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2014年4月 7日 (月)

「大道本来無門」再考

大道本来無門」という6文字は、真言宗醍醐派管長・岡田戒玉老師が述べられた言葉である。参照 神渡良平『安岡正篤 人生を変える言葉 古典の活学』(講談社+α文庫、2013年)。

これは、簡単に言って「大きな道には門がない」という意味である。それでは「大きな道」とは何か? また「門がない」という意味は何か? これらの問題または疑問が出てくる。

そこで、たとえば次のような解釈が考えられる(・・・私的な素人解釈である)。

1.立派な人生を歩むことは、身分や地位とは無関係である。
2.道徳はどのような人でも身につけることができる。
3.悟りの境地に至るには多様な方法がある。
4.大きな志(こころざし)があれば、その前に障害は存在しない。

どれも当たっているように思われるのだが、正解は何か? 私見では、「特に正解はない」ということが正解である。それが「古典」の存在意義である。様々な解釈ができる含蓄のある言葉であるからこそ「古典」と呼びうるのではないか?

少々の解釈の誤りがあったとしても、その解釈によって元気が出たり、自省することができたりすれば、それで古典としての価値は十分であるとみなされる。

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