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2015年5月21日 (木)

故・中村福治教授:孤独なゲリラ兵でありたい・・・

昨日、私は60歳の誕生日であった。還暦・・・。いつまでも今も「若い」と思っているのだが、確かに身体的には「老い」が次第に進行しているようである。この機会に考えることを少し述べておきたい。

立命館大学の経営学部から国際関係学部に移られて、すでに故人になられた故・中村福治教授は、私に大きな影響を与えて下さった先生である。

私が大学に就職する前、財団法人日本証券経済研究所の在職時代(1983~88年)に初めてお目にかかっている。それ以来、なぜか気が合う。中村先生は、次のような意味のことを述べられた。

「正規軍」よりも孤独な「ゲリラ兵」でありたい。これは、中村先生がご自分のことを述べられているのだが、この印象深い言葉が今でも私に深く刻まれている。

以前の私の解釈では、「孤独なゲリラ兵」は、集団戦術を採用する軍団ではなく、個人または少人数の狙撃兵や特殊部隊のようなイメージであった。

しかしながら、最近すでに何回か紹介した書籍『愛国とは何か』によれば、ベトナムのゲリラ兵は一般民衆の中に静かに埋め込まれている。

このゲリラ兵を想定すれば、「孤独なゲリラ兵」とは、一般大衆の中に存在しながら、自らに課せられた特別な任務や使命のために、その一般大衆の中で「孤独」を感じる。これが、中村先生の言葉の適切な解釈なのかもしれない。

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