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2015年6月10日 (水)

五味川純平『虚構の大義』(文藝春秋)を読む

流通科学大学には「長山文庫」という書籍コーナーがある。学生にもっと本を読んで貰おうという趣旨で、図書館のような厳密な貸し出し管理をしていない。好きな本を自由に取って自由に返却すればよい。教員が書籍を任意に提供している。日本史が専攻の長山雅一名誉教授が発案され、そのお名前が由来となっている。
参照 http://www.umds.ac.jp/admission/info/blog/2011_06/0624.html

この本棚の中から、五味川純平『虚構の大義』(文藝春秋、昭和48年)を読んでみた。昭和48年と言えば、1973年。私が高校生の時である。定価600円。今の文庫本の値段で立派な装丁の単行本を買うことができて、「+税」というような記載もない時代である。

私は五味川純平の作品については、『人間の条件』と『戦争と人間』の全巻を読んでいる。また、その映画も複数回見ている。今、平和を守るためと言われる「戦争法案」が国会で審議されている時、この本を読んでみたくなった。

『人間の条件』における主人公の梶、『戦争と人間』の主人公である伍代俊介や標耕平を合わせたような人物として、『虚構の大義』には杉田という人物が登場する。梶や俊介が終戦後に亡くなっているのに対して、杉田はシベリア抑留から帰国し、存命している設定となっている。この杉田こそ著者の体験が凝縮されていると想像される。

同書の内容には『戦争と人間』に重なる部分が多い。登場人物を最小限にして兵隊からの視点を保持しながら、大きな政治的・軍事的な事実が紹介されている。同書からは、現在の中国東北部(=満州)に駐留した「関東軍」の歴史的な動向が簡潔に理解できる。また天皇の果たした役割も指摘されている。侵略戦争を正当化する「虚構の大義」に殉じて日本人は戦争の犠牲者となった。

私は、こういった小説を読んで戦争を理解し、また両親が戦争また戦時体験をした世代である。この世代から見れば、最近の政治的風潮は信じられない軽薄さである。それに従えば、五味川純平のような小説は、「反日」とか「自虐的」とかいう「レッテル」を貼って否定・無視される内容である。そこには自省・内省といった真摯な姿勢は皆無である。

五味川純平の小説は、膨大な資料に基づいた歴史的事実が背景になって書かれている。私は、それを納得・理解して、さらに小説として感動した。それを上記のような「レッテル」を貼って、そういった事実の検証なしに否定されるということであれば、それを私は容認できるはずがない。

戦後70年間に蓄積された日本人の反戦思想は、そう簡単に否定されえないと私は信じたい。先日のフィリピン・アキノ大統領の宮中晩餐会でも、先の戦争について天皇ご自身が反省を述べている。

こういった反省の上でもなお、今回の「戦争法案」が必要というのであれば、それも「民主主義」の結果と諦めざるをえない。しかし次に現代日本の「民主主義」の成熟度が世界から評価されることになるであろう。

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