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2015年7月30日 (木)

戦争体験から学ぶ

戦後70年となり、戦争体験を「ナマの声」で語るることができる人々が次第に少数になっていると指摘されて久しい。

私の母はすでに亡くなっているが、奈良県で米軍機の列車に向けた機銃掃射に合ったことを聞かされた。母は助かったが、死者が出たらしい。母の弟は天寿を全うしたが、学徒出陣で名古屋の工場で働いていた時、母と祖母が慰問に行った時の様子が、やはり母から語られた。これは私の小学生の頃だったか・・・。

父は満州(現在の中国北東部)に従軍していたが、軍隊内での私的制裁について語ったが、実際の戦闘や現地住民との関係についてはまったく聞いていない。

自分の子ともに伝える直接の戦争体験を私はもたないが、これまでの戦争を対象にした小説・映画・舞台・テレビ番組が今でも継承されている。その主張や趣旨の適否はともかく、戦争体験は間接的に脈々と継承されている。

「戦争法案」に反対する人々を「平和ボケ」と揶揄する人々がいる。しかし少なくとも反対派は、前述のような戦争体験を引き継いだ人々である。戦争体験を直接経験しなくても、それを想起した人々が戦争に反対する。それは自然な論理だからである。

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