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2013年1月17日 (木)

14年前のミャンマー・ミンガラドン工業団地の訪問記(2)

この訪問は、1998年11月のベトナム滞在中にミャンマーを往復したことが契機である。

笹川平和財団の当時の大西好宣さん(現在:大阪大学教授)からのお誘いで、ベトナムの経済発展の経験をミャンマーで話して欲しいという依頼であった。ハノイのミャンマー大使館でビザを取得した。大使館職員には親切に対応してもらったが、ビザの種類が間違っているということで、パスポートの頁を1枚ムダにされたことが印象深い思い出である。

このミャンマー訪問の記録は、日本・ミャンマー商工会議所ビジネス協議会「第1回合同会議」の報告書に収録されているはずである。

日本からは約40名の経済視察団(団長=高原友生・伊藤忠商事顧問)が組織され、当時の首都ヤンゴンと北部の大都市マンダレーを訪問する日程であった。私はヤンゴンだけの訪問であった。

1998年11月時点のミンガラドン工業団地は、ヤンゴン市街の中心部から北方に約20㎞に位置。出資の内訳は、三井物産グループ(45%)、ミャンマー政府建設省住宅局(40%)、シンガポール企業2社(15%)である。1998年2月に竣工。すでに日系企業は、味の素が操業しており、富士通が電話部品を1999年2月から生産。そのほかにシンガポール、スリランカ、台湾の企業が進出予定であった。

これが10年以上も前であるから、今では大きな発展をしているように思われるのだが、うわさでは、未だに更地が広がっているということであった。

このような話は、ミャンマー「空白の10年」を実感できる。

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