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2015年12月14日 (月)

「企業論」講義記録(9):株式持ち合いの批判的検討 (3)

株式持ち合いが「紙のやり取り」という意味は、持ち合いをしている株主は、実際には資金提供していないという意味である。1億円で新株を取得しても、自社の新規発行株式を1億円で買ってもらえる。1億円は環流して、手元には1億円相当の株式が残る。

これに対して1億円を投資した個人株主。本来もらえる配当金は減少する。

株式持ち合いの株主は資金提供なしで1億円分の配当金をもらえる。この配当金は、実際に1億円を出資した個人株主も同額である。

配当金が資金提供に対する利益配分であるとすれば、上記の場合、個人株主は大きな不利益を受けている。換言すれば、株式持ち合いによって個人株主の配当金は詐取されているのである。この「配当金の詐取」を指摘したのは、神戸大学名誉教授の二木雄策教授である。

このように株式持ち合いには、大きな問題がある。しかし現在も株式持ち合いは存在し、また新たに持ち合いが行われている。最近では、任天堂とDeNAの業務提携に伴って株式持ち合いが行われた。一方から他方に対する支配権行使の抑止力という意味なら、双方に緊張感があるが、それが「なれ合い」や「もたれ合い」という「ぬるま湯」に転化することが懸念される。

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