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2015年8月 7日 (金)

ロッテ財閥の内紛:「経営の身分化」の弊害

韓国のロッテ財閥の後継者の内紛が報道されている。簡単に定義して財閥とは、家族支配の多角化企業グループのことである。この企業グループに金融機関が含まれると、日本の戦前の三井・三菱・住友に代表される財閥と同等になる。

この財閥の経営問題について、かつて韓国内でも韓国人学者から問題点が指摘されていた。その代表は「経営の身分化」という指摘である。

企業の経営者は本来「経営専門家」として機能的に能力が評価されるべきであるが、財閥の経営者は、経営者の地位が身分として保証されているという批判である。

たとえば投資ファンドであれば、「投資専門家」としてファンドマネージャーの業績が厳しく評価される。経営者も同様であって、企業業績に応じた厳しい評価が株主総会で求められる。それだからこそ高額の報酬を受け取ることが容認される。

こういった評価なしに企業経営者が自らの地位に安住する。これは経済活動にとって経営資源の非効率な使用をもたらす。さらに国家や経済の民主主義の観点から、その政治家や経営者の地位が、その出生によって予め決まることが批判の対象になっても不思議でない。

政治家について言えば、「世襲議員」に対する批判がある。また経営者については、「幼少の頃から『帝王学』を学んできた」というような世襲を擁護・容認するような言葉が根強く存在している。

中小企業ならともかく、株式公開している大企業であれば、その利害関係者は多様多数である。その大部分が認めることは、経営者が高い企業業績を達成することである。この意味で経営成果=企業業績を厳しく評価する制度的な仕組みが求められる。これが、コーポレートガバナンスの重要な改革点である。
・・・・・・企業経営者の報酬が一部公開されるようになったが、それだけでも経営者に緊張感を与えることになる。

株式相互持ち合いの解消を含めて、このような方向に日本企業は変革を求められている。現状は、その過渡期的な段階であると思われる。日本企業はロッテ財閥の内紛を「他山の石」としなければならない。

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