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2012年4月20日 (金)

日本人には「絆」よりも「合理性」が必要では?

『週刊現代』(2012年4月28日)は、東日本大震災のガレキ処理が進まないことについて、米国ワシントン=ポスト紙の元東京特派員ブルースティン氏の見解を紹介している(46-47頁)。

ガレキ処理の遅延や農産物の買い控えが「歯がゆくてならない」として、「日本人の絆って、その程度ですか」という表題が付けられている。この記事の内容に私は同意・賛成するが、その見出しの付け方には異論がある。

科学的に安全が証明されているなら、ガレキ処理を受け入れ、復興支援のために農産物を積極的に買うべきなのに、それを感情的になって拒否する。したがって、日本人の「絆」が希薄だという文脈である。

しかし記事の本質は、日本人が感情的・情緒的な国民であり、合理的・科学的な判断力が不足していることではないか。そうであるなら、ガレキ受け入れに向けて、「絆」というような情緒的な言葉で主張するのではなく、より明確に「科学的判断に基づくべきである」と主張することが適当であろう。

科学性や合理性は常に批判精神から醸成されると思う。批判よりも協調や調和を重視する日本的な風土は、科学的・合理的判断を鈍らせる傾向を助長するのではないか。

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