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2015年8月 6日 (木)

「株式相互持ち合い」:再再考

最近の「株式相互持ち合い」として任天堂とDeNAの事例が想起される。これらは「1社対1社」の事例であるが、ここで指摘しておきたい観点は、企業体制(=企業システム)としての株式相互持ち合いの意義である。

直接的・間接的に広範に企業間で株式所有される状況を想起すれば、その中に「株式持ち合い」も含まれることになる。会社が会社の株式を所有する。こういった企業体制は、奥村宏氏が「法人資本主義」と呼んだ。ここでの「法人」とは、事業会社のことを意味しており、機関投資家ではない。この意味で「法人資本主義」は「会社資本主義」と呼ばれることもある。

この会社資本主義の体制では、株主が会社であるから、株主として会社が高配当を要求すれば、回り回って自分の会社の株主である会社からも高配当を要求されることになる。それなら何も言わないでおこうと経営者は考える。

株主として経営責任を厳しく追及すれば、それは回り回って自分の経営責任も厳しく追及されることになる。だから株主として会社を代表する企業経営者は株主総会で沈黙する。

さらに企業経営者にしてみれば、自分の個人資金の株式投資ではなく、あくまでも会社資金の投資である。たとえ少しばかり、さらに言えば大きな損失があっても、自分の懐は痛まない。会社資本主義は、そういうビジネス界の雰囲気もしくは風潮を形成し、それが維持される。

この企業体制が、企業経営の「なれ合い」や「無責任」や「事なかれ主義」の温床となっている。日本の資本主義が新たに活性化するためには、こういった体制の打破が必要である。かつての「村上ファンド」は、その改革の試みであったように思われるが、時期尚早であったのかもしれない。

しかし今や、政府がコーポレートガバナンス改革を経済活性化の手段として推進しようとしている。そして今年になって東洋ゴムや東芝の事件が発覚し、その改革は加速せざるをえない。そうしなければ、日本企業が外国から信用されない時代となった。

この改革を本気で進めるためには、事業法人の株式所有を制限することが提起されうる。そうなると「規制緩和」を進める「ビジネス界の雰囲気もしくは風潮」に逆行する。企業経営者の賢明な判断にゆだねられる問題と指摘しておきたい。

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