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2010年2月21日 (日)

韓国から学んで国際競争力を強化(下)

2.真のグローバル企業とはどうあるべきか
 前掲の『日経ビジネス』に次のような指摘がある。それについてコメントする。

(1)「韓国製品に対する負のイメージは日本で根強く残っているが、中国ではほとんどない」(29頁)。

 日本人もしくは日本企業に「根強く残っている」韓国製品に対する「負のイメージ」は、その結果、世界市場の中で日本人もしくは日本企業を取り残す負の効果を生むのではないか。日本人は、もっとイメージではなく、現実を直視する必要がある。これは韓国人に対する日本人的な気質かもしれないが、それをビジネスに持ち込んでは失敗する。

(2)「日本メーカーの商品開発は、国内の技術者が主導し、海外の消費者の声はなかなか商品に反映されてこなかった。「日本向けの高機能な製品を持ち込んで、売れなければ付加価値を理解できない消費者が悪いと言っていた」(日本の家電大手の幹部)」(28頁)。

 日本企業における顧客志向・顧客満足のマーケティングには世界的に定評があると私は考えていた。上記の指摘が正しければ、それは一般的ではなく個別の成功事例と理解するべきなのかもしれない。日本のビジネス成功体験が外国で通用しない。これは当然であるが、日本人経営者に思い上がりがあれば、この当然の理屈が隅に追いやられてしまう。

(3)イ=ドンヒ氏(ポスコ社長):「我々は強いライバルに挟まれています。品質については日本勢と、価格については中国メーカーと緊張感のある競争を続けてきました」(1頁)。

 私の韓国初訪問は1983年。それ以来、韓国人・韓国企業の日本に対するライバル意識の存在を認識してきた。しかし上記のポスコ社長の発言には余裕すら感じられる。他方、日本は、バブル経済その前の「ジャパン=アズ=ナンバーワン」の時代を経験して、対外的な競争心を喪失したのか、または成功体験の幻想を見続けるようになったのか。

 日本企業は激しい競争してきたと思うが、それは「内なる競争」であったのかもしれない。松下電器はソニーや東芝や日立というライバルが存在し、ダイエーはジャスコやイトーヨーカ堂と競争してきた。トヨタは日産と競争し、三菱商事は三井物産や丸紅・伊藤忠と競争した。外国企業から見れば、それらは日本企業の間の競争でしかない。その舞台が外国で展開されたとみなすこともできる。日本企業における競争とは何であったか。これらの論点はさらに深める必要があるように感じる。

(4)同上:「原料があって市場があれば、世界中どこにでも出て行きます。私の頭の中からは、もう「国境」という概念は完全になくなりました」(1頁)。

 これは、グローバル企業の経営者にとって必要な発想である。また私も同感である。また若い人にも「仕事があれば、世界中どこにでも出て行きます」と考えてほしい。この場合、語学力は必ずしも前提条件ではない。ビジネスアイデアは世界普遍の共通の関心事項である。ビジネスが先攻、外国語は後攻である。

 私の知る限り、フィリピンそしてベトナム・カンボジア・ラオスなどに多数の韓国人が溢れている。島国の日本。大陸につながる韓国。この地理的な事実は、国民性に影響を「根強く」及ぼしていると考えることが自然かもしれない。北朝鮮との「国境」問題を持続的に抱えてきた韓国にとって、国境という意識が日本と異なって自然であると思われる。

flair総括flair:国際競争力を強化するために経済産業省が政策を発表する。その内容を精査したい。ただし今ここで私の期待する要点は、日本の中小企業に焦点を当てることである。大企業は人材と資本をもっている。すでに国際的な情報ネットワークもある。唯一の問題は意思決定が遅いということであるが、それは自業自得かもしれない。これに対して中小企業は、独自の技術をもち、ハングリー精神もあり、経営者の意思決定は早く意欲もある。問題は、外国進出における資金力や情報力である。それを政府が支援すればよい。資金力は政府資金に依存するのではなく、証券市場での資金調達や民間ファンドで賄う。このようなアイデアはどうか。

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