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2013年10月31日 (木)

ズン首相の写真集:タインホア省にて

今日は、グエン=タン=ズン首相のタインホア省での写真を紹介します。Cimg1180_3私は、もう10年ほど前になるでしょうが、ダナンのフラマ=リゾートホテルで、ズン首相に偶然に会ったことがあります。その当時のフラマは、今よりも宿泊料金は安く、お客も少数でした。その関係で私も頻繁に利用していました。欧米人の総支配人に先導されながら、エントランスの赤い絨毯の上をズン首相は軽やかに歩いて行かれました。中部ダナンでは彼の名前を「ズン」ではなく「ユン」と発音します。Cimg1182ズン首相については、先日に開催された国会信任投票での低い支持率が話題となりましたが、この「笑顔」は魅力的。天性の明るさを感じます。Cimg1220どのような国の政府首脳に対しても批判があって当然であり、その有無や程度がその国の民主主義の指標と考えられます。この意味で、行政を代表するズン首相に批判が集中することも当然です。Cimg1213いろいろ批判があるにせよ、それは民主主義では自然なことです。共産党一党独裁のベトナムで批判票が多いのは重大問題という見方は、ベトナム共産党⇒「何でも賛成」(日本共産党の場合は「何でも反対」)という先入観や偏見に基づいているのではないでしょうか?

「余人をもって代え難い」首相として、私はズン首相を高く評価しています。よく言うではありませんか。「批判するのは簡単。それでは代わりにあなたがやってみなさい」と・・・。

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2013年10月30日 (水)

亀田製菓の新商品をハノイで食べた

ベトナム製の米菓「ONE ONE」はベトナム全土で好調な売り上げ。いわゆるコメのスナック菓子である。この会社に日本の亀田製菓が出資して合弁会社を設立。亀田製菓の独自商品として、写真のような「ヨリ」という米菓を売り出した。生産工場は、国道5号線でハノイとハイフォンの間に位置している。Cimg1514_3この「ヨリ:YORI」、当然、何という意味か気になる。聞いてみると、特にベトナム語の意味はないそうである。

私のベトナム在外研修中の1998年当時に亀田製菓はハノイに進出していて、その後に撤退。今回は再度のベトナム進出である。こう考えると、ベトナムとの「ヨリ(=縒り)」を戻すという意味が込められていると私は想像している。Cimg1512この1袋にエビ味の揚げたスナックが15枚ほど入って価格が8,000ドン。日本円で約40円は激安である。ベトナム市場開拓の目的を持って、敢えて安く価格設定していると思われる。

前述のベトナム製「ONE ONE」との差別化は、主要な原材料にジャポニカ米を使っていることと、エビの味付けをしていること、さらに包装を小型化して価格を下げていることである。「ONE ONE」は1袋の枚数も多いが、価格も2倍以上する。

ただし私の味覚では少し塩辛い。私は高血圧症の患者なので、日常的に「塩分控えめ」であるが、それを割り引いても少し塩辛い。果たしてベトナム人に容認されるかどうか?大部分が美味しいと感じる味は難しい。その意味で私は少数派だと思う。 

・・・・・・この「YORI」のアルミ製の袋を保管して、より正確な成分表示を紹介しようと思っていたのだが、私のホテルの掃除係がゴミとして捨てたようである。清掃係は気を利かせたつもりなのだが、こちらは大迷惑。こういうことはベトナムで頻繁にある出来事。私の不注意であるから怒っても始まらない。・・・・・・

この商品、今後の多様な展開が考えられる。胡椒味、わさび味、カレー味、ビーフ味、カニ味・・・。様々な味付けを米菓スナックにすれば、次から次に新製品の販売が可能であろう。また個人的な希望としては、甘酸っぱいニュクマム味のスナックを食べてみたい。亀田製菓の今後のご発展を祈念したい。

なお追記すれば、TPP(環太平洋連携協定)によって、ベトナムからのコメ製品の関税(現在は30%超)が撤廃される。亀田製菓はベトナムに安価な生産拠点を持つことによって、この恩恵を最も受けることになる。

ベトナム再進出の亀田製菓は、今回は最初から「追い風」である。

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2013年10月29日 (火)

タインホア省で親しく話した人たち(4・完)


お酒は気持ちを大きくさせる。「気持ちを大きく」するとは、要するに自制心や羞恥心など自己を抑制する障害がなくなり、自分の本性が表出するということであろう。確かに自分の本当の気持ちが開放されると言う意味で、「気持ちが大きく」なる。Cimg1263_2ギソン石油精製所の起工式が終わった後、レストラン店員と公安の人。だれでも一緒に写真を撮りたくなるだろう。そのほかにレセプションやダンスショーなどタインホア省の「美人」を結集させたような接待であった。Cimg1277
ベトナム外務省DUNG(ジュン)さん(右)と私。彼の初対面は15年前、私のハノイ在外研修中であった。私は起工式が終わって、昼間からお酒を飲む前なのにネクタイを緩めてだらしない・・・反省。Cimg1391_2左から2人目が、タインホア省のチェン省知事、その右がティーン総領事(在大阪ベトナム総領事館)。お2人は初対面だそうである。この後、お酒が入り出すと2人は大いに盛り上がるのだが、それは周囲も盛り上がる楽しい雰囲気であった。Cimg1471テキサス出身の米国人マイケル氏(教育学博士)とベトナム人職員(ニュージーランドの大学卒業)ツゥイさん。彼らはベトナムで英語学校の全国展開を考えている。ハノイの次はタインホア省に学校設立?というところである。マイケル氏からはユーチューブやフェイスブックをビジネスで使いなさいと提案を受けた。少しばかり、その気になった。

今回のタインホア省の訪問で、ハナム省とビンディン省に続いてベトナムの省知事3名にお目にかかった。それにも増して、さまざまな人々との出逢いに感謝したい。そして、これらの地方の省にこそ、真のビジネスチャンスがある。理由は簡単。「早い者勝ち」だからである。

結論:人間は、書物を通して学ぶよりも、人間を通して学ぶことの方が、受け取る情報量は多いように思われる。書物の情報量は固定的・限定的であるが、人間からの情報量は不確定的であるが無限である。この意味で「良書」とは、よく言われてきたように、書物における文字情報だけでなく、その行間から作者の人間性も伝わってくるものであろう。

大学教員の立場から言えば、学生にとって「よき師」との出逢いが書物よりも重要ということである。そのような「よき師」になるために人間として魅力的でなければならない。自省・自戒すべきことである。

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2013年10月28日 (月)

タインホア省で親しく話した人たち(3):英国人の習慣

この花は何ですか?だれでも疑問に思うだろう。在ベトナム英国大使館の貿易投資担当責任者のピアース氏の胸に付けられていた。Cimg1110彼の説明によれば、第1次世界大戦の犠牲者のための「ケシの花」だそうである。これをインターネットで調べると、英国には「ケシの花の日:Poppy Day」(11月11日)があって、今でも続く習慣・慣行になっているそうである。
参照:http://cnois.fc2web.com/travel/England/poppyday.htm
Cimg1118_2このような国際的なアピールは、彼個人の意図か政府の方針かは知らないが、日本政府また日本人がマネしてもおかしくない。このようなバッジを通して、日本人が国際的に主張したいことを無言で表現できる。

しかし慎重にしないと、外国でのトラブルの原因になるのかもしれない。この英国人の「ケシの花」は、自国の犠牲者の哀悼を示しながら、控えめに「反戦争」の主張をしていると思われるからだ。それは外国人の批判の対象にはならないであろう。

それでは、日本人が拉致問題や領土問題の解決を主張するバッジを外国で着用すればどうか。当該国の人々が見れば、やはり反感をもつだろう。この種の主張をもったバッジ着用は、海外で避けた方がよいのかもしれない。それでは「反原発」はどうか?これは被爆国や福島原発事故の日本人としてはOK? しかし日本から原発建設の支援をベトナムは受けることになっている。そうなると、やはり避けた方が良い?

たかがバッジであるが、それには主張が込められている。いろいろ考えさせれる。

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2013年10月27日 (日)

タインホア省で親しく話した人たち(2):カナダ人のビルさん

カナダ人のビル氏(写真下右)は、ミャンマー在住で投資コンサルティング会社のCEOである。彼とはハノイからの自動車、そしてホテルまで同じであった。

私もミャンマーには3回訪問しており、今年も投資環境の調査訪問をしたばかりである。これで話しが合わないはずがない。Cimg1130彼は、ベジタリアンで玉子と魚のほかの肉食はしない。朝食で一緒になって、食事は麺類(ブン:写真下)なのだが、彼は野菜だけを注文した。しかし、そんな注文はベトナム人の店員にとっては初めてである。そこで私がベトナム語で「助言」した。Cimg1135英会話にコンプレックスを持っている私が英語を話すカナダ人に「助言」するなんて、少しばかり気分がよい。

麺のスープも豚骨であるから、ビルさんは飲まない。そこで麺の上に玉子とネギや野菜を乗せて、それに少しお湯をかけて、ライムを搾って酸味をつけた味で食べていた。ニュクマム(魚醤)をかけることを私は勧めたが、彼は「塩分控えめ」を通した。ベジタリアンの人が、ベトナムの麺類を食べるとこうなるのか・・・。新しい発見であった。Cimg1431_2タインホア省の「サムソン海岸リゾート開発地区」でテレビインタビューを受ける。私も「投資促進フォーラム」の休憩時間に日本企業の投資促進についてテレビインタビューを受けた。私は「コミュニケーションを重視する特に日本の中小企業には、日本語を話す豊富な人材が不可欠だ」と回答した。

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2013年10月26日 (土)

タインホア省で親しく話した人たち(1)

今回、私は在大阪ベトナム総領事館からの案内を受けて、タイインホア省で開催された「ギソン石油精製化学プロジェクト起工式」と「ギソン経済区と近隣地区の投資促進フォーラム」にベトナム滞在中のダナンから出席した。

ダナンからハノイの空港に着いて、タインホア省の外務局職員(写真右)が私の名札を示して迎えてくれた。また地元のホン=ドゥック大学で英語を教えるクゥイ先生(写真左)がボランティアで誘導してくれた。Cimg1059_2驚くべきことに、ハノイの空港で昼食というのだが、全部タインホア省が負担してくれる。私は、それならと「ハノイビール」を思わず注文してしまった。ダナンでは「ダイエット」を心がけているのだが、この小さな誘惑にすら負けてしまう自分が情けない。

空港から自動車に同乗したのはシンガポール人2名、さらにハノイ郊外で合流したのは英国大使館の投資担当責任者、それに投資コンサル会社でミャンマー在住のカナダ人などであった。そこからタインホア市まで約3時間の自動車での移動である。私は、ハノイや途中通過するハナム省の説明をしたが、皆さん、私の知識には感心してくれた。私自身、ベトナムについては簡単に負けないという自信と確信をもてた。Cimg1111タインホア市に到着して同省人民委員会を表敬訪問(写真上)
写真下左は同じ自動車に同上した英国人(大使館)、右は副知事である。この面談の前が、日本のベトナム大使館そして総領事館の皆さん(前大使のビンさん(現在、外務省系の新聞社副社長だそうである)、大阪総領事館のティーン総領事ら)であり、その後の面談は日本大使館の深田特命全権大使であった。Cimg1114その後に各ホテルに分散してチェックイン。そのホテルにもタインホア省の責任社や英語のできるボランティア青年がいて、いろいろと案内をしてくれる。このホテルでの夕食では、韓国企業の経営者や地元職員の皆さんと盛り上がった。Cimg1128ともかくお酒を飲めば、楽しくなって、世界は一つに感じる。私の性格である。もし日本人が同席していると、やはり気を遣ってしまって、これほど楽しめなかったと思う。日本の唯一の代表というのは、気楽で楽しい・・・。

以上、最も感心したのは、タインホア省の効率的な受け入れ体制である。異なった時間と場所に到着する人々を円滑な「バトンリレー」のように連携して時間通りに目的地に到着させる。これは、ベトナム人の恐るべき潜在的な組織力・集中力を明らかに示している。「本気でやればできる」ベトナム人を実感した。

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2013年10月25日 (金)

ベトナム点描(13):深田大使の祝辞

伝聞ではあるが、深田特命全権大使は大阪の高槻市出身で、大阪外国語大学卒業。当然、阪神タイガースのファンかと思えば、巨人ファンだそうである。Cimg1209私は深田大使の「追っかけ」ではないが、ダナンの海上自衛隊に続いての挨拶を伺った。今回のタインホア訪問団で親しくなったカナダ人(ミャンマーの投資コンサル会社の責任者)は、「強いメッセージ」だという感想を述べていた。

「ギソン石油精製プロジェクト」を日本政府が今後も支援していくということを述べたのだが、まさに「国家プロジェクト」化の「公約」であるように私には感じられた。その語り口は明確で声量も十分。確かに力強い印象を出席者に与えたに違いない。Cimg1236こういった起工式の最後には「テープカット」となるのだろうが、ここでは写真のような「花火」であった。また、こういった式典に私は初めて出席したが、挨拶を指名されると、「行進曲」のような元気な音楽が流れる。これも興味深い演出である。登壇する講演者を励ますような感じである。Cimg1239_3簡単に言えば、ベトナムの演出は「ど派手」で会場設営や会議招待客の規模は「大きいことは良いことだ」の発想である。そのおかげで「あご足」付きの無料招待客にして頂いたので批判するのは筋が通らないが、どれだけの予算規模なのか? ちょっと想像を絶する。日本なら一般市民からの「税金の無駄遣い」批判が出て当然である。もっとも、日本の2020年の東京オリンピック大会も似たようなものかもしれない。



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2013年10月24日 (木)

ベトナム点描(12):ズン首相とレカフュー元共産党書記長

起工式でズン首相が祝辞を述べた。レカフュー元共産党書記長、ファンバンカイ前首相も出席。Cimg1216グエン=タン=ズン首相
ズン首相が、タインホアはハノイから近い。わずか自動車で2時間しかかからない・・・と話した時は、会場からどよめきと笑いが自然に起きた。高速道路を利用しても普通は3時間から4時間は必要なのだが、パトカーに先導されたズン首相なら時速100キロの持続走向が可能だからだ。

これには一般感覚から「浮いている」という印象をもったが、講演原稿など読まずに次から次に言葉が出てくる話しぶりは、要するに頭脳明晰。これなら世界の首脳とも十分に渡り合えるのだろうと思わせる能力を私は感じた。Cimg1222レ=カフュー元共産党書記長
レカフュー元書記長は、昨年のビンディン省の国際武道大会にも出席されていたが、遠くからでも写真を撮ることはできなかった。今回、念願が叶った。寡黙で温厚な人柄を感じさせるが、軍隊の出身だけあって意志の強さを思わせる。

レカフュー元共産党書記長は、タインホア省の出身であり、同省には14世紀から15世紀にレ(黎)王朝があった。タインホア省出身のレ(LE)姓のベトナム人は、その末裔ということもありうる。私の知人に何人かのLE姓のベトナム人がいるが、確かに、その1人はタインホア省出身である。

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2013年10月23日 (水)

ベトナム点描(11):タインホア省に向かう

タインホア省の「ギソン石油精製プロジェクト」の起工式が23日午前中に開催。その午後にはギソン経済特区に対する投資促進のフォーラムが開催された。Cimg1097写真:パトカーに先導されてハノイからタインホア省に向かう
その前後の22日と24日は、世界からの招待客を交えた会食や視察バスツアーが実施。その規模が、ベトナムニュースによれば800名と言われていたが、その後に1,000名となり、実際には1,200名を超えた。Cimg1261
タインホア市内で会食
私は、事前に依頼されていたのだが、投資促進フォーラムで最初に質問をする役割であった。今回から、数回に渡って、その様子を紹介してみよう。

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2013年10月22日 (火)

ベトナム点描(10):ダナン港の風景

海上自衛隊の船上レセプションは忘れがたい。海上自衛隊士官の方々との会話中で、大阪外国語大学卒業の八尾市出身の男性(・・・私の地元の箕面市に大学がある)、また乗船医師の女性(・・・小児科専門はオールマイティの医者だそうである)・・・の方々などなど、またダナン人民委員会の外国投資局のヒューさんなどと親しく話すことができた。Cimg1001_2また、ダナン港から見たダナン市内にも感激した。ここはベトナムか? オーストラリアのシドニー港や米国のニューヨーク港のような雰囲気が部分的にあるではないか?Cimg0921写真上がベトナムだと最初に言い当てる人は、おそらく日本人では極めて少数であろう。なお写真下では、右側の高層ビルに照明がないが、それは単純な理由で建設中だからである。Cimg1006成田・東京の一時帰国は何とも言いようがない惨状であったが、この日のためにダナンに早く戻ってきて満足した。ベトナムと中国の海上国境を巡る緊張関係も、中国首脳のベトナム訪問によってやや緩和したようである。

まさに和やかな交流と友好の雰囲気に包まれた海上自衛隊練習艦隊のダナン寄港であった。

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2013年10月21日 (月)

ベトナム点描(9):海上自衛隊練習艦隊のダナン寄港

10月19日(土)、海上自衛隊練習艦隊「かしま:3508」・「しらゆき:3517」・「いそゆき:127」の3艦がダナン港に寄港した。Cimg0885本年5月22日に東京を出港し、世界一週の18カ国を訪問。来る10月30日に日本に帰還。合計162日、約3万キロの練習船の最後の寄港地がベトナムのダナン港である。練習船の「練習」という意味は、広島の江田島で勉強した将来の幹部候補生の海上航海の「実習」ということである。各国で地元の在留邦人や海軍関係者との交流と友好を深めることも目的であろう。江田島は、かつての「海軍兵学校」の所在地。これまで数多くの戦争映画の舞台になってきた。ベトナムに来て、こういう機会に遭遇するとは・・・。いろいろな意味で感慨深い。Cimg0915午後4時頃からの艦内の案内に続いて、ベトナムに赴任されたばかりの深田特命全権大使の招待で艦上のレセプションが5時30分から開催された。この食事の美味しいこと!!こんな感激は久しぶりであった。少なくとも日本の5★ホテルの立食に匹敵する味である。Cimg0965_2事前に申し込んでおけば、ベトナム人も参加できる開かれた懇親会であったが、人数が70名ほどに限定されていたようである。ビールも日本酒も日本製。にぎり寿司や天ぷらの屋台も嬉しい。もっともっとゆっくり食事を楽しみたいと思われた至福の時間である。Cimg0984深田特命全権大使は、ハノイ以外の訪問地はダナンが初めてと言われていた。大使と練習艦隊艦隊司令官の共同主催の懇親会であるから、最初と最後に出席者1人1人に挨拶をされていた。まさにご苦労さまである。ベトナムでの新たなご活躍を期待したい。

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2013年10月20日 (日)

ベトナム点描(8):ハノイの空港ホテル

通常、空港の近くには早朝便に乗るためにホテルがある。関空には日航ホテルがあるし、成田にも周辺の10分から15分圏内に多数のホテルがある。

これに対してベトナムは困る。たとえば以前に紹介したビンディン省のクイニョン空港に行くためには、ハノイやホーチミン市では早朝4時や5時に起床しなければならない。空港と市内のホテルは約1時間の距離だからである。Cimg0812今回の一時帰国で私はハノイに1泊しなけばならなかった。しかもホテルのチェックインが16日の午前2時30分。チェックアウトが午前6時30分という状況であった。空港内で仮眠することもできないではないが、東京の会議に出席するために、やはりシャワーは使いたいし、服装や下着も着替えたい。Cimg0810そこでハノイの友人に頼んで、1泊36万ドン(約1,800円)それに加えて空港までのタクシーが5万ドンの「空港ホテル」を予約してもらった。空港到着が深夜であるから、空港からのタクシーの利用は難しいのだが、友人が空港まで迎えに来てくれた。台風のために遅延に次ぐ遅延の連続の到着時間を粘り強く待っていてくれた友人に感謝である。Cimg0811このホテルからハノイのノイバイ空港まで10分程度。名前や住所・連絡先は上下の写真を参照されたい。

このホテル、各種の旅行手配もしているが、部屋の広さは本当に「寝るだけ」である。しかし若い男性従業員は英語ができて親切だ。たとえば「パスポートは持っているか?」「航空券は確認したか?」「忘れ物はないか?」などとチェックアウト時に質問してくれる。こんなホテルは初めてである。私のほかにタイ人の旅行者が宿泊していて、空港までタクシーを同乗した。これでホテルは前払いのタクシー代5万ドンが儲かったことになる。メーターは5万ドンを少し超えた所で止まった。

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2013年10月19日 (土)

ベトナム点描(7):謎の「Awa Maru:1945」

成田からハノイに向かうベトナム航空の機内テレビで写真のような地図を見た。 

そこには「Awa Maru:1945」の記載がある。これは謎である。上海や広州の地名と同列になっていて違和感がある。これは重要な意味があるに違いない。ダナンに戻って『ウィキペディア』を見れば、以下の説明があった。Cimg0828阿波丸事件(あわまるじけん)とは、太平洋戦争中の1945年昭和20年)4月1日シンガポールから日本へ向けて航行中であった貨客船「阿波丸」が、アメリカ海軍潜水艦クイーンフィッシュ (USS Queenfish, SS-393)」により撃沈され、2000人以上の乗船者のほとんどが死亡した事件。「阿波丸」は日米間の協定で安全航行を保障されていたはずであった。

この事件は、日本に対する米国の大きな犯罪とみなされており、日本に対する賠償金の問題が発生している。これをベトナム航空がなぜ地図に記載するのか?

この問題は、ぜひベトナム航空に質問したいと思うが、私見では、米国に対する警戒感の保持を日本人に暗示的に呼びかけているのではないか? この事件、日本人の私でも今になって初めて知った。

ただし上記の『ウィキペディア』によれば、私の蔵書の『ゴルゴ13』の「暗黒海流」の中で、阿波丸が「安房丸」の名前で登場しているそうである。確かに、このタイトルに記憶はある。改めて同書を読み返してみたい。

なお、この「阿波丸:1945」の記載については、米国人が疑問に思ったり、何らかの「抗議」があっても不思議ではない。しかし、そういったことは米国人にとっては些末事なのかもしれない。

この地図の真相は何か? まさに「謎」である。ご教示いただけると幸甚である。

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2013年10月18日 (金)

ベトナム点描(6):成田空港の「不審物」?

新幹線や一般電車の中で「車内に不審物を見かけたら連絡して下さい」というアナウンスがある。これが耳に残っていて、成田空港で早朝7時20分頃、写真のような場面に遭遇した。

Cimg0817ゴミ箱の隣にナップザック。おそらくゴミとして捨てられたのであろうが、周辺に人もいない。皆さん、これは「不審物」でしょうか?

私は、通りかかった空港会社の女性職員に「警備員に連絡したら・・・」と言ったが、「あれはゴミでしょう」という反応であった。その後、空港内のコンビニを訪問してから、再び上記の場面に出逢った。どうも気になるので、空港内の警察官に連絡して出国管理所に向かった。

少なくとも警察官からは感謝されたのだが、果たして自分は過剰な「お節介者」なのか? または「アクション映画の見過ぎ」なのか? この両方は妥当な見解と自分でも納得するが、やや自己嫌悪にもなる。

「不審物」の定義は何か? 何%の人が不審と思えば、「不審物」になるのか? 今回の「空の旅」で考えた問題である。でも、中味は何だろう? やっぱり「不審物」である。    

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2013年10月17日 (木)

ベトナム点描(5):ダナンの災害復旧

結局、15日~17日の日本一時帰国は、ダナン空港から成田空港までの移動時間が合計37時間。日本の滞在時間は19時間。ほぼ2倍の移動時間である。

これは、たとえば人気歌手の2時間の公演を見るために行列に4時間並ぶようなものである。そして結局は公演中止。その理由が交通事故となれば、不可抗力。かえって気の毒にもなる。今回の一時帰国のトラブルは、理由がダナンと成田の2重の台風襲来という「想定外」の出来事だから、やはり不可抗力である。

また、17日付けのViet Nam Newsによれば、ダナンで電力復旧率は75%ということであった。写真下のオレンジ色の服装のおじさんが電力会社の技術者である。そして隣の女性が苦情を言っている様子であった。Cimg0838しかし私が大声で「どうもありがとう:Xin Com On」と言うと、おじさんは笑顔で返答してくれた。また周囲のベトナム人もニヤリという表情であった。さらに倒れた街路樹も修復され、ホテルの電気も水道も復旧していた。ちょうどダナン最悪の状態を一時帰国で避難していたようなものである。ベトナム生活に私は余り不自由を感じないが、電気と水道のない生活には耐えられないと思う。東日本大震災の被災者の皆さんの苦労を身近に感じた。

写真下は、ダナン大学本部の正門前。倒れた樹木が切断されて片付けられていた。おそらく16日と17日の2日間の作業である。Cimg0844_3今回の私の見聞を通して、災害復旧におけるベトナムの「人力」が高く評価されうる。さらにベトナム戦争を想起すれば、まさに難局に強いベトナム人と見なされる。これは一般化できるベトナム人の特徴になるかもしれない。

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2013年10月16日 (水)

ベトナム点描(4):ダナン空港から成田空港の旅

ダナン空港で15日に10時間も時間を過ごした。予定の航空便が遅延の連続である。午後8時30分発の航空便を午後3時30分発に電話変更したつもりなのに、チェックイン=カウンターで登場名簿に名前が記載されておらず、午後6時30分発になる。この便が、実際に出発したのは翌日16日の午前1時過ぎであった。

その間、ハノイ~成田は日本の台風の影響で遅延して16日の午前9時に出発であるが、ハノイ~関西は予定通り飛ぶと聞いて、それに変更してもらうことにした。16日午前0時10分のハノイ出発であれば、関空に到着してから新幹線で東京に向かって、午後1時30分からの東京・神田の会議に間に合う。

チェックイン=カウンターの情報でハノイ~関西は満席ということであったが、ハノイの旅行会社の「特別なテクニック」で何とか予約できた。しかも250ドルほどの追加料金でOKである。Cimg0802        ダナン空港の混雑
しかしその後、このハノイ~関西も遅延で翌朝出発ということを聞いた。そこで諦めて、当初の予定通り、ハノイ~成田に行くことにした。大阪~東京の新幹線も台風のために遅延する可能性があるという情報を日本から聞いたからである。

こういう緊急・突発の事態では、ともかく情報が必要であり、それらに対する冷静で即座の判断が重要と認識・自覚できた。

以上の事例で考えられた私の反省材料は2つある。第1は、16日早朝のハノイ~関西の出発時刻が、午前7時30分だったことである。この出発時刻の情報確認を忘れていた。これなら、関西空港に日本時間で午後2時前に到着して、それから新幹線で午後5時に東京に着くことができたかもしれない。そうすれば、東京での会議終了後の「打ち合わせ」に参加できた。ただし、この場合には新幹線代も含めて5万円程度が追加で必要であった。

第2に、成田空港から東京までの交通障害を考えていなかった。成田空港には16日午後4時過ぎに着いたが、駐機場が混雑していて機内の中で1時間ほど待たされた。結局、午後5時30分に日本帰国。その時刻から東京に向かおうとしたが、成田エキスプレスは長蛇の列であって乗れそうにもない。とりあえず成田駅から徒歩5分ほどのホテルに先に荷物を置こうと思っても、短距離タクシーはない。JR総武線も千葉までしか運行しておらず、そのダイヤも遅れている。こんな状態で東京までは行けない。もし東京行きを決断していれば、おそらく午後10時前後に到着となったであろう。

結局、15日から17日にかけて私は日本に一時帰国したが、日本の滞在時間は16時間。成田駅のホテルに1泊してベトナムに帰国した。日本人の何人かの「会いたい人々」には一人も会えなかった。これは貴重な経験であった。まさに「空の旅」を十二分に満喫した。

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2013年10月15日 (火)

ベトナム点描(3):ダナン台風11号の被害

10月14日から15日にかけてダナンに台風11号が来襲。すでに10号を経験していたが、それは雨が多かった。それに比べて、11号は暴風である。

Cimg0726_2最大風速55m。その強度は想像もつかないが、15日の午前中に市内を歩いてみると、せっかく青々と茂った街路樹が多数なぎ倒されている。Cimg074515日の朝から困ったことは、停電と断水である。また銀行や多数の会社・お店が休業となり、朝から食べるものがない。通常よりも少ないタクシーは走っているが、タクシー運転手の自分の家や周辺の補修を考えると、ほとんどのタクシーも休業のようである。Cimg0790停電の原因は、街路樹の倒壊による電線の切断であると思われる。その周辺で子どもが遊んでいるのを見て、ちょっと注意したのだが、ともかく危険である。せめて電線周辺の樹木を切るなどの処理をしておけば、停電は防止できるのではないか。もちろん最善の策は電線の地下化である。
Cimg0783停電になれば、当然、数少ない交通信号も点灯しない。日本なら大混雑であろうが、そこはベトナム。慣れたものである。何事もないように交差点をバイクが通過する。また停電は、日本人ならパニックであるが、夜の7時か8時に復旧するのではないか?・・・とノンビリしているベトナム人。なぜか逞しさを感じた。

私は、成田に一時帰国のために、また市内の停電と断水と食料不足から避難するために午後2時過ぎにダナン空港に向かった。しかし台風の影響で、ダナン~ハノイ、そしてハノイ~成田の航空機が飛ばないのである。 

しかも、ハノイ~成田は16日午前0時10分の出発が9時30分発となる。これでは、16日の午前中の会議に間に合わないではないか?ベトナムと日本の二重の台風に遭遇するとは、今後、「台風男」と自称してみようか?



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2013年10月14日 (月)

ベトナム点描(2):ホーチミン市の「ジャパンサークル」

ホーチミン市を中心とするコンサルティング会社、ベトニャット社が10月10日に投資セミナーと商談会を開催した(既報)。

Cimg0456写真上が、ファン=チー=ラン女史。

写真上は、ベトナム商工会議所の元副会頭、現在も影響力あるエコノミストである。英語とフランス語を駆使するチー=ランさんは、1994年前後の日本企業の第1次投資ブームにおいて、知らない人は皆無に近かった。

Cimg0462セミナーの様子

テレビ局や新聞の取材もあり、非常に盛況なセミナーであり、その後の商談会にも多数のベトナム企業参加した。しかしながら、ベトナム企業の中には「ひやかし」のような参加もあったようである。Cimg0467_2商談会の様子

結婚の契機になる「お見合い」に似ていると「商談会」を考えれば、最初からえり好みせずに、どんな相手とも話しをすればよい。そうすれば、相手(女性または男性)の一般的な傾向・・・商談会の場合はベトナム企業の知識水準や経営姿勢が次第に理解できるようになる。これだけでも有益である。また、自分自身の反省材料にもなると思われる。

ともかく多数の企業と面談するということも、このように考えれば、大いに有意義である。

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2013年10月13日 (日)

ベトナム点描(1):ハナム省知事とビンディン省知事

10月7日から10月12日の間に、ハノイ近郊のハナム省とベトナム中部のビンディン省の知事(人民委員会委員長)2名の方々と親しくお話できた。こういう経験は、かなり希有な事例ではないかと思う。Cimg0313

写真上(右)が、ハナム省のロイ省知事
Cimg0609_2写真上(左)が、ビンディン省のロック省知事

ホーチミン市やハノイの都市集中が進み、それに伴って周辺の省に企業進出が拡散する。これは当然のことであるが、そうなるとビンディン省に順番が回ってくるのは、いつになるのか?

そこで私は、中部ダナンを中核にして南北に鉄道網を拡張していく方式を提案したい。いわゆるODAや国際金融機関の外国資金提供側の人々は、ハノイやホーチミン市に居住して、自分の周辺のインフラ整備が進めば、それで満足するのかもしれない。

しかし、そうなれば、ホーチミン市やハノイの都市集中がますます進展することになる。ベトナム全体を考えれば、所得格差、生活水準の格差の拡大を助長することになるのではないか?

そこでダナンから南北に鉄道路線の開発を進め、最後にハノイとホーチミンに連結する。このようにすれば、南北の連結が促進されることになる。たとえばハノイから南下しての開発となれば、財政資金が逼迫すれば、そこで工事はストップしてしまう。これに対して、ダナンからの開発スタートとなれば、何がなんでもハノイやホーチミン市に連結しなければ意味がなくなるということで、その開発の優先度は高まると考えられる。

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2013年10月12日 (土)

クイニョンからホーチミン市そしてダナン

10月12日(土)は、一部のテレビ放送が、故・ザップ大将の国葬のために放送を中止していた。

その日にビンディン省のクイニョン市からホーチミン市に移動。私が副会長を務めるNIPPON VINA社で会議をしてから、サイゴン南のクレセントモールを見学。この行程には、ビンディン省で合流した日本ベトナム経済交流センターの森理事長と織田専務理事が同行した。そして私は午後7時過ぎにダナンに戻った。我がホームタウン、我が家のダナンである。ホッとする。

部屋の中でブログ執筆中、すでにVTV1で放映されたテレビドラマ「パートナー」が、今度はVTV3で再放送されている。このドラマのベトナム人の評価が知りたいところである。

ハノイの友人は、ベトナムの英雄であるファン=ブン=チャウを違ったイメージで描いている。ベトナム人の新しいお母さんになる女性が美人だけれども、軽薄でバカのように描かれている。さらに日本人がかっこ良すぎるし、主人公の奥さんよりも看護婦との関係が深いように描かれているのも理解できない。紙で作った桜の花が大きいことも考えられない。以上、まさに酷評である。他方、ホーチミン市で日本語を学ぶ大学生は、感動したと言っていた。

このテレビ番組、ベトナム人の中でも賛否両論があるのかもしれない。もう少し情報を収集したい。

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2013年10月11日 (金)

クイニョンに移動・・・

ホーチミン市からビンディン省の省都クイニョン市に移動。そのために朝の5時にホテルを出発した。しかし空港で、6時40分の出発予定が約1時間の遅延となった。

それでもベトナム人乗客は、半ば諦めた表情で黙って待っている。日本でなら「どうしてくれるんだ!!」と職員に食ってかかる人もいるはずである。

阪神大震災や東日本大震災の後、日本人は忍耐強いと言われることがあるが、ベトナム人も同様に忍耐強いと思われた。それは、そうであろう。「ベトナム戦争(=ベトナム人から見ればアメリカ戦争)」でベトナムが勝利しただけのことはある。

ビンディン省ではロック省知事にお目にかかった。日本とベトナムを合わせて数回の面会となり、非常に親しく接して頂いた。私がダナンに滞在していることを話したが、クイニョンは近いので何度も来なさいと言われた。

この面会は、日本ベトナム経済交流センターの森理事長と織田専務理事とご一緒した。ロック省知事が、われわれを招待して下さった。ベトナム語の「ありがとう」は「恩に感じる:感恩(Cam On)」。私も「感恩」である。

なお、明日はザップ元大将の国葬である。娯楽は慎んで国民は喪に服する日である。特に大きな規制はないようである。ほとんどの政府高官は、葬儀場となっているクワァンビン省に向かうようである。

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2013年10月10日 (木)

ホーチミン市で「ジャパンサークル」セミナー開催

10月9日にハノイからホーチミン市に移動。堺国際ビジネス推進協議会の皆さんもお元気である。

10月10日は、ホテル日航サイゴンにおいて「ジャパンサークル」創設を記念したセミナーに参加し、私も講演した。その後に商談会が開催された。

これについても詳細は後述。ハノイ貿易大学からの論文提出の依頼を受けて、これが大変な負担になっているが、共同執筆者のベトナム人教員が書く・・・というので、やらざるをえない。かなりの重労働になっている。

なお、10月12日は、ヴォ・グエン・ザップ元大将の国葬だそうである。テレビを見ながら、国民が喪に服するということである。

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2013年10月 9日 (水)

ハナム省人民委員会を訪問

10月8日、ハノイから国道1号線を南下。車窓からの田園風景を眺めていると、約1時間少しでハナム省に着く。

ハナム省の工業団地と進出企業そして人民委員会を訪問した。詳細は後述。ともかく多忙である。

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2013年10月 8日 (火)

堺国際ビジネス推進協議会がベトナム到着

10月7日(月)~13日(日)早朝の予定で、堺国際ビジネス推進協議会の皆さん、事務局を含めて13名がハノイに来られた。

私は「商談会」の開催を委託されており、ハノイでは三進ベトナムの新妻さんに商談会のパートナー企業の募集をお願いした。

10月7日(月)は、ノイバイ空港の到着後からJETROハノイ事務所を訪問し、投資アドバイザーの浅野さんからベトナムのビジネス情勢について伺った。その後に巨大ショッピングセンターであるロイヤルシティ(=ビンコムメガモール)を見学。その後は、かなり高級なベトナム料理を賞味した。

バックアップの玉井さんは「人材採用会」の開催が担当であり、その後に翌日からの打ち合わせを実施して、7日の予定が終了である。これらの詳細は、順次、時間の余裕がある時に紹介してみたい。

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2013年10月 7日 (月)

英雄の逝去:ザップ元将軍

10月4日にヴォ=グエン=ザップ元将軍が逝去した。103歳であった。 

私はダナンからハノイに6日(日)に移動したが、空港からホテルまでの間に多数の若者が集まっている。何かと思えば、ザップ元将軍の自宅ということである。 

いわゆる弔問ということで、多数の人々が集まっている。私は、年長者・高齢者が多いのかと思っていたが、そうでないことにやや驚かされた。

 幼い頃からザップ元将軍を「英雄」として教えられてきた青年にとって、その逝去には、われわれ外国人の想像を超える感慨があるに違いない。 

事実、フランスや米国を相手にして、小国ベトナムが一歩も引かずに戦って勝利する。しかし彼の指揮によって多数のベトナム人も犠牲になっている。英雄とは、こういった犠牲者によって支えられているように思われる。この意味では、もはや現代に英雄は必要ないのかもしれない。

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2013年10月 6日 (日)

ダナンのお土産はこれに決定:PHEVA

以前から話題にしているダナンのPHEVAチョコレート。ベトナム原産のカカオや黒胡椒を原材料にしたベトナム独特の味。そしてスイスにも輸出しているヨーロッパ水準の大人の味。Cimg0067共同創業者:ビンセント氏とフォンさん・・・2人はフランスで知り合った。英語とフランス語で話しができるし、もちろんフォンさんはベトナム語もOK。もともとは、ベトナムの日本語情報誌『スケッチ』の隅野さんから本年9月に紹介された店である。

これほどの味のチョコレートがベトナムで生産されるとは信じられない。長くベトナムに関わってきてよかった。若い2人を応援したいし、それにもかかわらず、彼らの経営知識も十分である。パートナーとしても頼もしい。Cimg0068好きなサイズの箱にチョコレートを詰め合わせてくれる。これと赤ワイン、これとスコッチウィスキー、これとブランデー。飲んだら止められんな~。銀座や北新地のおネエちゃんにお土産にしたらモテるやろな~と想像できる味と雰囲気である。

・日本でチョコレートと言えば、ベルギーでしょ?・・・PHEVAのチョコレートもスイスに輸出している。ヨーロッパのテースト十分。

ブランド力がない?・・・創業したばかりでなので当たり前。

・競争が激しい?・・・ベトナム産の原材料使用は十分に差別化できている。

上田先生の思い込み?・・・すでにダナンのインターコンティネンタルホテルやノボテルホテルが、宿泊客のギフトとして販売している。そこではホテルと相談したオリジナルのパッケージにして購入している。

・日本人の味と好みに合う?・・・日本人向けの味と好みのパッケージを用意するのは当然と2人は話している。

・日本での知名度がない?・・・だから応援しようではないか!!!

店名:PHEVA(フィーヴァ) http://www.phevaworld.com/
日本語での紹介:http://www.lavieplus.jp/news/detail?id=830

非常に清潔感のあるお店で、以上のような内容の会話をしながら、またまた「お土産」に買ってしまった。来週月曜日からベトナム訪問される「堺国際ビジネス推進協議会」のベトナム経済交流ミッションの皆さんのためである。

付記:PHEVAの店内も、私のホテルの部屋もそうであるが、床が大きなタイル張りである。これは髪の毛一本が落ちていても気がつく。また掃除も楽だし、夏は涼しい。おそらくロボットの掃除機が最も活躍できる環境だと思う。日本の冬の寒さは床暖房で克服できるのではないか? 話しは変わるが、すっかりタイル張りの床生活が気に入った。

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2013年10月 5日 (土)

休日のひと時


ホテル近くのコーヒー店では、コーヒーを注文してもお茶を出してくれる。また同店の雰囲気は気が利いている。写真の注文は、いわゆる「アイスコーヒー」(右側)である。Cimg0084
普通、私はホテル内で仕事をしている。また時間があれば、ダナンの企業訪問をしたいと思っているし、ゴルフ練習場にも行きたい。大学に行って「日本センター」の前宣伝のために、学生向けに日本語での進路指導もしたい。やりたいことは多々あるが、これまでの仕事が多重債務となっており、それを単純に同時終了できない。Cimg0086_2この店のオーナーのベトナム人は、デザインを勉強したと言っていたが、確かに店の感じが外国人には受けるように思う。しかしベトナム人は、近くの猥雑なコーヒー店を好むようである。値段は同じである。私は、この店が、もっと外国人が集まるところに立地すれば、人気が出るとオーナーに話している。

店名 BOON 住所 43 Pasteur, Da Nang ・・・ 本ブログで以前にも紹介した。


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2013年10月 4日 (金)

大学院生のプレゼンテーション

兵庫県立大学大学院経営学研究科の修士2年生6名が、2週間のフィールドスタディを終えてダナン大学でプレゼンテーションした。Cimg0109研究目的は、ダナンの魅力を発見し、それを情報発信することである。それを通してダナン観光の発展に貢献することが意図されている。具体的には、主要なホテルの経営幹部や、ミーソン遺跡などを訪問した観光客にインタビューした結果が報告された。Cimg0111さすがに大学院生だけのことはあって、プレゼンテーションの内容はよくまとまっていた。ただし、限られた時間でやむをえないが、調査対象となった標本数が少ないことが残念であった。ぜひ来年も、参加学生は新しくなっても、この調査結果を継承して、さらに深化したフィールドスタディの実施を期待したい。

次年度は、ダナン市の観光局または観光協会など公的機関の訪問を勧めたい。さらにダナンを中心にしたホイアン・ミーソン・フエのバス路線など観光客に便利な情報、さらにダナンの既知の観光地のみならず、お勧めの新発見のお店などの情報を期待したい。いわゆる『地球の歩き方』を上回る具体的な情報発信ができれば本物である。このためには、学生交流という部分をカットして、通訳を雇用しての本格な調査という考え方もありうる。Cimg0116とは言うものの、ベトナム人学生からの「お土産」として、ホイアンのお菓子を頂戴した。少しでも感謝の気持ちを表現するベトナム人学生の気持ちが嬉しい。何と言っても今、定期試験の期間中で勉強が大変と言いながらの報告会の出席であった。

また上記のお菓子は、私は初めてであった。ビスケットのようにサクサクした食感であり、ココナツミルクが入っているような味であった。

以上、無事にフィールドスタディは終了した。私は何度も経験しているが、学生引率の大学教員の苦労は大変である。今回も、体調不良の学生に病院で診察を受けさせたそうである。特に女子学生の体調不良の場合、引率教員が男性であるから、女子学生をもう1人活動から離して介護役に付けなければならない。こういった気疲れは経験者でないと理解できない。

 

学生を引率された兵庫県立大学の秋山秀一准教授に敬意を表します。そしてまた、ぜひ来年もダナンにお越し下さい。お待ちしております。

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2013年10月 3日 (木)

ダナンの日本人社会

ダナンに住みたいけれど、適当な仕事がない。こういう日本人が多いようだ。ハノイやホーチミン市の在留邦人が5千人や6千人という規模であるにもかかわらず、中部ダナンでは100名を超えた程度である。それだけ仕事も少ないことを意味している。 

また、その日本人社会は非常に狭い。人の噂がすぐに拡散するようである。他方、何でも質問すれば、どんな情報でも入手できる。ある意味では生活しやすい。

さて私は、日刊英字新聞のViet Nam Newsを定期購読しようと思って、何度も事務所に電話しても返事がない。事務所を訪問しても不在。メールを送っても返事がない。結局、ホテルの受付に依頼した。担当者2名は常に忙しくしているそうである。明日から毎日ホテルに配達してくれるのだそうだが、果たして大丈夫か? 購読料は1ヶ月単位。Cimg0089こんな話を無料情報誌『スケッチ』のダナン支局の高野さんに伝えた。おそらく日本人でも毎日のベトナム情報を英語で読みたい人がいるはずである。『スケッチ』で販売仲介をすればどうか? こんな提案をした。彼女は、すぐに伝えますと返事があった。おそらくハノイやホーチミン市では読者もかなりあり、ベトナムニュースのスタッフも多数いるに違いない。このダナンの特殊性なのだと思う。

なお、高野さんと知り合いになった契機は、『スケッチ』11月号に広告掲載をハノイのロータス投資運用会社が依頼したからである。広告の内容は「乞うご期待」。

いろいろな日本人とすぐに友人・知人になれるダナン。なかなか面白い。

 

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2013年10月 2日 (水)

兵庫県立大学大学院の学生6名と合流

ダナン大学を受け入れ先として、兵庫県立大学大学院経営学研究科の経営専門職専攻の学生6名の皆さんと初めてお目にかかった。秋山准教授が引率して、ダナンの観光資源の調査をダナン大学の学生と一緒に実施している。Cimg0074いわゆる海外フィ-ルドスタディである。ダナンに台風が接近していて暴風雨が心配されたが、9月30日には雨もあがり、海岸の海鮮料理をゆっくり楽しめた。

また、旧知の高倉昌子さんを「団長」とする4名のご婦人グループともご一緒した。ハノイから深夜列車でサパに行かれ、ハノイからフエの航空機が台風の影響で遅延。せっかくの古都フエの観光ができずに自動車でダナンに来られた。私も入れて総員12名であるが、高倉さんのご婦人グループが最もお元気の様子であった。

安倍首相は、日本経済の成長戦略として女性の活用を考えているようだが、すでに30~40歳代の女性は男性以上に活躍している場合が多い。まさに、こういった方々の潜在的な「パワー」を何らかの経済活動に活用すべきなのではないか。

大学院生は翌日が午前7時30分出発の調査ということで、先に席を離れた。さすがに大学院生だけのことはあり、皆さん大人びた様子であった。彼らの調査結果のプレゼンテーションは4日(金)にダナン大学本部9階で開催。私も出席の予定である。


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2013年10月 1日 (火)

ベトナム人がタダにしてくれた!

ホーチミン市のTAX百貨店では、大きなイベントが9月29日(日)に開催されていた。財団の慈善活動のように思われたが、出演の子どもが大人っぽいダンスを踊っていることに少し驚かされた。Cimg0049私は「靴紐」を買いに来た。それをスマホのカバーのベルトに代用するためである。この文書だけでは想像できないと思われるが、より具体的に言えば、スマホをぶら下げるベルトが切れたので、その代わりのヒモを買いに来たのである。
Cimg0046_2
適当な色の靴紐があったが、その在庫はなく、それは現品限りであった。私は「新品よりは安いはずだ」と主張した。店員がオーナーに電話をしてくれたら、料金は不要と言われた。そこで、それに代わる木製の小さな靴べらを買うことにした。少額であるが、「タダ=無料」にしてくれるなんて、なぜか嬉しくなってしまう。

ダナンでタクシーに乗っていると、運転手が道を間違えているようである。しかも無線で別件の話をしている。ここで少しばかり怒ることに決心して、「おい、どうなってんねん?」「おかしいやないか?」「おまえ、しばくぞ!」と日本語で大声で怒鳴った。以前のハノイのホテルの泥棒事件でも「大喝」は有効であった。

ようやく目的地に着いた時、タクシーの運転手は「料金はいらない」と言う。私は即座に信じられなかったが、私の下品な大声の意図が彼に伝わったに違いない。「いや、いや、いや」と敢えて円満な顔で正規のメーター料金を支払った。 

この2件の「タダ=無料」の出来事は、ベトナム人の人柄それと日本人(=私)のタダものではない性格を示している。いずれにせよ、ベトナムでは自己主張しよう。それが世界の常識であるとも思うが、日本ではなかなかできない。

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