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2014年3月19日 (水)

「未熟な研究者」の背景:私の体験から

STAP細胞の若手女性研究者が「未熟な研究者」と指摘されている。彼女の年齢が30歳。そこで私が30歳の頃を回顧しておきたい。大学院博士課程から就職して3年目。当時の私は、財団法人・日本証券経済研究所大阪研究所の研究員であった。

同研究所には「法人資本主義」の奥村宏先生、「米国金融資本市場」の故・松井和夫先生、「大阪北浜の証券業界」の故・田辺昭二先生が在籍されていた。顧問は、著名な故・熊取谷武さんであった。こういった方々の名前は今では「伝説」のようになってしまった。

この時期は一人前に給料をもらうようになったばかりであり、生活基盤も安定し、最も研究=仕事ができる意欲・気力・体力があった。さらに研究所には自分の専属秘書がいて、資料の収集やコピー、新聞の切り抜きをしてくれて、そしてお茶まで出してくれた。学生時代とは雲泥の、また通常の大学よりも恵まれた研究環境であった。

上記の諸先生から、昼食時や帰宅前に一杯飲んだ時、研究ノウハウや「仕事術」を教わった。そこでの結論は、将来いつでも「大学教授」になれるように業績を上げるということであった。当時、そして現在も?研究所よりも大学が、職場として社会的評価が高いとみなされていた。事実、その後に奥村先生は龍谷大学教授ら中央大学教授に移られたし、松井先生は大阪経済大学教授に転職された。

私の体験から言えば、いくら伝統と名誉ある「研究所」であっても、若手研究者は大学への転職希望が強いのではないか? また生活の安定を考えれば、任期制から正規の研究者に昇格したかったのではないか? そのためには何よりも優れた業績の発表である。それと同時に世間の高い評価も重要である。

また大学には学生に対する教育活動があるが、研究所には研究に専念できる環境がある。その理由からも、研究所の研究員には、大学の教員より以上の研究成果が求められた。30歳代当時の私もそのように考えていた。

生活の安定」や「大学への転職」のために優れた研究成果を出さなければならない。研究所に在籍しているのだから、「大学より以上の研究成果」が求められる。これらは強い精神的な圧力であるが、そこで普通は、同僚のベテラン研究員が「じっくり着実に」などと助言・激励するものである。

STAP細胞の研究の場合、こういった同僚の助言者が不在だったのではないか? それより以上に、またそれとは逆に一緒になって性急な成果を求めたのではないか? 研究分野は異なるが、今回のSTAP細胞を巡る研究者のあり方について、私は以上のように考えている。

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