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2014年4月 9日 (水)

論理的な文章:私の反省

私の高校時代の夏休みの宿題として、新聞朝刊・第1面下段の編集者のコラム欄、たとえば朝日新聞なら『天声人語』、毎日新聞なら『余録』、日本経済新聞なら『春秋』を書き写すという宿題があった。おそらく上手な文書を書く目的のために、その手本を模倣するという趣旨である。

数年前に同じことを大学1年生の基礎演習で試みたことがある。その日の日本経済新聞『春秋』を書き写して、それについて意見を相互に述べるという「演習」である。

しかし、これは「日記」や「随筆」などの主観的な文章を書くためには役立つかもしれないが、論理的な論文やレポートを書くためには、かえって害悪になるということが以下の書物で理解できた。

飯間浩明『非論理的な人のための論理的な文書の書き方入門』ディスカヴァー=トゥエンティワン、2008年。

論理的な文書は、問題⇒結論⇒理由という構成で書くべきであり、だらだらと事実や主観的な感想を並べた文章は、少なくとも論文やレポートには不適であると指摘している。

この場合、問題設定が重要である。問題が悪いと、その回答も不十分となる。的確な問題設定から的確な結論(=回答)が導かれる。また、結論の理由を書く場合は、「好きだから」「面白そうだから」といった主観を排し、客観的なデータや資料に基づかなければならない。

私は今まで、何冊かの「論文・レポートの書き方」を読んできたが、同書ほど説得的で明確な説明は皆無であった。著者の飯間氏が述べているように既存の類書は「たくさんのことを言い過ぎ」である。論点は1つでよい。まさに、その通り。

本年度以降、この本を基礎演習や専門演習の教科書や参考文献として推奨・使用したいと思う。

このブログも事実と主観的な感想をダラダラと書いている傾向がある。自省、自省である。

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