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2009年9月29日 (火)

「熱き人」西村愛さんのWebテレビ配信は10月末まで

 eo光チャンネルでは、Web配信のテレビが放映中である。この番組「熱き人」の中で西村愛(にしむら・いとし)さんが紹介されている。配信期間が10月31日までなので、お見逃しのないように以下で案内いたします。注:「熱き人」のバックナンバーで視聴できます。

 西村さんは、総合商社を退職後に財団法人太平洋人材交流センターに勤務されており、得意の英語と豊富なビジネス経験を生かして、来日する外国人研修生のビジネス研修のコーディネーターをされている。ぜひ以下のサイトを参照していただきたい。番組の放映は15分間である。

 http://eonet.jp/eohikari-ch/

 この番組を通して、JICAが実施している「日本センター」の研修の一端を理解することができる。この番組では、ベトナムのハノイ貿易大学教員を対象にした日本研修の様子が紹介されており、これらの教員が帰国後は日本センターでベトナム人ビジネスパーソンの教育を担当することになっている。

 今回の研修のテーマは、日本の「ものづくり」・「裾野産業」の実態を見聞・調査し、それをベトナム人ビジネスパーソンに伝えることである。この研修には私も関係しており、講義を担当した。番組の最後に「脇役」として出演しているので、ご参照ください。

 

 

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2009年9月27日 (日)

神戸大学・合田教授からのコメントについて

 本ブログで連載したサコムバンクの総資産や資本金について、神戸大学の合田教授からコメントを頂戴した。その数値が過大という指摘である。

 たとえばサコムバンクの総資産は、Economics Today, Volume 2, Number 44, August 1-15,2009, p.24によれば、US$4,593 billionと記載されている。これを直訳すれば、4兆5930億ドルであり、日本円(1ドル=90円)で413兆円となる。確かに、これは異常に大きい。この誤りの解釈としては、カンマとピリオドの意味が逆ということである。

 ベトナムでは、日本の数字表記の時に使用するピリオドをカンマに、カンマをピリオドに表記することが一般的である。日本と使用方法が逆である。これは、最初のベトナム訪問で日本人が当惑することである。この記事の記載もそうであるとすれば、US$4,593 billionは、45億9,300万米ドルとなる。日本円で450億円超である。これは妥当な数字である。したがって、このように本文を訂正した。

 私のブログ記事は、上記の雑誌と、その前号のEconomics Today, Volume 2, Number 43, July16-31,2009, p.23を使用している。この前号の記事では、たとえば設立資本金が、VND5,116 billion(US$287 million)と記載されている。これを直訳すれば、5兆1,116億ドン(2億8,700万ドル)である。1ドル=17500ドンとすれば、5兆1,116億ドンは2億9209万ドルとなり、日本円で261億円超である。この記事の数字は妥当である。

 カンマとピリオドの使用が英文記事を執筆する場合、カンボジアで誤る場合、または統一されていない場合があるということかもしれない。この雑誌の編集部(プノンペンセンター)を訪問したことがあるが、カンボジアの次代を背負う若い俊英の記者が集まっている印象であった。雑誌記事の信用にも関係する問題だから、このコメントは同誌の編集部に連絡してみようと思う。

 合田先生のコメントには、以上のようにお答えしたいと思います。今後とも、よろしくお願いいたします。なお本来は、サコムバンクの財務諸表やデータを直接調査すればよいが、そこまでの時間の余裕がない。毎日のブログ執筆の限界であるとご了解いただきたい。

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ベトナム・サコムバンクのカンボジア進出事情(下)

解説とコメント:ベトナムの観点から見てカンボジア経済は成長する

 ベトナム株式市場で人気銘柄であるサコムバンクが、中国の南寧とラオスに次いでカンボジアに進出した。その理由は明確である。3つの経済回廊によって物流が発展すれば、それに伴って金融サービスのニーズが高まるということである。メコン川流域の国境を超えて活動するベトナム企業にとって、サコムバンクは安心できるパートナーになるであろう。

 以上の質疑応答で「国境貿易」という言葉が出てくるが、これは通常の貿易と理解してよい。国境を超えて活動する企業をサコムバンクは支援すると述べている。

 カンボジア経済の急成長について、ベトナム大手銀行が断言していることは、もちろんカンボジアに対するベトナム側の「リップサービス」があるにせよ、日本人にとって新しい観点である。日本企業は、ベトナムとカンボジアの投資環境を比較して、ベトナムに軍配を上げることが多いが、そのベトナム自身がカンボジアの成長力の魅力を評価している。

 確かに若年層の人口比率や人口増加率についてカンボジアはベトナムよりも上回っている。この点にサコムバンクは着目している。長期的な観点からベトナム企業の労働不足は明確であり、そのためには今からカンボジアに布石を打つベトナム企業があっても不思議でない。また人口の増大は、国内消費の拡大を確実にもたらす。

 これまでの日本企業の観点や先入観や論理の枠組みから想定できないような発展がカンボジアで期待されるかもしれない。その理由は次のようである。

 日本企業とは異なった観点と論理で韓国・中国・ベトナム企業がこの地域に進出している。これらのアジア諸国が外国(=カンボジア)投資できるまでに成長したのである。これまでの日本企業は、それに無視または無関心であった。日本には日本のやり方があるという考え方である。日本と各国が活動の「棲み分け」するという考え方である。

 たとえばカンボジアと同様にラオスでも証券市場の開設が準備されているが、あるJICA関係者は「ラオスの証券市場は韓国が支援しているプロジェクト」という反応であった。それは韓国が支援しているから日本は関係ないという姿勢や意図が含まれているようであった。これではラオスの証券市場に日本企業が関与する余地はないと最初から決めている。

 この固定観念・先入観に基づく発想からは、アジアでの新しいビジネスチャンスは生まれてこない。なぜならアジア諸国の発展は、それほどに急激で変化に富んでいるからである。

 日本の想像を絶するアジア諸国からのカンボジアやラオスに対する投資活動は、全体としてカンボジアやラオスを日本の想像を絶する成長に導く可能性がある。これに対して日本が静観している手はない・・・。

 

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2009年9月26日 (土)

ベトナム・サコムバンクのカンボジア進出事情(中)

副CEOのJohn Vong氏との質疑応答

○貴行のカンボジア進出の理由は何ですか?
 インドシナには3つの経済回廊があり、それは取引フローを意味しますが、それには資本フローが伴います。そこで北部で南寧、中部でビエンチャン、南部でプノンペンに弊行を設置しました。これら回廊の港湾はハイフォン・ダナン・ホーチミン市であり、そのすべてに支店があります(以下の質疑応答は前掲雑誌〔August 1-15, 2009, p.24-25〕から引用した)。

○カンボジアの投資環境についてのお考えは?
 カンボジアには多数の好機があります。人口の50%が30歳未満という「ダイナミック」な国ですから、変化が確かにあるでしょう。ほとんどの急成長経済は若年人口または成長する中産階級の人口のいずれかを内包しています。それは消費拡大による経済成長をもたらします。カンボジアの環境は投資に適当です。

○カンボジアの銀行数27行についてどう思いますか?
 それぞれの商業銀行がその役割を果たせばよいのです。弊行は銀行業だけでなくカンボジア経済に貢献します。弊行の金融商品は国境貿易と貿易フローの促進に注目しています。ベトナムとカンボジアの貿易フローは成長しており、両国で統合した金融市場が求められています。この需要に弊行はカンボジア他行と一緒に応えます。

○カンボジアで貴行が直面する主要な課題は何でしょうか?
 第1に、適当な銀行であると顧客に確信させることです。第2は、カンボジアのような急成長市場を管理する適切な資本を用意できているかどうかです。第3は、人的資源の質と革新です。国境貿易を理解して取引量を増大させる職員をさらに養成しなければなりません。

○カンボジア中小企業に対するベトナムの貴行からの教訓は何ですか?
 弊行はベトナムで最初の上場銀行です。有限資本で設立されましたが、今では第6番目の貸出資金に達しています。弊行は、世界銀行グループの国際金融が投資した最初のベトナムの銀行です。カンボジアでの弊行は、ほかの銀行を補完するでしょう。ベトナムの大手銀行としてその経験を中小企業金融の促進に生かしたいです。

○貴行グループの他企業がカンボジアに次に進出しますか?
 可能性はあります。子会社のサコムバンク宝石会社(Sacombank Jewelry Compan:SBJ)が、カンボジアに金取引場の提供の可能性を検討しているところです。

○サコムバンク宝石会社(SBJ)はカンボジアにとって利益になりますか?
 サコムバンクSBJは、金と宝石を取引し、金取引場をホーチミン市に設置しています。多数のカンボジアの人々は金を購入し保有していると報告されています。サコムバンクSBJは金取引場を提供し、カンボジアの人々が取引を通して価格変動から利益を獲得できるようにします。さらに同社は金貨を製造します。

○カンボジアの金融発展にどう貢献しますか? また証券市場に対する計画は?
 カンボジア証券市場について弊行は準備できています。また弊行のビジネスモデル自体は「貢献」です。小規模な銀行から地域進出する最初のベトナム銀行にまで成長してきた弊行の歩みに注目してほしいと思います。他行は、弊行の市場セグメントを考えてください。そこで弊行は他行と競争せず、むしろ協力し合うことになります。

○カンボジアにおける貴行の展望は何ですか?
 弊行はカンボジアの国境貿易の企業を世界に導きたいと思っております。

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2009年9月25日 (金)

ベトナム・サコムバンクのカンボジア進出事情(上)

 今回から社団法人・日本ベトナム経済交流センターの『日越経済交流ニュース』第188号(2009年9月)に掲載された拙稿「ベトナム・サコムバンクのカンボジア進出の意図は何か」を以下3回に渡って転載する。

Dsc02785   ベトナムのカンボジアに対する影響力が拡大している。ベトナムの日系企業のエースコック・ベトナム社はカンボジアで即席ラーメン販売を伸ばしているし、さらに日系のプノンペン経済特区にはベトナム操業中のヤマハ・味の素が進出を決定した。そこで本号では、ベトナムにおける最大手の商業銀行サコムバンクのカンボジア進出について、その背景や意図を紹介する。

shineサコムバンクの概要
 サコムバンク(Saigon Thuong Tin Commercial Joint Stock Bank:Sacombank)は、1991年にベトナムのホーチミン市で設立された。その後の17年で同行はベトナム最大手銀行にまで成長した。今や45億9,300万米ドルの総資産、ベトナム・中国・ラオスに250行の支店網を所有する。カンボジアのプノンペン支店は2009年6月26日に開設された。

 2008年5月にサコムバンク金融グループは、ベトナムにおける最初の民間金融グループとなった。銀行が中核となり、それが子会社5社と関係会社5社の活動を調整している。サコムバンクによれば、このことは、中小企業に対するパッケージ化された金融ソリューションの新しい始まりを示している。その中には小売金融・証券・リース・送金・不動産・金取引・金融投資・ファンド運用・資産運用が含まれている。サコムバンクの使命は、中小企業が地域において最初に選択する銀行になることである(Economics Today, Volume 3, Number 44, August 1-15, 2009, p. 24)。

プノンペン進出:ベトナムとカンボジアの関係が深化
 サコムバンクは、カンボジアに支店開設した最初のベトナムの銀行となった。サコムバンク会長のDang Van Thanhは次のように述べている。「サコムバンクは2006年から外国展開を追求してきた。中国・南寧の駐在員事務所、ラオス支店、そして今日のカンボジア・プノンペン支店である。次の計画はオーストラリアと米国の支店開設である」。

 2008年にベトナムとカンボジア双方の貿易額は17億ドルであり、2009年には20億ドルに達すると予想されている。これは40%の増加である。サコムバンクの設立資本金は5兆1160億ドン(2億8,700万米ドル)、自己資本は7兆180億ドン(3億9,400万米ドル)である。カンボジアにおいて同行は競争するのではなく経済発展に協力することを考えている。サコムバンクの職員によれば、対象顧客はカンボジアで操業するベトナム企業または越僑所有の企業である。その大部分が中小企業であり、特に国境貿易に従事している。

 「サコムバンクはカンボジア市場において競争・破壊・闘争するつもりはありません。サコムバンクはカンボジアを全世界に誘導したいのです」と同行の副CEOのJohn Vongは述べる。「遅いか早いかの問題ではありませんが、サコムバンクは貿易・投資・資金移転において地球規模で他行と連携しているので、私たちはカンボジアを早く世界に導くことができます。これができる地元の銀行はありません」。

 さらにThanhは次のように述べた。ベトナムとカンボジアの経済は似ています。中小企業は金融機関からの資金援助を必要としています。

 サコムバンクの代表団は6月末にフンセン首相に面会し、カンボジアの経済環境について議論した。特に金融・銀行業そして近い将来のカンボジア証券市場が話題となった。Thanhは述べた。「われわれは長期的にここで操業します。したがって2010年の来るべきカンボジア証券市場に参加するでしょう」と。

 カンボジア国立銀行Chea Chanto総裁は、サコムバンクの開店式典において次のように挨拶した。「サコムバンクがカンボジアにお越し下さったことは、ベトナム人投資家がカンボジア銀行部門を信頼していただいた証拠です。サコムバンクに来ていただいて、新しい経験と商品とサービスがカンボジアに持ち込まれ、金融業の発展が促進されることを私は望んでおります」(Economics Today, Volume 2, Number 43, July 16-31, 2009, p. 24)。

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2009年9月23日 (水)

ベトナム企業のラオス投資を加速(上):両国の「特別な関係」

 ラオスの英字新聞(Vientiane Times, September 5, 2009)によれば、ベトナム企業がラオス投資を加速させている。以下では、この記事を紹介し、最後にコメントを加える。

 ラオスとベトナムの両政府は、ベトナム企業がラオス投資を増大させて、両国間の貿易を促進するためにラオスの相手企業と緊密に仕事するように奨励してきた。常任副首相のソムサバット=レンサヴァッド氏は、最近ホーチミン市で開催されたラオス投資会議において、ベトナムは対ラオス直接投資の最大国の1つであると述べている。

 これらの投資とベトナム政府の支援は、ラオス国民の生活条件の改善と同時にラオスの社会経済発展に十分に貢献した。計画投資省の統計によれば、ベトナム企業は現在ラオスにおいて186プロジェクトで操業中であり、その総額は20億米ドルを超えている。主な投資分野は鉱業・水力発電・農業である。

 両国政府は、双方の貿易を2010年までに10億米ドル、2015年までに15億米ドルに増加させる目標を設定している。ラオス・ベトナム協力委員会の新聞発表によれば、現在の両国間の輸出入金額は5億米ドル未満である。

 ラオス・ベトナム協力委員会の委員長でもあるソムサバット=レンサヴァッド氏は、目標達成のためにホーチミン市の貿易会社と他のベトナム企業が、貿易促進のためにラオス企業と協力することを提案した。

 ラオス代表団を会議に率いたソムサバット氏は以下のことも提案した。潜在力のあるベトナム企業がラオスの多様な分野にさらに投資して、農業や農産物加工工場の建設の投資といった輸出向けの商業生産を促進してほしい。

 ベトナム投資開発銀行(BIDV)や他の銀行は、ラオスに投資するベトナム企業に対してよい多くの信用供与を依頼されてきた。さらにソムサバット氏は、2国間の貿易と投資の協力促進のために、両国の問題について相互に助言することや法的文書や政策の修正・改善することを両国政府が継続することを提起した。(以下続く)、

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2009年9月21日 (月)

ベトナム・カンボジア・ラオス投資信託の成立(5):その成功を期待する

5.3カ国で異なった対米ドルの為替変動リスク

 これまでベトナムは「ドン安」傾向であったが、株式と不動産の価格高騰時には一時的に「ドン高」になった。中国「人民元切り上げ」に見られるように、近い将来ベトナムが貿易黒字に転じれば、「ドン高」に転じることがありうる。ベトナムの貿易が黒字化するのはいつになるか。これがベトナムの為替動向の注目点である。

 ラオスは「キープ高」傾向である。たとえば2001年に13,000キープであったが、2009年は8,500キープになっている。水力発電や鉱物資源のドル建て輸出そして観光業が堅調である。また繊維産業を始めとする製造業も成長している。ラオスは資源豊富とみなされるが、水力発電を除けば、いずれは枯渇する。それまでにラオスの経済基盤が構築されていなければならない。ともかく当面、この「キープ高」傾向が今後も持続するかどうかはラオスの注目点である。

 なお、韓国証券取引所がラオスで開催したセミナー資料を見れば、同取引所の会長は、ラオス株式を韓国株式市場にも上場させればよいと提案している。その場合は「ウォン建て」の売買になるのであろうか。これらのことも現在は未定である。 

 他方、カンボジア株式取引は「ドル建て」取引である。また外国人の所有制限を設定しないと言われているが、これも公式には未定である。日本からカンボジアに円で投資する場合、米ドルの為替レートの変動から影響を受ける。

 以上、3カ国の為替動向は相違し、それらの組み合わせは長期的に見てリスク分散になる。ただし対米ドルの日本円の為替レートの変動からの影響は免れえない。この為替変動リスクを減少させる手段もあるが、そのために投資家は追加的な手数料を負担しなければならない。(続く)

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2009年9月19日 (土)

ベトナム・カンボジア・ラオス投資信託の成立(3):その成功を期待する

3.ベトナムに加えてカンボジア・ラオスに多数の人々が注目する

 投資信託によってメコン川流域3カ国に投資することは、多数の日本人にとって援助・支援・ボランティア活動の対象でしかなかったカンボジア・ラオスの経済活動に注目を向けさせる。これは、これらの国にさらなる観光や直接投資を誘発する。

 なお、投資信託としてのリスクを考えれば、カンボジア・ラオスでは2010年に株式市場が開設予定とは言うものの、その開設の遅延リスクがあり、さらに上場銘柄は少数であり、その株式取得可能性が低いリスクも存在する。このために既存のベトナム株式が投資信託に組み込まれており、投資信託全体のリスク減少が考慮されている。

 株式投資においてベトナムの次はカンボジアであるとわかってはいるものの、その投資のための資金調達は難しい。カンボジア株式市場についての関連規則も現在まで未確定の部分が多いからである。しかし既存のベトナム株式と組み合わせた投資信託であれば、募集した資金を当面はベトナム株式で運用し、次いでカンボジア・ラオスに投資することも可能である。このように両国の投資リスクは低下する。

 カンボジアやラオスの株式市場が開設されてから資金調達したのでは遅すぎる。株式投資は先手必勝である。しかし、カンボジア・ラオス投資だけの資金調達はリスクが大きい。そこでベトナムを組み合わせる。なかなか新興国の投資信託として工夫されている。

 他方、ベトナム単独の投資信託は特に注目されるものではない。既存の投資信託が何本か存在している。今後のベトナム株式市場は、その黎明期から成長期に入り、市場開設当時の熱狂は期待できない。その熱は明らかにカンボジアやラオスに移行するであろう。これら3カ国を組み合わせた投資信託は絶妙の組み合わせと言わなければならない。

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2009年9月18日 (金)

ベトナム・カンボジア・ラオス投資信託の成立(2):その成功を期待する

2.このようなことが可能な投資運用会社はあるのか?

 2006年12月に日本の投資家を対象にしたロータス投資運用会社(LotusIMC:http://www.lotusimc.com/?)がハノイで設立された。同社の投資方針は、簡単に言えば、原則として企業価値に対して割安株に長期投資するということである。投資先企業の財務分析は当然として投資決定前には必ず経営者に対して聞き取り調査をしている。

 これは株価指数に連動した短期的な運用方針とは異なる。また日々の売買を繰り返す投資方針とも異なっている。LotusIMCの投資方針は、昨日に紹介した「もの言う株主」(戦略的パートナー)として長期保有を前提にした投資信託の理念に合致している。

 LotusIMCで特に注目すべきは、ベトナムで企業経営を経験した大手企業の日本人経営者や幅広いネットワークをもつ大手商社OBなどで構成される投資諮問委員会を組織していることである。この委員会の仕事は、投資可能性のある企業を発掘したり、投資先企業を訪問し、その経営改革を助言したりすることである。その助言には取引先の紹介や、生産性や品質の改善が含まれる。

 たとえばベトナム企業が日本の取引先を独自に探すことは一般に容易でないが、同委員会の日本人委員がそれに尽力する。投資信託が投資先企業の成長に協力することは当然である。それが投資収益の向上に貢献する。

 これらの運用方針の成功は、これまでのロータス社が示す投資実績が示している。ベトナム株価指数の下落率は最大で60%以上に達したが、同社の預かり資産総額の減額は最大でも30%程度に止まり、現在は40%を超える増額になっている。(続く)

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2009年9月16日 (水)

先生、赤ちゃんが生まれました・・・

 今回の出張中のダナンで8月30日(日)朝食中に携帯電話が鳴った。何事かと思ったら、ホーチミン市のタムさんからだった。「先生、赤ちゃんが生まれました」という連絡である。タムさんは昨年末に結婚式を挙げてシンガポールに新婚旅行に行った。ハネムーンベイビーである。

 出張中の8月13日午前中、ホーチミン市からプノンペンに向かう前に彼女に会った。以前から男の子が生まれるということは知らされていたから、「病気じゃないから心配しないで大丈夫」と励まして少しばかりのお祝いをした。本当は生まれてからだが、次に会う予定が不明だからと言い訳した。

 こういう人間関係を私は日本で持っていない。これがベトナムに魅せられる大きな理由である。一般に言って、家族以外の人々との関係は希薄だし、かつての「麗しい師弟関係」は実質的に「死語」ではないかとも思われる。もちろん卒業してからも長く付き合える学生は何人かいるが、多くの学生は入学して卒業するだけ。私の前を学生が通過していく。

 それを批判するわけではない。私自身も多くの人々との出会いがあり、それらの人々の前を通過していったからだ。通過するのはよいのだが、たとえば会社を辞めてからは、どういう人間関係になるのだろうか。もう通過する対象はなくなり、人生の終点に向かうだけである。その時に、どんな人々が自分の周辺にいるのだろうか。

 これまで私は、少なくとも人と人の間の信義や感謝の気持ちを忘れたくないと思っている。そうでなければ、アジアの人々とはビジネスができないという信念はある。

 ラオスで友人のハンサナ氏は今回の訪問時に言った。「2001年に初めて上田にビジネスを教えてもらった」と。彼と私は同じ年齢であるが、そういう関係があるから家族で親切にしてもらっている。カンボジア人の友人は言った。「上田教授が私を信用してくれて嬉しい」。だから彼は献身的に仕事に協力してくれる。

 こういった人々がベトナム・カンボジア・ラオスにいる限り、 これらの国から離れられそうにない。

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2009年9月15日 (火)

祝・関西空港~ダナン空港・写真で語るベトナム中部の魅力(下):ミーソン遺跡のゾクゾク感

 確か5~6年前にミーソン遺跡に女優の三林京子さんをお連れしたことがある。三林さんDsc03287 は「何かオーラを感じる」と言われた。私は三林さん自身から「オーラ」が出ているとったりするが、それだからこそ「女優」と呼ばれるのであろう。

 ミーソン遺跡を訪問したのは4回目であるが、やはり感動する。山の中に広大な建造物が広がっている。今回は、明らかに米軍に爆撃されたと思われる遺跡を見た。大きく地面は窪み、その土砂が周辺を覆う。そして今では、その上に雑草が茂Dsc03306っている。

 偶然にベトナムのボンメトートから一人のベトナム人男性が観光に来ていた。彼と少し話したが、その表情からは、米軍の爆撃による遺跡の破壊が痛ましいという気持ちが読み取れた。しかしながら、この遺跡の主人であったチャンパ族を駆逐したのはベトナム人自身である。

 Dsc03300多くのベトナム人は、それは遠い昔のことであると思っているが、他国や他民族に対する侵略の歴史は常に自省すべきことである。日本もそうであるが、中国もベトナムも米国も例外ではない。そういった自省ができる国民や国家は尊敬されるべきであるし、尊敬されて当然である。ここでの強調点は自省と自虐は異なるということである。自省する謙虚な姿勢が「国家の品格」の程度を示すと私は思うが、自虐的に自国を過度に卑しめる必要もない。ただ歴史を謙虚に学び、そこから教訓を導けばよい。

Dsc03308  ミーソン遺跡で感じるオーラは、やはり少人数の訪問であるからこそ受信することができる。多人数でワイワイと談笑して訪問しては、遺跡を訪問する意義が減退すると思われる。また幸いにして、私の見た限りでは、この遺跡に日本人名の落書きはなかった。関空とダナンの直行便が開通すれば、ホイアンとミーソンは不可欠の訪問先であるが、くれぐれもミーソンでは、その静謐を維持してほしいと思う。。

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2009年9月14日 (月)

第16回アジア経営学会全国大会が拓殖大学で開催

 昨日は、東京出張で学会報告をした。ともかく帰国してもしなくても最近は忙しい。第16回アジア経営学会全国大会拓殖大学・文京キャンパスで開催され、統一論題は「世界同時不況下のアジアの市場と企業経営」であった。その中で私の論題は「世界同時不況におけるメコン川流域3カ国の課題と展望」ということで、次のような趣旨で報告した。

 メコン川流域国の開発については、以前からCLMV(カンボジア・ラオス・ミャンマー・ベトナム)の支援がアジア発展の「要(かなめ)」として認識されてきた。これら後発国の経済発展は、2015年「アセアン共同体」の形成と成長の「底上げ」という意味をもっている。
 
 さらに最近では、東西経済回廊・南北経済回廊・南部経済回廊という物流インフラ整備の進行に伴って「メコン総合開発」が日本政府によって提唱されている。『日本経済新聞』(2009年7月11日)によれば、東アジアの広域開発計画「産業大動脈構想」の一環として、インドシナ半島5カ国(タイ・ベトナム・カンボジア・ラオス・ミャンマー)と日本が参加する閣僚会議が8月にバンコックで開催され、本年秋には東京で初の「日メコン首脳会議」が開催予定である。

 このような大きな潮流の中で、2008年9月に始まる米国発の世界同時不況が発生した。本報告で議論されるベトナム・ラオス・カンボジアも負の影響を受けているが、総じてそれは軽微と筆者は判断している。

 世界同時不況は、その影響それ自体よりも、これらの国々の経済や企業経営の特質または課題を顕在化させたと考えられる。本報告は、この観点からメコン川流域3カ国の現状を要約し、その将来を展望する。

 ベトナムを始めとするカンボジア・ラオスといった途上国は、いずれもプラスの経済成長率を示している。世界同時不況と言うものの、それは「米国発」の世界不況という表現が的確である。米国経済に依存度が高い国ほど負の影響は大きいとみなされる。政治と経済は別個に考えるべきであるが、全方位外交を基本姿勢とするベトナムにとって、米国発の世界不況の影響は軽微であるとみなされる。これはカンボジアやラオスも同様である。

 

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2009年9月13日 (日)

宝塚市国際交流協会の主催でベトナムについて講演した

 9月12日(土)午後に特別非営利活動法人・宝塚市国際交流協会が主催するベトナム090912_130801 の講演会と懇親会が開催された。私は講演会の講師を務めた。テーマは「ベトナムの魅力:経済・歴史・文化」である。会場は、講演会が宝塚市立国際文化センター、懇親会が宝塚ホテルであった。なお後援は、宝塚ベトナム友好協会、宝塚商工会議所、宝塚ロータリークラブ、日本ベトナム経済交流センターである。

 懇親会には、リュウ・在大阪ベトナム総領事中川智子・宝塚市長もご出席された。さらに旧知である元宝塚市長の庄司泰一郎・宝塚ベトナム友好協会顧問エースコック海外事業部の三谷悦生さんにお目にかかることができた。宝塚ベトナム友好協会会長の寺浦實さんは野村ハイフォン工業団地に進出されたハイレックスコーポレーション社長であり、以前からお目にかかりたいと思っていた。

090912_145502 多数のベトナムに縁のある方々とお目にかかることができて楽しい一時を過ごすことができた。私の講演に関していくつかご質問を賜った。その中で、ベトナムの経済発展と言うけれ ども、ベトナム財政規模は依然と小さく、それで7600万人の国民生活が維持できるのかという問題提起があった。

 これに対して「だからベトナムは発展途上国なのです」と回答すれば簡単であったが、あえて私はベトナム国内に張り巡らされた相互扶助のネットワークの話をした。たとえば山岳部における近隣の住民が相互に助け合って住宅を改築しても、それはGDPの数値に反映されない。祖国同盟・共産党・青年同盟の組織が貧困層の支援をしたからと言って、それが社会福祉支出の数字に表現されない。また自給自足的な食生活もGDPに明示されない。

 こ090912_152002のようなことを説明した意図は、ベトナムは数字に表示された以上に生活は豊かであるということである。日本も韓国も同様に農業国であった。現金の所得は低くても実家からコメや野菜の仕送りがあった。贅沢さえ言わなければ、食べるものには困らなかった・・・。これらの相互扶助は社会主義思想と言うよりも、ベトナムの伝統的な村落の共同体意識 に基づいているように思われる。

 懇親会では、リュウ総領事と親しくお話することができたし、ベトナム琴の演奏もあった。料理では美味しいと定評のある宝塚ホテルからは数品のベトナム料理も提供された。

 最後に私と宝塚市の関係を振り返れば、私は宝塚市長尾山の雲雀丘学園小学校を卒業している。宝塚市に6年間通学していた。これも何かの縁である。ベトナムとの人的な交流がますます拡大・深化することを改めて願っている。その一助になれば私は幸甚である。

 

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2009年9月12日 (土)

祝・関西空港~ダナン空港・写真で語るベトナム中部の魅力(中):ホイアンで時間を忘れる

 ダDsc03243ナンの魅力は、何と言っても周辺の観光地が充実していることである。海岸でノンビリするのに飽きたら、日帰りでホイアン・ミーソンそしてフエまでも訪問できる。これらはいずれも世界遺産に指定されている。さらにダナンの高原山岳リゾートであるバーナーに行くのもよい。バーナーにはケーブルカーで上り、夏でも涼しいほどである。

   ホイDsc03248アンは日本人町として有名である。その中心が日本橋である。またシクロに乗って町中を走るのも楽しい。ハノイやホーチミン市でも観光用シクロは走っているが、かつてのシクロに乗ったことがある人は、最近の自動車とバイクと排気ガスの増加に辟易する。それに比べてホイアンのシクロは、かつての面影を残した快適なシクロ乗車を楽し める。

 ホイDsc03212アンでは市内を流れる川を小舟で遊覧することを勧める。日本では救命胴衣の着用が必要だと思われるような小舟に乗って1時間ほど川側から町並みを眺める。

 ダナンからホイアンまでの所要時間は1時間ほどであったように記憶しているが、フラマリ ゾートホテルの前に広い道路が完成してからは数十分に短縮Dsc03265された。ダナンを起点にしてホイアンとミーソンは方角が反対なので1日で回るのは無理と言われていたが、道路の整備によって現在では無理ない観光コースとなった。

 ホイアンのヴィクトリアリゾートホテルを覗いてみた。このホテルも悪くない。1泊100ドルの割引料金が適用されるということだった。次回は、ホイアDsc03257 ンに宿泊してもよいと思った。私は気にならないが、ダナンのフラマリゾートの多くの部屋にはバスタブがない。ゆっくりお湯につかりたい人向きには、やはり違うホテルを探しておかなければならない。もちろんフラマも、バスタブ付きの部屋もある。それを指定してもよいが、料金は高くなる。

 値段が安くて品質がよい。こういったことが当たり前になっている日本の感覚は外国で通用しない。日本が世界標準から逸脱している。しかし、そうであるからこそ、それが日本の特徴であり、日本の魅力である。

 

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2009年9月11日 (金)

祝・関西空港~ダナン線・写真で語るベトナム中部の魅力(上):ダナンのホテル

 ダナン・ホイアン・ミーソンというベトナム中部の3大観光地を紹介する。これらの観光は自Dsc03207 動車で1日で可能である。関西空港とダナンの直行便が開通すれば、これらの新しい観光開発が飛躍的に前進するであろう。さらに充実した観光を考えるなら、古都フエの訪問を加えればよいし、さらにフエからケサンにまで足を伸ばせばよい。ベトナム中部は新たな魅力の観光地となりうる。

 ダナンの魅力は、海岸リゾートホテルである。広々とした海岸に臨むホテルでノンビリとした時Dsc03204間を過ごす。世界のリゾート地としてカリブ海・地中海などが代表であるが、日本からは遠すぎるし、時差がある。日本人にとって手軽な海外リゾートとしては不向きである。アジアのリゾートとして、タイやフィリピンそしてインドネシアのバリ島などがあるが、それぞれ治安問題が懸念である。それに対して関空から5時間程度でベトナムのダナンに到着。これは快適である。

 フラマリゾートホテルは私にとって最も大好きなホテルである。これまでにフラマしか5☆の海岸リゾートホテルがなかったこともあるが、ダナンでは必ず宿泊してDsc03218いた。ただし中国の江沢民主席(当時)が宿泊時は別のホテルに泊まらざるをえなかった。別の機会では、当時の副首相であったグエン=タン=ズン首相にもフラマで偶然に会った。そのほかに多々、このホテルには想い出が詰まっている。

 フラマ=リゾートホテルに並んで多数のホテルが建設中である。フラマ自身も隣接する敷地に戸建ての宿泊施設を増設中である。フラマの独占状態であったダナンのリゾーDsc03334トホテルも、いよいよ競争の時代になったとみなされる。

 ダナンの夕食は、初日は日本料理店で時間無制限の「焼き肉食べ放題」、翌日は海岸近くの海鮮レストランで取った。ホーチミン市とハノイに次いでダナンにも日 本商工会があり、会員企業は40社を超えており、会長はマブチモーターの細谷社長である。日本人が増えると、日本料理店も増えて、食事の選択も多様化する。長期滞在のリゾート地として好ましい変化である。

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2009年9月10日 (木)

メコン川流域3カ国の余談:ベトナム経済のインフレーション懸念(下)

 ベトナムの金融政策(本ブログ9月7日の続き)

 HSBC Holding PlcのエコノミストPrakriti Sofatは先月(注:7月)に次のように述べた。ベトナムのインフレーションは、すぐに再び加速し始めるであろう。商品価格・弱い通貨・銀行貸し出しの増加が引き金になる。おそらくインフレーションは、8月に約2%にまで下落した後の9月に加速し始める

 7月20日にベトナム国家銀行は、第Ⅱ半期に金融政策を管理して信用を年間27%も増大させると述べた。モルガン=スタンレーによれば、本年までの融資は約20%増えている。エコノミストは「この融資目標が固定されているとすれば、第Ⅱ半期の信用額は第Ⅰ半期の半分未満に落ち込むであろう」と指摘する。「微妙な政策調整が、デマンド=プル(需要過剰)インフレーション圧力の可能性を縮小させるために実施されなければならない」。

 中央銀行は、インフレーションを抑制するために10月に14%にまで達した基本利子率を6回に渡って引き下げ、1月以来7%に維持している。

 統計総局のデータによれば、ベトナムからの船積み額は前年同期の1月から6月に比較して13%下落し、323億5千万米ドルになっている。ベトナムからの輸出は、コーヒーとコメの輸出が世界第2位であるが、商品価格と生産の上昇に伴って回復しつつあるとドラゴンキャピタル運用担当者が投資家に対して今月に述べた。

 「潜在的インフレーションと貿易赤字の圧力のために政策先導型景気回復に限界がある。このことは、成長のために市場に基づいた輸出先導型景気回復に政策転換しなければならないことを示唆している」とモルガン=スタンレーのエコノミストは述べる。「われわれは、市場に基づいた輸出先導によって景気が回復することを信じている」。

flairコメントflair米国発世界同時経済不況は、ベトナムにとって輸出と直接投資の減少をもたらすと考えられる。この対策として内需拡大(=国内市場の拡大)が一般に指摘される。ただしベトナムの場合、インフレーションと貿易赤字の増加を回避するという優先順位の高い政策も同時に考慮されなければならない。インフレは国民の不満を増大させるし、貿易赤字は為替レートの下落(ドン安)を誘導する。

 そこで上記では、景気回復は政策投資によって国内需要を増大させるのではなく、輸出の拡大を追求するべきであると指摘されている。要するに、輸出減少に伴う不況対策は輸出増大であると主張しているにすぎない。これは解答になっていないように思われるが、しかし次の意味で正解である。

 新たな輸出先や新製品の開発、そして品質改善の好機として世界同時不況を理解するのである。市場経済において景気変動は不可避である。そうであるなら、不況期こそこれまでの惰性的な経営を改善する好機である。日本経済の発展を振り返っても、その繰り返しでなかったか。

 世界同時不況はベトナムにとって試練であるが、それを乗り越えることができる企業が次の成長段階に向かうのである。

  

 

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2009年9月 9日 (水)

写真で語るメコン川流域3カ国(24・最終回):ラオスでの夕食交流会

 9月5日(土)午後6時30分からラオス・ビエンチャンのラオス料理店Tam Nak Laoで総数50名を超える夕食交流会を開催した。主催者は箕面船場ライオンズクラブである。また流通科学大学「生涯学習の会」の中谷さDsc03656 んからもご協力を賜った。

 この会にラオス国際ライオンズクラブ会長であるシッティサイさんのご出席を賜った(写真の青い服の女性)。夫君はすでに引退されているが、政府の大臣であった。ご近親者が現在は副大臣をされているそうである。ラオスのライオンズクラブは韓国の勧誘で設立され、会員数は16名である。日本のライオンズクラブとの交流は今回が初めてであり、画期的な出会いである。

 このDsc03670シッティサイさんからの要望は、山岳部の少数民族の子ども達のために「古着」を日本から贈呈してほしいということであった。このような要望は、かつて個人的にベトナムでもあったが、国内縫製業を保護するために古着を輸入禁止しているから、いくら福祉・ボランティア目的であっても、その例外は認められなかった。ただし、もちろん「ハンドキャリー」での持ち込みは可能と思われる。箕面船場ライオンズクラブの伊原会長は、持ち帰って検討するという返事をされた。近年の経済成長は著しいが、依然としてラオスは世界の最貧国に属している。こういった国からの要請を何とか実現できればと個人的に思っている。

Dsc03654  この夕食会は、ややフォーマルであり、日本とラオスのライオンズクラブの初対面としては適当であったが、ラオスや日本の学生達は少し欲求不満であったろう。もっと騒いで歌って踊ることを期待していたのではないか。これが残念である。なかなか思うような会場設定は外国では難しい。

 そうは言うものの、最後は盛り上がって恒例の記念撮影となった。第1回目から使用している横断幕は、私がDsc03681 指示しなくても流通科学大学の木田くんが持参してくれた。これはヒットであった。また日本からも箕面船場ライオンズクラブ設立30周年の横断幕が用意されていた。私はラオスの「ランボー」ダンスを踊ることができて満足した。

 こういった「打ち上げ」の夕食会を開催してみると、多数の人々の貢献によって1つの仕事が進められていることを実感することができる。そのことを学生に学んでほしいと思う。社会人になって、どんな仕事でも一人でできないし、その仕事の全体象が見えれば、その中で自分が何をすべきかも自然に理解できるはずである。

 第7回ラオス清掃ボランティア活動の終了に当たって、ここで改めて関係の皆さますべてに感謝を申し上げます。なお学生に対しては、9月末までの感想文の提出を宿題にしている。その後に報告書を作成する予定である。これが、ご協力を賜った皆さまに対する御礼であると同時に義務であると学生には念を押しておきたい。

 

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2009年9月 8日 (火)

関西空港に帰って参りました・・・

 ビエンチャンから9月6日(日)にルアンパバーンに移動した。そこで1泊して7日(月)にハノイに移動。ロータス投資運用会社を20分間だけ訪問して、その日の深夜便で帰国した。8月11日から9月8日までの出張であった。

 なぜか日本に違和感を感じるのはどうしたことか? まさか政権交代があったからではない。それだけ海外生活慣れしたということかもしれない。 

 約1ヵ月間の調査研究活動の一部は、これまで毎日紹介してきた。すべての人々に感謝を申し上げたい。

 早朝に帰国したが、その日の午後には大学で仕事が待ち受けており、空港から帰宅して1時間ばかり過ごして直ちに出勤した。新型インフルエンザの感染は大丈夫なのだろうか? かつて鳥インフルエンザ感染が懸念されたベトナム・カンボジア・ラオスから帰国してみて、感染国として日本も例外でないことが痛感される。これも皮肉な話である。

 さすがに今日はこれで終わり。お休みなさい。

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2009年9月 7日 (月)

メコン川流域3カ国の余談:ベトナム経済のインフレーション懸念(上)

 米国証券会社モルガン・スタンレーがベトナムのインフレーション再燃について警告している(THANH NIEN, DAILY, AUGUST 20, 2009)。このモルガンスタンレーは、2008年5月に「ベトナム発アジア金融危機」について懸念を発表したが、それは杞憂に終わった。同年9月にリーマン・ブラザースの破綻で顕在化した「米国発世界同時不況」は、同社自身に降りかかる皮肉な結果となった。以下では、同記事(BLOOMBERG提供)を紹介する。

 なお、ロータス投資運用会社タイ社長によれば、モルガン=スタンレーはベトナム経済に対して常に厳しい見解を示す。私見では、それをベトナムの一般新聞が掲載することが立派である。ベトナム共産党に対する体制批判を除く報道の自由は容認されている証拠である。もっとも規制したとしても、インターネットを通して自由に情報が入手できる時代である。ベトナム政府は柔軟に現実的に対応していると考えるべきであろう。

 モルガン=スタンレーによれば、ベトナムの信用膨張はインフレ圧力を高めるかもしれない。海外需要が収縮する中で政府が経済を刺激するために貸し出しを奨励しているからである。

 いくつかのプロジェクトの不動産価格は、ベトナムで30%も上昇し、今年の新規の信用創造はGDP(国内総生産)の約17%に相当している。エコノミストのDeyi Tan、Chetan Ahya、Shweta Singhが昨日(8月19日)に公開した注釈で述べている。

 ベトナム経済は第Ⅱ四半期に加速した。80億米ドルを超える刺激的な政府支出が貸し出しを推進し、建設活動を促進するのに役だった結果である。中央銀行によれば、政府の融資補助金プログラムの一部として国内銀行は6月30日時点で389兆ドン(218億米ドル)超を企業に融資した。

 上記のエコノミストの指摘によれば、「信用支出は、外国需要の指標が依然と弱い時点で緩衝材の役割をしている」。「政策先導の経済回復という現在の方法は限界に直面するであろう。ベトナムは信用成長を経由して流動性を注入するという機能的な金融制度であるために、信用が急激に膨張すれば、インフレーションの問題を引き起こす」。

 統計総局の数値によれば、インフレーションは7月に11ヵ月連続して減速している。消費者物価は前年比で3.3%上昇したが、6月は3.9%であった。(以下、続く)

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2009年9月 6日 (日)

ラオス証券取引所は着実に準備進行中:ラオス現地から速報

 ラオス証券取引所は開設に向けて準備進行中である。以下は、Vientiane Times, Friday September 4, 2009の記事の引用である。

 ラオス証券取引委員会は、株式市場を2010年末までに設立する準備計画の作業を昨日(2009年9月3日)ビエンチャンで開催された委員会第1回会議で承認した。会議は、委員会委員長で常任副首相ソムサヴァット=レンサヴァド氏によって主催され、ほかの高官が出席した。

 作業には、証券市場に登録しようとする国営企業と民間企業に助言することが含まれている。ソムサヴァット氏は、ラオス証券取引所設立に応用されうる他国の教訓を研究するように高官に要請した。関連職員に対しては、証券市場に上場する企業の条件のみならず人的資源・株式市場関連規則についても準備するように強く指示した。

 成功した株式市場の最も重要な要因は2つあり、その1つは人材であり、もう1つは透明性のある会計であると高官は述べている。また委員会は、ラオス電力(Electricite du Laos)やラオス外商銀行(Banque pour le Commerce Exterieur Lao)を始めとする上場が期待される可能性ある企業7社についても議論した。

 会議は政府が5月に承認した株式市場設立の政令について草案修正を議論した。それから草案の政令はブアソン=ブファヴァン首相に対して検討と承認のために提出される。また会議では、株式市場を開設するための調整委員会の役割に関する法律が議論され承認された。

 なお、証券取引委員会は、株式市場の設立と操業を規制・管理する独立した団体である。

 政府は、ラオス企業が資本を利用可能にすることを保証し、将来の経済発展を推進するために株式市場設立を非常に重視している。政府は、ラオス株式市場の設立に協力する覚書を韓国証券取引所と2007年に調印した。

 また株式市場には、資本を利用する企業が直面する困難に対応する目的もある。多数の銀行や金融機関がラオスで操業しているが、企業に対して長期の投資資金を提供できない。

 株式市場は、第8回党大会決議における2006年から2010年の社会経済発展5カ年計画の最終年である2010年に開設される。2010年までに株式市場が開設される計画は、2007年の国家銀行(中央銀行)会議で承認され、準備がそれ以来進められてきた。

happy01コメントwobbly:証券取引所の開設時期が、当初の10月10日から年末に延期されたように受け取れる記事であるが、それはラオスの現状を少しでも知る人は驚くに当たらない。意思決定の遅延は織り込み済みである。現在のラオス株式市場の注目点は、未公開株の取得である。その情報収集力と資金力が要(かなめ)である。安定的な長期株主として経営に貢献する戦略的パートナーをラオス側は当初に求めているのである。

   

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2009年9月 5日 (土)

写真で語るメコン川流域3カ国(23):ラオスの小学校で清掃活動

Dsc03647 ビエンチャン市内から空港に向かう道路を約15分ほど走った右手にある総生徒数が1年生から5年生まで100名、教員数が5名というファンへン(PHANGHENG)小学校で9月4日(金)に清掃活動を行った。今回の清掃ボランティア活動では「エコバック普及」と並ぶメインの行事である。これには日本人学生7名・ラオス人学生20名それに首相府・水資源環境管理局から3名が参加した。また元気な社会人学生の中谷さんも同行された。

Dsc03572

 こういった学校の選定は、これまですべて同局に任せている。もちろんビエンチャン周辺でも都会とか地方とか、またバンビエンとかパクセーという希望が伝えてきたが、基本はすべてお任せである。日本の支援で設立された小学校を訪問しようかという話もあったが、この清掃活動のカウンターパートが同局の青年同盟なので、それに任せるのが自然であると判断した。

Dsc03614  最初に「じゃんけん」をして列を作る「電車遊び」をした。次いでボール遊び・大縄跳び・綱引きなどで遊んだ。小学校に到着直後に『ビエンチャン・タイムズ』の記者の取材を受けたために子ども達が時間をもてあましていた。そこで突然の「お遊び」がスタートした。1年生から5年生まで総数100名の小学生との遊びは、日本人学生・ラオス人学生にとっても童心に返ることができた。なお、ラオスの「じゃんけん」はヌン・ソン・サン(1、Dsc035832、3)とかけ声をかける。

 ラオス国立大学からケック先生とコンサワン先生が参加してくださり、大奮闘していただいた。ボール遊びに使用したビーチボール7個は小学校に寄付した。また大縄跳びの縄は流Dsc03595通科学大学の溝口くんが日本の小学校から借りてきてくれたものである。それで綱引きもしたが、小学生に加えて大学生までも一生懸命に引っ張るので切れないかどうか心配するほどであった。

 その後の活動は水資源環境管理局に譲った。運動場で子ども達の気持ちDsc03619を掴む技術は最高であった。こういった活動に慣れている様子であった。その後に教室に入り、環境問題のクイズをした。小学生に対して理解しやすいようにマンガを利用した教材が開発されていた。7年間におよぶ活動の中で日本人大学生が作成した「紙芝居」をしたことはあるが、ラオス人自身によって作成された教材は初めて見た。私達の活動が少しでも影響を及ぼしてDsc03625いるなら嬉しいことである。

 教室から再び運動場に出て次は参加者全員で清掃である。全部で10枚ほどのゴミ袋でゴミを集めて、それを集約して1つ半ほどのゴミ(下図参照)が集まった。

Dsc03635 この活動の最後に、恒例のお土産の贈呈である。学生のボランティアであるから高価なものは難しい。子ども達には日本のラムネ菓子とエースコックベトナム社から寄付を頂戴した「モダン」という新製品の即席ラーメンを手渡した。小学校の校長先生には、これも日本から持参した色鉛筆と画用紙・折り紙のセットを贈呈した。 Dsc03639_2

 箕面船場ライオンズクラブから寄贈していただいたTシャツは、この活動の連帯感を高めることに役立ってきたし、エースコックベトナム社・浪江社長とビエンチャン駐在・クオン氏のご厚意で提供された即席ラーメンは子ども達が自宅に持ち帰って話題になるのではないかと想像された。しかし残念ながら、その場で即席ラーメンをボリボリ食べる子どもがいた。次回から、家に持って帰って食べDsc03603るように注意しなければならない。これは数年前にもあったことだが、その教訓を今年は失念していた。

 ファンヘン小学校は、日本と比較すれば施設も教材も貧弱であるが、子ども達の笑顔や先生の温かい眼差しは世界共通である。そしてラオスには日本でも最近になって導入されている芝生の校庭がある。大縄飛びで転んだ子どもであっても芝生の校庭ではケガをしない効果があることを目前で確認した。もっともラオスの場合は自然発生の天然の芝生なのだと思うが・・・。

 この清掃活動も10年を区切りにしたいと思う。そうなると残りは3年間である。流通科学大学の故・中内功理事長(ダイエー創業者)の私に対する「遺訓」のように思われる「最Dsc03648 低10年は続けなアカン」という言葉だけを拠り所に、この清掃活動を2003年から毎年続けてきたが、これで7回目が終了した。

 この週末(9月5日)には、50名以上が集まる夕食パーティーが開催される。それには箕面船場ライオンズクラブから伊原会長を始め4名も出席される予定である。また、ラオスのライオンズクラブからも会長を始め3名が参加される。例年にない大きな行事が最後に控えている。

flairflair:本来ならゴミ袋は日本から持ち込むのではなく、ラオスで調達すればよかった。日本のゴミ袋は「ゴミの持ち込み」と同じである。さらに理想を言えば、自然に返る素材のゴミ袋が望ましい。このことを学生に指摘することを忘れていた。私の知る限り、ラオスのゴミは広大な土地に投棄される。ダイオキシンを発生させない燃焼炉は高額でラオスには不向きであるし、ラオスは広大な遊休地をもっているからである。

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2009年9月 4日 (金)

写真で語るメコン川流域3カ国(22):ラオスで討論

Dsc03522  9月3日午前9時から11時まで首相府・水資源環境管理局(AREE)において、その青年同盟20名と学生7名が相互に意見交換した。日本側が3R(REUSE・RESOURCE・RECYCLE)エコバックの普及について報告し、コーヒーブレイクの後にラオス側からラオスの3Rの現状が紹介された。

 相互にパワーポイントを使用し映像を交えた立派な報告であった。日本側の沢田くん(神戸市外国語大学)の主張の中で私は次の点が興味深かった。本来のエコバックは、自宅にあるカバンなどを買い物に持参すDsc03524ればよく、新しいエコバックを買う必要はない。一般的に言って「エコビジネス」でも資源は浪 費されるので、それに巻き込まれない資源節約の生活スタイルが望ましい。これは、ある意味で究極の「エコバック活動」の姿を提示しているのかもしれない。

 自然環境がまったく考慮されない放任状態と、環境保護のための禁欲的・理想的な究極の状態の間に現実が位置しているとすれば、その両極端の状態を明確に定義すれば、現実の位置づけを確認できるかもしれない。日本の学生の報告を聞いて、このように私は思った。ラオス側は、日本のフリーマーケットに興味Dsc03527_2をもったようである。資源再利用が目で見える活動になっている。ひょっとして来年にはビエンチャン市内でフリーマーケットが開催されているかもしれない。

 ラオス側はゴミ収集の実態や、エコバックの普及活動を進めていることを紹介した。すでにエコバックがラオスで用意されていることに驚いたが、それは昨年にわれわれが提案したことが反映されたということであった。この活動がラオス側を動かしている。継続は力なり。今年で7回目のボランティア活動は、けっして「資源と時間の浪費」ではなかった。これには感激した。

 午後Dsc03540ラオス全国商工会議所(LNCII)を訪問した。旧知のカンタヴォン事務局長はドイツ・イタリア方面に出張ということで、貿易・投資・中小企業促進部門の責任者であるフォンヴィサイ氏に対応していただいた。これまでカンタヴォン氏には気楽に電話して「会いたい」などと言っていたが、彼が不在であれば、訪問のための書類提出などを求められる。カンタヴォン氏に今まで以上に感謝しなければならない。

 Dsc03545この訪問では、ラオス国立大学の学生2名、それに午前中に訪問した青年同盟から3名が加わった。日本人学生・ラオス人学生・それに政府機関の若者たちが、民間企業の代表である商工会議所を訪問する。こういったことはラオスで前例がないのではないか。

 Dsc03552私は、企業の社会的責任とか社会貢献の観点から、できる企業から何らかの取り組みを始めればよいと言う意見を述べた。そして今後、日本のエコバック普及の事例を収集して、それを来年に報告するという結論となった。この課題を少し本格的に取り組む仕組みを日本で考えてみたいと思う。

 その後に友好橋に行ったが、いつものように橋の真ん中の国境まで行けなかった。おそらく列車の運行時には橋の徒歩や自動車の通行が禁止されるのだと思う。そこで近くのタナレーン駅に行って見た。想像したとおり、午後5時発の列車があり、15分間でノンカイ駅に着く列車があった。このタナレーン駅については以前にブログで紹介した。その完成を喜びたい。

 

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2009年9月 3日 (木)

写真で語るメコン川流域3カ国(21):ラオスで学生交流

Dsc03470

 ラオス国立大学経済経営学部のラオス人学生25名と日本人学生7名の学生の交流をラオス日本センターで9月2日の午後から開催した。写真は自己紹介の様子である。この交流の主題は自然環境の保護や環境問題の解決に向けた取り組みである。私だけが続けようと思ってもできる活動ではない。学生の協力に感謝である。さらに私の勤務先の流通科学大学のほかに神戸市外国語大学と甲南大学の学生が参加してくれることも感謝したい。

 この日に出会ったラオス人学生が加わって、金曜日に大学に近い小学校で子ども達と一Dsc03499_2緒に遊んで、その後に一緒に学校の周辺を清掃する。この活動のキーワードは「一緒にする」ことである。「やってあげる」とか「してあげる」のではなく「一緒にする」ことを基本に考えてきた。また環境の取り組みは自発的にするものであって、それはラオス人自身が考えて実施する問題である。

 神戸市外国語大学の楊さんと沢田くんによる立派な英語のプレゼンの後に3組に分かれてグループ討論をした。ここではプレゼンの主題である環境や、小学校での活動などを打ち合わDsc03500せた。日本人1人か2人でラオス人8名を相手にする。これは貴重な経験であろう。

 約2時間半が経過。金曜日の再会を約束して記念撮影した。箕面船場ライオンズクラブからご寄付を賜ったTシャツを参加者全員に渡して、このユニフォームで一緒に活動する。これが恒例の行事である。また何人かのラオス人学生はラオス商工会議所に同行して「エコバック」の普及について具体的な行動を相談することになっている。

 ラオス人教員や学生の意見を聞いていると、すでにラオス企業の何社かは宣伝用の「自社バッグ」を配布しているようである。しかし、その使用の実績は上がっていないように思われる。そういった問題を質疑できればよいと思う。

 学生交流の後にJICAの三好さんにセンターの施設内を案内していただいた。日本のODAの最先端Dsc03503の取り組みを見学しているのだが、学生にはピンと来ないのかもしれない。少なくとも納税者として私はその使途に関心はあるが、学生にその実感がないように思われる。学生も消費税として税金を払っているのに、それが税金とは感じないのかもしれない。

 このように考えると、消費税を上げて、その代わりに所得税を下げるという施策は納税者意識を薄れさせる効果がある。これは為政者に好都合である。さらに低額所得者も高額所得者も消費税は同率という不公平がある。ここで、すべての国民に消費税は同率だから公平という論理もありうるが、それは生活実感のない空論と私には思われる。
 日本の歴史に残る政権交代に制度的に投票で参加させてもらえなかった残念な人間として、こんなことをラオスで考えた。

   

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2009年9月 2日 (水)

写真で語るメコン川流域3カ国(20):ダナンからビエンチャンを走る

Dsc03357  時間が前後して申しわけありませんが、ベトナムのダナンからビエンチャンまでの陸路の記録を以下で紹介する。8月31日の6時5分にフラマリゾートホテルを出発。新しい「吊り橋」を渡り、出発後約17㎞で韓国資本が開発予定のカンタビルの敷地を見た。海辺に面した高級リゾートマンションである。このカンタビルは、ハノイやホーチミン市の空港内で大きな看板を使って何カ所かで宣伝している。

 どうして日本企業は進出してこないのか? ダナン工科大学のナム学長の素朴な疑問はDsc03374 もっともである。日本語に留学したり、日本語を勉強したりしたベトナム人にとって、日本や日本企業の活躍を期待しているのであるが、それに応えきれない日本の経済や企業の問題点がある。日本の政権も交代したことだし、大胆なアジア戦略を私は期待したい。

 ガソリン補給に10分ほど時間を要し、6時45分にハイバントンネルを通過。全長は6280Dsc03394 mである。7時40分にフエ市内に入らずに、直接にラオバオに向かうAH16の国道を走る。これは2003年に開通しており、制限時速80㎞と50㎞を場所によって取り混ぜた高速道路である。特に人間の通行を制限していないので、運転は要注意である。これも国道1号線と運転手のフックさんは説明してくれた。まるでメコン川の支流のように国道1号線は何本も枝分かれしているのかと私は理解した。

 8時50分に5分ほど休憩し、9時15分にドンアに入り、左折してラオバオに向かう。そのまま直進すれば、やはりラオス国境に近いヴィンに向かう。10時5分にケサンに入り、10時25Dsc03406 分にラオバオに到着した。ともかく早くビエンチャンに到着したかったのでラオバオ経済特区を十分に見ることはできなかったが、靴工場などの進出があるとフックさんは説明してくれた。フックさんはダナン工科大学のナム学長がご紹介くださった運転手であり、自動車もダナン大学の専用車である。

 なお、通常の旅行社に依頼してもダナンからビエンチャンの陸路の旅をすることができる。強行軍が大変と思われる方は、ラオスのパクセーで2泊して、ワットプーやメコン川の滝を見学すればよい。これなら余裕の観光コースである。

 さて午前11時にベトナムとラオスの国境を超えた。人間の出国は簡単であったが、自動車の出国手続きには25万ドンをベトナム語とラオス語を話す女性に支払った。この女性は、 フックさんDsc03423が早く通関を済ませるために使ったコンサルタント???ではないかと思われた。この女性は外貨両替もしていて、ラオス側の免税店を見学していた私のところまで来て、両替しないかとバイクで誘ってきた。おそらく、この女性から職員にはお金が渡される仕組みになっているのでは???と思われた。これはコンサルティングの営業許可費用である。この私の想像の適否はともかく、信用できる運転手のフックさんの指示に従うことが一番である。こういったお金を払うことが必要と彼が判断したのだから、それが最善の策であると思う。

Dsc03426 2004年に訪問した中国の東興とベトナムのモンカイの国境でも、ベトナム人入国管理職員に不当な費用を請求されたことがあった。これらの国境出入国管理の職員の勤務は過酷であると思う。本来なら遠隔地の割増し勤務手当や、ハードシップ手当をもらうべき仕事であろう。そのようなことが可能な政府の財政収入の増大が望まれる。おそらくベトナム政府も認識しているが、その実施の優先順位が低いのである。

 昼食後の11時40分に国境出発を出発し、14時15分にセノに到着し、パクセーとビエンDsc03445 チャンの岐路を通過した。その直後にタイとラオスを隔てるメコン川にかかる第2友好橋とサバナケット工業団地の岐路となる。この友好橋は昨年に渡ってタイ側のムクダハーンで夕食を取った。この岐路からビエンチャンまで453㎞である。

 15時30分にタケークに到着し、ビエンチャンまで残り340㎞となった。18時15分には残り121㎞となり、19時55分に建設中のSEAゲーム会場の前を通過。20時25分ラオプラザに到着した。合計893㎞を14時間20分で走った。その間の出入国時間や昼食・休憩ななどDsc03380の時間は約1時間30分ほどであろうか。実質の走行時間13時間。

 運転手フックさんのタフさ・元気さ・陽気さ・気配りに感謝である。46歳で2人の息子がいる。ビエンチャンでは、ボランティア活動の日本人学生が宿泊するホテルを紹介した。翌日9月1日の早朝4時にはホテルをチェックアウトしてダナンに戻っていった。ナム学長に連絡したら、無事に戻ったということで安心した。9月2日はベトナムの独立記念日。休日に間に合ってよかった。ダナンで再会したい人が増えたことは最大の収穫であった。

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2009年9月 1日 (火)

写真で語るメコン川流域3カ国(19):ラオスで学生清掃ボランティア活動が始動

 流通科学大学3名・神戸市外国語大学3名・甲南大学1名の学生7名が主体となるラオス清掃ボランティア活動が今日から始まった。今年で第7回目になる。Dsc03446

 上から3枚の写真は、ラオプラザホテル前の中華風軽食屋さんである。ラーメンやチャーハンを安くて美味しく食べることができる。以前には私の下手なベトナム語も通じたのでベトナム人経営かもしれない。これが、9月1日の正午にラオプラザホテルのロビーで学生が現地集合した後の最初の昼食である。この現地集合が、このボランティア活動の開始(2003年)以来の伝統とこだわりである。

Dsc03447  その理由は、国際的なボランティア活動をする学生が、少なくとも自分のことは自分でできなければならないという考え方である。また、せっかく外国に来たのだから自由に活動したいという欲求も学生にある。また、バックパッカーで一人旅をする大学生もいるのに、高校までの遠足のような身内で楽しむ団体旅行は、どうもボランティア活動と違和感を私は感じるからである。

Dsc03448  ラオス首相府の水資源環境管理局・青年同盟が、この活動のカウンターパートである。その局内の水資源環境研究所のヴィラニーさんに、これまでの活動をお世話いただいている。またラオス国立大学経済経営学部の教員の皆さんにもご協力を賜り、ラオス人大学生との交流の機会を頂戴している。さらに、日本のODA資金によって設立・運営されているラオス日本センター(LJCC)の皆さんにも毎年のようにお世話になっている。これだけお世話になっているのだから、せめて自分のことは自分でやってよという願いからも現地集合である。

Dsc03450  ところで「清掃」と言っても、何をするのか?活動を順次紹介する。最初の訪問先は日本大使館である。この清掃活動が、2001年当時の橋本特命全権大使とピッサマイ科学技術庁長官の参加によって始まったからである。日本大使館で今年の活動を報告し、ラオスについてご助言をいただくことにしている。

 次のパツーサイの前で記念撮影した。その後に上から市内を眺めて驚いた。自動車が道路に列をDsc03453なすほどに増えている。2001年当時は、砂埃の多い赤い土が剥き出しであった。2003年になると道路は舗装され、中国の支援でパツーサイ周辺の公園と噴水が整備された。そして今、その道路を流れるように自動車の線が引かれ、信号待ちでは面を作っている。確実なラオスの経済発展を実感した。これに対してラオスが初めての学生は、バンコックに比べて自動車は少ないという印象を述べた。その通り、それだからこそラオスは発展途上国であり、それだから将来の成長の夢が大きい。そして、それこそ日本の歴史の歩みの再現でもある。

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