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2015年4月22日 (水)

事実と論理を尊重しない風潮

もう40年近くも前、「科学とは事実と論理を認める人なら、だれもが認める知識の体系」ということを大学で学んだ。

私は、なるほどと思って、もう少し勉強したくなって大学院に進学した。この「科学の定義」は今でも覚えていて、私の勤務する大学の学生にも伝えるようにしてきた。要するに大事なことは、事実と論理である。しかしながら、

最近の政治や社会の情勢は、科学から次第に乖離しているようである。換言すれば、また極端に言えば、社会科学それ自体が衰退しているのではないか。

「事実と論理」に基づいた説明に対して、「言うのは簡単だ。それでは実践してみなさい・・・だから学者はダメなんだ」というような決めつけた反論を聞かされることがある。関西で有名な弁護士出身の政治家が使う手法である。

本来の反論は、事実と論理に基づかなければならないが、それができないから、「実践」という別の次元の切り口から相手を否定する。または「次の選挙で投票しなければよい」と開き直る。これは何の反論にもなっていないが、それで自分の優位性を強調し、相手が「論破」されたような雰囲気を作る。

こういった反論は「科学」の否定である。しかし「決めつけた」主張が、なぜか正しいように思えてくる。事実と論理を積み重ねた時間のかかる遠回りの議論――これは「民主主義」の過程を意味しているとも言える――よりも、独断的ではあるが単純明快な結論が一般に好まれる。あの人の話は「分かりやすい」ということになる。

このような「非科学」が日本に蔓延・拡大しているように私は感じる。気分は暗鬱である。

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