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2015年7月 5日 (日)

学者が怒るのは当たり前

憲法学者の大多数が「憲法違反」という「戦争法案」を本国会で通過させようと政府は意図している。憲法違反の法案に対して「対案」を出すという野党の対応に私は違和感もある。憲法違反の一点で反対すればよい。しかし「対案」の審議で「会期切れ」を狙う戦術という見方もある。それはともかく「憲法違反」の法案が通過する事態に憲法学者そして多数の学者が怒るのは当然である。

「学者は現実を知らない」。「学問と現実は異なる」。「政府の言うことに学者は従え」。これらの主張は「科学としての営み」を否定することと同じ意味である。

ここでの「科学としての営み」とは、事実と論理に基づく議論である。さまざまな人々の間で賛成と反対の意見が存在するのは当然だが、共通の土台として事実と論理に基づく議論を相互に容認するという前提が科学には存在している。

子どもに対して親が言うことが必ずしも正しいとは限らないのと同様に、政府が言うから、社長が言うから、政治家が言うから、先生が言うから、大学教授が言うから、大多数が言うから、それが常時正しいとは限らない。「正しい」というためには「事実と論理」に基づいた検証が常に反復して必要である。

たとえば福島原発事故の教訓の一つは、少数の反対意見にも十分に配慮する謙虚さが必要なことである。「電力喪失があるのではないか」、「水蒸気爆発が発生すれば大変なことになる」といった少数意見があったにもかかわらず、それを無視した結果、現実に原発事故が発生した。少数意見が結局は正しかった。

政府権力を背景に少数意見を無視・嘲笑した「権威」と言われる原子力学者が「雲隠れ」し、少数意見を述べた学者が高く評価され、一般に感動すら覚えさせた・・・小出裕章先生である。その時々の権力ではなく、自らの信念に基づいて事実と論理を最優先に尊重する。こういう学者がいるからこそ学者は学者でいられる。多数の学者は小出先生に感謝しなればならない。

憲法解釈は「政府の言うことに従え」という政府の露骨な主張は、学者の存在それ自体を否定することと同義である。多数の学者が怒るのは当然である。

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