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2015年8月31日 (月)

ベトナムで食べたもの(3):これは別格です

日本ベトナム史上初の合作映画「ベトナムの風に吹かれて」のハノイ試写会の前日に、日本大使公邸の公式夕食会に招待された。映画の完成と試写会にまで至った努力と貢献に対する慰労と今後の激励の意味が込められていると私は理解した。Cimg1454写真は「海の幸の蒸し煮トリュフ風味」。「トリュフの香り」と言われても、初めてなもので何とも・・・。

このお皿に付されている日本国の紋章である「桐紋」は、何と言っても日本人として感慨深い。私は、2001年12月にラオス大使公邸で故・中内功理事長(流通科学大学)に同行し、当時の宮本大使と夕食をご一緒したことがある。それ以来の夕食会であった。

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2015年8月30日 (日)

ベトナムで食べたもの(2):見た目は悪いがOK!

前回の「ヤギ肉」の「締め」は「小粥」であった。個人的には「食べなくても良い」という方針であったから、ホスト役の言うがままである。Cimg1675この小粥、見た目の色は悪いが、味は大丈夫。この色は「小豆」に起因している。ベトナムの小粥(=チャオ)の中には牡蠣・貝・魚肉など多様な食材が入るのだが、この小豆は初めての体験である。

この料理、少なくとも加熱してあるので安心して口にすることができた。見た目の色に惑わされてはいけない。しかし、さらなる「顧客志向」を追求するなら、この色の改善があっても当然であると思われる。

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2015年8月29日 (土)

ベトナムで食べたもの(1):美味しいけどエグイかも?

ハノイからゲアン省のビン国際空港まで1時間弱、ホーチミンの誕生の地ということで、巨大なホーチミン象がそびえる公園を右手にして、ハテイン省に自動車で移動した。Cimg1630翌朝からフォロモサ=ハティン製鉄所(FHS)を見学するためである。その路上で夕食を食べることになり、「山羊(ヤギ)肉」がよいということになった。こういう場合、夕食は不要と断ればよいのだが、案内の中国人(奥さんがベトナム人でベトナム語堪能)やベトナム人運転手のことを考えれば、個人のワガママは許されないと感じてしまう。Cimg1657写真上は、ガラスケースの中につり下げられた「ヤギ肉」を切り取る場面である。この料理は、ちょうど「ロースト・ビーフ」のような外観と味であり、特にクセのある味ではなかった。この肉が一口大の大きさに切られ、それを薬味・香草野菜と一緒に葉っぱに巻いて食べる。

ヤギ肉と言えば、ホーチミン市で炭火の「焼き肉」として何度か食べたことがあるが、このような料理は初めて。その後のお腹の具合も悪くなく、この料理をアテにして、地元ビール「フューダ」を飲めば気分は地元ベトナム人である。

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2015年8月28日 (金)

初めての経験:午前1時の新宿駅

新宿から品川まで最終の山手線に乗った。試写会とシンポジュウムが終わって懇親会があったのだが、その後の記憶がなくてホームに立っていた。Cimg2060品川から東京までタクシー。ハノイ試写会が18日、その後にハティン省に2泊してから、23日に大阪に帰国。そして25日が東京試写会。めまぐるしい日々が続いたが、ようやく一息入れることができる。

ハノイと東京の映画試写会は、総じて大成功であったと思う。60歳の還暦になって初めての経験である。年齢に関係なく「青春」を謳歌できる。これは映画「ベトナムの風に吹かれて」のテーマでもある。

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2015年8月27日 (木)

東京試写会:ベトナムの風に吹かれて

8月25日(火)に東京・新宿の明治安田生命ホールで映画「ベトナムの風に吹かれて」の「シンポジュウム付き試写会」が開催された。ハノイ試写会に続く国際交流基金の助成を受けている。

参照 http://eigajoho.com/?p=32198

この映画シンポジュウムの鮮明な写真と内容は上記で紹介されているので参照してほしい。写真上は、シンポジュウムの様子を私の座席から撮影。Cimg2053ベトナムの大先輩の方々を個人的に「関係者枠」で本試写会にご招待した。その中でも1999年6月に開催した「日本ベトナム親善サッカー試合」でお世話になった方々との再会は何よりも嬉しかった。

この親善サッカー試合では、Jリーグ関西4チームの若手選抜チーム(Jー関西)が、ハノイではハノイ公安、ホーチミン市ではナショナルチームと対戦した。この時の開催にご協力を賜った富士電気工事(現在、富士古河E&C)の関澤さん夫妻、当時、東京銀行ホーチミン支店長の今平さん、それにホーチミン総領事であった林さん夫妻と再会することができた。

この親善サッカー試合は、日本ベトナム経済交流センターが主催し、毎日放送や毎日新聞によって報道された。当時のベトナムは「アジア通貨危機」の直後で外国投資は冷え込んでおり、現在は活況の「タンロン工業団地」はガラガラの入居状態であった。そういう不況期だからこそ「スポーツ交流」しようという趣旨で企画された。今となっては16年前の遠い思い出になってしまった。

これに対して映画は、松坂慶子・草村礼子そして大森一樹監督の主要な映画として、また日本ベトナム初の合作映画として歴史に残る。これだけで私は達成感があるが、プロデューサーとしては映画の大ヒットまでの責任がある。いよいよ9月26日の新潟で先行上映。これからが勝負である。

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2015年8月26日 (水)

ハノイ試写会:写真を公開(続)

映画「ベトナムの風に吹かれて」について、私はエグゼクティブ=プロデューサーとなっており、映画製作委員会の幹事の役割もしているが、映画製作については素人である。しかし「ベトナム好き」と「映画好き」であることは間違いなく、その結果、この映画が実現した。Cimg1512写真上は、ベトナムを代表する俳優、チャン=ニュオン(Tran Nhuong)である。日本で言えば、松平健とか高橋英樹のような俳優らしい。彼の演技について、大森一樹監督は絶賛していた。こういった意見交換ができることこそ合作映画の効果であり、両国の芸術文化交流の具体的な表出である。Cimg1460写真上は映画館内の様子であるが、そのポスター掲示や演出はベトナムも日本と遜色ない。また、写真下は映画試写会前のインタビューのための舞台である。Cimg1476ここで撮影された写真が、19日早朝のNHKニュースや新聞報道にも利用された。私はこの席に並んでも良かったのだが、協賛企業など招待の皆さんの「受付」をしていた。少し残念な気持ちもするが、映画「素人」が出しゃばるのも顰蹙(ひんしゅく)を買うだろうとも思う。

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2015年8月25日 (火)

ハノイ試写会:写真を公開

8月18日に開催された映画「ベトナムの風に吹かれて」のベトナム試写会の様子について、いくつかの補足写真を掲示しておきたい。Cimg1479写真上は、ハノイの「ランハ87」に位置する国立シネマセンター。約400の座席がある。スクリーンに向かって左手が日本側200席、右側がベトナム側200席と割り振ったが、ほぼ日本側は80%埋まっている。写真上の後方である。これに対して手前のベトナム側は空席が目立った。これは平日の午後3時という事情があると思われる。また出席の確認をとっておらず、ただ招待状をばらまいたという事情が想像される。Cimg1499この映画、日本側の「招待枠」で来場したベトナム人には好評であった。「良い映画をありがとう」「ベトナム人と日本人は感覚が似ている」「泣いてしまいました」「なかなか良かった」というような感想であった。

写真上は、試写会後の懇親会で「ベトナム日本友好協会」ビン副会長とご一緒した時である。「日本ベトナム友好協会」創立60周年記念で東京に来られており、その時にも私は映画製作について協力をお願いした。その映画を実際お見せできて感激である。

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2015年8月24日 (月)

「テロとの戦い」と「民族独立運動の弾圧」の相違は?

20世紀に存在した「植民地」といった国家統治の形態は、今日もはや国際社会が許容しない。民族や国家の独立は、人類が維持・追求すべき普遍的価値であると考えられる。この「普遍的」という意味は、普通の現代人なら常識的に考えて否定できないという程度の簡単な内容でも議論に支障はない。

それだからこそ、民族の「独立運動」に対する「弾圧」や「鎮圧」は国際社会から批判の対象となる。ただし、弾圧・鎮圧する側から見れば、この「運動」が暴力的・軍事的になれば、それは「テロ」とみなされる。2001年9月11日以降、米国が主導する「テロとの戦い」は、広く容認される風潮が世界に形成された。

他方、かつての「ベトナム戦争」は、当時の南ベトナム政府や米国から見れば、現代的には「テロとの戦い」であって、それを口実にして米国や韓国はベトナム派兵した。しかし現在の定着した歴史評価から言えば、それはベトナム民族の独立と統一運動に対する弾圧・抑圧とみなされる。

ここでの問題は、上記の「テロとの戦い」と「独立・統一運動の弾圧・抑圧」の区別、または定義は何か。どちらも軍事力が伴う場合、その区別は難しいように思われる。しかし共通して言えることは、できうる限りの非軍事・非暴力が、運動側と抑圧側の対峙する双方において追求されなければならない。それが過去の教訓を学んだ現代人の「智恵」であろう。

このような観点から「ベトナム戦争(=ベトナム人は「アメリカ戦争」と呼ぶ)」の検証は、今でも重要な課題である。もちろん、その後の「アフガン戦争」や「イラク戦争」等も同様である。これらに日本が関係しているだけに、研究者のみならず、日本政府としての教訓が導出されるべきである。それが、今日の国会審議における日本の安全保障政策の策定にも貢献すると思われる。

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2015年8月23日 (日)

ハノイの喫茶店でも掲示:ベトナムの風に吹かれて

ハノイで私が朝食後、時間があれば訪れる近くのコーヒー店がある。WIFIが当然使用できるので、メールのチェックもできる。また「カフェ=ダー、コホン=ドゥオン」(砂糖なしのアイスコーヒー)という注文も決まっているので、私を見たら、ほっといても出てくる。1杯が18,000ドン。Cimg1625このに映画「ベトナムの風に吹かれて」の大型ポスターを掲示してもらった。次回、ベトナム語の解説チラシを追加で貼ってもらおう。すでに、このポスターを見て問い合わせが、ベトナム人や日本人から多数あったそうだ。

日本とベトナムの合作映画だから、両国の公開も同時期である。ベトナムでは最初にハノイで10月11日~20日に市内の2劇場、その後、ホーチミン市やハイフォン・ダナンで順次上映の予定である。日本は新潟の先行上映が9月26日から、その後に東京・大阪・福岡が10月17日からである。

日本とベトナムの同時進行の上映。文字通りの「合作映画」の証明である。

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2015年8月22日 (土)

大阪ベトナム総領事館で掲示:「ベトナムの風に吹かれて」

10月17日から大阪で上映される映画「ベトナムの風に吹かれて」のチラシが、関西の上映劇場である「なんばパークス」に設置されている。

また下記のように、大阪ベトナム総領事館の領事部も掲示されている。

20150807_143024a_2
映画撮影が完成し、次に観客をいかに集めるか。作品それ自体には自信があっても、それを多数の人々に見て頂かなければ、その作品は失敗となる。映画も通常のビジネスと同様である。

これまでの広告宣伝の手段は、チラシやポスター、それにテレビのスポット宣伝、それに新聞広告であったが、これからはFACE BOOKなどSNSが主要な広告宣伝の手段となる。

しかし、こういった情報媒体は、本映画の主要なターゲットとなる中高年層の観客に余り使用されない。ここが問題である。そうは言うものの、こういった「大人の映画」があることを、何とか多数の人々に知ってもらいたい。

この意味で、「ベトナムの風に吹かれて」は新しい観客セグメントに向けた新しい映画である。そのための広告宣伝は、主演の松坂慶子さんの「メディア露出」に依存するだけでなく、何か新しい工夫が必要かもしれない。

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2015年8月21日 (金)

映画「ベトナムの風に吹かれて」ハノイ試写会(続々)

ハノイ記者会見の後、日本からフォー・セインツの上原徹氏による「ベトナムの風に吹かれて」主題歌の披露があった。これには、原作者・小松さんを含むハノイ在住の皆さんのコーラスが一緒だった。Cimg1565

この主題歌「たまには仲間で」は、上原徹さんと松坂慶子さんのデュエットが「売り」であり、また歌いやすいメロディーはすぐに口ずさむことができる。また「子供らよ」も映画には挿入されている。10月14日にCDが発売予定。
参照 http://www.fujipacific.co.jp/news/news/2015/07/06_26289.html

かつて深夜放送でリクエストする側だった私が、その当時のヒット曲「小さな日記」のフォー・セインツのヴォーカル・上原さんとハノイでご一緒できるとは・・・。感慨深いものがある。

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2015年8月20日 (木)

映画「ベトナムの風に吹かれて」ハノイ試写会(続)

試写会の反応は上々であった。ベトナム人も日本人と同じで「泣いてしまった」という感想があり、さらに第2部を見たいという意見もあった。

その後の記者会見と交流会では、原作者の小松さんが、実際のハノイや介護の生活は解説ではなく、現実であり、今や忘れてしまったことも多い。介護を辛(つら)いと考えるのではなく、前向きに楽しむような感覚が必要だと述べられた。Cimg1491   写真は、交流会で挨拶する岡田裕・プロデューサー

また、大森監督は、介護を実際にされている方々から、実際の介護はそんな簡単なものではないと批判されないように、最低限の緊張感がでるようにしたいと言われた。松坂慶子と草村礼子の介護現場の「格闘」は、本映画の見せ場の一つになっているが、けっしてそれが唯一の主題ではないから、このような監督の発言となっている。

この映画、私は母と娘、さらに母と子どものの絆、心の交流を描いており、その心の交流が広がって、ハノイに住む他の日本人そしてベトナム人にまで拡散する。それが現代軸としれば、この心の交流は過去にまで遡るように思われる。

私見では、大森作品は、時間と空間(=場面)に加えてベトナムと日本という3次元の枠組みが構想されている。その中に、それぞれの次元の歴史的・現代的な事実と人間の交流がバランス良く配置されている。これは、大作と同等の映画であり、もっと製作予算さえあれば、その内容はさらに豊富になったに違いない。この枠組み(=構想)は、大きなものであるから、前述のように「第2部」を見たいという希望が湧いてきても不思議ではない。

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2015年8月19日 (水)

映画「ベトナムの風に吹かれて」ハノイ試写会

8月18日(火)午後3時から、国際交流基金の支援で映画「ベトナムの風に吹かれて」の試写会がハノイの国立シネマセンターで開催された。Cimg1471写真上は、その告知をする巨大看板である。日本からは主演の坂慶子、共演の草村礼子、そして大森一樹監督、製作・配給の岡田裕が参加した。私も「日本からの参加」なのだが、先行して試写会の準備を担当した。Cimg1485_4写真上は、舞台挨拶をする松坂慶子さん、そして映画にも出演しているVOV(ベトナムの声)放送局のトアンさん。その前には深田博史・在ベトナム日本国特命全権大使からご挨拶を賜り、最後に、「ベトナムの風に吹かれて」の日本とベトナムの関係者に対して、スポーツ文化観光省のブゥオン=ズイ=ビエン次官(=副大臣)から花束贈呈があった。

以上の様子は、19日朝のNHKニュースが、映画の予告編入りで報道した。

400名の大劇場でスクリーンに向かって右側がベトナムの招待客200名、左側が日本の200名となっていた。私の招待枠は約100名あったのだが、この人選に苦労し、さらに入場者が座席指定のために、その割り振りに開場直前まで苦労した。

この苦労のポイントは次のような文化の相違である。映画の見やすい座席は、少なくとも最前列ではないはずであり、この劇場にも前列から10番目くらいからの中央部に特別席が用意されている。しかしベトナムではVIP(要人)は最前列という慣例があるために、ビエン次官が最前列と予め決められていた。そうすれば、深田大使もその隣席となる。これは、お気の毒である。

2階席の最前列が良いと思われたのだが、すでに変更はできない状況であった。これは舞台と映画での座席位置が混同されているからだと思われた。また、そもそも映画試写会にVIPが来られることが想定されていないのかもしれない。これは準備を担当した私のミスなのだが、そのような問題発生は「想定外」であった。

このような最前列のVIPに近い方が良い席という論理と、前列から離れた席が見やすい良い席という論理があり、座席配置の決定は、連立方程式を解くよりも難しかった。

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2015年8月18日 (火)

ロッテセンター65階からのハノイ眺望(6・完)

私が最も印象に残っている夜景は、米国シカゴのシェアーズタワーからの光景である。光る街灯と自動車が四方に広がって、大きな流れを形成していた。確か30年前、1984年のことである。シカゴの商品先物市場を見学することが目的であった。

写真下を見れば、ベトナム・ハノイだって捨てたモノではない。ランドマーク72の方向であるが、ガラスに反射した室内の映像が映っているのが残念である。Cimg1263ハノイはホーチミン市と同様に自動車の渋滞に悩まされているが、写真下のようにバイパス工事も進んでおり、モノレールの支柱も市内に建設中である。このダイナミズムが発展途上国と呼ばれる所以である。Cimg1267ハノイを何度も訪問して、もう行くところがないという人、夕方からロッテセンターに昇ってみることも一興である。 (終わり)


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2015年8月17日 (月)

ロッテセンター65階からのハノイ眺望(5)

ロッテセンター65階は、特別のイベントや展示があるわけではない。ロッテリアともう1店の喫茶店があり、いくつかのソファーは夜になれば、恋人たちに占領されている。Cimg1266写真上はガラスの床がせり出しており、靴を脱いでガラス上を歩くことができる。まるで自分が空中にいるような気分になる。このムードは恋人たちには最高だろう。しかし本当に事故は大丈夫か?定員20名と書いてあったが、やはり心配になる。これは、韓国企業に対する信頼性の問題である。

もう一つの階上の「余興」は、入場券に記載されたバーコードをかざして、記念の写真を撮影できて、それがランダムに掲示される。この試みも面白い。日本にもあるのかもしれないが、私は知らない。Cimg1268そこに手書きでメッセージも記入できる。自分の撮影した写真がどこに出てくるか不規則であり、自分の写真を探すために動態視力や集中力が求められる。Cimg1270今なら、この展望階は人も多くない。ゆっくりした隠れスポットと言えるかもしれない。なお、この連載の最後、いくつかの夜景を次回にお見せする。 (続く)





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2015年8月16日 (日)

ロッテセンター65階からのハノイ眺望(4)

ハノイそして確かベトナムで最初の5☆ホテルであるダエウー(DAEWOO)ホテルに隣接して、これもまた5☆のロッテホテルが、ロッテセンターの中に開業した。

これはダエウーホテルにとって脅威であると思われるが、やはり伝統とブランドが好まれているようで、ダエウーホテルには多数の観光客が宿泊し、セミナーやシンポジュウムが多数開催されている。新しいロッテホテルは階上にあり、エレベータを利用しなければならない。一般のベトナム人にとっては、やや「敷居」が高い感じがするだろう。Cimg1257_2写真上は、ダエウーホテルである。手前はダエハのサービスアパートである。この光景も新鮮である。この右手を見れば、動物園を含む広大な公園となっている。Cimg1243写真上の右手上は、Vタワーのビルである。それを拡大すれば、以下の写真である。松坂慶子さんの映画撮影では多大の尽力をしていただいた「おふくろ亭」、それに最近開店した焼き肉の「牛角」がある。その上階は主に日本人向けの住居になっている。Cimg1239このように街を「鳥の眼」で眺めることも有益である。文字通り「視野」が拡大し、新たなアイデアが浮かぶかもしれない。    (続く)




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2015年8月15日 (土)

ロッテセンター65階からのハノイ眺望(3)

ロッテセンターの足元に目を移してみよう。写真下は日本大使館と日本大使公邸である。これほどに見えるとは思わなかった。Cimg1215ロッテセンターにより隣接してオーストラリア大使館があるが、余りに近すぎで65階からはよく見えない。日本大使館は「丸見え」となっている。Cimg1214写真は、いつも緊張しながら訪問する大使館の「車寄せ」である。こういう「丸見え」問題は、どこの国にも存在していると思うのだが、その場合、日本政府はどのように対応しているか? まさか大きなテントで被うとか、開閉式のドーム大使館にするとか、さらに煙幕を発生させるわけにもいかないだろうが、セキュリティ上のリスクはないのか?気になる問題である。

なお、カンボジアのプノンペン駅前に高層のカナディアビルが建設された時、やはりアメリカ大使館が上から「丸見え」になっていることを本ブログで数年前に指摘したことがある。

私見では、この屋上に太陽光発電のLED掲示版を設置し、日本大使館を電飾化するのはどうか? しかしこれは、かつて堺市の「仁徳天皇稜」を世界遺産に登録するために、電飾化して集客力を高めたらどうかと言った大阪知事と類似の愚見である。

これは、しかたがないのかもしれない。見ようと思えば、宇宙衛星から見える時代なのだから。

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2015年8月14日 (金)

ロッテセンター65階からのハノイ眺望(2)

の写真下は、ホーチミン廟や国会議事堂があるバーディン広場である。この広場の前を自動車で通ったが、パイプのやぐらを組んだ式典会場が設営中か解体中であった。Cimg1223_2非常に非常に不謹慎なことを敢えて言えば、「ゴルゴ13」なら、この長距離をカバーできるのかというようなことを一瞬考えた。それほどに明確に見える新鮮な映像であった。もちろんベトナム公安当局は、こういった可能性も考えているに違いない・・・そんなことないか?Cimg1221少しカメラを広角にすれば、写真上のようにハン川が左右を横切っている。川向こうはドンアイン地区だと思うが、川沿いにかけて高いビルが建設され、かつての農村地帯が次第に発展していることが見て取れる。Cimg1209写真上は、ベトナム地元資本ビンコムグループの「ロイヤルシティ」。東南アジア最大のショッピングセンターという触れ込みである。その左手上は、同じく「タイムズシティ」であろうか。この部分だけを見れば、ベトナム・ハノイの経済発展を体感できる。Cimg1208この写真を広角にすれば、写真上の通りである。なお、この写真は65階に設置してある既存のパノラマ写真からの転載である。これだけ写真を撮れば、日本円で約1,500円の入場料にもお得感がある。   (続く)

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2015年8月13日 (木)

ロッテセンター65階からのハノイ眺望(1)

ハノイそしてベトナムで最高層ビル・ランドマーク72からの眺望は以前に本ブログでも紹介した。そこからは今回の65階建てロッテセンターを見ることができたが、少し見下ろす感じであった。

今回は、そのロッテセンター65階の最上階の「展望台」に昇る。午後6時前と6時以前では料金が異なるし、外国人に対してベトナム人の割引きがあり、65歳以上の高齢者割引きもある。なかなか細かい料金設定である。私は最高額の230,000ドンを支払った。Cimg1246ロッテセンターからランドマーク72を見ると、写真上のようである。曇っているように見えるのは、自動車・バイクの排気ガスの影響かも・・・。Cimg1194写真上の中央は、当時の村山首相も宿泊したハノイホテル。長い歴史のあるハノイの老舗ホテルである。それをアップすれば、以下のようになる。Cimg1195ランドマーク72よりもハノイ市街地に近いだけに、ロッテセンター65階からの眺望はより興味深い。(続く)




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2015年8月12日 (水)

ベトナムでロッテ財閥の存在感は大きい

 先日、本ブログでロッテ財閥の「経営身分制」について指摘したが、少なくともベトナムではロッテグループの存在感は大きい。

かつてベトナムで全盛を誇った韓国財閥、大宇グループは経営破綻したが、ホテルや自動車の名前として大宇(DAEWOO)は残っている。ブランドがベトナムで確立・存続している。Cimg1303現在、韓国で元気な企業と言えば、目に見える範囲でロッテである。ロッテマート、ロッテ百貨店、ロッテホテルなどが入居する65階建てのロッテセンターである。ホーチミン市ではガムも製造販売しているし、ロッテリアはロッテマート以上にベトナム全土に展開している。

写真のロッテセンターは、開業当初、エレベータ事故があり、ロッテホテルの宿泊客が隣接のダエウーホテルに移動したという話題があった。なお、このセンターのLED照明は、私の親しいベトナム会社(Phu Thanh)が施工している。韓国企業が99%の仕事を受注し、地元のベトナム企業は同社だけだったと言われる。高層階でのLED施工のリスクは、さすがの冒険的な韓国企業も躊躇したのではないか。

私は初めて、このロッテセンターを探検してみることにした。(続く)

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2015年8月11日 (火)

松坂慶子:ベトナム航空機内誌『ヘリテッジ』インタビュー

すでに発刊されているが、映画「ベトナムの風に吹かれて」主演の松坂慶子さんの巻頭インタビューが、ベトナム航空の日本語版機内誌『HERRITAGE:ヘリテッジ・ジャパン』(8月~9月号)に掲載されている。

この中で松坂さんは映画のラストシーンに触れて、「私自身泣けてくるんです」と述べている。本映画、このラストシーンが最大の見ものであると思う。私自身も「泣けてくる」からである。Cimg1164本映画は母(:草村礼子)と娘(:松坂慶子)の物語である。しかし私見では、たとえ年老いて「認知症」になったとしても、母親の子どもに対する愛情は普遍的であるし、その母親自身の幸せな人生は何か。こういう問題を、娘に限らず息子も考えなければならない。

本映画は、女性のみならず、男性にも自分の母親を考える契機になるはずである。特に男性は「マザコン」ではないにしても、母親に対する思い入れが強いと思う。この映画、松坂さんの的確な指摘にあるように、中高年齢の女性も男性も久しぶりに泣ける映画である。

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2015年8月10日 (月)

ベトナム人の食事会に参加する・・・

ベトナム訪問の主要な目的は、映画「ベトナムの風に吹かれて」のハノイ試写会の準備をするためである。8月18日午後から国立シネマセンターで400人規模で開催される。この開催については、国際交流基金の助成もある。

日本とベトナム初めての合作映画なのだから、文化芸術交流を支援するという同基金の目的に合致している。

この合作映画のベトナム側企業であるドンドショー社のオアイン社長とその友人たち8名ほどと夕食をご一緒した。新聞社の編集長やベトコンバンクの幹部などが参加し、映画上映の宣伝という目的もあったようだ。Cimg1159日本人は私ひとりであったが、こういう夕食会は疲れる。ともかく気を遣う。何か冗談も言わなければならないし、お酒をつぐことも必要である・・・私は日本でお酒をついで回ることはやったことがない。勝手に飲めばよいと思っているからである。

ここで珍しかったのは、写真上の川魚料理(美味しかった)よりも写真下の「おこわ:餅米」であった。ご飯の上に何がかかっているかと試したが、揚げタマネギのスライスであった。Cimg1162これが悪くない組み合わせである。このような場合、日本の「ふりかけ」が使用されてもよいのではないか。かつてベトナムでも日本の「ふりかけ」が発売されたことがあったが、少し値段が高いこともあり、ヒット商品にはならなかった。しかし所得が向上している今なら、「ふりかけ」が注目されるのではないか。発展途上国の新商品の開発と市場投入は、「時期尚早」
に注意しなければならない。再び市場で発売し、今度はヒットの可能性はあると私は思う。

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2015年8月 9日 (日)

増える日本料理店:徒歩5分に新たに開店

ベトナムに限らず世界的に日本料理が人気だと言われている。非常に結構なことだが、その次に品質が求められる。

まったく初めて初めての日本料理を食べて、これは「マズイ」となると、日本人として残念である。ベトナム人に最初に美味しい日本料理を食べてもらうことは、現地に住んでいる日本人の重要な「文化普及活動」である。

ベトナムには、日本料理に限らず、イタリア料理・フランス料理・韓国料理・中国料理など何でもある。最近、日本料理店と同様に韓国料理店が急増しており、インド料理も10年以上前から健在である。

日本料理店は、同じ日本料理店との競争のみならず、こういった各国の料理店の激しい競争になっている。

私の定宿のホテルから10秒でラーメン店「とんちゃん」、1分で居酒屋「やんちゃ」、5分で「紀伊」、10分で「花ゆき」があるが、それに加えて3分で「気楽」という店が開店した。やはり10分ほどで「焼き肉さくら」や「焼き肉げんさん」・「」がある。こういった話をすれば、私のホテルはどこか分かる人は分かるであろう。クイズのようだけど・・・。

「気楽」は、入り口で靴を脱いで店内に入る。全体として他店に比べて少し安い値段設定である。偶然、昼食で「定食」を食べて、同日に夕食で一品料理とビールを注文した。昼と夜の食事を同日に味わって、皆さんの評判を聞く。私は標準以上と思ったが、ともかく自分で確かめることが重要だ。

日本料理店が全体として発展することを祈念している。流通小売り業で言えば、日本料理店の「ドミナント戦略」の実行である。多数の店舗が共存できれば、それが日本人には選択の幅か広がることになるし、ベトナム人には日本料理がより日常的になるからである。

他方、日本でもベトナム料理が定着し、着実に増えている。これこそ「食の文化交流」である。

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2015年8月 8日 (土)

ハノイに戻って来た!

ハノイに着いた。国際空港の新しい施設が昨年末から利用されているというのに、今でも入国管理のブースには長い行列ができている。こういう観光客の不満を当局者は想像できないのであろうか?

関西空港からダナンの国際線から国内線の乗り継ぎはどうなっている?両線の施設間の移動にはタクシーを未だに利用するのか?バスは運行しているのか?
・・・・・・たとえば旅行会社「テルミクラブ」のダナン旅行は、ハノイではなくホーチミンを経由する。ハノイの方が時間的にも距離的にも近いにもかかわらず・・・。

こういった疑問や不満を持ちながら空港の外に出た。日本の暑さとは質の違った暑さであった。ほとんど渋滞なくホテルに到着。かつてタンロン工業団地を眺めてハノイに来た実感をもったのだが、それは今や遠回りのルートとなった。

その後、定宿のホテルで決まったように変圧器や電気コードをセットして、決まったように着替え・常備薬・書類・洗面用具を机や椅子やバスルームに設置。

それが終わって近くのスーパーマーケットで缶ビールなどを買う。こうなるとベトナムの日常生活に戻った気分になって精神的に安定する。そして元気が出てくる。

注:このスーパーマーケット・VIN MARTは、たまたま「安売り日」で行列ができていた。COOPMARTから数えて3店目のVINCOMタワーの入居店舗であるが、少なくともビールは品揃えが最も豊富である。アサヒビールからサッポロビール、ラオスビール、地方ビールのフューダからラルーまで揃っている。しかも陳列が目の高さで選択しやすい。販売陳列のプロの仕事と納得できる。

今回、ベトナム訪問中にラオスに出国するので「マルチビザ」の取得が必要となる。これも面倒なことだが、大阪ベトナム総領事館の知人に会う機会ができるというメリットはある。

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2015年8月 7日 (金)

ロッテ財閥の内紛:「経営の身分化」の弊害

韓国のロッテ財閥の後継者の内紛が報道されている。簡単に定義して財閥とは、家族支配の多角化企業グループのことである。この企業グループに金融機関が含まれると、日本の戦前の三井・三菱・住友に代表される財閥と同等になる。

この財閥の経営問題について、かつて韓国内でも韓国人学者から問題点が指摘されていた。その代表は「経営の身分化」という指摘である。

企業の経営者は本来「経営専門家」として機能的に能力が評価されるべきであるが、財閥の経営者は、経営者の地位が身分として保証されているという批判である。

たとえば投資ファンドであれば、「投資専門家」としてファンドマネージャーの業績が厳しく評価される。経営者も同様であって、企業業績に応じた厳しい評価が株主総会で求められる。それだからこそ高額の報酬を受け取ることが容認される。

こういった評価なしに企業経営者が自らの地位に安住する。これは経済活動にとって経営資源の非効率な使用をもたらす。さらに国家や経済の民主主義の観点から、その政治家や経営者の地位が、その出生によって予め決まることが批判の対象になっても不思議でない。

政治家について言えば、「世襲議員」に対する批判がある。また経営者については、「幼少の頃から『帝王学』を学んできた」というような世襲を擁護・容認するような言葉が根強く存在している。

中小企業ならともかく、株式公開している大企業であれば、その利害関係者は多様多数である。その大部分が認めることは、経営者が高い企業業績を達成することである。この意味で経営成果=企業業績を厳しく評価する制度的な仕組みが求められる。これが、コーポレートガバナンスの重要な改革点である。
・・・・・・企業経営者の報酬が一部公開されるようになったが、それだけでも経営者に緊張感を与えることになる。

株式相互持ち合いの解消を含めて、このような方向に日本企業は変革を求められている。現状は、その過渡期的な段階であると思われる。日本企業はロッテ財閥の内紛を「他山の石」としなければならない。

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2015年8月 6日 (木)

「株式相互持ち合い」:再再考

最近の「株式相互持ち合い」として任天堂とDeNAの事例が想起される。これらは「1社対1社」の事例であるが、ここで指摘しておきたい観点は、企業体制(=企業システム)としての株式相互持ち合いの意義である。

直接的・間接的に広範に企業間で株式所有される状況を想起すれば、その中に「株式持ち合い」も含まれることになる。会社が会社の株式を所有する。こういった企業体制は、奥村宏氏が「法人資本主義」と呼んだ。ここでの「法人」とは、事業会社のことを意味しており、機関投資家ではない。この意味で「法人資本主義」は「会社資本主義」と呼ばれることもある。

この会社資本主義の体制では、株主が会社であるから、株主として会社が高配当を要求すれば、回り回って自分の会社の株主である会社からも高配当を要求されることになる。それなら何も言わないでおこうと経営者は考える。

株主として経営責任を厳しく追及すれば、それは回り回って自分の経営責任も厳しく追及されることになる。だから株主として会社を代表する企業経営者は株主総会で沈黙する。

さらに企業経営者にしてみれば、自分の個人資金の株式投資ではなく、あくまでも会社資金の投資である。たとえ少しばかり、さらに言えば大きな損失があっても、自分の懐は痛まない。会社資本主義は、そういうビジネス界の雰囲気もしくは風潮を形成し、それが維持される。

この企業体制が、企業経営の「なれ合い」や「無責任」や「事なかれ主義」の温床となっている。日本の資本主義が新たに活性化するためには、こういった体制の打破が必要である。かつての「村上ファンド」は、その改革の試みであったように思われるが、時期尚早であったのかもしれない。

しかし今や、政府がコーポレートガバナンス改革を経済活性化の手段として推進しようとしている。そして今年になって東洋ゴムや東芝の事件が発覚し、その改革は加速せざるをえない。そうしなければ、日本企業が外国から信用されない時代となった。

この改革を本気で進めるためには、事業法人の株式所有を制限することが提起されうる。そうなると「規制緩和」を進める「ビジネス界の雰囲気もしくは風潮」に逆行する。企業経営者の賢明な判断にゆだねられる問題と指摘しておきたい。

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2015年8月 5日 (水)

「株式相互持ち合い」:再考

A社とB社が同時に新株発行して株式を相互に持ち合う。この金額が同額であれば、実際の資金調達にはならない。

A社の貸借対照表によれば、「A社のエクイティ=ファイナンス」にB社が応じたので資本金が増加した。他方、流動資産において、A社も「B社のエクイティ=ファイナンス」に応じたために、B社の保有株式が増加する。これで借り方と貸し方は均衡する。

しかし実質的に資本金が増えたわけではなく、A社とB社で資金が往復し、それぞれの保有株式が名目的に増加した。このことを故・大隅教授は「紙のやり取り」と指摘した。この「紙」とは、今では見ることが少なくなった株券のことである。

ここで資本金が増加しているが、実質的な資本が増えたわけではない。これは「資本金の水増し」ともみなされる。さらに実質的な出資をしていないにもかかわらず、たとえばA社は、B社の配当金を受け取ることができる。個人株主や投資ファンドが実質的に出資して、その見返りに配当金を受け取っているのに対して、B社に対するA社の投資は資金調達に貢献していない。それにもかかわらず、A社は配当金を受け取る。これは不公平ではないか。神戸大学名誉教授・二木雄策氏は、これを「配当金の詐取」と呼んだ。

このように株式持ち合いは、違法ではないにせよ、その本質は不正・不公平な印象をもたらす。外国人投資家にとっては、資金調達にならないエクイティ=ファンナンスなど意味不明、不合理の極みであろう。

最近になって株式持ち合いが解消の傾向にあるが、それは、日本企業の活動のグローバル化を考えれば、当然のことであろう。

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2015年8月 4日 (火)

映画「ベトナムの風に吹かれて」:ダン=タット=ビン監督

映画『インドシナ』をDVDで見た。キャッチコピーには以下の通り。

「アカデミー賞を始め、世界各国で数々の賞を受賞!」

「ある女性の波乱に満ちた生涯を描いたフランス映画史上空前の豪華対策!」

この映画のベトナムでの制作・監督は、ダン=タット=ビン氏である。10月公開の映画『ベトナムの風に吹かれて』でもベトナム側の制作・監督を担当している。

タット=ビン監督と初めて会ったのは、2013年のハノイだったと思うが、頭の回転の速い饒舌な人というのが初印象であった。彼自身が俳優でもあり、周囲に「オーラ」を発散していることも感じた。

映画『ベトナムの風に吹かれて』の完成のためにタット=ビン監督は不可欠であったが、そのように言えば、この映画に関係したすべての人々が重要な役割を果たしてきた。

彼は大きな存在であるが、それを思うと、すべての人々の存在が重要に思えてくる。映画作りとは「分業」と「協働」の成果であると実感した。

さらに大作映画『インドシナ』を見て、それに参加したタット=ビン監督が、われわれ日本側に数々の配慮や便宜を提供してくれていたことが想像できた。ますますの感謝である。

タット=ビン監督に十全の潤沢な予算を提供できるとすれば、どんな映画を彼は作りたいのか。次回に質問してみようと思う。

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2015年8月 3日 (月)

「子どもの権利条約」:追加情報

先日、国連の「子どもの権利条約」に関する無知が、アイドルグループ制服向上委員会に対する「子どものくせに」という揶揄を生んでいると指摘した。

18歳以上の選挙権行使が可能となった現在を好機として、日本は「子どもの権利条約」を尊重しなければならない。これが私の主張である。

これに対して当然、「子どもの権利条約」それ自体、またその日本政府の批准に対する批判も存在している。これらを含めてさらに議論・検討が必要だと思う。

その後、東京都議会議員・おときた駿氏のブログ(8月1日)の中で、「子どもの権利条約」に関して「子どもの人権侵害」への懸念で日本が国連から勧告を受けているという指摘が掲載された。http://otokitashun.com/blog/daily/8192/

以上、「子どもの権利」の問題、その裏面の「子どもの義務」の問題は、今後より以上に注目・議論されることになるだろう。

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2015年8月 2日 (日)

「株式相互持ち合い」について:解説

株式持ち合いの起源は、「希代の相場師」と呼ばれる藤綱久二郎が、旧三菱財閥に属する陽和不動産(現在の三菱地所)の株式を買い占め、それに対抗して三菱グループ各社が藤綱の所有する株式を買い戻したことに始まる。

企業の経営権を「乗っ取り」から防衛するために、特に旧財閥系の企業集団を中心にして株式を相互に所有することは、この事件から始まった。さらにその後、1965年からの「資本の自由化」に伴って、外国企業からの「乗っ取り」防止のために、企業間の株式持ち合いは、より広範に拡大した。  

株式持ち合いをする企業は、株主総会において相互に「白紙委任状」を交換しており、持ち合いをする企業の経営者にとっては、株主からの影響力が軽減される。日本では、この株式持ち合いが、前述の企業集団を中心にして広範に広がり、それが日本型「経営者支配」の基礎となっている。  

ここでの「経営者支配」とは、経営者が自己の地位や行動を自由に裁量できる。これは経営者にとって望ましい経営環境である。この背景には、自社の大株主(=安定株主)が、株式持ち合いをしている企業や取引先の企業であり、経営者である自分に反対意見を言うことが皆無だからである。反対意見は、持ち合いという友好・信頼関係や取引関係が崩壊させる・・・日本では協調性=「和」は美徳である。これらのことは、日本企業の経営者の「慣れ合い」「無責任性」の温床となっている。

「経営者支配」は、株主価値(より広義に企業価値)を最大化するという一般株主の要求と必ずしも一致しない。外国人投資家の株式所有比率が30%を超え、さらに投資ファンドを含む機関投資家からの「発言」が積極化している日本の株式市場では、株主の存在を無視できない。株主の観点から見て、上記の日本型「経営者支配」は、もはや容認・黙認できない事態となっている。

 

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2015年8月 1日 (土)

「企業論」の期末試験問題:「株式持ち合い」について(後半)

 近年、株式持ち合いが減少している。この背景には、日本企業のコーポレート・ガバナンスの強化によって日本企業に対する外国人の株式投資を呼び込んで、(73)を増進する意図がある。他方、2015年3月になって任天堂とDeNAが新たに株式を相互に持ち合った。その目的はスマートフォン向けゲームの開発・運営と言われている。これらは両者の(74)関係を強化するための株式投資であり、純粋な投資目的ではない。そうであれば、純粋な投資目的をもった両社の一般株主と利害が相反する場合も生まれる。このような問題も株式持ち合いには発生する。

73 ①企業成長力、②国際競争力、③経営安定性、④経営多角化、⑤人材開発力

74 ①人間、②財務、③国際、④情報、⑤提携

解答 73:①、74:⑤ 次回に続く

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