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2012年10月30日 (火)

韓国から日本を考える

竹島問題によって日本と韓国の関係が不安定になった。ここで、韓国に対する自らの視点を再検討することが必要である。マスコミや有名人の言動に迎合するのではなく、自分自身の頭で考える場合、自己の視点=見方を確認することが求められるからである。

私は、韓国は「多大の犠牲を払って民主主義を自ら獲得した国」であると認識している。日本の植民地下における「独立運動」、さらに戦後の「軍事政権」に対する学生や労働組合の「民主化運動」は客観的な歴史的事実である。こういった国民の運動があってこそ、今日の韓国が存在している。これは、今日のミャンマーの民主化運動の成果を連想させる。

これに対して日本は、上記の「多大の犠牲を払って民主主義を自ら獲得した国」かどうか? 第2次世界大戦で「多大の犠牲」を払ったのだが、その後の戦後民主主義を「自ら獲得」したのかどうかが疑問に残る。このことが「自主憲法」を制定する論者の根拠となっている。

ここでの問題は、「民主主義を獲得」ことと「自ら獲得」したことを区別することである。このどちらを優先するのか? 私見では、韓国では両者が一致しているが、日本では後者に問題がある。日本は「民主主義を獲得」したが、それは「自ら獲得」したことではないのである。

「自ら獲得」した国家の独立や民主主義をもった国は、韓国と同様にベトナムもそうであるが、自国に対して非常に誇り高い愛国的な国民意識となるように思われる。そうでなければ、過去の「多大の犠牲」者を冒涜することになる。

韓国で解決済みの問題が、日本には残されている。

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