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2012年1月28日 (土)

ベトナム経済の二面性を見る視点

 最近、社団法人・大阪府工業会の機関誌『商工振興』に「ベトナム経済の近況―日本の中堅・中小企業に商機が到来―」という拙稿を投稿した。

 これは同誌の2月号に掲載予表である。

 この文中で「表裏二面性をもったベトナム経済の現状」という表現を使用した。「表裏」すなわち「善悪の両面」がベトナム経済に存在し、その両面を拙稿では紹介した。

 このことはベトナムに限らず、すべての国に妥当する。また、どのような現象にも妥当するように思われる。

 要するに「極端な悲観論」と「極端な楽観論」の中間領域で「現実」が進行していく。このような視点からの観察が、すべての現象において客観的・科学的と言えるのかもしれない。

 経済の場合、「極端な悲観論」は国家財政の破綻といった現象であろう。また人生においては、「極端な悲観論」は死亡であろう。死ぬことを考えれば、人間は何も怖くない。それと同じ気持ちで政府は経済運営ができないものか。

 他方、「極端な楽観論」とは何であろうか。これは将来の夢とか理想は何かという問題である。その両端の中間領域に現実があるとすれば、経済でも人生でも夢や理想は大きければ大きいほどよい。また、それは無限の広がりをもっている。

 大きな夢や理想を持ちながら、現実の改善や改革は必死で頑張る。経済も人生も同じではないか。

 

 

 

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