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2013年9月19日 (木)

恩地祥光『中内功のかばん持ち』を読んで

現在、私はダナンに滞在しているが、最初のベトナム訪問は、故・中内功理事長が契機となっている。(注)名前の「功」の漢字は、正しくは右辺の「力」の上が出ないが、ここでは便宜的に「功」を使用した。

1994年に中内氏を総隊長、私を実行委員長として流通科学大学「中国華南ベトナム流通調査隊」が結成された。夏休みを利用した学生を伴った1ヶ月間の陸路の行程であった。その事前準備として、同年3月に当時の天津大栄の三木さんと香港・ベトナムを下見した。この当時に会った日本人・ベトナム人の皆さんとの関係が今も続いている。ハノイの鈴木さんやハウさん、ダナンのナムさん(現在はダナン大学総長)である。

今回のベトナム滞在では、恩地祥光『中内功のかばん持ち』(プレジデント社、2013年9月)を持参して読んだ。恩地氏は現在、M&A仲介大手のレコフの社長であるが、同社の創業者である吉田氏とは何度かお目にかかった。吉田氏は、大のベトナム好きでホーチミン市に職業専門学校を建設された。中内氏と吉田氏を結ぶ恩地氏となれば、同書を読まないわけにはいかない。

同書は、今だから話せるというダイエーや中内功氏の「裏話」が満載されている。たとえば上記の「流通調査隊」の副隊長は、淡路屋の寺本社長であった。同じ大学(神戸商科大学、現在は兵庫県立大学)の先輩・後輩の間柄と思っていたが、同書によれば、中内氏を囲む「中内学校」の重要メンバーであった。

同書からのビジネスの教訓は、経営者がもつべき大きな経営理念・信念・哲学の重要性である。また同時に、冷徹・非情・狡猾とも言いうるビジネスに対する厳しい経営姿勢も不可欠ということである。

後者だけでは「ブラック企業」になり果てる。やはり従業員や社会に夢をもたせる前者が伴ってこそ企業は成長する。この両者を兼備することが経営者の資質として求められる。中内氏自身は「オネスト:正直」(63頁)と述べているが、それだけで企業経営が成功しないことは明白である。

それに付記すれば、柔軟性も必要なのだろう。晩年の中内氏にそれがあれば、ダイエーは現在も健在であったと思われる。不採算GMS店から撤退すればダイエーは生き残れるという恩地氏の提案に対して「アホなこと言うな!」と中内氏は一喝したそうである(180頁)。ダイエーを捨てれば、ダイエーが生き残る。しかし中内氏はそうしなかった。もっともそうなれば、中内氏の魅力は半減してしまう。

戦争は絶対あかん」という章は、現在日本の風潮を考えれば、多数の学生に読んでもらいたい部分である。「流通業は平和産業」であるということは大学の入学式や卒業式で何度も聞かされたが、中内氏が号泣した場面は、それを実感させる。「みんあ死んでしもて、自分だけが生き残って・・・・・・・・」(164頁)。「小売業は一番儲からん事業やけど、こんな経験してるからしょうがないわなあ」(163頁)。これらの言葉は中内氏の本音であり、その行動と思想の原点であろう。私見では、この信念が政治家にあれば、あらゆる非軍事的な外交戦略が、過去も今も採れているはずである。

2001年12月、私はラオス国立大学経済経営学部のJICA短期専門家としてビエンチャンに滞在していた。この時、ダイエー「創業者」の肩書きとなった中内功理事長にラオス人学生のために講義をお願いした。ホテルから大学に向かう自動車の中で中内氏を待たせる場面があり、この時の中内氏は、かなり不機嫌であった。ここでは、中内氏に対して「この資料をお読みになって少し待っていて下さい」と対応すれば良かったのだ。同書を読んで、今になって初めてわかった。

以上、同書を読んでの私の感想の一部である。2005年9月19日、中内功氏は亡くなっている。命日に当たって、改めて中内氏を偲びたいと思う。

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