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2011年3月23日 (水)

腐敗した「専門家」に責任はないのか?

 神戸大学名誉教授の石橋克彦氏のコメントを、知人から入手しました。

http://historical.seismology.jp/ishibashi/opinion/2011touhoku.html

・・・・・・4種、読めます・・・・・・

1.「原発に頼れない地震列島」2008、『都市問題』弟9巻、第8号

2.「迫り来る大地震活動期は未曾有の困難―技術的防災から国土政策・社会経済システムの根本的変革へ―」2005、第162回国会衆議院予算委員会公聴会から 『人間家族』編集室

3.「原発震災:日本列島で懸念される、地震と地震による核事故とが複合する破局的災害」2003、国際測地学地球物理学会(IUGG)の札幌大会講演(本文英語)

4.「原発震災 破滅を避けるために」1997、神戸大学都市安全研究センター

・・・・・・・・・・・・

 以上の論文は、地震国である日本における原子力発電の危険性を明確に指摘している。そして今日の原発事故を予言しているようである。その中で腐敗した「専門家」に対する批判的な文章が出てくる。

 大学教員として他者の「言論の自由」は認めるとしても、それが原発推進のための発言であり、その延長で今回のような原発事故が発生したとしたら、「言論の自由に伴う責任」が追及されて当然であると思う。

 「御用学者」と一線を画した石橋先生のような良心的な学者が存在することが、日本にとって幸いである。しかし、こういった正論が無視される土壌が日本に根強く存在している。より一般に言って、「長いものに巻かれる」ことについての反省が必要ではないか。

 石橋先生のような少数派であっても、それが正論であれば、尊重される社会風土の構築が今後の「日本再建」・「日本復興」には求められているのではないか。

 

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