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2010年9月19日 (日)

有事の中を帰国しました

 「無事に帰国しました」が本当ですが、何事もないはずがない。いろいろな事があって当然です。

 今回のラオスと中国訪問は、ともかく神戸市外国語大学の西村くんにお世話になりました。「最近の大学生は・・・」と愚痴を言うのが私の常ですが、まだまだ日本の青年には希望も夢もあります。そういった青年を応援するのが、私たち社会人の使命=役割であることを実感しました、

 以下では、彼からの帰国後のメッセージを紹介します。その公開の承諾を彼からもらっていませんが、日本の将来を担う青年の実情を知って欲しいと思います。

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上田先生

先ほど無事に家路に着くことができました。

ラオスでは6日間大変お世話になりました。お陰さまでまたとない貴重な体験をさせて頂きました。

ライオンズクラブの方々に同行した日程は、本来、学生という身分では決して味わえない大変なものでしたし、ラオスから中国国境までの旅程も、一人ではなかなか行く機会のない場所へ同行させて頂き、本当にありがとうございました。

今まで中国の辺境部などの場所に行った経験から、自分の中でそういった場所への抵抗(自分の想像で先入観をもってしまう)はないと感じていましたが、今回の活動を通して、改めて、無意識のうちに枠を作ってしまっていた自分に気づきました。

これから、大学院における研究だけに止まらず、あらゆる場面で今回の経験を生かして努力していきます。

また、先生の「飯を食っていける研究をせないかん」。この言葉を胸に刻み、現在の境遇に甘んじることなく邁進して参ります。

本当にありがとうございました。何卒お体に気をつけて日本にお戻りください。

神戸市外国語大学 中国学科 4年 西村英希
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 上記の「飯を食っていける研究」というのは、大学院は研究のプロなのだから、研究で生計を立てられるようになりなさいという私のメッセージです。プロ意識が何事にも必要であると思います。勉強が好きだからと言って、趣味のように勉強しても、それは「プロ」とは言わないでしょう。

 西村くんは9月21日から中国政府の招聘で学生交流のために訪中の予定です。ますますの彼の発展を応援・祈念したいと思っています。

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2010年9月18日 (土)

著書はどうなった?:就職未内定の学生の皆さんに共感を込めて

 私の著書の出版について、ご心配を頂戴していますが、それは大丈夫です。なぜ大丈夫かと言えば、ただ時間がないだけで、緊張感が持続できているからです。

 時間があっても、気分が乗らなくてはまとまった文書は書けないのですが、今回は気分を高めたままにしていますから、今のままで時間ができれば、近々に書き終えることができると思います。

 しかし、原稿や講演の依頼があり、連載のレポートもあります。しかも、21日から講義も始まります。さらに講義の日に、月末のセミナーの打ち合わせ会議とセミナー出席の要請が来ています。ハードルが次から次にやって来るのですが、ともかく精神的に大丈夫です。

 このような精神状態でいますので、どうぞご安心下さい。高揚した精神状態を維持できる手段は何か? それは、信念・思い込み・自己催眠・自己暗示・自己陶酔といったところでしょうか。

 就職活動で苦労している学生が多数いると思いますが、ともかく精神的に弱くならないことです。自分で精神力を維持・高揚する方法を工夫することです。音楽でも映画でも恋人でもスポーツでもよいです。強い精神を維持する何かが必要です。それは私も同じです。

 このような何かを見つけた人は、「ストレス耐性力」が上昇しているはずですし、それだけで就職活動の成功に近づいていることになります。私も学生の皆さんも人間の弱さは同様にもっています。その弱さを克服する。これからが、それを練習・修得する絶好の機会です。お互いに健闘しましょう。

 しかし最近の学生で心配なのは、もともと精神力が衰退している場合があることです。要するに最初から「やる気」つまり「気力」が乏しい。これまでの「ゆとり教育」は、こういった精神力までも弱めてしまうのではないでしょうか。こういう学生は当然、就職先が見つからないことになります。覇気のない人間が就職して企業で活躍してくれることは考えがたい。

 就職活動を契機にして、自分を変えていくしかないでしょう。それは自己成長を意味します。就職の厳しい今こそ、自己を変革・成長させる好機なのです。そのように積極的に考えれば、おそらく内定は獲得できるでしょう。

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2010年9月17日 (金)

中国の「南進政策」の内実:ラオスと中国の国境を越える

 9月15日~16日に1泊2日でラオスから中国に行ってきました。この旅程は次の通りです。

 ビエンチャン~(空路)~ルアンナムター~(陸路)~ボーテン~ラオス中国国境~モーハン(中国雲南省・西双版納州)・宿泊~(陸路)~中国ラオス国境~(陸路)~ウドムサイ~ルアンパバーン~(空路)~ビエンチャン

 日本経済新聞の遠西記者(現マニラ支局長)と一緒にベトナムのラオバオとラオスのダーンサバン間の国境を超えたのが2005年でした。その遠西さんが自称「国境オタク」でした。この時に初めて「国境オタク」の存在を知ったのですが、要するに国境を越えることを趣味としている人々のことです。

 この時以来、私も「国境オタク」の仲間入りをしました。陸路での国境越えは、空港という点から点を結ぶ空路にはない「大地の連続」と「国家の区別」という「矛盾」を実感させてくれるのです。同じ人間が住んでいるのに国境が大きな経済格差を生み出している。こういうことが具体的に認識できます。この観点からも、やはり「経済統合」は必然なのだと思います。

 メコン川流域国について言えば、この「国境オタク」は単なる趣味ではなく、東西経済回廊・南部経済回廊・南北経済回廊といった国際道路の「実走調査」という意味をもっています。その趣旨でラオスと中国の国境を越えてみたいと以前から思っていました。それは、中国の「南下政策」または「南進政策」の実際をラオス国境から視察するという意義も含まれています。

Cimg2105  この中国旅行には、神戸市外国語大学4年生・中国語専攻の西村くんが同行してくれました。彼がいなければ、おそらく中国側の行動は円滑ではなかったと思います。彼は上海で語学留学の経験があり、来年4月から大学院に進学予定の寡黙ですが気が利く優秀な学生です。

 写真は、ラオスの出国手続き窓口です。ここから中国側が運営するタクシーまたは電気自動車(2元)で中国側の入国手続き所に移動します。徒歩も可能でしょうが、20~30分の時間が必要な距離です。

 またラオス国立大学経営経営学部の親しい教員であるケック先生が国境のラオス側の情報を集めてくれました。頼りになる学生や友人は、以下で紹介するトラブル発生時に存在価値を確認することができます。本当に感謝です。

Cimg2117  そのトラブルと言うのは、今回の当初の計画は、国境を越えて中国側の様子を少し見て、宿泊はラオス側のウドムサイだったのです。しかし出入国管理所がラオス時間で16時30分、中国時間で17時30分に閉鎖されてしまいました。その後、ラオス時間で18時、中国時間で19時に再び開門されるのですが、ラオス側の入国はラオス人だけしか認められなくて、外国人は受け付けてもらえないということでした。そこでラオスに帰国できなくなって、中国で1泊することになったのです。

 写真は、中国の出入国管理の建物です。超近代的な設計で最初に驚かされました。また、この建物の両側は山を切り開いた状態です。まさに国境を拓いたという状況になっています。

 このような計画の変更は、ビエンチャン発の航空機の出発が1時間ほど遅れたことが原因です。もちろん国境の閉鎖時間を確認しなかった私のミスが大きな原因ですが・・・

 今回からしばらく、このラオスと中国の国境の様子を紹介します。また、ビエンチャン市内の新しい中国人マーケットの中国人店主に対するインタビューから、中国の「南下政策」の内実を検討してみたいと思います。

flair追記flair
 上の2枚の写真を見れば、ラオスと中国の国力の相違は歴然です。ただしラオス側の建物が常に貧弱というわけではなく、ベトナムとラオスの国境であるラオバオでは、ベトナムとラオスの出入国の建物は拮抗して立派でした。また以前に中国からベトナムに向かってモンカイを越えましたが、その時は中国側の巨大ゲートに対峙するかのようにベトナムも立派な建物が起立していました。このボーテン国境の両国の建築物の格差をどのように考えればよいのでしょうか?

 ラオスが中国に対峙して「国威」を発揮しようとするなら、対等の建設物が建設されるでしょう。他方、「国威」を言うなら、上記のラオバオではベトナムに対してラオスが対抗意識を示しているとも解釈できます。おそらく実際は経済的な問題です。ラオスにとっての交通量の多寡が、その建物に反映していると言えるでしょう。 

 なお以上の続報は、岩井証券のHP上の「週刊ベトナムレポート」で紹介しています。ご参照ください。

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2010年9月16日 (木)

サイゴンタイムズにインタビュー記事が掲載

 ベトナムの『サイゴンタイムズ』(2010年9月14日)に、私の現地でのインタビュー記事が掲載されました。記事内容のHP版は以下の通りです。http://english.thesaigontimes.vn/Home/interviews/businesstalk/12548/

 同様の記事が次にも転載されています。
http://en.stockbiz.vn/News/2010/9/14/143068/no-short-term-matter.aspx

 取材のチャン記者が写真を撮影しましたが、笑えと言いながら、もっと目を開けてなどと無理難題を要求するので、不自然な写真が大きく掲載されてしまいました。これは恥ずかしい・・・。この年齢になって、もうどうでもよいけれど・・・。

 この記事の日本語訳は、マネーベトナム社が紹介してくれていますので、以下を参照ください。
http://www.moneyvietnam.com/

 また、『電気新聞』のHP版には、ベトナムのインフラに関する私のインタビュー記事が連載中です。以下は第2回目の記事です。
http://www.shimbun.denki.or.jp/news/special/20100916_01.html

 さらに、最新号で40回目になる「週刊ベトナムレポート」を岩井証券のHPに連載中です。http://www.iwaisec.co.jp/

 以上、このブログからリンクして読んでいただければ嬉しいです。

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2010年9月15日 (水)

ラオス国際ライオンズクラブに対する贈呈式

 13日にラオス国際ライオンズクラブに対して、箕面船場ライオンズクラブがラオス中部の水害被害の小学校に対する救援物資の贈呈を行った。

 この中には、箕面船場ライオンズクラブが集めた衣料品100㎏、エースコックベトナム社から贈呈された即席ラーメン400食分、さらに文房具5万円相当分が含まれる。この様子は、14日の英字新聞『Vientiane Times』に写真入りで掲載された。

Cimg2042  ハノイのトランジットの手続きで私の前に並んでいたのは韓国の青年たちで、ルアンパバーンにボランティア活動をするためにラオスを訪問するようであった。同地には、ルアンパバーン国立大学の新校舎が韓国政府の支援によって建設された。このような関係もあって、韓国人青年グループが同地を訪問するのかと想像していた。

 韓国人青年グループは、カンボジアでもよく見かける。私の偏見かもしれないが、韓国人はボランティア活動・奉仕活動に熱心である。たとえばテレビドラマのIRIS(アイリス)でチン=サウ役を演じていた男優チョン=ジュノも奉仕活動に普段着で参加している。また友人の韓国人は報酬の10%程度はキリスト教会に寄付している。

 こういう活動は韓国よりも日本で少数であると思われる。このような意味で、ラオスにおける上記の箕面船場ライオンズクラブの活動は、日本人として誇るべきであるし、私にとっても誇りである。

 日本のODAが「官」からの支援であるとすれば、われわれの支援は「民」からの支援である。「官から民へ」もしくは「官民連携」の支援は、ますますアジアで求められていると思われる。民間の支援活動には、金額の多寡はともかく、少なくとも顔と顔の見える「志し」「気持ち」「感情」がこもっている。そういった「草の根」のアジア交流が、アジアにおける日本の評価を決める最重要の要因であるとも考えられる。

 なお、すでにラオス洪水被害に対しては、ラオスの日本大使館が8月後半に救援をしているが、箕面船場ライオンズクラブは、それに続いた民間の支援であると思われる。

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2010年9月13日 (月)

ハノイ空港内の両替詐欺・未遂事件

 12日に関空からハノイ経由でラオスのビエンチャンに移動した。ラオプラザホテルでは、予想通りの手荷物検査があった。ワッタイ航空のターミナルの片隅にはインド大統領の専用機が巨体を横たわらせていた。

 英字新聞『ビエンチャンタイムズ』などの情報によれば、インド大統領は11日にラオス到着、12日にルアンパバーン訪問、13日にラオスを離れる(離寮)ということであった。

 さて本題である。ハノイのノイバイ空港の免税店でラオス在住日本人のお土産用に「越の一(えつのはじめ)」を買った。それは米ドル払いであった。それはよいのだが、その売店でベトナム通貨ドンと米ドルを両替してほしいという。これ自体はよくあることで、おつりのドン不足の時は、これまでも店員から両替を依頼されたことがある。

 そこで5ドルほど受け取って、50数万ドンを取られそうになった。1ドルを2万ドンとしても10万ドンほどなのに50万ドン紙幣も取られそうになった。この背景には、私自身のミスもあった。計算がややこしいので、ドン紙幣を店員に渡して、必要な紙幣を適当に店員が取るようにしたという状況があった。

 「ちょっと待たんかい!なめ取ったらあかんゾ!」

 これをやや大きな声で凄んで言うと、表情を硬直させた店員はすぐにドンを返した。さらに「何やお前、ええ加減にせんかい!」とたたみ掛けた。「ちょっと待て、名前見せてみ!」と首からかけた名前と登録番号をノートに書き取り、「ええか、社長に言うたるぞ!」となり、さらに隣の店員にも「お前も名前見してみ!」と言うと、「私は関係ないから。悪いのはこの人よ」と返事する。お前らの「友情」はそんなもんかいとも思った。

 これらの台詞は、ほとんど大阪弁である。ちゃんと通じるところに自分でも感心した。大阪弁は世界共通の言語だ。もっともベトナム語では「私はベトナムが好きなのに、こんなんではダメだ」という意味のことを言った。店員は「あなたはベトナムをよく知っている」と返事したが、要するに「カモ」にする相手を間違ったということであろう。

 ベトナム通貨は桁数が多いので、慣れないと両替計算が難しい。さらにベトナム紙幣の50万ドンと2万ドンは、同じような青色系の印刷なので間違うことも多い。特に使い古された紙幣は印刷の色が悪くなっているので、注意しなければならない。

 同じような両替詐欺については、10年以上も前に外国人を相手に「両替するよ」と言って近寄ってくる街頭のおばさんを思い出す。5千ドン・1万ドン・5万ドンなどと分厚い札束を渡してくれる間に、ゼロの数が頭の中で混乱してくる。まるで手品か催眠術のようにおばさんの術中にはまり、後から計算するとかなりのドンが不足している。

 外国人に対する表玄関の空港でこういう詐欺が発生することが問題である。トランジットで航空券を受け取る間も、乗客の行列ができているにもかかわらず、窓口は1つしか空いておらず、隣の窓口には担当者がいるにもかかわらず、窓口を閉めたままでパソコンでゲームをしている。

 また5年ほど前には、サッカー中継のテレビに夢中になり、パスポートのチェックをしない係官がいた。そのために別人のパスポートであることが日本で発見されたことがあった。この原因は、ホテルから受け取ったパスポートが別人のものであることをチェックしなかった日本人にも落ち度がある。

 ベトナム国営企業の経営やサービスの改善は急務である。特にベトナム航空は、デルタ航空や大韓航空も参加している「スカイチーム」に加盟したことを最近は自慢げに宣伝している。しかしその機材やサービスが、それにふさわしいかどうかを再検討してもらいたい。たとえばイヤホーンや読書灯を利用できない座席が古い機種には必ずあると言っても過言でない。

 以上、ベトナムの国営企業・公務員の道徳心・マナー・サービスの具体的な問題点である。民間企業のサービスが向上しているだけに、国営企業・公務員のサービス不足が目立つようになった。ベトナムにおける人材育成の課題は山積していると言わなければならない。

 さらに教訓を言えば、日本人は隙を見せない。また国営企業のサービス向上が、ビジネスチャンスと見なすことができる。ニーズがあるところには、ビジネスが存在する。 

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2010年9月11日 (土)

日本に一時帰国しました

 ホーチミン市では9月7日に、ベトナム投資貿易コンサルティング会社である日本の一(イチ)コーポレーション社ベトナム商工会議所ホーチミン支所の共催で「ビジネスマッチング」が開催された。ベトナム側から100名以上の参加があり、日本企業各社のブースに次から次に商談が持ち込まれた。この冒頭で私は「ベトナムと日本企業の戦略的パートナーシップ形成のために」というテーマで講演した。この様子は大毎広告(株)が同行取材し、広告記事として9月末に『毎日新聞』(大阪版)に掲載される予定である。

 9月9日の早朝に関西空港に到着し、その日の午後6時30分から「関西社会人大学院連合」の主催で「ベトナムのビジネス環境:発展するメコン川流域国を展望して」というテーマで講義した。39名もの参加があり、大盛況であった。

 翌日10日は、(財)太平洋人材交流センターで委員会があり、その後に関西空港から札幌に向かい、今は札幌の三井ガーデンホテルの室内である。なぜ北海道かと言えば、11日の午前9時から札幌大学で「アジア経営学会」があり、その司会を依頼されているためである。この学会の理事であるために、その任務を放棄するわけにはいかない。その日の午後に帰阪。

 そして12日から関西空港からハノイ経由でラオスに向かう。これは箕面船場ライオンズクラブが、ラオス国際ライオンズクラブに対して水害被害の救援寄付をする目的である。これには、日本から衣料品を段ボール5箱、ラオス市内で文房具を500ドル分、さらにエースコックベトナム社の即席ラーメンを30箱などが含まれる。エースコックベトナム社は、浪江前社長に続いて梶原社長からもご厚意を賜ることができた。心から感謝である。

 また、今年で8回目となるラオス清掃ボランティア活動をラオス内閣府・水資源環境局と協力して実施する予定である。ただし、日本からの今年の学生は神戸市外国語大学の西村くん1人であるために箕面船場ライオンズクラブの皆さんにも協力をしていただくことにしている。

 日本滞在が9日・10日・11日・12日。その間に札幌出張。まるで猛烈営業担当者の仕事である。とは言っても、それは今の瞬間だけであり、大学教授の仕事は基本的に時間に余裕がある。「猛烈営業担当者」とは、こういう仕事が連続するのだろうと想像される。

 ここ札幌は、到着時の午後8時前に気温22度である。これは快適。なお、ラオスではインド大統領のラオス訪問があり、ラオプラザホテルは入口で荷物検査がある。なお8月にはベトナムのチェット大統領もラオプラザホテルに宿泊している。

 今回は、ライオンズクラブの皆さんと一緒なので私もラオプラに宿泊である。多忙なライオンズの皆さんは3泊+機中泊であるが、その後の私は北部ラオスに向かい、中国国境に行ってみる予定である。

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2010年9月 4日 (土)

ダナンのライフリゾートホテルから

 ゼミ学生は、ホーチミン市のホテルから1人で9月2日に帰国。無事に帰国したと思うのだが、未だ連絡がない。こちらから着いたかどうかを確認しなければならなない。ビジネスで学ぶことは、まだまだ多いようである。とは言うものの、連絡がないということは、帰国後に体調不良で入院したという懸念もあって、やはり心配である。

 しかし彼が確実に成長の材料を掴んだことは確かである。相も変わらず「夏休みもアルバイトしてました」という多くの学生に比べると、それは格段の相違である。今回の初の外国旅行で把握した材料を自分で消化して体内に吸収することができるかどうか。それが今後の課題である。こういうことは、人間の成長にとって私も含めて一般に妥当する教訓である。

Dsc01486  9月3日から5日までダナンで休暇と仕事である。ダナン工科大学のナム学長にお目にかかったが、それ以外は日本商工会の前事務局長の井上さんにお会いする。それ以外は冷房の効いた室内から海を見ながら原稿を書いている。この贅沢は寿命を伸ばしてくれる。

 甘ったるいような南シナ海の海水は、1994年のダナン初訪問以来、私にとって忘れられない感触となっている。またチリチリとする日差しは、逆に日陰の安らぎを増してくれる。日本に比べて、またハノイやホーチミン市に比べて乾いた空気が体内を活性化してくれるような気がする。

 ベトナムは9月2日の「独立記念日」から4連休の会社が多い。ベトナムは祭日が少ないというが、このような会社と従業員の間での不定期の休日が多くなっているように思われる。休日となれば、その出勤には当然であるが、割り増しの手当を払わなければならない。その対策として来週の土曜日は、9月3日の振り替え出勤日になっている。

 ダナンでは、いつも贅沢をしてフラマリゾートを利用しているが、さすがに連休であるから満室ということで、今年3月にオープンしたライフリゾートホテルに宿泊している。ちょうどフラマの隣である。1泊で百数十ドルという5☆ホテル。ベトナム人がオーナーである。

Dsc01506  このホテルも、以前のフラマと同様にベトナム人の子どもたちが朝食のビュッフェでは走り回っている。大部分の宿泊客はベトナム人家族である。まさに富裕層である。おそらく不動産や株式で儲けた人々である。

 普通に汗水を垂らして働いたお金なら、贅沢な使い方はできないと日本人なら思うのだが、ベトナム人も同様ではないか。そうなると「バブル」のお金が、こういう贅沢に使われることになる。なかでも驚いたのは、どう見ても20歳代の若者4名のベトナム人グループの宿泊である。親が金を出すのか、外国在住ベトナム人なのか、そうでなければ、あの年で高級リゾートの宿泊はありえない。

 このホテル、フラマよりも設備が新しいことが自慢である。十分に満足できるのだが、私の最大の不満は「生ビール」がないことである。ダナンの地ビールである「フューダ」は、ラオス中部でも飲めるほどに普及していてダナンではいつも注文するが、やはり「生」が飲みたい・・・。

 ラオスについて言えば、ダナン大学には合計300人のラオス人留学生がいて、ベトナム政府はカンボジアと並んで重点的に奨学金支給などで若い人材を交流させている。前述のナム先生に言わせれば、新入学生3千人が入学したばかりで、今はその対応で多忙ということであった。明日は、また喧噪のホーチミン市に戻る。さあ原稿、頑張ってみよう。

Dsc01516  付記:阪急阪神ホテルグループの「レム」を東京出張時に最近は利用している。レインシャワーとマッサージ椅子が気に入ったからである。このライフリゾートホテルにもレインシャワーが、普通のシャワーと併設されている。さらにバスタブまであるのだから、至れり尽くせり。バスタブに入ってテレビを見ることもできる。ただし奇妙なことに、バスルームには写真のように椅子が設置されているのだが、その上にレインシャワーが位置していない。椅子に座って雨に打たれるのが、このレインシャワーのコンセプトではないのか? この椅子に掛けてレインシャワーを利用すると、足先だけシャワーに触れる。このホテル、設備は最新だが、このような微妙な部分が疑問点である。なお写真の左側が窓になっていて、ベッドルームのテレビを見ることができる。なおテレビは液晶のLG製で壁面取り付けである。

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