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2011年3月31日 (木)

(社)日本ベトナム経済交流センターのニュース

 私は1999年から10年以上に渡って『日越経済交流センターニュース』に毎月連載を続けている。発行は昨年から社団法人となった日本ベトナム経済交流センターである。
参照:http://www.j-veec.or.jp/

 このセンターで最初は顧問として、その後に副理事長として仕事をしてきた。この記事の連載も膨大となったが、その原動力はニュース編集長の伊藤幹三郎氏の存在である。新しいベトナム語の法令を丹念に翻訳され、同じくニュースに毎月連載されてきた。

 私の記事が自分の都合で自由に執筆できるのに対して、伊藤さんの仕事は原文と厳しく対峙しなければならない。私も翻訳の苦労を知っているだけに、伊藤さんの努力に先導されて私も執筆を続けることができた。

 このニュースが昨年9月から電子化された。1年間の購読料は15,000円である。ニュースの購読のみならず、ベトナムのビジネスや観光などについても相談を頂戴すれば、情報を提供している。

 最新の2011年4月号ではベトナム経済の課題について私見を披瀝した。ベトナムに関係する人々に広く読んで頂きたいと思う。

 付記:もう15年以上も前に私の単独の翻訳書が出版されている。ジョン=スコット他編著『企業権力のネットワーク』(文眞堂)。これは、欧米10カ国の役員兼任の実態分析を紹介した研究書である。最近の企業統治の論議において再び注目されて良いと思われるのだが、おそらく絶版になっている。

 

 

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2011年3月30日 (水)

ベトナム「祖国戦線」の活動(2)

 さて、ベトナム祖国戦線(VFF)とは何か。

 前述の『日本経済新聞』(2011年3月28日)によれば、「1955年結成。共産党の翼賛組織で、労働者や農民、青年団など全国46組織で構成する政治勢力の連合体。階級の利害を超えて共産党や政府の方針・政策を遂行することを主な目的としている。公的な機関で「政権の政治的基盤」と位置付けされている。」

 また『ベトナムの事典』(石井米雄監修、1999年、角川書店)によれば、「ベトミンなどの流れをくみ、1955年に北部で結成。77年に南の南ベトナム解放民族戦線とベトナム民族民主平和勢力連合の2組織を統合して現在に至る。

 憲法第9条でその加盟団体とともに人民の政治的基盤と位置づけられ、政府とともに、人民の法的権利を保護、奨励し、国家機関・議員・国家公務員の活動を監視する。有力加盟組織は労働総同盟、農民会、ホーチミン共産青年団、婦女連合、退役軍人会などであり、国内諸勢力・団体の重要な政治的発言の場となっている。

 祖国戦線は国会への法案提出権をもち、議長は関連事項につき閣議に参加できる。各級地方政権にも対応するレベルの戦線委員会があり、全国大会で中央政府に対応する中央委員会を組織する。中央委は任期5年、200人の中央委員から構成される。現在の中央委議長はレー・クアン。ダオ。書記長チャン・ヴァン・ダン」(改行は引用者)。

 この組織は、かつての日本社会党や日本共産党が主張した「統一戦線」と言った組織を想起させる。これらの政党は「統一戦線」の結成によって自民党政府を打倒しようとしたのだが、これまでに成功せず、現在は「無党派層」が政権転換を成し遂げた。

 果たしてベトナムはどうか。私見では、ベトナムでも「無党派層」が多数である。それは経済的発展を最優先にして、そのために政治的安定を求めている。その政治的安定をベトナム共産党や祖国戦線が支持しているとみなされる。

 

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2011年3月29日 (火)

ベトナム「祖国戦線」の活動(1)

 『日本経済新聞』(2010年3月28日)によれば、「ベトナム最大の政治組織「ベトナム祖国戦線」(VFF)は、国会(最大500人)への非共産党員の登用を検討し始めた」と報道されている。

 この趣旨は、非共産党員を徐々に増大させることで、ベトナム共産党の一党独裁を維持するためである。アフリカや中東の急激な民主化ではなく、漸進主義的なベトナム型の民主化の推進が意図されている。

 このような政治改革は世界に前例がないと思われるが、そのような新奇性もしくは独創性はベトナムの「お家芸」である。

 ベトナムは「ベトナム戦争」という世界に前例のない「対アメリカ戦争」に勝利した国である。しかも現在は、その敵国であった米国が主導するTPP(環太平洋経済連携協定)に加盟しようとしている。このような柔軟な国家は世界でベトナム唯一ではないか。

 それだからこそ私見では、ベトナムはベトナム型の民主化を推進できる。その構想力や大局観はベトナムの高い政治力を示していると思われる。この路線の推進の成功は、世界史に記載されるべき事実であろう。

 台湾や韓国では民衆運動を発端とする「下からの民主化」が推進されたのに対して、ベトナムは政府が主導する「上からの民主化」の推進である。この「上からの民主化」と言えば、明治維新や戦後のGHQ改革を経験した日本が想起される。この観点からも、日本とベトナムの類似性・親近性が実感できる。(以下、続く)

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2011年3月26日 (土)

原子力発電を民間営利企業に任せて良いか?

 自然に対する制御力を増大させて人間は生存・発展してきた。その初歩は農業の発展である。農産物の生産を人間は制御=管理できたからこそ、定住が可能となり、飛躍的に人口が増加した。さらに鉱物資源の発掘・加工によって今日の文明社会に到達できた。

 原子力発電も、以上のような意味で、放射性物質という自然に対する人間の制御力の向上の成果である。換言すれば、人間が到達した科学力の成果として原子力発電が可能になった。

 以上が正しいとすれば、どうして今回の福島原子力発電所の事故が発生したのであろうか。自然に対する人間の制御力・科学力が不足していたのであろうか。

 私は不足していたと考えない。今回のような事故発生は科学的に事前に予見されていた。それにもかかわらず、事故が発生したのはなぜか。

 その理由は、科学力と社会制度の矛盾である。この社会制度とは、民間営利企業の利益が優先される制度である。すなわち資本主義制度のことである。

 莫大な被害を生み出す原子力発電事故の防止を考える場合、それを民間営利企業に任せることは矛盾している。常識的に考えて、企業は「赤字」を出してまでの事故防止策は採用しない。これが、公的事業を私的な事業体が実施する矛盾である。

 公的事業を「民営化」することは必ずしも悪いことではないと私は思う。しかし原子力発電という事業は、その「公的」な度合いの範囲と深刻度が、たとえば鉄道や郵政とは比較にならないほどに大きい。鉄道や郵政の事故は限定的であるが、原発の事故は長期間に渡って世界に及ぶ。

 このような内容は、私が大学生の時代に故・置塩信雄先生の「経済原論」の講義で学んだことである。置塩先生は、マルクス経済学に基づいた視点から、数理経済学の分析手法を駆使した経済分析で世界で先駆的な業績を残された。

 現在、関西電力が原発の安全性を強化するために1千億円以上の投資をすると言うが、なぜ、もっと早く対策ができないのか。さらに、その投資金額だけで十分なのか。今後、原子力発電を民間企業に任せておいて大丈夫なのか。

 このような疑問の延長上で、原子力発電事業の「国営化」という問題提起があってもよいと考えられる。その理由は簡単である。原子力事業の影響力が民間営利企業に適合していないからである。このことは、今回の事故における東京電力の対応で証明されたように私には思われる。

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2011年3月25日 (金)

ベトナムからの義援金

 日本の東日本大震災の被災者に対して、ベトナムでも義援金が集まっている。

 ハノイ国家大学で募金活動をして2万米ドルが集まり、ホーチミン市のベトナム人企業経営者からも6万米ドルの募金が集まったと連絡があった。

 ベトナム赤十字の要請に応えて政府閣僚から9,050米ドルの寄付があり、そのほかに赤十字には47,000米ドルの義援金が集まっている。

 このような日本支援の動きはベトナムで拡大しているように思われる。

 これに対して、義援金を贈ってくれるほどの国なら、日本からのODAは減額してもよいのではないかという意見が政府の中にあるらしい。もちろん財政状況が厳しい中で、外国に援助する資金があるなら、国内向けに使用するべきであるという意見は以前からあった。その意見が、今回の大震災で大きくなったと考えられる。

 しかし私見では、義援金とODAは別個に考えるべきである。両者の資金の性格が異なるからである。前者は災害に対する緊急援助や一般国民の厚意であるのに対して、後者は政府間の「公約」である。

 日本人の意地と矜持として、ODA対象国からの義援金に対してはODAで報いるべきである。ただし財政状況の厳しい中、ODAの内容の効率化が精査されてもよい。

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2011年3月23日 (水)

腐敗した「専門家」に責任はないのか?

 神戸大学名誉教授の石橋克彦氏のコメントを、知人から入手しました。

http://historical.seismology.jp/ishibashi/opinion/2011touhoku.html

・・・・・・4種、読めます・・・・・・

1.「原発に頼れない地震列島」2008、『都市問題』弟9巻、第8号

2.「迫り来る大地震活動期は未曾有の困難―技術的防災から国土政策・社会経済システムの根本的変革へ―」2005、第162回国会衆議院予算委員会公聴会から 『人間家族』編集室

3.「原発震災:日本列島で懸念される、地震と地震による核事故とが複合する破局的災害」2003、国際測地学地球物理学会(IUGG)の札幌大会講演(本文英語)

4.「原発震災 破滅を避けるために」1997、神戸大学都市安全研究センター

・・・・・・・・・・・・

 以上の論文は、地震国である日本における原子力発電の危険性を明確に指摘している。そして今日の原発事故を予言しているようである。その中で腐敗した「専門家」に対する批判的な文章が出てくる。

 大学教員として他者の「言論の自由」は認めるとしても、それが原発推進のための発言であり、その延長で今回のような原発事故が発生したとしたら、「言論の自由に伴う責任」が追及されて当然であると思う。

 「御用学者」と一線を画した石橋先生のような良心的な学者が存在することが、日本にとって幸いである。しかし、こういった正論が無視される土壌が日本に根強く存在している。より一般に言って、「長いものに巻かれる」ことについての反省が必要ではないか。

 石橋先生のような少数派であっても、それが正論であれば、尊重される社会風土の構築が今後の「日本再建」・「日本復興」には求められているのではないか。

 

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2011年3月20日 (日)

卒業生に贈る言葉

 3月19日(土)に無事に流通科学大学の卒業式が終了した。懇親会ではアルコール類を自粛し、その余裕資金を震災の義援金に充てることになっている。

Cimg3864   阪神淡路大震災を経験した神戸市に立地する大学として、今回の東日本大震災は人ごとではないという意識が一般的である。

 さらに私自身は、今回の地震は原発事故が重なっているだけに「国難」という意識をもっている。原発は、福島のみならず全国に点在しているからである。また放射性物質の影響は震災被害者だけに限定されない規模に拡大している。まさに「戦争」状態である。

 全国的な緊急課題という意識があれば、専門家による的確な分析と迅速な意思決定と実行あるのみである。

 テレビを見ていると、様々な大学教員が登場して評論家=コメンテーターの役割をしているが、そのような評論やコメントをしている場合ではない。国家火急の事態を前にして「おしゃべり」していても何の解決にもならない。

 教科書・専門書・論文に書いていない現実に対して、さまざまな意見や解釈は可能であり、それを発表するのが大学教員・専門家の仕事ではあるが、そのことだけで現実の問題はけっして解決しない。

 現状を見れば、各テレビに登場する専門家の意見を政府担当者が集約して、それを参考にして対策が検討されているような印象を受ける。もしそうなら、時間を浪費する非効率な方法である。

 今回の津波でたとえるなら、次のような状況であろう。津波が接近している緊急時に、評論家が右に進め、いや左だ。山に登れ、いや屋根に登れ・・・と意見を表明しているような状況である。

 このようなことをしていると、国民は混乱・当惑・右往左往して、結果的に犠牲者が増える。そうならないためにリーダーシップが必要である。

 このリーダーシップの発揮は、当然に自己責任が前提である。「私が全責任を取るから・・・」という台詞を言う政治家はいないのだろうか。当然、制度的に全責任を取るのは菅首相である。責任を取る覚悟。これがあれば、何でもできるはずであるが、どうもそうなっていないように思われる。

 「責任を取る覚悟があれば、何でもできる」。少なくとも、自省・自戒しなければならないことである。卒業生に贈る私の言葉としたい。

  

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2011年3月19日 (土)

大震災の対応を外国から見て

 今、ハノイのノイバイ空港である。18日午後からプノンペン~ビエンチャンと移動し、ハノイ経由で19日早朝に関空に到着。その足で午前中に神戸ポートピアホテルで挙行される卒業式に出席する。

 流通科学大学は、東日本地震の被災者に配慮し、また神戸大地震を経験した学生の意見に従って、卒業式に続いて開催される懇親会(謝恩会=忘恩会)をアルコール抜きで簡素に実施する。余裕資金を被災者に義援金として贈ることなった。

 外国出張中とは言え、常時NHK衛星放送は見ていたが、その中で折木良一・統合幕僚長の会見が秀逸であった。その毅然とした態度は国民に安心を与えるものであった。まさに国民を守る自衛隊の本領発揮である。

 天皇陛下の談話は、緊急情報があれば、中断しても良いというご要望があったという注釈付きで放送されていたが、さすがに天皇陛下らしいお心遣いであると感心した。これも外国に強い印象を与えるであろう。 

 また、枝野官房長官も世界的に男を上げたと思う。明確な語り口は好感がもてた。ただし、単なる印象と現実の内容の評価とは別である。これまで政府には危機対策マニュアルが用意されていないのかと思うほどに対応が遅すぎる。

 さらに私は、この時期に北朝鮮がミサイル発射実験などの「挑発」をしてきたらどうなるかという懸念をもったが、それはないようである。ということは、同国も国際的な常識をもっているということなのだろう。

 急激な円高に対してG7が国際協調で市場介入したことは、日本が先進国の一員として、また世界の中で欠くことが出来ない国であることを明示した。そのような日本に理不尽な「挑発」をすることは、すべての国際社会を敵にまわすことを意味する。

 今後の日本は自負をもって毅然として対応すればよい。このことは、国際社会を味方に付けていれば、どんな国でもそう簡単に軍事行動はできないことを示唆しているように思われる。

 今後の日本の震災復興と原発事故対応は、それを世界が注目しているだけに、日本人の「気概」を内外に示す好機である。 逆に言えば、ここで政府そして日本人が、その伝統的な特徴と思われる無責任性、欠如したリーダーシップ、非論理性、曖昧性を示すなら、日本の評価を低め、それでは震災被害者がうかばれないであろう。

 今回の地震の対応を外国から1人で見ていて、以上のようなことを考えた。自分自身が日本人であることを強く自覚できたし、日本の再生・復興のために「気概」をもって帰国しようと思う。

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2011年3月18日 (金)

カンボジアの株式取引は現地通貨リエルで

 本年7月から開始が予定されているカンボジア証券市場で使用される通貨は、現地通貨リエルであることが先週末に決定された。

 これには、カンボジア中央銀行の意図が強く働いたためと言われている。カンボジア経済は基本的に「ドル建て」であり、ほとんどすべての商品にドル表示がある。またドルを受け取らない店はほとんどない。ドルで支払って小額のお釣りをリエルで受け取る。

 ある国の経済が自立するためには、自国通貨をもつことが基本であり、そのことで金融政策が有効に機能する。この意味で、自国通貨の普及はカンボジア経済の成長・自立の進展の証左ということになる。 

 もっともカンボジアもベトナム同様に恒常的な貿易赤字であるから、リエル安の傾向は同様である。したがって日本からの投資の場合、ドルと円の為替動向とドルとリエルの為替動向の両方に注意しなければならなないことになる。

 株式市場の開設当初は、ドルとリエルの併用期間があり、その後はリエルに統一されるという話も聞こえている。かつてのベトナム経済も米ドル経済であったが、今やベトナム通貨ドンが一般的に使用されるようになった。

 アセアン経済共同体の理念からすれば、遠い将来に「アセアン共通通貨」が導入される可能性もある。その時に自国通貨が実質的に機能しないという状況では、カンボジアの面子が立たないという配慮もあるだろう。

 この為替問題については、外国株式投資の場合、実質的な投資運用成績を見誤る可能性があるので注意してほしい。株式の値上がり益を為替差損が相殺することがある。このような観点から、外国投資信託の実質的な投資運用成績を評価することも必要である。

  

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2011年3月17日 (木)

カンボジアとラオスから10万ドルの義援金

 東北関東大震災に対して、現時点でベトナム政府の金額は不明であるが、ラオス政府とカンボジア政府はそれぞれ日本政府に対して10万ドルの義援金を贈ったと言われている。

 この金額が大きいか小さいかは別として、ラオス人やカンボジア人の厚意に感謝しなければならない。滞在中のプノンペンからNHK衛星放送を通して日本の様子を見ていると、涙が止まらないことが多々ある。被災者の共感は、日本人だからか、人間だからか不明だが、日本人の忍耐力や道徳心は世界に誇れるものだと確信できる。

 しかしながら、この時期に「振り込め詐欺」が発生していると言う。また、この時期の「円高」についても、とりあえず日本国内で円資金が必要だから外貨を円に転換するというだけでは、十分に説明できないのではないか。国際的な「投機」があるように思われる。

 まさか上記の国際的なドル建ての義援金を日本政府が円に転換しているということではあるまい。けっして「投機」は悪いとは言わないが、今回のような災害を契機にした「投機」があるとすれば、他人の不幸を材料にして利益を上げる行為そのものである。

 原子力発電所の事故についても、最悪の事態を防ぐために自発的な「決死隊」や「義勇隊」が組織できないのかという過激ではあるが、それもありうるかもしれないという意見を聞いた。さらなる多数の犠牲を防ぐために自己を犠牲にする。国難のための「特攻隊」である。

 それでは、私がそうするかという自問がある。そこには必ず「言い訳」が出てくる。結局、自分ができないことを人に強制することはできない。しかし、おそらく報道はされていないが、放射能と最前線で対峙している人々は、こういった自己犠牲の気持ちで英雄的に戦っているのだと思う。

 もちろん科学的な根拠に基づく解決方法が必要であり、単なる精神主義は無効かつ無用である。ここで私見であるが、ロボットを活用した正確な原子炉内部の情報収集や、宇宙服のようなより完全な防護服による内部の調査もしくは作業などはできないのであろうか。

 日本国内の問題とせず、世界の英知を結集した鎮火・冷却方法が検討されてよいと思われる。今の政権にそれだけの外交力があるのかどうか。単なる政権能力の問題のみならず、日本人すべての問題として真剣に考えて、そして行動するべきではないのか。この気持ちの苛立ちはどうすればよいのか。

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2011年3月16日 (水)

カンボジアで嬉しかったこと

 このブログで紹介しているカンボジアのなじみの運転手であるトーチさんから、日本の巨大地震のお見舞いのメールをもらった。

 彼はインターネットを使用できないので、おそらく税務署に勤めている息子さんの代筆である。ちょうどラオス滞在中に受け取ったので、家族の安全を伝えるとともに、空港での出迎えを依頼して返事した。

 空港で半年ぶりの再会を果たした。おそらく空港タクシーの運転手同士でも私のことは話題になっているような雰囲気であった。ほかの運転手からも声をかけられた。

 トーチさんは私の訪問先をよく覚えていて、行き先を言うだけで説明が不要である。今回は、行き先すら分からず、私の「雑誌を売ってる会社で、以前はプノンペンセンターにあって、そこから移転したところで」という説明で十分に理解してくれた。

 実は、この場所は、カンボジアの英文経済雑誌Economics Todayを出版しているカンボジア経済研究所である(参照 www.etmcambodia.com)。バックナンバーを買うためにプノンペン訪問時には常に訪問する場所である。

 今回、新しく携帯電話のSIMカードを買ったが、それをトーチさんに保管してもらうことにした。1ヶ月以上使用しないと、そのカードが無効になるために、私のように夏休みや春休みにしかカンボジアに来られない訪問者は毎回、新しいカードを買わなければならない。またカード購入時には身分証明書の提示が必要であり、外国人は定住者しか買えないという状況である。

 一般にカンボジアはベトナムやラオスよりも自由なのだが、この携帯電話の規制は緩和されるべきであると思う。

 これでカンボジアの私の携帯電話の番号は不変である。これで、SIMカードを入れ替えてベトナム・ラオス・カンボジアそれぞれの自分の番号を使用できるようになった。

 トーチさんのような運転手が各国にいてくれると助かる。ベトナムにはチエンさんがいるし、ラオスにはリエムさんという運転手がいるのだが、トーチさんとは最も気が合うようである。

 なお、日本で私は自動車を運転しないことにしているので、もっぱら「運転手」は妻と子どもである。トーチさん以上に最高の運転手であることを念のために明記しておく。

 

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2011年3月15日 (火)

ラオスに移動して考えたこと

 宿泊慣れしたラオ・プラザ・ホテルに14日にチェックインした。朝食を食べながら眺めていると、宿泊客の客層が変化しているように思われた。

 まず中国人と欧米人が多くなった。しかもビジネス関係者のようである。以前も日本人よりも欧米人が多数であったが、ご婦人も多く、観光客が大半という印象であった。韓国人は、今も昔もビジネス客であるように思われる。

 また、日本人と言えばJICA専門家ということになるのだが、今日の朝食では2名ほどであって、大多数は欧米人ビジネス客であった。

 日本人の知らない間にラオスが変貌している。

 室内では、日本の巨大地震と原発災害のニュースに釘付けであるが、それとは別個に世界が動いているということを実感する。

 日本経済、日本人は今後どうするのか。未曾有の惨事を前にして、東京電力の経営幹部のみならず、われわれ自身も何らかの覚悟を決めなければならないのかもしれない。

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2011年3月13日 (日)

SBI証券がFPT証券の株式を取得:ハノイ最新情報

 福島の原子力発電所の建物が「爆発」したというニュースをハノイで聞いた。津波より以上に衝撃的なニュースである。

 最悪の場合、放射能を含んだ飛沫が周辺地区に運ばれないのだろうか。こういう緊急事態の場合、政府発表を信頼せざるをえない。しかし映画やテレビで見るように「国民に動揺を与えないように情報を秘密にする」ことも考えられないこともない。自己責任で自分の安全を守らざるをえないのではないか。

 今後の推移はハラハラ、ドキドキである。何が起こっても不思議ではない。何としても日本人の技術力・経済力・優秀性を世界に見せてほしいと心から思う。今こそ政府の指導力が問われている。そして復旧担当の最前線の人々に敬意を払わなければならない。

 さて、ハノイでも私の周辺のベトナム人は巨大地震の情報を知っていて、必ず声をかけてくれる。日本に子弟を留学生として送っている人々もいて、それは心配だと思う。早急に全体の被害の把握と、被災者の支援が切望される。また、われわれ自身が何か行動するべきであると思う。

 さて、この巨大地震の報道で、通常は注目されるべきニュースが掲載されていない。この1つに表題のニュースがある。

 Viet Nam News, March 12, 2011によれば、ベトナムのFPT証券は1,100万株を日本のSBI証券に割当増資し、登録資本金が5,500億ドン(2,620万ドル)になることを10日の株主総会で発表した。

 株式は1株45,000ドン(2.14ドル)で売却され、1年以内は他に譲渡できないことになっている。FPT証券は、本年の第1半期に取引が完了することを期待している。

 株式市場が低迷している中で相対的に高値の株式発行は、同社の将来の発展に関するSBI証券の高い評価に基づいているとFPT証券のツン(Nguyen Diep Tung)会長は述べている。

 「2社はいくつかの類似性を共有しており、特に発展戦略についてわれわれは容易に一緒に仕事ができる」と同氏は指摘している。両社は、個人投資家とオンラインビジネスの促進に焦点を当てている。

 FPT証券によれば、増資による資金は、新商品の開発と従業員の教育に加えて増加する顧客の需要を満たすための技術更新のために使用される。また同社は、本年に上場を計画している。

 本年最初の2ヶ月に同社は、180億ドン(85万7,200ドル)以上の税引き前利益を達成し、それは1年間の利益目標の10%に相当する。2011年に同社は、売買代金と税引き前利益の目標を下方修正しており、売買代金は4%以上下落して3,530億ドン(1,680万ドル)、税引き前利益は14%下落して1,810億ドン(860万ドル)となることを予想している。

 また投資家口座数は、昨年の54,648口座から70,000口座に増加すると計画されている。

 昨年、FPT証券の利益は予想より56%以上も増加し、2011年6月30日前に5%の現金配当を支払うと予定されている。

flairコメントflair

 以上の記事が正しいとすれば、SBI証券の株式取得金額は2345万ドル(1ドル=85円として約20億円)である。また株式総数に占める所有比率は25%となる。

 (注:額面価格が1万ドンとすれば、SBI証券の所有する額面の登録資本金額は1100億ドンとなり、その総額5500億ドンの25%となる。)

 この取引、私見では安い買い物である。ベトナムで最先端のコンピュータ取引システムを導入していると思われるFPT証券は、今後ますます注目されて当然である。

 FPT証券の本社はハノイに立地しているために、どちらかと言えば、その企業価値が過小評価されていた。また、FPTの本業であるコンピュータのソフト開発やその人材育成の観点から見て、証券会社の設立は本業から逸脱しており、そのために経営資源が分散するということでFPTの株価が大幅に下落したことがあった。しかし、情報技術の応用分野として証券業に進出することは、必ずしも本業逸脱とは言えず、むしろ「範囲の経済性」を狙った適切な先行投資と考えることもできた。

 SBI証券は、カンボジア進出に続いてベトナムに足がかりをもった。同社の積極的なアジア戦略が注目される。また将来、FPT本社の情報技術力を活用できる可能性もある。この意味で「安い買い物」と私は直感した。

 

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2011年3月12日 (土)

関西空港からハノイに行きます

 巨大地震の報道を早朝まで見ながら、現在は関西空港です。今からハノイ~ビエンチャン~プノンペン~ハノイという旅程です。

 ハノイの様子を現地からお届けします。

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2011年3月11日 (金)

巨大地震の発生と日本経済の危機

 3月11日午後3時頃、大阪でも地震の揺れがあった。その後にテレビを見れば、その大惨事に驚かされた。特に、その津波の不気味な動きが目に焼き付いている。

 すべての被害者の皆さんに対して、日本国民の総力を挙げた支援をしなければならない。さらに日本だけで復興事業が可能なのかどうかという懸念がある。

 被害の全体像が不明であるが、その経済的な損害は膨大であると思われる。現在の日本の経済力が、その被害を克服できるかどうかが問題である。

 それにしても、これで菅内閣の退陣などという政局がらみの論調は吹き飛んだ。挙国一致の救国の対応が望まれると思う。現在でも国家財政の破綻が懸念されているのに、果たして日本経済は大丈夫なのか。このような広域な被害は前例がないのではないか。

 こういった懸念に対して、明確な対応策を政府は世界に発信しなければならない。人命救助や被災者の救済が最優先だが、国際的には以上のメッセージを早急に発信しなければ、日本の国家そして経済それ自体に激震が走る懸念がある。

 また絶対に安全と言われた原子力発電所の問題もある。やはり・・・という感情を多くの国民はもったのではないか。災害の救済と同時に日本それ自体が復活・再生できるのだろうか? 

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2011年3月 9日 (水)

カンニング対策のために何をするか?

 大学入試の不祥事、カンニング事件について本ブログで紹介しました。その中で。「近い将来にメガネ型のカメラと通信機器がカンニング用に開発されるのではないか?」といった問題を提起しました。

 その後に次のような機器が、すでに開発されているという指摘を竹岡さんから頂戴しました。竹岡さんは、本ブログのリンク先である「ベトナム雑記帳」の主宰者です。

http://kinbricksnow.com/archives/51682612.html

 この記事の見出しは、「日本おカンニング対策はゆるすぎるっ!電子戦さながらの中国試験最前線をご紹介」です。

 電波妨害するといったカンニング防衛策があるらしいが、その妨害を克服する機器が開発されているそうである。こうなれば、カンニングが無意味になる入試方法を考えざるをえないであろう。

 他方、定員割れの大学が増加している事実を忘れてはならない。こういう大学では、入学試験それ自体の意味がなくなっているとも考えられる。そういう大学でカンニングはありえない。

 学内試験のカンニングは学内規則で対応できる問題であるが、入学試験は受験生という不特定多数を相手にしているために社会的な影響が大きい。このために今回はマスコミで大きく取り上げられたと思われる。

 なお、私もカンニングをしたことがあるという理由で、今回の事件の受験生を擁護する意見がある。出来心のカンニングと計画性のあるカンニングでは、その不正の度合いに相違がある。今回の場合、かなり計画的であって、その意味で悪質である。

 

 

 

 
        

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2011年3月 8日 (火)

在大阪ベトナム社会主義共和国総領事ティーン閣下が来日

 日本ベトナム経済交流センターが入手した情報によれば、在大阪ベトナム社会主義共和国総領事館に3月から新しく赴任される総領事はLe Quoc Thinh(レ・ウオック・ティーン)閣下である。

 ティーン閣下の前任は、ベトナム外務省の総合経済局長であり、大阪に対するベトナムの経済的な期待度が高いことが示されている。

 それ以前はチェコ共和国の大使館に10年以上勤務され、英語とチェコ語が堪能ということである。アジア諸国の赴任は大阪が初めてということであるが、すぐに大阪には親しんで頂けると思う。

 日本ベトナム経済交流センターは、3月29日(火)に総領事館でベトナム経済シンポジュウムを開催する。その時にご就任歓迎の意味を込めてティーン総領事にご挨拶を賜る予定である。このシンポジュウムの詳細は、以下のHPに記載されている。

 http://www.j-veec.or.jp/

 ぜひ、多数の方々に参加して頂いて、本格的なベトナム家庭料理を懇親会で賞味していただきたいと思う。

 

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2011年3月 6日 (日)

記者発表:大阪産業振興機構が「アジア新興国センター」設置

 3月2日(水)に大阪商工会議所の「大阪経済記者クラブ」の記者発表に私も同席した。代表的な記事は次のような内容である。

『日刊工業新聞』(2011年3月4日):Newsウェーブ21、「大阪産振機構、中小のアジア展開支援へセンター開設」

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 【東大阪】大阪府の外郭団体の大阪産業振興機構は4月にも、「アジア新興国センター(仮称)」を開設する。設置場所は大阪府東大阪市のクリエイション・コア東大阪で検討中。ベトナム、ラオス、カンボジア、マレーシア、タイなど、中国以外のアジア地域のビジネス情報の発信や視察団派遣などを通じて、府内のモノづくり中小企業のアジア展開を支援する。秋ごろにはベトナム・ハノイで現地日系企業と府内企業との商談会開催も計画中。年間の総事業費は約1500万円。

 東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国は「チャイナプラスワン」の進出先として、中小企業の関心が強い。府内企業の支援機関としてサポート体制を充実させる必要があると判断した。

 アジアを含む海外への企業進出には、日本貿易振興機構(ジェトロ)、大阪商工会議所、近畿経済産業局、大阪府なども支援事業を手がけている。

 アジア新興国センターは各支援機関の連絡会議を設置し、事務局として情報交換や事業の共催などを調整。中小企業の相談をワンストップで受け付け、得意とする地域、サービスに応じて各支援機関を紹介する窓口役を目指す。

 2010年9月に立ち上げた「アジア新興国販路開拓支援事業検討委員会」がこのほど報告書をまとめて、センター設置や情報発信などの事業を提案した。産業振興機構はこれを受けて今後、大阪府とも協議の上、事業内容の具体化を進めていく。

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 以上の最後の「委員会」の委員長を私が務めた。ベトナム・ラオス・カンボジアを総括できる人間が多くないという理由であると想像している。上記「アジア新興国センター」の発展に今後も貢献したいと思う。日本の中小企業のアジア販路拡大と進出とに向けて背中を押して、そして、その後も同伴することが目的である。そのお役に立てれば幸甚である。

 

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2011年3月 5日 (土)

京都大学入学試験の「不祥事」について

 京都大学を始めとするいくつかの大学の入学試験で受験生の「カンニング」が発覚した。あえて私は「カンニング」と呼び、表題のように入学試験での「不祥事」と位置づけている。

 たとえば、もし全国共通の「センター入試」で同様の事件が発生すれば、それは大学側の試験監督者の不注意となり、大学側の監督責任が暗黙に問われることが一般的である。

 私の勤務する流通科学大学でも、上記の「センター入試」が実施されるが、そこで今回のような不正が発覚すれば、それは大学側の監督体制の不備となり、さらに、それが新聞報道でもされると、大学側の「不祥事」という印象を与えることになる。

 したがってセンター入試の試験監督者の説明会は毎年のように真剣に実施されている。また多くの教員にとって、また少なくとも私にとってセンター入試の試験監督は本務校の試験よりも緊張する。何か不正があれば、それは大学内の問題だけではなく、全国的な問題に発展するからである。

 今回の不正問題では、携帯電話・インターネットを使用したカンニング手段が新奇であり、そのことが注目を浴びたのであるが、当然、来年度からはその対策が取られるであろう。

 近い将来、微小なカメラと通信機が設置されたメガネがカンニングに使用されるかもしれない。こういった技術進歩に絶えず対応した入試体制が求められるだろう。おそらく、こういったハイテク技術は現在でも利用可能ではないのか。

 そうなれば、入試監督体制を強化するのではなく、試験方法それ自体が改革される必要があるかもしれない。

 今回のカンニング事件の展開が注目される。刑事事件になるとすれば、あらゆるカンニングが刑事事件に発展することもありうる。流通科学大学では、学内試験でカンニングが発覚すれば、その学期のすべての単位取得が無効になるという罰則規定がある。こういう規則は他大学でも同様であろう。

 このような通常のカンニングは学内規制で抑制されるが、入学試験では一般規制つまり刑事罰もしくは民事罰によって防止をせざるをえないのであろうか。このためには、たとえば、受験生向けの「入学試験要領」に「もし不正が発覚した場合は、刑事また民事事件として告発する場合がある」と明記しておかなければならないのではないか。

 今回の受験生の場合、もし不正が発覚すれば、不合格になることは事前に理解していたが、刑事告発されることは予想していなかったと思われる。「入試要項のどこにも書いていない」となれば、それは大学の過剰反応ではないか。

 以上、いくつかの論点を提起したが、大学関係者にとって今後の議論の対象となる問題である。

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2011年3月 4日 (金)

中小企業にとって海外進出はベトナム(3・完):ベトナム周辺国も視野に

 上記の表題における日本とベトナムの事情について整理してみると、それは次のように列挙・指摘できる。

  1. ベトナムは貿易赤字を解消するために「裾野産業」の育成が必要であり、また、そうせざるをえない。輸入代替品産業の育成は産業構造の改革を意味するので、時間はかかるが、それがベトナム経済の「体質強化」になる。ベトナム経済の安定的な成長に不可欠である。

 2.ベトナムの裾野産業の育成のためには、原材料部品の製造について、技術や資金の援助が求められる。なおベトナムでは資金面で最近は余裕が出てきた。株式市場を含む金融システムが発展してきたからである。また所得水準が確実に向上している。世界最高水準の日本の技術がベトナム企業にとって最も必要である。

 3.日本の裾野産業を構成してきた中小企業は、国内市場の縮小を考慮すれば、外国市場に販路拡大を求めざるをえない。それは理解しているが、なかなか行動に移せない。しかし今まだ余裕のある時に行動するべきである。本当に衰退してしまえば、何もできない。

 4.それでは、日本の中小企業にとって、海外進出するとすれば、どの国が最適なのか。日本の中小企業を歓迎してくれる国はどこか。

 5.中国・タイはすでに多数の中小企業が進出しており、競争も激しい。成熟しつつある経済において、成熟した国の中小企業が進出しても、その「伸びしろ」は小さい。この意味で、日本の中小企業が進出相手国の企業とともに成長を享受できる国はベトナムではないか。

 6.技術を求めるベトナムと技術を保有している日本。裾野産業の育成を求めるベトナムと裾野産業の荒廃が進む日本。このように考えれば、日本の中小企業の存続・発展にとって、そのパートナー国はベトナムである。

 7.日本とベトナムは、客観的に見て「相思相愛」の関係になる可能性が高い。お似合いの関係になると見える日本とベトナムなのだから、まず先進国である日本から接近するのが適当であろう。まだまだベトナムは「恥ずかしがり屋」である。だからこそ発展途上国もしくは中進国なのである。思い切って日本側から一歩踏み出さないと、せっかくの「良縁」が見逃されることになる。後悔しても時間は後戻りできない。

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2011年3月 2日 (水)

松本清張『黒革の手帳』:米倉涼子の場合

 松本清張の著作は不朽である。その著作の「社会派推理」という分類だけでは、社会が変化すれば、その作品は陳腐化する。

 松本清張が今でも面白いのは、人間心理の機微を描写しているからだと思う。社会は変化するのだが、人間心理は急激には変化しない。

 テレビ朝日の米倉涼子主演の『黒革の手帳』を最近ケーブルテレビのオンデマンドで見た。ここで、次のような疑問が少し解消したように思う。「何を今さら」なのだが、少しメモしておきたい。

 1.松本清張が銀座に飲みに行っていたのはなぜか? 庶民派と思われていて日本共産党の支持者であったと想像される松本清張が、なぜ銀座で飲むのか。若い頃の私は不思議に思っていた。今回のドラマを見て、銀座では、通常は内に潜む人間の欲望が様々な彩りで表出し、それが交錯する。これを松本清張は「取材」していたのだと気がついた。こういう取材や調査は面白いだろうな・・・と思う。

 2.米倉凉子が市川海老蔵と結婚しなかった理由が想像できた。様々な役柄から役者は学ぶことが多々あると思われる。『黒革の手帳』で主役を演じると米倉涼子自身も、その役柄を通して考えるところが多々あったはずである。その結果、海老蔵と結婚しなかったのだと私は思った。男の本質に触れる疑似体験をすれば、演技者自身の人生観にも影響があると思われるのだが・・・。

 3.ベトナムの研究調査を目的として「取材」する。その次はアフリカの国かもしれない。いずれも仕事として割り切る。こういう研究者もいるだろうし、仕事を除いてベトナムに深入りする研究者もいるだろう。どちらかと言えば、私は後者なのだが、仕事と個人の区別が難しいと感じてきた。仕事としての取材や演技が、その個人の人生にどのように影響を及ぼすのか?

 以上3番目は、私自身の問題である。しかし考える時間がない。日々の仕事に追われているからだが、大事な問題だと思う。いずれ近い将来に考えをまとめたい。

 

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2011年3月 1日 (火)

中小企業にとって海外進出はベトナム(2):日本側の事情

 世界に誇る日本の「ものづくり」(=製造業)の発展の主役は中小企業であったと言っても過言ではない。これら中小企業が製造する高品質で低価格の原材料部品が、その後の完成品の国際競争力の源泉であったと考えることができる。

 高品質で低価格などという矛盾を解決してきたことが、私は日本人の凄さだと感じる。この「凄さ」とは、単なる「能力」のみならず、日本人の「こだわり」とか「心意気」いった精神的な特徴に依存するのかもしれない。ただし、こういった特徴を日本人だけが持つのかどうかは議論の余地がある。

 完成品の組み立てを「頂点」とすれば、その原材料部品を製造する分野が「裾野産業」と呼ばれ、それは英語でsupporting industryと訳される。日本の中小企業は、自動車や家電の製造大企業に代表される最終製品組み立て企業の「裾野」を形成して、その品質向上やコスト削減を要求する大企業を支援・支持(support)してきた。

 日本経済において不可欠な役割を果たしてきた「裾野産業」そして中小企業に将来はあるのか? ここで海外進出を切り口にして3つの類型に区分してみようと思う。 

 第1に、大企業に依存した「下請け」生産から次第に脱却し、独自製品の開発で生き残る中小企業がある。国内にとどまることもあれば、独自に海外に進出する場合もある。ただし、それを実現できる中小企業は、選ばれた技術力・販売力をもった少数の企業であると思われる。

 第2に、大企業に追随して海外進出する中小企業がある。これらは「産業の空洞化」そして「雇用の空洞化」を伴うことは指摘されて久しい。このように海外進出できる中小企業は、ある意味で恵まれている。海外進出先の販路が確保できるからである。

 しかし、そのいずれでもない中小企業は、人材や資金の面でやはり海外進出は簡単なことではない。第3の類型として、何とか日本で頑張ってきた大多数の中小企業が指摘できる。

 現在の最大の問題点は、第3類型の「何とか日本で頑張ってきた中小企業」が次第に日本で頑張れなくなってきたことである。少子高齢化、人口減少、デフレ、中国・韓国企業の追い上げ、財政破綻の諸リスク、政治の不安定化、TPP(環太平洋経済連携協定)など市場開放・・・・・。このように現在、日本経済の不安が増幅している。

 日本経済とともに自分も自社も衰退・破綻する。これが不安の内容であるが、大多数の人々は具体的な対策を実行できないでいる。私も含めて人間は、考えることとそれを実行することには大きな乖離がある。結局は「何とかなる」という「根拠のない楽観」に基づいて不安を解消している。

 しかし、いよいよ日本は「何とかならない」状況ではないか? それを打破するために海外進出しか残されていないのではないか? 安価な労働力、安価な生活費、成長する販路市場、成長する資産価値、成長する株価は現在の日本では考えられない魅力である。

 日本の中小企業の現況は、まさにこれであると思われる。海外に目を向けざるをえない状況である。では、その海外とはどの国か? 私は、それこそがベトナムであると思う。(つづく)

 

 

 

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