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2010年4月12日 (月)

大岡昇平『レイテ戦記』を読了

 2月末のレイテ島訪問を契機に通勤電車の中で読み続けてきた『レイテ戦記』(大岡昇平)を先週末に読み終えた。久しぶりの長編の読破であった。

 生死を分ける戦争は、誰もがもっている人間の本質を鮮やかに照射する。たとえば特攻隊や「斬込み隊」は当初から死を覚悟しなければならない。このような場面に遭遇すれば、自分自身はどのように行動するか。それが感情を揺さぶる。

 私の感想は次の3点の著者の文章に集約される。総じて日本人としての誇りと憤りを私は感じた。

1.「しかしこれらの奴隷的条件(――引用者注:軍隊内のビンタや精神棒、空想的な戦争方針)にも拘らず、軍の強制する忠誠とは別なところに戦う理由を発見して、よく戦った兵士を私は尊敬する」(文庫本・下巻、289~290頁)。

2.「醜悪なのはさっさと地上に降りて部下をかり立てるのに専念し、戦後いつわりをくりかえしている指揮官と参謀である」(同上、295頁)。

3.「レイテ島の戦闘の歴史は、健忘症の日米国民に、他人の土地で儲けようとする時、どういう目にあうかを示している。それだけではなく、どんな害をその土地に及ぼすものであるかも示している。その害が結局自分の身に跳ね返って来ることを示している」(同上、323頁)。

 戦争を体験した人間の心理を『レイテ戦記』は疑似体験させてくれる。この疑似体験は、主人公に読者が感情移入するということではなく、戦場それ自体に読者を招き入れることから生じる。『レイテ戦記』に主人公は存在しない。同書の主人公はレイテ島であり、戦争それ自体である。それだからこそ、この作品の主人公であるレイテ島の微細な地形が綿密に描写されている。

 なお、同書で紹介されている大隊長の長峰秀雄少佐は、ケーブルテレビのNHKオンデマンド番組・NHKスペシャル「果てなき消耗戦 証言記録 レイテ決戦」の中で当時の体験を証言されている。『レイテ戦記』の臨場感が向上する。再びレイテ島を訪問する。今後の私の課題である。

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