいというわけにはいかない。こちらは氏名と立場を明示しているのだから、それ相応のことを書かなければと思っている。この意味では、本当に書きたいことを書けないということもある。匿名なら、もっと自由に無責任に発言できると思う場合も多い。そうは言うものの、今でも無責任な部分が多々ある。

 ともかく黄金週間の連休も終わり、しばらくは仕事である。おそらく5月末か6月に短期のベトナム出張をしなければならないであろう。夏休み期間中の調査研究の準備が目的である。さあ今日から、気合いを入れて「ネアカのびのびへこたれず」である。

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2006年3月14日 (火)

卒業式

 勤務先の大学の卒業式と、私の子どもの中学校の卒業式であった。いずれも「子ども」の卒業式であるが、勤務先の大学に優先して出席せざるをえない。

 会場となった神戸ポートピアホテルは、これまで流通科学大学の入学式・卒業式では一度も使用したことがなかった。三宮のポートライナーでは多数の学生でにぎわい、切符を買うにも行列という状況であった。通常に使用している新神戸オリエンタルホテルや西神中央オリエンタルホテルでは経験しなかった。

 卒業式の後には「卒業パーティ」が続く。私の学生時代は「謝恩会」と呼ばれていたが、それを私の指導教員は「忘恩会」と皮肉っていた。食事と飲酒をして友人や教員に挨拶して、これまでの「恩」をきれいに洗い流して、新しく社会人になる。ああ、すっきりした。こういう意義も卒業式や卒業パーティにはある。

 私見では、卒業式も卒業パーティも儀式である。その意図や思いは各自でさまざまであるが、そういった行事を経過しないと、次のステップに向けて頭を切り替えできない。このような「通過儀式」は、葬儀も同様である。これについては以前に書いたことがある。

 卒業もしくは修了の次は、連続して新しい出発である。まさに卒業式は、同時に出発式(the commencement)である。卒業生の将来に期待したいと思う。 ともかく「若い」ということは、体力的に無理ができるし、時間的に余裕がある。自己の能力も十分に開発余地がある。

 中内潤理事長が「成功しようと思うのではなく、一生懸命やろうと思え」と卒業生にメッセージを送ったが、確かに至言である。自分の体験から考えても、若い時には成功しようというよりも、当面の仕事や任務に無我夢中であった。一生懸命やれば、その後に結果は自然に付いてくる。卒業生の今後の研鑽に期待したい。私も、同じ社会人になった卒業生に意欲や気力だけは負けないように気合いを入れたいと思う。

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2006年3月13日 (月)

推薦状

 ある学生の奨学金受給申請のための推薦状を書いた。この推薦状、そもそも推薦に値しない学生の場合、それを書くことを承諾しない。したがって、その内容に悪いことが書かれることはない。

 そうであるとすれば、果たして推薦状に意味があるのだろうか。奨学金だから、生活条件の悪い学生(所得水準)と成績優秀な学生を客観的に数値化し、その順位で給付者を決定すればよいのではないか。現在でも、このような方法が採用されていると聞いてはいるが、それならなぜ推薦状が必要なのであろうか。

 外国人が来日する場合、外務省または法務省は保証人または保証機関を要求することがある。その文面は既定であり、その最後にサインをすればよい。奨学金の場合も、同様の方法を採用すればよいのではないか。

 「奨学金を有効に使用することを指導・監督します」といった文章の最後にサインまたは捺印すればよい。こういった方法の方が、推薦状よりも簡単で客観的であると思う。

 推薦状を執筆する先生の所属や職位が、旧国公立大学の場合、有名私立大学の場合、教授と助教授の場合、TVなどの出演する有名教授の場合、これらに格差・相違・差別はないのであろうか。申請する学生もこのことを不審に思っているのではないか。

 より透明性のある説明責任を果たせる奨学金の選考方法が再検討されてもよい。

 

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2006年2月 5日 (日)

マティスの金魚

 大阪市の国立国際美術館で4月2日まで開催中の「プーシキン美術館展」に家族で行ってきた。内容は「モネ・ルノワール・ゴーギャン・マティス・ピカソ---フランス印象派・近代絵画コレクション」である。参照:国立国際美術館 http://www.nmao.go.jp/

 主要な展示物は、縫製業で富豪になったロシア人2人の蒐集した美術品である。マティスやモネ、無名だったピカソといった画家の作品を買い取り、それらは当初個人で鑑賞されていたようだが、ロシア革命後は国有化され、現在はプーシキン博物館とエルミタージュ美術館で公開されている。昨年に岡山県倉敷市の大原美術館に行ったが、やはり大原孫三郎とそのご子息が私財で購入した作品が展示されている。このようにお金持ちの篤志家・愛好家が若い芸術家を支えてきたことは内外に共通している。

 ホリエモン事件の時に「お金の使い方」の問題を指摘した。どのようにお金を使うかで、そのお金の性質と同時に人間性も明らかになるのではないか。余分なお金で豪遊したり、贅沢したりするというのはだれでも考える。そうでない使い方は何か。お金のない今のうちに考えるのが楽しいのかもしれない。

 今回の展示会における目玉となる作品のひとつは、マティスの「金魚」であった。斬新な色彩は目を見張るのであるが、素人目には幼稚園児か小学生の絵ではないかと思ってしまう。この解釈は、時代背景を考える必要があるのではないか。今でも、その色遣いに驚いてしまうのだから、この作品が発表された1912年は、より以上に驚嘆の評価があったに違いない。ちょうど1917年がロシア革命であるから、この作品当時のヨーロッパは政治的に激動の時代である。このような中で鮮烈な色彩は、まさに革命の赤旗を連想させる印象を与える作品であったのかもしれない。

 作品それ自体は普遍的であるが、そこには歴史が埋め込まれている。「金魚」を見て、このようなことを改めて考えた。

 この「プーシキン美術館展」のほかに、国立国際美術館の常設展示がある。その中で興味深かったのは作品というよりも作家についてである。1997年と2002年の作品が並列に展示されていたが、両方とも同じ作品のように思われた。この5年間に作家は何をしていたのだろうか。この間の生活はどうなっていたのか。

 作品を通して作家を考える。このような楽しみを感じさせてくれるのも美術館の楽しみである。同様に筆者も経験があるが、論文のテーマや内容が研究者の研究歴の中で変化することがある。その理由を説明する人もいるし、そうでない人もいる。その変化は、どのような理由であるか。また、数年間に渡って論文発表しない研究者がいる。その間、この人は何をしていたのか。

 芸術家も研究者も、その作品や論文から人間や人間性を考えさせる点で共通している。しかし最近、このように論文を読み込むことが、多忙のために少なくなったように思う。ここでも改めて、日常の反省をすることができた。

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2006年2月 3日 (金)

実るほど頭を垂れる稲穂かな

 筆者の論文やブログに関する最も信用できる評価者は誰かと言えば、それは妻である。彼女は、ベトナムやラオスなどについて筆者が書く文体を「偉そうだ」と言う。大学教員は、偉そうだから値打ちがあり、それと同時にうっとうしく感じられるのかもしれない。このことを自覚することもあるが、常に「偉そう」という評価については素直に反省しなければならない。なぜなら何と言ってもベトナムについては、大先輩の学者やビジネス関係者や友好団体の方々が多数おられるからである。

 さらに筆者は、ベトナムやラオスを話題にして論文を執筆し、それを自らの研究業績としているのだから、それらの国々の人々に対して不遜であってはならない。感謝、感謝の気持ちである。ともかく「偉そうにする」と指摘されたら、自覚がないにしても直ちに謙虚に反省することである。

 妻の父すなわち岳父は、大手総合商社の取締役に就任した20年前に、「実るほど頭の垂れる稲穂かな」という表題の文章を社内報に執筆した。このことは今でも記憶に新しい。さらにその時に筆者自身も自戒しなければならないと思った。

 そうは言っても、けっして筆者が「実った」とは思っていない。人間、死の直前まで成長ではないか。しかし成長しながら衰退する。このような矛盾の存在が人間および生物ではないか。それが自然の摂理ではないか。そうであっても常に謙虚に自ら反省する。それと同時に、前向きに元気に当面の仕事に取り組む。

 大学院生の時の友人は現在、九州の有名大学の教授である。彼は「大学教員は、お坊さんのようである」と述べていた。この意味は、両者ともに生産活動に直接貢献していないが、それなりに尊敬(敬遠?)されているということである。そういう立場の人間は、謙虚であるからこそ尊敬されるのであって、仮に偉そうにしたら逆に批判や反感を招く。

 「実るほど頭の垂れる稲穂かな」。こういうセリフを言えるように、これから何かで「実る」ことを積極的に考えてみたいと思う。謙虚さを忘れずに。

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2006年1月27日 (金)

葬儀の意義を考える

 今、母の葬儀の準備をしている。今日が通夜、明日が葬儀である。基本方針として、参列者は親族と母を直接知っている人々に限定した。筆者の関係で言えば、勤務先の流通科学大学や地元の箕面船場ライオンズクラブから、葬儀参列についてご丁寧な問い合わせを頂戴したが、お断りすることにした。

 母のための葬儀と思っての判断であったが、もはや本人はこの世に不在である。「ご列席いただければ、母も喜ぶと思います」と言って、母の住所録を見ながら何人かの方々に電話をさしあげたが、遺体が喜ぶはずはない。

 一般によく言われるように、故人の生前における人間関係の「節目」もしくは「区切り」として、やはり葬儀は必要に思う。任意に常時会える人間が、2度と会えない人間に変化するのだから、その人間を取り巻く人間関係も変化する。この変化を各人が意識するための通過儀式として葬儀は意味があるのだろう。

 言い換えれば、ネットワークを構成する点が1つ消滅すれば、その位置に依存して影響はネットワーク全体に及ぶこともある。このネットワークの構造変換を明確に認識するために、何かの儀式が必要なのである。これが葬儀の意義と言えるのかもしれない。このような意義は、いわゆる「弔問外交」と言われるような葬儀にも当てはまる。故人が不在になった後のネットワーク再構築が目的である。

 昨年11月に流通科学大学学園長であった中内功氏の「学園葬」があった。その後の12月に日本チェーンストア協会などが主催する「お別れ会」が東京で開催された。葬儀は親族の方々で行われたのであるが、それだけでは中内さんを知る周囲の人々が落ち着かない。何かの儀式がないと、故人不在の状況を共有して認識できない。

 高齢化社会を迎えて「葬儀ビジネス」は有望な事業ではないかと思われる。サービス業の原点として「顧客の立場に立った葬儀」が理想だと思うのだが、葬儀は顧客自身が慣れていないので、どうしてよいかわからないのが現実である。顧客の立場が定まらないから、結局は業者の立場に主導される。今から自分の葬儀については遺言しておきたい。「故人の遺志」として「顧客の立場」を明確化しておきたいと思う。

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2006年1月26日 (木)

母の死去

 1月25日(水)午後10時35分に母(テル)が、享年81歳で他界した。

 2年近い入院の後に、あれほど帰りたかった自宅に母はようやく戻ってきた。8年前の父の死去の時には感じなかったが、兄弟姉妹のいない私にとって、日常では特に会いたいとは思わなかった母ではあるが、その死は精神的に辛いものがある。一昨日と昨日に病室で「ありがとう」と自然に口に出たが、その時に、わずかにうなずいてくれたのが最後の別れであった。

 母とは、北海道を始めとした国内旅行や、台湾・ハワイ・ニューヨーク・ロサンゼルス・サンフランシスコ・オーストラリア・韓国などの海外旅行を一緒にした。これが親孝行かどうかは定かでないが、内心で喜んでくれていたのではないかと思う。当然のことながら、思い出は尽きないが、過去を振り返るよりも、「ネアカのびのびへこたれず」である。明日のことを考えたいと思う。

 このような意味で、今年を私にとって新しい挑戦の年にしたい。

 

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2005年12月21日 (水)

天敵会

12月20日(火)午後6時30分から、大阪北浜で落語を聞いてきました。「天敵会」と言います。

桂歌々志VS桂すずめ(三林京子)の対決という趣向でした。久しぶりの落語で楽しかったです。こういう話術を生かした講義ができればいいなと率直に思いました。

歌々志さんのネタ振りで、大学の落語研究会の最初の出し物がバカ受けして、未だにその壁を越えられないという話がありました。場内は笑い。確かにそうです。私の場合、最初の講義は同志社大学商学部での企業集団論という講義で、500人から600人の受講生の前での第一声の緊張感を今でも忘れることができません。初心に返るというのは重要なことです。

すずめさんの和服は、ご一緒にラオス訪問した時に購入されたシルク生地で仕立てられたそうです。ラオスでの楽しい旅を思い出しながら、お話を楽しませていただきました。

落語については、故・桂枝雀さんのCDを2枚もっているだけですが、今回の演題も買ってみようと思います。古きよき時代の大阪の雰囲気が味わえるように思いました。しかし演題が不明です。すずめさんは「丁稚さんのはかまの畳み方から浮気がバレル話」、歌々志さんは「茶の湯の作法を知らない庶民のドタバタ劇」。どなたか詳しい方、演題をお教えください。

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