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2011年6月19日 (日)

「株式持ち合い」は良いことなのか?:加護野論文にコメント

 経営学者として大先輩である加護野忠男教授が、「株式持ち合いについての覚書」『国民経済雑誌』第202巻第5号、1~10頁(2011年5月)という論文を発表された。

 そこでの結論は、「以上のように考えると、持ち合いはより良いガバナンスを実現するための重要な手段であることがわかる」と指摘されている。しかしバブル期には、その優れた機能が発揮されていなかったために、その後の企業不祥事などの経済低迷が引き起こされたとしている。

 そこで株式持ち合いの優れた機能を発揮するための前提として、次の2点の条件が指摘される。

(1)株式持ち合いをするパートナーは対等の関係を維持すること。
(2)持ち合いの株式の比率の多少が問題にならないようにすること。

 私は、一貫して株式持ち合いの解消を主張してきた。それは、奥村宏・二木雄策といった1970年代の先駆的な研究者の主張を引き継いだものである。

 株式持ち合いは、日本の大企業における「なれ合い経営」または「無責任経営」の構造的な基盤であり、その解消がなければ、グローバル企業としてのガバナンスの前提が欠如することになる。株式持ち合いによって「乗っ取り」を防ぐという論理は、日本国内では通用しても、国際的には通用しないと先日も私の「企業論」の講義で学生に話したばかりである。

 さて簡単に加護野氏の論文にコメントすれば、株式持ち合いの機能を発揮する2つの条件が、果たして現実に機能するかである。おそらく法的な条件整備は無理であるから、ビジネス慣行とするべきである。その実施主体は、これまでの慣行で言えば、三菱グループの「金曜会」に代表される社長会ということになる。

 株式持ち合いをしている主要な企業の社長が集まる社長会においては、(1)と(2)の条件は成立するであろう。しかし、その社長会は実質的な「大株主会」であり、一般の個人株主や外国人投資家を排除している。株主平等の原則からしても、非常に不可解な組織が社長会である。

 米国型の市場原理主義を主張した小泉=竹中路線に対して、加護野氏は日本型経営を擁護された少数の経営学者であった。その小泉=竹中路線は、米国のリーマンショックによって破綻が明白になった。また現状の日本経済の状況を見て、けっして小泉=竹中路線が成功したとは言えない状況である。この意味で、加護野氏の見識は最大限に高く評価されてよい。

 しかし株式持ち合いという限定された問題について言えば、私は加護野氏の見解とは異なっている。株式持ち合いは、京都大学法学部の故・大隅健一郎教授が的確に指摘しているように「紙のやり取り」であり、その資金調達の効果は限定的である。その主要な目的は、「乗っ取り」の防止、つまり経営者=社長の自己保身である。このような株式持ち合いが世界に通用するのであろうか。

 日本企業の「モノ作り」の体制が世界に誇るべきものであるとすれば、はたして同様に「株式持ち合い」も世界に自信をもって普及させるべき慣行なのであろうか。

 以上、率直な私の疑問もしくはコメントである。今後、私の課題としておきたい。

 付記: 私が神戸大学の学生時代、加護野先生はドイツ経営学の故・市原教授の助手であったと思う。長い歴史の中で、このようなコメントを私が加護野先生にするとは、やや僭越であり、信じられない気持ちである。

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