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2014年11月28日 (金)

ダイエー消滅:少し考えたこと(2・完)

人間は死んでも会社(=法人)は不老不死になりうる。会社が存続するために、そこで働く人間が頑張る。さらに犠牲にもなる。会社の存続を人間よりも最優先にする。昨日、こういった理屈を考えた。

寿命に限りある人間よりも、不老不死にもなりうる会社により高い価値を見いだす。「永遠」とか「不朽」という観念に価値があると判断する。こういった論理の延長には、会社を国家に置き換えて、人間よりも国家を優先するという主張が見えてくる。

法人は人間が作ったものであるが、その法人に人間が支配される。国家は人間が作ったものであるが、その国家に人間が支配される。これは本末転倒である。

ダイエー消滅という現実に接して、かつて「天下のダイエー」と自負してダイエーで働いた人々は、ようやくダイエーの呪縛から解き放されたのではないか。

組織に属し、組織に依存する人間から、個人として本来の人間に戻る。こういったことは、会社の退職後にも見られる。また終戦直後の日本でも、天皇を中心とした「神の国」という国家観が敗戦によって崩壊したのだから、国民の多数は同様の心理状況であったと想像される。

以上、法人と自然人。組織と人間。国家と国民。この両者の関係について思いついたことを書いた。

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