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2011年2月26日 (土)

訃報 永野忠さんを偲ぶ

 2月25日早朝に永野忠さんが亡くなったというお電話を奥様から頂戴した。この電話は留守番電話に入っていて、その後にお嬢様からもお電話を頂戴した。

 永野さんは宝塚ロータリークラブの会員であり、米山ロータリー奨学金の選考委員をされていた。2005年度に奨学金を受給した流通科学大学大学院のベトナム人留学生のキムフンさんを通して知り合いになった。

 その後、私の学生のゼミ旅行に同行して、ベトナム訪問をご一緒した。普通の観光旅行では本当のベトナムのことが理解できないという永野さんからのご希望であった。学生向けのホテルは格安であり、ハノイの貿易大学で河内音頭を踊って大学交流するなどは、確かに観光旅行では経験できないことであったと思う。

 Img_0087_800x600 ハノイのホテルの階段で足をくじかれたのだが、どうも普通のねんざではなく、ハノイのフランス病院にお連れすると、骨にひびが入っているという診断であった。それでも学生とハーロン湾観光をご一緒し、さらにホーチミン市まで同行された。おそらく団体旅行ということで、相当の痛みを我慢されていたのだと思う。この点では、奥様やご家族にご心配をおかけしたことを思うと今でも心苦しい。

写真の右端が永野さん
2007年3月に3回生ゼミ学生と一緒に

 これ以来、ベトナムについての記事をロータリーの機関誌に書かれたり、宝塚国際交流協会の主催でベトナムセミナーを2年に渡って開催される主役となられた。そのご様子を傍らから拝見していて、すっかりベトナムに魅入られて、ますますお元気なことを喜ばしく思っていた。

 「日本の病院で足をみてもらったら、ハノイの病院の処理は的確と言われて感心したんです」と言われていた。ベトナムでの不快な思いを前向きに解釈されるところが永野さんらしいと思われる。常に積極的に何でも好奇心をもって良い方向に解釈する。前向きな姿勢が元気な秘訣であることが実感できた。

 永野さんの最晩年になってから、おつきあいが始まった。奥様やお嬢様からのお話で、ご自宅でよく私の名前が出ていたということであった。ありがたく恐縮である。

 また、前述のキムフンさんに私は訃報を伝えたが、ちょうど亡くなる前日の24日に永野さんから電話があったということであった。最後までベトナムのことを気に掛けておられたのである。

 温厚な人柄、特に、はにかんだような優しい微笑は忘れられない。どうぞ思う存分にベトナムの旅を再び楽しんでいただきたいと思う。なお、永野忠さんの享年は87歳。シベリア抑留も経験されたと聞いた。

 ベトナムを通して心温まる思い出を頂戴した。永野さん、そしてベトナムに感謝しなければならないと思う。永野さん、ありがとうございました。

  

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