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2010年3月 6日 (土)

レイテ島の横断:オルモックからタクロバンへ(4・完)

レイテ戦記 (上巻) (中公文庫) レイテ戦記 (上巻) (中公文庫)

著者:大岡 昇平
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 レイテ島を訪問し、大岡昇平『レイテ戦記』を読んで、さらに戦略の過去を想起すれば、私見では、現代の日本企業における経営戦略の課題解決の方向性は次のように思われる。

 企業の経営戦略が誤ったからと言っても、軍事戦略のように人間の生命に常に影響するわけではない。それなら、思い切ってやってみることである。たとえ事業に失敗しても、社長を辞任して責任を取ればよい。その生命までも奪われない。

 このように考えると、日本と韓国のリスクに対する経営感覚の相違は、徴兵制の有無と言えるかもしれない。一般に、生死を分けることを前提にした軍事訓練の経験者と未経験者では、その意思決定の基準が相違するのではないか。

 ただし、だから日本にも徴兵制が必要という意見は極めて短絡的な結論である。「自衛隊の経験者が、同じ能力をもった未経験者よりも意思決定力=決断力に優れていて、経営者として成功する確率が高い」という仮説が検証されなければならないからである。また、自衛隊の未経験者であっても、果敢な意思決定によって成功する日本人経営者は多数存在していると思われる。

 ただ、ここで言えることは、死生観の有無が経営者の意思決定に影響するのではないかということである。一般に「死んだつもりになってやれば、何でもできる」と言うではないか。当然「死んだつもりなら、度胸がすわる」。子どもでも「必死で頑張ります」というような言葉を普通に使う。実際には死ななくても、経営者の場合は社長職を辞任すればすむことである。

 現在の成功したとみなされる経営者が死生観をもっているか否かは、別途に検証が必要であるが、少なくとも過去の日本人の多くは「武士道」に見られる死生観があったように思われる。それが明治以来の「軍人精神」に全部ではないにせよ伝承されてきた。

 ここで留意するべきは、この死生観の有無がイデオロギーに無関係なことである。たとえば日本の共産主義運動においても、『蟹工船』の著者・小林多喜二に代表されるように死を賭して信念を守った人々が少なからず存在している。「卑怯者、去らば去れ、我らは赤旗守る」。この「赤旗の歌」の歌詞には、やはり死生観が含まれていると思われる。(続く)

 

 

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