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2009年8月31日 (月)

写真で語るメコン川流域3カ国(18):ハノイ・ダナンからビエンチャンに戻る

 8月27日(木)にビエンチャンからハノイに向かった。8月28日(金)は私が顧問をしているロータス投資運用会社で情報交換した。そして29日(土)にハノイからダナンに移動。30日(日)は休日でホイアン・ミーソンを訪問した。

Dsc03182  ハノイでは、日本食レストラン「紀伊」の店主である小林さんにお目にかかった。雲南省から日本向けに輸出される松茸が仕入れられており、「焼き松茸」と「松茸天ぷら」を賞味した。ハノイ在住の多数の日本人の方々にお目にかかりたかったのだが、余りにも慌ただしい訪問は、かえって失礼になると思って自粛した。

 ダナンでは、ダナン工科大学のナム学長に久しぶりにお目にかかって嬉しかった。初めてお目にかかったのが1994年である。ダナン大学における歓迎の爆竹が今でも耳に残っている。その翌年のテト(旧正月)から今まで爆竹は禁止されているので、もはや爆竹の音は聞けない。8月31日(月)は約12時間をかけてダナンからビエンチャンに自動車で戻る。ベトナムとラオスの国境であるラオバオには4年ぶりの訪問となる。

Dsc03193_2  それにしてもダナンのフラマリゾート・ホテルとその周辺の変貌に驚かされた。フラマは、ベトナム大手の株式・不動産投資会社であるビナキャピタル社のダナンのリゾート開発の販売促進の会場となっており、多数の人々で賑わっていた。また正面玄関から海岸に向かう途中のプールは、多数のベトナム人を交えた温泉状態であった。

 フラマに隣接した海岸線には、前述のビナキャピタル社が開発した戸建て分譲リゾートのみならず、ハイアット・リージェンシーホテルそして中国資本の宮殿のようなホテル(左写真)が建設中Dsc03328 であった。この変貌はダナンの観光地としての成長を保証している。このダナンと関西空港が直行便で連結する。

 さらにダナン工科大学にはラオスのサワナケットなどのラオス人が200名も留学しているそうである。ダナン市からの奨学金の受給したラオス人学生もいる。なおダナン大学の学生総数は6万人に達するそうである。これには夜間の社会人学生も含まれているが、東西経済回廊によってラオスとベトナムは、これまで以上に接近していることが理解できる。

 また、これらの情報は順次紹介する。明日は早朝6時にラオスに向けて出発である。お休みなさい。

 

 

 

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2009年8月30日 (日)

写真で語るメコン川流域3カ国(17):ビエンチャンの金融機関

 ラオス人に聞くと、最近ビエンチャンでは銀行が多くなったと言う。カンボジアからACLEDA銀行、ベトナムからSACOMBANK、そしてANZバンクなどだ。さらに韓国のKOLAOが大株主のインドチャイナ銀行も設立された。Dsc03127

 インドチャイナ銀行は、既存の口座開設者向けの2年定期預金金利を通常の7%から8%にしている。これは米ドル建てである。他行の2年の金利が通常5.5%と言われているから、金利8%は魅力である。ただし、それに応じた貸し出し先があるのだろうか。高い預金金利は「利ざや」の縮小か、貸出金利の上昇を招くことは当然であり、銀行の収益を圧迫する。

Dsc03104  2009年8月12日のVientiane Timesに同行は全面広告を掲載している。KOLAOが出資する韓国系銀行と考えれば、その次にはラオス証券市場の開設に向けて証券会社を設立するといったことが予想される。そのための資金集めといったことも当然ありうる。

Dsc03063_2  パツーサイ(凱旋門)と大統領官邸を結ぶ大通りにANZV銀行がある。最後のVはビエンチャンのVである。青いシンボルカラーは、ベトナムでもカンボジアでも同様である。私も1998年当時、ハノイでANZ銀行の口座をもっていた。外国人にとってVIETCOM銀行よりも安心という理由であった。アジア地区に展開する同行の戦略は当時、先駆的な役割を果たし、高収益をもたらしたと思われるが、今日では競争が激しくなっているように想像される。それだけ地元銀行の成長や発展がある。私はベトナムに銀行口座を再開設したが、それはベトナム地元の銀行である。それでも十分に安心と判断されたからである。

Dsc03067_2  ラオスの国営銀行であるBCELラオス外商銀行:Banque Pour Le Commerce Exterieur Lao)のATMである。2008年末にラオス国内の支店網は11店あり、ATMは全国44カ所に設置されている。本店はランサンホテルの横隣りにあり、今年になって新築の社屋が完成した。金利や手数料は比較的高いと一般に評判は悪いが、国営企業としての存在感は大きいと思われる。おそらく外国銀行や金融機関との格好の提携先になるであろう。

Dsc03164  ベトナム最大の民間銀行SACOMBANKのラオス支店である。同行は、南寧・ラオス・カンボジアに支店を展開し、南北経済回廊と東西経済回廊による物流に対応した資金流通を構築しようとしている。顧客は主にベトナム企業を想定しており、地元銀行と競争しないという控えめな隣国進出の戦略を採用していると言われている。

Dsc03166  このサコムバンクの正面にはバンコク銀行がある。また、サコムバンクの向かって右隣には、パブリックバンクがある。同行の由来は未調査であるが、カンボジアにあるし、さららに同行だけが漢字で行名を記載していた。これだけ銀行が集中していることは日本で考えられないが、それぞれの顧客層が異なるために深刻な競争問題が発生しないのかもしれない。ベトナム人・タイ人・中国人・ラオス人が利用する銀行は、それぞれ異なる傾向があるという仮説が提示できる。

Dsc03169  カンボジアのACLEDA銀行である。サコムバンクに比較してラオス人の来店の顧客が多いように思われた。また店員の対応も親切であり、2008年度の同行の年次報告書を頂戴できた。「私はプノンペンの本店も訪問しているよ」といったことを話して受付のラオス人女性行員と雑談した。同行は、マイクロファイナンスをラオスに普及することを目的にしてラオス国内に3店を展開している。その意味で行員の教育は良質であるように感じた。

 これらのラオス銀行業の研究調査は本格的に取り組むに値する。ビエンチャン市内を見て回っただけであるが、そのように感じた。

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2009年8月29日 (土)

写真で語るメコン川流域3カ国(16):ラオスの新しい点描

 ラオプラザホテル内の日本料理店の菊レストランを利用した。会席料理にいくつかのコーDsc03093 スがあったが、かなり値段は高い。もちろんラオスの価格感覚で言えばという話であって、畳の個室の雰囲気から言って日本よりは安い思う。

 かつてのカラオケのブルーノートの支配人が、この支配人になっているが、料理人は日本人であることが特徴である。

 私は、かつては東京キッチンを利用していたが、最近の日本料理店の動向は知らなかった。お世話になっているラオス人を招待する目的で菊レストランを試してみた。総じて合格でDsc03092 あるが、日本人にとっては、やや音楽の音が騒がしかった。

 オートバイのスズキの張元さんから美味しいラーメン屋さんを教えてもらった。ぜひ試食してみようと思う。

 上の写真は、法律や経営のコンサルタント会社である。これも新しい現象である。ラオスに投資の眼が向けられていることに応じて、こういった会社も増加するであろう。

Dsc03085  資生堂の店がラオプラザ斜め前に開店した。タイから商品を仕入れいている。値段は高く一般の日本人にも不評である。ベトナムではエステサロンとしてチェーン店の展開で成功したが、ラオスではエステやスパの店は、すでに多数存在し、天然のハーブを利用した店が好評である。

 また非化学成分の天然素材を好む傾向がラオス人には強いようにも思う。果たして資生堂がベトナムのように成功するのかどうか。ラオス人の消費動向を検証するひとつの材料である。

 

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2009年8月28日 (金)

写真で語るメコン川流域3カ国(15):ラオスにもライオンズクラブがある

 ライオンズクラブ(http://www.lionsclubs.org/JA/about-lions/index.php)は、4万5千のクラブと130万人の会員で構成された世界最大の奉仕クラブ組織である。日本では日本赤十字社に協力して献血活動を続けているし、また各クラブで創意工夫した奉仕・ボランティア活動を展開している。

Dsc03152  このライオンズクラブがラオスにも存在しており、この9月5日(土)に日本の箕面船場ライオンズクラブの伊原会長を始め4名が訪問することになっている。2003年から日本人とラオス人学生とが一緒になって実施している「ラオス清掃ボランティア活動」に対して、箕面船場ライオンズクラブが2005年から毎年支援をしていただいてることが縁になっている。

 ラオスは、援助を受ける側の発展途上国であるが、そのような国であっても、ライオンズクラブが存在し、奉仕活動を続けている人々がいる。また同様の国際的な奉仕団体にはロータリークラブもあるが、私の友人のハンサナ氏はその会員である。

Dsc03075  学生の清掃ボランティア活動は私が助言しているが、昨年から「エコバック」または「マイバック」の普及運動をラオス商工会議所に提案することを計画している。プラスティック袋の使用を減量して資源を節約し、さらにゴミを減量することを意図している。SEAゲームの開催で東南アジアの人々がラオスを訪れるが、そこでラオスの「エコバック」運動の存在を知れば、ラオスの環境問題の取り組みが再評価されるのではないかと思う。

 この日本人学生に私が強調して言っていることは、「やってあげる」とか「してあげる」という発想や姿勢ではなく、必ず「一緒にやる」ことである。ラオスの人々も、ライオンズクラブやロータリークラブのように奉仕活動が行われている。そういった人々に対して「奉仕してあげる」ことは失礼であると思う。「一緒に奉仕する」という姿勢が正しい考え方であると思う。もちろん活動資金の格差はあるが、少なくとも奉仕の「気持ちは一緒」でなければならない。

 これらの活動については来週から本ブログで紹介する。

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2009年8月27日 (木)

写真で語るメコン川流域3カ国(14):ここにラオス証券取引所ができる

 2010年10月10日にラオス証券取引所が開設されることは現在も不変である。現在、証券市場設立委員会によって法整備と証券実務研修が進行中である。ラオス(中央)銀行と韓国証券取引所との合弁会社としてラオス証券取引所が設立されるが、さらに2008年7月7日にはタイ証券取引所と協力の覚書を交わしている。

 ラオス政府の政策決定が一般に遅いことは定評であるが、その主な理由は政府とラオス人民革命党の二重の決定が必要とされることである。このことを考慮すれば、おそらく私見では、2010年10月10日には法整備が終わり、市場開設の宣言が行われる日となり、その時点から上場候補企業や証券会社の申請受付が始まるのではないか。実際の取引開始は2010年末になると私は予想している。

 このDsc03142ような開設の日程が予想される理由は、カンボジア証券取引所の2009年末の開設、本格的な取引開始は2010年半ばという手順と同じであると想像されるからである。なお、カンボジアの証券取引所の設置場所は、韓国企業が開発したカンコーシティ内のファイナンシャル センターの一画ということで決定されているが、ラオスの証券取引所はどこにできるのか? ラオス消息筋によれば、それはビエンチャン郊外のラオス国際展示会議場(LAO INTERNATIONAL TRADE EXHIBIYION & CONVENTION CETER:LAO-ITECC)の前ということである。

Dsc03145  この場所は、中国企業が取得する予定の200haの敷地(SEAゲームのメインスタジアムの建設の見返りとして中国がラオスに要求した土地使用権の一部)の近くであり、周辺は湿地帯となっている。ビエンチャン市内に比べると新しい建物の建設余地がある。この周辺に「ラオス金融センター」が形成されても不思議ではない。

 すでに証券市場についてのセミナーが頻繁に開催されている。日本からは財務省の委託を受けた野村総合研究所が政府職員向けにセミナーを開催しているし、日本での研修も予定されている。前述の韓国証券取引所の支援の役割が、取引所の運営実務やコンピュータ処理などに対して、日本の支援は公社債市場を含めた幅広い証券行政の範囲に及んでいると私は推理している。

 またラオスのラオス語・英語併記のTARGET誌は、2009年6月号から「2010年までに設立される株式市場」という記事の連載を始めた。このTARGET誌の連載は、これまでにも新しい企業法などが制定されると、その内容を内外に紹介する役割を果たしてきた。このよDsc03114 うな公開がなされると言うことは、その開設は着実に進んでいると考えて間違いない。ただし同誌には、「2010年まで」とは明記されているが、10月10日の記載はない。このことからも上記の私の開設日程の想像が当たるように思われる。

 なお、8月26日午前中にラオス国立大学経済経営学部を訪問した。ソムチット副学部長・ポーシー経営学科長・センチャン経済学科長・トンペット経営副学科長、それに流通科学大学大学院に国費留学していたカンパティップ先生など教員全員が歓迎してくれた。私がJICA短期専門家として滞在した2001年当時の同僚である。Dsc03112 彼らによると、その日の午後に「株式市場セミナー」が教員向けに開催される。ラオス(中央)銀行の主催である。このように株式市場の知識が周知されつつある。

 写真は、日本から清掃ボランティア活動のためにラオスに来ている私のゼミ学生の小西くんと木田くんも同席した。さらにラオス日本大使館に勤務していた毛利さんも一緒であった。

 

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2009年8月26日 (水)

写真で語るメコン川流域3カ国(13):ラオスの交通事情とメコン川

Dsc03065  パツーサイと大統領官邸を結ぶビエンチャンの大通り。信号待ちの自動車の列が並ぶようになった。しかもこれは平日の昼間である。2008年のトヨタ自動車の新車の輸出台数は、ラオスが約4000台、カンボジアが1000台、ミャンマーが30台である。この突出した台数はトヨタ本社も無視できないので、ラオス戦略を見直すと言われている(鈴木基義「雇用創出につながる地域補完型工業化」『国際開発ジャーナル』2009年6月号、41頁)。

 新車に加えて中古車の輸入もある。外国人は日本の中古車をそのまま持ち込めるが、ハンDsc03025ドルの左右を入れ替えるなら700ドル上乗せすれば、ラオスで転売できる。このハンドル位置の交換工場はラオス国内にある。このような自動車の増加が、この行列に現れている。

 写真は、馴染みの運転手リエムさんである。ラオス在住のベトナム人。ベトナム語・ラオス語そして英語が少しできる。ラオスの私の訪問先について習熟しているので助かる。また帰国直前に自動車代を一括して支払えばよいので、これも簡単であるDsc03068。カンボジアの運転手トーチさんも同様であるが、送迎車のない外国の仕事では足回りの確保が最優先課題である。ただしベトナムではタクシーが普及しているので、特に特定の運転手は必要ないと思う。この彼の自動車もトヨタカムリの中古車であるが、以前のトヨタ車よりも新しくなった。

 メコンDsc03069_2川の夕陽である。この風景に説明は必要ないであろう。当然であるが、毎日のように変化する雲が様々な構図を描いてみせてくれるが、メコン川という大きな構図は不変である。

 メコン川沿いにそびえるドンチャンパレスホテルは輝いて見える。このホテ ルに私は宿泊したことはないが、どうも宿泊するよりも見るホテルではないかとも思われる。この夕陽の光を絵画のように楽しみながらビールを飲む。この幸せを味わっDsc03071てこそラオスに来たという実感をもつことができる。
 
 ラオスの経済発展は望ましいが、この自然だけは昔のままであってほしい。それは外国人のエゴというよりも、ラオス人の願いでもあると思うし、そうあってほ しい。目の前に広がる光景そのものが、ラオスの観光資源である。

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写真で語るメコン川流域3カ国(12):SEAゲームの準備状況を視察

Dsc03002 ラオス国立大学(ドンドック・キャンパス)の1つ手前の道を右折すると、左の建物が見えてくる。4千名を収容できる選手宿舎である。これはベトナムのODAによって建設された。ベトナムはラオスに対して特に教育面での支援が顕著である。すでにラオス国立大学の正門前に留学生用の寄宿舎を建設したが、この選手宿舎もSEAゲームが終了すれば、学生寮に転用される予定である。

Dsc03012  この選手宿舎の全貌は左のようである。この宿舎から3㎞ほどで国道に出るが、さらに10㎞ほど進めばメイン競技場である。このSEAゲームが大学の近くで開催されるために大学が10月~12月まで休講になるそうである。ラオスの国家としての威信を示す大規模な国際的行事である。これは当然の処置かもしれない。このような休講があるために通常は夏休みの8月の今から大学は始まっている。

Dsc03018

 中国の援助で検察されたメイン競技場である。これは完成しており、すでに政府高官がサッカー試合をして試用したと報道されている。この建物は広大な緑地に馴染んでいるような印象を受ける。それは簡素であるが、けっして貧弱と感じさせない爽やかな雰囲気である。6年前に開催されたベトナム・ハノイの競技場が威容を誇るとすれば、ラオスは自然との調和を訴えているかのようである。

Dsc03031 このメイン競技場から自動車で数分でSEAゲーム・ゴルフクラブがある。ここは以前にビエンチャン市のゴミ処理場があったと指摘したが、現在は土で埋められており、その表面は草に覆われている。さらにゴルフ場は、旧ゴミ捨て場から奥まった場所にある。

Dsc03036  このゴルフ場は未完成であり、クラブハウスは外構工事中であった。この開発施工主は韓国企業である。SEAゲームの開催に伴って国道の整備が行われており、このゴルフクラブにとっては好都合である。

 かつてのアジア通貨危機の1997年には、ベトナムから韓国企業や韓国人が本国に退居した。今回の世界同時不況では同様に韓国は猛烈なウォン安を経験したが、カンボジアでもラオスでも総じて韓国企業は健在のように思われた。韓国経済の成熟を感じさせる。

Dsc03039  韓国のみならず中国・シンガポールも同様であって、これらの国々は日本の経済力の水準に接近している。そしてカンボジアやラオスに積極的に投資を進めている。その事実を直視すれば、カンボジアやラオスの今後の経済成長は持続・加速することは確実である。それに対して日本企業は批評家の立場で投資を検討する傾向がある。確かにそれは必要であるが、それはラオスやカンボジアの「粗探し」をして、投資しない言い訳をしているにすぎないようにも思われる。これは日本経済の衰退や弱体化を示しているのではないか。

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2009年8月25日 (火)

メコン川流域3カ国の余談:ラオスで開催SEAゲームの歴史

 本年12月に開催されるSEAゲーム(Southeast Asian Games)の準備でラオスは熱気で溢れている。このSEAゲームについて歴史を振り返ってみる。

 東南アジア諸国間の地域のスポーツ競技の主な目的は、友好と連帯と平和と理解を促進することであり、また地域のスポーツの水準を向上させることである。

 第1回の地域スポーツの大会は、1959年にタイで開催された。その後に東南アジア半島ゲーム連盟(Southeast Asian Peninsula Games Federation:SEAP Federation)の設立が合意された。第1回の大会は、SEAPゲームとして知られており、ラオス・ミャンマー・マレーシア・シンガポール・ベトナム・タイの競技者が参加した。

 1977年になって連盟は、東南アジアゲーム連盟(Southeast Asian Games Federation:SEAGF)に改組され、大会の名前は今日のSEAゲームに変更された。連盟の目的は、地域諸国間の友好・連帯・理解を強化することであった。また重要なことは、スポーツを発展させ、競技者の成績がアジア大会やオリンピックで改善される条件を作り出すことである。

 当初の連盟の加盟国は、ミャンマー・カンボジア・ラオス・タイ・マレーシア・ベトナムである。シンガポールは1965年5月に第7番目の加盟国となった。インドネシアとフィリピンは、1977年1月に連盟に加わった。ブルネイの加盟によって1997年11月に加盟国は10カ国となった。第11番目の加盟国は東チモールであった。同国は2003年にベトナムで開催された第22回SEAゲームに最初に参加した。

 なお2007年にタイで開催された第24回SEAゲームにおける獲得金メダル数の国別の順位は次のとおりである。 タイ(183)・マレーシア(68)・ベトナム(64)・インドネシア(56)・シンガポール(43)・フィリピン(41)・ミャンマー(13)・ラオス(5)・カンボジア(2)・ブルネイ(1)・東チモール(0)。

 注:以上はVientianeTimes, Friday August 21, 2009を引用した。なおゲームの開催は2年間隔である。

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2009年8月23日 (日)

メコン川流域3カ国から余談:総選挙で投票できない・・・

 日本では総選挙に向けて選挙運動が活発であるが、残念ながら私は投票できない。昨年の市長選挙も外国出張のために投票できなかった。

 現行の制度では、選挙公示前に出国してしまうと外国で投票できない。選挙立候補者の公示後は、投票日前の投票ができるが、公示前は投票できない。しかし、これだけインターネットや衛星放送が発達しているのだから、立候補者の確認は外国でも可能である。地元の日本大使館・総領事館でパスポートの提示だけで投票できないのであろうか。

 また、投票結果は、暗号処理した通信衛星回線で日本に送ることは技術的には可能であると想像される。現在は、外国での投票用紙を人間が運んでいると聞いたことがあるが、この航空機費用も税金のムダのように思われる。

 パスポートによって日本出国日が公示以前であることが確認できれば、日本で投票できないことが明らかである。したがって日本と外国の二重投票の可能性はない。パスポートに投票済みの証明をすれば、外国間での二重投票の可能性もなくなる。パスポートがあれば、不正の余地はないと思われる。それに加えて日本の現住所を示す証明書があればよい。自動車免許証・住民基本台帳カードなどをパスポートと一緒に提示する。または長期外国旅行の前に日本居住の市役所で選挙権の証明書を発行してもらう。この証明書とパスポートを提示する。

 国民の投票の権利が奪われたと私には訴訟する時間と費用の余裕はないが、なぜ、以上のように簡単なことが実現できないのであろうか。おそらく理由は簡単である。在外大使館の職員の仕事が増えるからである。今でも忙しいのだから、できれば仕事を増やしてほしくない。そういうことが理由であるとすれば、「公務員」本来の使命を忘れて、自らが「特権階層」と錯覚していることを意味する。こんなことは民間企業ではありえない。最近では私立大学でもありえない。大学教授が高校や企業を訪問して受験や就職の営業することは珍しくない。

 今回の日本の総選挙の争点に「悪しき官僚主義」の撤廃がある。これはベトナムでも同様である。「いくら仕事しても同じ給料だから、仕事は増えないほうがよい」。これはベトナムの国営企業について、これまで頻繁に批判されてきた経営感覚もしくは就業意識である。今のままではWTO加盟後、さらに2015年の「アセアン共同体」成立後の国際的な市場競争に負ける。ベトナム人ビジネス研修において私が常に指摘してきたことである。

 日本の公務員の意識改革は地方自治体から変化しつつあると思うが、まだまだ改革途上とみなされる。私のような投票したくてもできない人間がいるのだから、読者の皆さんには棄権だけはしないでいただきたい。このことを心から訴えたいと思う。

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2009年8月19日 (水)

写真で語るメコン川流域3カ国(6):悠久のメコン川を眺める

Dsc02830 カンボジア国旗である。アンコールワットが真ん中に位置しているから覚えやすい。王宮前の広場から見れば、トンレサップ川に沿って各国の国旗が掲揚してある。もちろん日本の国旗もあり、その左に韓国そして北朝鮮と続く。

 このようDsc02828に各国の国旗が並ぶ風景を見ると、つい自然に「日の丸」を探してしまう。少 なくとも「日の丸」は国旗として国際的に認知されていると言いうる。外国の人々の「日の丸」に対する個々の感情はともかくとして、大人として対応していると思う。なお、カンボジアに反日感情は存在しない。日本に対して極めて友好的である。

 日本で総選挙が始まったが、衛星放送を見ていて、民主党の党旗を「日の丸」を切り貼りして作ったと麻生自民党総裁が批判し、それに対して民主党の鳩山代表は謝罪していた。日本における国旗「日の丸」に対する様々な感情の問題は、今でも未解決の問題であると感じた。

Dsc02827  この国旗掲揚の列からトンレサップ川を見ると、先日訪問した半島が見えて、その向こう側にはラオスから流れてきたメコン川が見える。そして右手の遠方で2つの川が合流してメコン川となる。どのような川の流れも、いずれは大海に至る。それが自然の摂理であるとすれば、人々の多様な考えがあっても、長い歴史の中で結局は大きな和解と合意に至るのではないか。

 人間は自然を制御する努力をしてきたが、それでも「死」という自然の摂理から逃れることはできない。自然の法則に人間も従っている。こんなことをメコン川の前で考えさせられた。

 それにしてもチリチリと暑い天候である。私は、日本の蒸し暑い夏よりも、こういう乾燥した暑さが好きだ。なお、特に女性の場合、日焼け止めクリームは必携である。強い紫外線だと思う。何と言っても、チリチリなのだから・・・。

 

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2009年8月18日 (火)

写真で語るメコン川流域3カ国(5):続・プノンペン市内の点描

 かなり不愉快な日本人に会った。これでは日本とカンボジアの将来は暗澹(あんたん)としてしまう。それに本人は気がついていない。このような日本人を駆逐するためにも、カンボジアの経済発展に貢献したい。カンボジアを好きでない人がカンボジアで仕事するべきでない。ここで「ひょっとして私では?」と思う人に悪い人はいない。思わないから困るのだ。

Dsc02793  さて、昨日のブログで「韓国資本のゴールドタワー42」と紹介したが、その所有権が韓国から中国に売却されたと聞いた。これは、ありそうな話と思われるが、未確認である。いずれにせよ中国の潤沢な資金力と迅速な決断力はカンボジアを席巻している。

Dsc02799 馴染みの運転手トーチさんは「首相官邸」と言っているが、これは建設中の「国家協議委員会」(国会議事堂)の建物である。この中の首相執務室が気に入らないからと言って、この左側に新しい建物が建設中である。これはフンセン首相のワガママと思うのは早計である。それは首相のカンボジア人としての矜恃である。なぜなら国会議事堂は中国政府の援助だからである。

Dsc02821 以上のようにプノンペン市内は近代化するものの、それは韓国そして中国の投資で溢れている。左は宿泊しているアーモンドホテル。インターネット接続も今のところ順調である。どうも土日になると室内での接続が増えて、接続状態が悪くなるように思われる。こうなると深夜の使用が最善である。

 このホテルは朝食付きで割引料金58ドル。市内の旅行会社に支払った。朝食は定食であるが、複数のメニューから選択できる。ブッフェ形式で食べ過ぎないのがダイエットには効果的だ。現在の私は一緒に会食する以外は朝食とビールと水で生活している。

Dsc02833  プノンペンで不可欠の観光地である王宮である。この前の広場にはハトが飛び交っている。私は以前に訪問したが、観光地として一見の価値はある。ここと隣接する国立博物館を訪れると、だいたい半日のコースである。この博物館では、クメール人の誇りを感じさせる展示がある。上記で「フンセン首相の矜恃」と述べたが、カンボジア人の誇りがある限り、カンボジアの経済社会の発展は、紆余曲折はあるものの間違いない。

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2009年8月17日 (月)

写真で語るメコン川流域3カ国(4):ベトナム商業銀行のカンボジア進出

 月曜日は午後から市内を動いた。その中でサコムバンクを見かけた。サコムバンクはベトナムで1991年に設立された商業銀行であり、ベトナム株式投資でも人気銘柄である。

Dsc02782  同行が2009年6月23日にプノンペン支店を開設した。すでにラオスにも支店がある。その主要な顧客はベトナム企業を想定している。サコムバンクはカンボジアで27番目の商業銀行となった。

 行内は明るい雰囲気であり、受付の女性の対応も親切であった。顧客は私だけであったが、おそらく多数のベトナム人口座が開設されているのだと思う。ベトナム人ビジネスパーソンのカンボジア経済に対する一般的な評価は、金融が自由なことである。

Dsc02785  そんなことを思うと、ベトナム企業のマネーロンダリングにカンボジアの銀行が利用されることも考えられる。また現状では、ベトナムから国境を超えてカンボジアに持ち込んだ米ドルは、カンボジアから自由に海外送金できる。ベトナムの外貨管理のために規制が必要であると思われるが、それはベトナムとカンボジアの政治的関係に依存する問題である。

 ただし、こういった海外送金にカンボジアの銀行をベトナム人が利用する場合、自国の銀行の口座を使うかどうか疑問である。サコムバンクにベトナム金融当局が調査に入れば、すべての取引が判明するからである。

 なお、サコムバンクのカンボジア進出の背景や意図については、社団法人・日本ベトナム経済交流センターの月刊ニュース9月号に掲載する予定である。

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2009年8月16日 (日)

写真で語るメコン川流域3カ国(3):プノンペン市内の点描

 ところ変われば、すべてが変わる。土曜日にアーモンドホテルに移動した。この部屋の冷房が効かないし、ワイヤレスのインターネット接続もよくない。お湯の出も悪い。日曜日には暑い室内で集中して仕事したが、かなりのストレスであった。私は、なるほど「省エネ」でホテル内の冷房温度を上げているのかと良心的に理解していた。

 月曜日にハウスキーパーが来たので「ちょっと暑いんだけど」と言うと、すぐに同じ階の別の部屋を手配してくれた。冷房は快適。インターネットも良好。このブログも快適に書くことができる。冷房とインターネットは無関係と思うが、部屋が変われば、すべてが変わった。「やっぱり文句は言わなあかん」。日本人はお人好しなのだと自覚した。もっとも家族と一緒なら当然、もっと早くに苦情を言っていた。一人旅は内向的になる時と、逆に外向的になる時の繰り返しである。

Dsc02743  韓国資本のゴールドタワー42の建設が再開されていた。本年5月には工事は中断されていた。韓国経済とカンボジア主要産業である建設業の回復を感じさせる。この建物は、かつてのベトナム・ハノイの大宇ホテルを思わせる。プノンペン市内を一望できる象徴的な近代建築になるであろう。

Dsc02748  プノンペン港のコンテナーである。ここからトンレサップ川そしてメコン川を下り、出荷することになる。間違いなく水深は浅いから、大型船は利用できないと思われる。それだからこそ、日本のODAで整備されたシハヌークビル港がある。コンテナーは、おそらく縫製品や履き物ではないかと想像される。これらはカンボジアの主要輸出品である。

Dsc02763  トンレサップ川を日本橋(日本のODAで建設)を通ってメコン川とに挟まれた「半島」からプノンペン市内を眺めると、すでに外観は完成しているカナディア銀行の本店ビルが見える。この中に当初は証券取引所が入居予定であったが、韓国資本が開発するカンコーシティの中に建設されることになった。この風景は、ハノイのホン川の対岸ドンアイン地区からハノイ市内を眺めたような印象である。

Dsc02761  ゴールドフィッシュという名前のレストランのメインディッシュである。カンボジア人の友人夫妻と一緒である。これを大人3人で食べる。川魚であるが、淡泊な味である。野菜とコメの麺(ベトナムではブン)を一緒にしてレタスで巻いて食べる。ソースは甘酸っぱいニュクマムである。なかなか美味しい。もちろんビールはアンコールである。ビール自体は冷えていたが、お好みで氷を入れてくれる。

 ベトナムではテーブルクロスのあるレストランの氷は安全で、そうでない店の氷はお腹を壊すというような話をした。その後に判明したが、このレストランは私にとって何ら問題なかった。なお、食生活は個人差があるので一般論はありえない。

 

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2009年8月15日 (土)

写真で語るメコン川流域3カ国(2):カンボジア証券取引委員会を訪問

 カンボジア・プノンペン市を紹介する。最初の2泊はインターコンティネンタルホテル、次いでアーモンドホテルに移動した。理由は特にない。それぞれ馴染みのホテルだからである。

Dsc02722  写真はプノンペンセンターである。大学や法律事務所も入居するプノンペンでは古くからのオフィスビルである。この2階に最近の私は必ず訪問することにしている。カンボジア経済研究所があり、さらに同研究所はEconomics Today:Cambodia’s Business Magazineを隔週刊行している。私は、このバックナンバーの保存を依頼しており、訪問毎に購入している。私にとって同誌は貴重なカンボジア情報源である。

Dsc02725  ベンツやレクサスが並んでいる。カンボジアの自動車販売店である。テレビで紹介されるカンボジアの視点は貧困や歴史であるが、こういった経済やビジネスの現状がもっと紹介されてもよい。プノンペン市内では頻繁に交通渋滞が発生しているが、多くの日本人は乗用車の存在それ自体も想像できないのではないか。

 アンコールワットはカンボジア最大の観光地であり、日本人観光客も多い。しかし、どうして首都プノンペンに日本人は来ないのか。これは以前にブログで書いたが、ポルポト政権時代のツールスレン収容所における韓国人観光客の言葉である。カンボジアに向き合うためには寺院のみならず、この戦争の歴史と対置しなければならない。Dsc02726_2

 経済財務省の正門である。この向かいにはアメリカ大使館がある。訪問日には、ベトナム人向けの株式投資セミナーが近くの建物で開催されていた。50名以上の参加者があったそうである。ベトナム人投資家は間違いなくカンボジア投資で「夢の再来」を考Dsc02730えている。

 2005年~2007年にかけてベトナム株式投資の成果は2倍や3倍が当たり前であった。それが「マネーゲーム」であったことをベトナム人は理解したはずであるが、 それに懲りないのがベトナム人に限らず、人間の性(さが)である。下の写真は、カンボジア証券取引委員会(SECC)の入り口である。いろいろ話したが、透明性の維持とマネーゲーム規制の重要性を私はベトナムの教訓として話した。なお、SECCを「セクシー」と投資ファンド会社レパード社は愛称している。同委員会が、その愛称の通り、カンボジア株式投資の魅力を広く維持・管理してほしい。

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2009年8月14日 (金)

写真で語るメコン川流域3カ国(1):出発はホーチミン市から

 ベトナム・ホーチミン市の様子を以下で紹介してみよう。近代都市に変貌しつつあるのだが、それに伴う交通渋滞は深刻である。タクシー運転手が「動かない自動車に乗せることはできない」と言って乗車拒否するほどである。公共交通としての地下鉄の必要性は極めて高い。

Dsc02690_2  ベトナム入国時には、左の赤い用紙に健康状況の報告をしなければならない。「豚インフルエンザ」の発生に伴う処置である。上と下に同じことを記載し、上半分を空港で提出する。下半分は自分で保管するようになっているが、滞在中にチェックされることもなかった。空港では担当者がマスクをしており、いわゆる「水際」での予防対策が継続している。

Dsc02692  ホーチミン市のシェラトンホテル正面にコンビニ「サークルK」が開店した。この「サークルK」は米国資本だそうである。WTO加盟に伴って小売業でも外資100%が認められるから、こういったコンビニ進出は今後も加速されるであろう。そうなれば立地競争となる。シェラトンホテル前は絶好の立地である。ホーチミン市内ではベトナム麺のチェーン店「PHO24」が、いわゆるドミナント戦略による集中的な店舗展開を採用して成功している。果たして「サークルK」はどうか? なお、これまでのベトナム人的な発想では、この「サークルK」に隣接して「ファミリーマート」や「G7マート」などが出店して「コンビニ通り」を形成しても不思議でない。

Dsc02705  韓国資本によるインターコンティネンタルホテルとショッピングセンターが、その全貌を明らかにした。韓国の経済危機が何度も指摘されてきたが、このベトナムで韓国企業は総じて健在である。かつての財閥大手の大宇グループがそうであった。世界展開している韓国企業を韓国内の活動状況だけで判断できない。この巨大なプロジェクトの成功は、ホーチミン市における韓国の存在感を確実に高めることになるであろう。

Dsc02714 タンソンニャット空港のベトナム航空ラウンジである。しばらくすると、ベトナム人が次第に増えてくる。 男性5・6人はトランプを始めて大声を出し、若い女性は音楽をガンガン鳴らす。さらにベトナムの携帯電話にマナーモード機能は存在しないかのようである。こういう状況を体験すると、ベトナム人の特質が理解できる。それは、かつての日本人・韓国人が通過してきたことなのかもしれない。

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2009年8月13日 (木)

カンボジアに移動:第1から第2のハードルが見えてきた

 13日の午後にカンボジアに空路で移動。午後2時過ぎの出発が2時間遅れの午後4時30分の出発である。最近のベトナム航空は遅延が多い。今年5月のビエンチャンからプノンペンでも半日以上の遅延であった。緊密な予定のビジネス訪問は避けたほうがよいように思われる。

 ホーチミンでは日本総領事館の水城総領事にお目にかかることができた。昨年の大学洋上セミナーで名刺交換をしたご縁である。今回は、ベトナム関連のいくつかのお願いをして、快く協力していただけることになった。これまでに私は、かなり昔だが、林総領事・神谷総領事にお目にかかっている。いずれの方々も、ベトナムと日本の双方の利益になることは協力しようという姿勢を持たれていた。

 カンボジアではプノンペンに滞在する。ここではインターネットに加えて、携帯電話(何社が競合している。私の愛用している携帯電話は、カンボジアのロイヤル企業グループ系のモビテルである)もビジーである。要するに、なかなか繋がらない。今、このブログを深夜2時(現地時間)にホテルの部屋で書いている。この時間帯ならストレスなしに安心して使用できる。

 せっかく書いたブログをアップロードしようとして、それに失敗することが何度かある。これはショックだ。もちろん「メモ帳」などに下書きしておいて、それをブログに貼り付ければよいのだが、それが面倒だ。こういった「事故」は日本で皆無に近いが、ベトナム・カンボジアでは用心した方がよい。

 flair注意flair: 以上のように書くと、日本よりもベトナムやカンボジアが、インターネットや携帯電話で不便であることを愚痴っていると思われるかもしれないが、それは私の真意でない。これらの国が日本と比較して不便なことは言うまでもない。私は、以前のベトナムやカンボジアと現在を比較して不便になったと指摘したい。

 数年間までのベトナムやカンボジアではインターネット接続は意外と円滑であった。携帯電話も普通に使用できた。これらの国も便利になったと感激した。10年以上も前のベトナム出張では、これでインターネットを通した仕事から解放されると喜んだものである。それがインターネットがベトナムでも普通に使用できるようになった。この段階で、先進国に向けてベトナムは第1のハードルを超えたとみなされる。カンボジアも同様である。

 それが現在、そういったインターネットのインフラの容量に対して需要が急上昇している。したがってインターネット接続が遅くなったり、カンボジアで携帯電話がビジー状態になったりする。これは超えなければならない第2のハードルである。

 これは道路事情でも同様である。カンボジアでも自動車はベトナムと同様に出退社の時間帯に渋滞する。自動車が次第に走っていることに驚く時代は過去となり、今や自動車が渋滞する時代なのである。これも第2のハードルである。

 ベトナムとカンボジアを訪問して、この第2のハードルを実感することができた。ただし、この第2のハードルは都市部だけである。地方の農村部に行けば、インターネットの普及も不十分であり、第1のハードルさえ超えていない。この都市部と農村部の格差是正も、これらの国では大きな課題と強調しなければならない。

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2009年8月12日 (水)

インターネットの不調

 8月12日のホーチミン市ではストレスが多かった。インターネットが、ほとんど接続できない状態であった。

 私の宿泊先のLinhHotelはワイヤレス接続であるが、朝の一部を除いて不通状態であった。このホテルの系列ホテルであるKimLongホテルのLAN接続もダメであった。そこで以前に宿泊したことがあるBacDnagホテルに行ったが、やはりLAN接続はダメであった。

 これは大きなストレスである。しかし、それをストレスと感じるようではベトナムで仕事できない。「どこで仕事をしていると思ってるんだ?」とベトナム在住のビジネス人に叱られる。

 それにしても以前に宿泊しただけのBacDangホテルの従業員は私を覚えていてくれて、インターネット接続は無料であった。こういうベトナム人の親切が嬉しい。

 ベトナムのインターネット事情は改善されていると思っていたが、これは深刻である。自動車の渋滞と同じで、限られた回線の中で通信量が増加すると、それは問題が発生するのも無理はない。

 午後は、サイゴンサウス(第7区)にあるブレインワークス社を訪問した。私の拙著の出版打ち合わせなど情報交換した。市内からは遠くなったが、新都心に位置する立地は将来の発展を予感させる。

 せっかくのベトナム訪問なので、いろいろな人々に会いたいのであるが、昨日も紹介したが、今回は日本が仕事を持って来ている。これからカンボジアとラオスの長旅が控えている。

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2009年8月11日 (火)

関空~ご挨拶

 恒例の関空「サクララウンジ」から生ビールを飲みながら、出発のご挨拶をいたします。

 今回は出発時から30㎏の荷物を持参している。ラオスとカンボジアの資料が入っている。原稿を書くためである。思い出せば、昨年の今頃、兵庫県の大学洋上セミナーにも資料を持ち込んで原稿を書いていた。自らを省みて、まったく進歩のない男だと思う。

 原稿が仕上がれば、おそらくラオスから日本に資料を郵送する予定である。これで軽くなる。これからの旅程は機密である。どこから何が出てくるか。お楽しみに。

 今回は写真を多用しようと思う。現地の生の情報にご期待ください。

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ベトナム人JICA研修の点描:金融制度の今後の展望

 8月10日(月)に大阪・茨木市のJICA大阪でVJCC(ベトナム日本人材協力センター)講師研修の成果発表会があった。私は助言者として出席したが、いずれの研修生も貿易大学の先生だけあって的確な研修成果の発表に感心させられた。

 研修を実施したPREX((財)太平洋人材交流センター)の福島さんから写真を頂戴した。以下では、それらを紹介し、次に研修を通した所感を述べる。

002  この研修の最初の講義風景である(7月23日)。ベトナムが中国とインドに挟まれ、カンボジア・ラオスを含めたメコン川流域国として重要な位置を占めている。それだからこそ日本政府は貴重なODA資金によってベトナムを支援している。そのための人材育成の一環としてVJCCが設立され、そして今回の研修が実施されている。このような話をしているところである。

003  8月1日の研修休日にホームビジットとして拙宅で野外バーベキューをした。雨が懸念されたが、驚愕の「晴れ男」のご出席を賜り、雨は降らなかった。ただし、その日の夜は大雨であった。ここでの問題点は、焼き肉の生産性であった。その向上のためには設備投資が必要であることが判明した。私の家族を含めた15名の需要に効率的に応えることは大変であった。

007  8月10日の講義風景である。日本の部品生産下請け企業と組み立て企業は、長期的な取引関係が形成されている。それは相互の信頼関係に基づいているが、それは閉鎖的な市場を意味しない。潜在的な新規の取引企業との競争が存在している。現代日本の健在な中小企業は、こういった競争に生き残った企業である。そういった成功事例からの教訓を学び、それを帰国後にベトナムの学生やビジネスパーソンに伝えてほしい。このような話をした。

008  今回の研修生との最後の記念撮影である(8月10日)。団長のトー先生は、貿易大学の銀行・金融学科学科長である。彼には、日本の株式持ち合いに関する英語論文を提供した。ベトナムでも株式持ち合いによる国営企業グループが出現するかもしれない。

 なお、ベトナムのように土地の使用権の売買しか認めない国で「担保金融」が十分に機能しないのではないか。この問題提起は、秋葉まり子編『いまベトナムは:経済の移行と発展への道のり』弘前大学出版会(2008年、30頁)である。

 私見では、そうであるからこそ、ベンチャーファンドに代表される直接金融を発展・促進させることが考慮されてよい。またベトナム銀行間の競争を通して、たとえば無担保金融といった金融システムが発展する可能性もある。

 ベトナム金融制度の発展過程において、このような土地の国家所有の問題が顕在化するかもしれない。この問題に触れないようにしようとすれば、間接金融よりも直接金融を重視した金融発展の途をベトナム政府は選択すると推測される

 以上、研修を通して研修生のみならず、私自身にとっても勉強になった。研修生の帰国後の成果普及を期待したい。

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2009年8月10日 (月)

高橋由明教授のベトナム語版ビジネス書2冊が発刊:いかに従業員に伝えるか?

 中央大学商学部の高橋由明教授と私は、ベトナム・カンボジア・ラオスに先生を最初に私が案内した間柄である。先生はドイツ経営学のご専門であり、現在の経営学の大御所のお一人である。その高橋先生が、次のようなベトナム語の著書2冊を出版され、それらのご恵送を賜った。

 ・高橋由明『日本語とベトナム語で学ぶ経営学と日本の企業経営』
 ・高橋由明・藤井孝男『日本語ーベトナム語・企業経営用語辞典』

 これらの著書が、経営学に関するベトナム人の知識を向上させることは間違いない。他方、私の関心は、これらの知識をベトナム人従業員にどのように伝えるかという問題である。

 高橋先生の著書はベトナム人大学生や経営幹部レベルであって、その知識の普及は必要不可欠である。それでは、そういった経営幹部が、どのように従業員を指導するかという問題が残されている。それが、ベトナム企業の経営効率性や生産性を向上させる最大の要点であると思われる。理論から応用、知識から実践がベトナムでは最大の課題である。

 ブレインワークス社(http://www.bwg.co.jp/)は、日本とベトナムで経営コンサルティング業を中心に仕事をしている。さらにビジネス書の出版も事業に含まれている。そのカナリア書房から、ブレインワークス『ビジネスパーソンが身に付けておきたいリスク察知力』(2009年8月15日)が出版される。

 その内容は、たとえば「顧客対応リスク編・実例10・責任者と思っていたら違った!」といった内容で構成され、イラストも豊富に含まれている。この読者のターゲットを誰か? この読み易い装丁と文体は、少なくとも大手商社の「エリート」を対象にしていない。中堅中小企業の従業員を対象にしている。

 ブレインワークの近藤社長によれば、このような日本の中堅中小企業向けの著書のベトナム語の翻訳が進められているそうである。さらにサービス産業におけるベトナム人の現地での指導が進行中ということである。

 このように多層的なレベルを対象にした日本からベトナムに対する広義の技術移転が進行している。また、そういった技術移転を急がなければならない。

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2009年8月 9日 (日)

大学ホームカミングデー:第1期生との再開

 流通科学大学のホームカミングデーが、土曜日に開催された。メガバンクの一つのM銀行に勤務している第1期卒業生が研究室を訪ねてくれた。

 このブログで紹介したが、取引先メガバンクB銀行の外国通貨預金の引き出しの不満を聞いてもらった。彼の勤務するM銀行では、自らの外貨預金を現金で引き出す手数料は、一律に1,000円ということであった。また1日に1,000ドルの引き出し制限はないそうである。

 こんな話を聞くと、私の預金しているB銀行の不便さを痛感する。こうしたサービスについて顧客自身が比較検討することに敏感にならなければならない。

 おそらく、これまでの銀行の横並びの護送船団方式に慣れてしまって、預金者自身が銀行間の相違に鈍感なのである。どの銀行でも同じという顧客の先入観が、銀行自体を甘えさせているのかもしれない。

 それにしても第1期の卒業生は40歳である。彼は、大学在学中に「宅検」の資格を取得した。図書館で熱心に勉強していた姿が目に残っている。教え子の彼らが後を追ってくる。それに負けないようにと思う。

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2009年8月 8日 (土)

「偏差値」は人間の一つの指標:「大学卒業資格試験」の提案

 「偏差値」と言うと、それは学力優先の格差社会を助長する象徴のように考えられる人々も多いであろう。

 私見では、試験成績の分布に基づく偏差値だけが、その人間全体を評価することには断じてありえない。他方、私は、偏差値が全面的ではないが、部分的な人間の個性の評価指標であることを容認する。

 偏差値に代替する何らかの客観的な指標があればよいのだが、そう簡単に見つからない。それなら、それを積極的に受け入れたらどうか?

 たとえばTOEIC(国際コミュニケーション英語能力テスト)については、その点数を履歴書に明記することは普通になっている。また就職のためには、SPI(Synthetic Personality Inventory)試験を受けることが一般的である。

 このSPI試験では中学生程度の問題が出題され、それに早く解答することが求められる。この成績が良いからと言って、大学の勉学・研究が熱心であったかどうかの指標にはならない。企業は、就職希望の学生に対する最初の選抜方法として使用しているにすぎない。

 SPI試験は、たとえば有名私立中学校や高等学校の受験生が最高得点を示すのではないかと思われる。大学生に対しては不適当な試験問題と言わざるをえない。そうであるとすれば、大学生としての資格試験を年に何回か実施して、その偏差値を就職時にも明示すればよい。 

 18歳人口の過半数が大学進学する時代である。大学教育の内容が問われている。その内容を評価する意味でも、大学卒業時の資格試験といった新たな学力指標が必要である。それは学力であって、それだけが人間すべてを評価しないことは当然である。そのために企業は現在までも何回かの面接を実施している。

 このような資格試験を実施すれば、大学教育の内容改善が促進される。また大学の講義に出席しなくても、資格試験で高得点に達する学生もいるであろう。それも悪くない。このようなことを通して、大学入試の偏差値に大きな変動が伴うかもしれない。

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2009年8月 7日 (金)

能力別クラス編成によって効果的な教育を!!

 日本をダメにしたのは誰か? この質問の解答として「日教組」と答える人が多いように思う。この意味は、主に「日教組」が競争のない平等主義を学生や生徒に教え込んできたことの弊害である。

 注:先日の東京出張の宿泊先が「アパホテル」であったことが、このようなことを考える契機になった。

 人間は平等である。すべての人々の人権は平等に尊重されなければならない。これは人類に共通して受け入れられるべき理念または政治目標である。それには異論がない。ここで問題となるのは、このことを教えた場合、自分の努力不足や能力不足を考慮せず、その結果の不平等を取り上げて苦情を言う人々がいることである。こんな人々が増えると、経済や社会は停滞する。

 能力の高い人々に「平等」や「公平」を教育することは、その人々の特権的な「エリート意識」を抑制し、人間的に魅力のある人物を育成する効果がある。鼻持ちならない「エリート」ではなく、能力のみならず人間的にも立派な人々を養成することは重要な教育課題である。常に自省的・内省的な思考や態度は、本来のエリートにとって不可欠の要素であると私は思う。このキーワードは、平等や公平といった意識・理念ではないか。

 これに対して努力不足や能力不足の人々に同じように「平等」や「公平」を教えると、それを自分の都合のよいように解釈して、さらなる努力や向上心を放棄していまう。そして文句ばかり言うようになる。この懸念がないとは言えない。

 日本をダメにしたのは、このような「平等」や「公平」の教育ではないか。つまり、その教え方に問題がある。「平等」や「公平」を教育する場合、たとえば偏差値70の学生と偏差値30の学生とでは、教える内容や方法が異なって当然である。なぜなら、それぞれの理解力に相違があるからである。

 それぞれの学生の理解力に応じた教育がなされるべきである。そしてそれぞれの個性が発揮され、それぞれが能力的・人間的に向上・成長することが理想である。たとえば大学において英語を読めない学生に「英語文献研究」といった講義を受講させることは無意味である。日本語文献を使用するか、または英語の基礎を教えるべきである。

 以上のような意味で、理解力に応じたクラス編成によるきめ細かい教育が望まれる。そのためには教員の増員は必要であるし、学生の能力に応じた専門性の高い教育方法の開発が望まれる。

 いわゆる「日教組」批判に対して、私は以上のように考えている。要するに一律的な教育ではなく、各自の能力に応じた個人個人に適切に対応した教育を追求するする。これが教育の理想である。個人に適応していない一律の教育に起因して、さまざまな弊害が発生しているように思われる。

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2009年8月 6日 (木)

ドル建て預金の不思議・・・というより何と理不尽な・・・

 ドル建て預金を引き出してドル紙幣を入手するために近くのメガバンクに行った。そこで驚いたのは、1日の引き出しの上限が1,000米ドルということであった。また、ドル建て預金なのに、そのドルを引き出すために1ドル当たり手数料が2円必要である。

 簡単に言って、これが日本のメガバンクの現実と思うと情けなくなる。これでは国際的なサービス競争に対応できないだろうし、まず外国人顧客が見向きもしないであろう。おそらくベトナムの銀行より制限が厳しいのではないか?

 最近は銀行ではなく、為替レートの有利な「チケット屋さん」で外貨両替をしている。それにしても外貨預金は不思議な制度である。また1,000ドルの引き出し制限なんて「子どもだまし」の金額である。

 私は「もう解約する」と言って、少し文句を言ったが、そうすると少しばかり便宜を図ってくれた。この「ごね得」の対応も気にくわない。解約して、その近くの別のメガバンクに口座開設をしようと思ったのであるが、それを引き留められた格好である。

 日本の製造業はともかく、その金融業の後進性を実感できた。これでは日本経済の衰退は回避できないのだと思う。もっと金融業界を規制緩和し、競争原理を導入すればよい。その結果、顧客の利便性が高まることが望ましい。

 規制緩和による不正な金融業者が出てくれば、今まで以上に厳罰にすればよい。それで十分に犯罪抑止力になる。たとえば罰金刑なしの懲役刑にすればよい。投資家・預金者保護のために事前に規制強化するよりも、事後的な罰則強化の方が金融活動のサービス向上に貢献するのではないか。

 外国銀行に預金するという日本人が増えていると想像されるが、それは当然と言わなければならない。

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2009年8月 5日 (水)

東京出張:ベトナムの情報交換会

 4日(火)に東京出張した。ベトナム情報交換会に参加するためである。その中で某銀行の取締役の方から次の指摘があった。

 「ベトナムの港湾は、いずれも水深が浅く、そういった国の重化学工業の発展は難しいのではないか。

 その時に私は特に反論しなかったが、この問題について以下のデータを提示してみたい。(引用:JETRO『ASEAN物流ネットワーク・マップ2008』、263ー279頁。)

国名と港     航路水深(m) 港湾荷役料金
                    40フィート(米ドル)

◎ベトナム
             
 ハイフォン港      8.4~10.5    90.0    
 サイゴン港          8.5
 サイゴン新港   11.0~12.0
 カイラン港         5.0~13.0
 VICT港             10.0
 ダナン港          7.0~11.0
◎タイ
 レムチャバン港 10.0~16.0   140.0
◎シンガポール
 
シンガポール港  9.5~15.0   220.0

 この中でベトナムのカイラン港(ハイフォン港の近くクアンニン省)は「現代的な技術を駆使した水深の深い港湾であり、航路は深く、潮位の上昇を待たずに40,000DWTの大型船も入港できる」(278頁)と指摘されている。

 水深は確かにタイやシンガポールに比べて低いが、港湾の数は他のアセアン諸国に比べて多い。また東西経済回廊の完成など陸路輸送の整備によって、大型船の寄港不可の欠点は補われるのではないか。そして何よりも港湾荷役料金は格安である。

 これらのことを見れば、必ずしもベトナムの港湾不備が、ベトナムの重化学工業化に向けた重大な障害になるようには思われない。残念ながら私は専門外であるが、読者からのご意見を頂戴できれば幸いである。

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2009年8月 4日 (火)

連日の記事掲載:日経記者・岩本陽一氏の活躍

 最近の『日本経済新聞』を見ていると、ほぼ連日のようにベトナム関係の記事が掲載されている。日本経済新聞ハノイ支局長の岩本陽一氏の大活躍である。

 もっとも、どの国の支局長や特派員も記事を日本に毎日送っているのだが、それらを編集部が取捨選択して掲載の有無が決まる。この意味で、ベトナム記事掲載が頻繁化しているということは、日本国内でベトナムに対する関心が高まっている証左である。

 直近の『日本経済新聞』(2009年8月3日)によれば、ベトナム最大の石油化学コンビナート施設を建設するために、ベトナム国営企業ペトロベトナム社が9500億円を投資する。そのために精油所部分を担当する提携外資企業を2009年秋に決定し、2014年の稼働を目標にする。

 この生産能力は日量20万バレルであり、その原料の原油はすべて輸入し、ガソリン・ディーゼル油・液化石油ガス(LPG)などを生産する予定である。私見では、ベトナムは原油の輸出国であるが、その原油を必ずしも国内需要に振り向けないことが注目される。ベトナムが原油の取り扱いを戦略的に考えていることを示唆している。

 より一般に、ベトナムの石油精製の動向については次を参照されたい。(1)ベトナムの英文経済雑誌Vietnam EconomicTimes, March 2009( pp. 30-31)によれば、,ベトナムの中部クヮンガイ省・ズンクワットの石油精製プラントが、2009年2月22日から生産開始したという記事を掲載している。(2)カンボジアでもベトナムの石油精製の動向は紹介されている。英文雑誌Economic Today: Cambodian's Business Magazine, Volume 2, Number 34, March 1-15, 2009, p. 25。

 上記の記事については、『日越経済交流センターニュース』(2009年5月号)で記事の概要を紹介している。参照 http://www.j-veec.or.jp/

 いよいよベトナムは経済発展=工業化に「本気」になっているという印象を私は受ける。

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2009年8月 3日 (月)

ベトナム貿易大学教員の皆さんと交流(2):拙宅でのバーベキュー会

 8月1日(土)に拙宅にベトナム人研修生の皆さん7名をご招待した。夕方からバーベキューパーティをしたが、これが大変であった。

 この研修計画を6月に検討している時期には、8月1日は梅雨明けで、暑い日が続いているのでバーベキューは夕方からと考えていた。それが8月1日でも「梅雨明け宣言」はなく、天候は雨模様であった。そのために、箕面船場ライオンズクラブのライオン淵上から3メートル四方のテントをお借りした。このスペースとガレージの屋根があれば、屋外バーべーキューが可能である予想した。

 幸いに、自他共に驚異的な「お天気男」の某日本人ご出席いただき、午後5時から8時まで雨は降らなかった。ただし、その後の夜半に大雨が降った。

 総勢11名のお客様である。生ビールのタルを20㍑とサーバーを用意したが、天候が意外と涼しくて生ビール10㍑が余った。ヒエーッ。これを1人で飲む??? 長男は18歳で飲酒はできないし、妻と長女は下戸だから、頼りになる飲酒者は私だけ・・・・。このような理由で、この当日の日曜日から月曜日に私は寝込んでいた。幸いに生ビールを引き取っていただけるご近所の方がおられて、これは大いに助かった。

 かつてのベトナム人女性は、人前で酒類は飲まないことが常識であったが、今回のベトナム人7名の中で女性5名は、みなさんお酒はイケル口であった。今回の研修実施機関であるPREX(財団法人・太平洋人材交流センター)の加藤さんによれば、今回のベトナム人研修生は外国留学の経験もあり、こういった野外パーティーの盛り上げ方を知っているということであった。

 なお、昨日のベトナム人社長のベトナム人従業員の接し方について、次のような指摘がベトナム人社長に対しては有効であるかもしれない。

 「建国の父」と言われるホーチミン主席は「ホーおじさん」と呼ばれて全国民から親しまれていました。国家を指導する人間が「おじさん」であるのに対して、企業を指導する社長のあなたは何と言われていますか。すべての従業員から敬愛と信頼される社長になることが重要です。そういう人間関係の形成が企業経営成功の基礎であると思います。

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2009年8月 2日 (日)

ベトナム貿易大学教員の皆さんと交流(1):ベトナム人従業員の接し方

 7月31日は、JICA大阪で「ベトナム日本人材協力センター:VJCC」のビジネスコース研修に来日中の貿易大学の先生7名の研修中間報告会に助言者として参加した。

 こういう研修で必ず質問されることは、日本の中小企業育成やすそ野産業の育成政策である。おそらく私がベトナムで同種の研修を受けたとしても同じ質問をするであろう。こういった常に質問される問題には、事前に一覧表やレジメを作成しておくことが望ましいと感じた。

 主に東京での企業訪問の研修成果を確認したのであるが、どうして日本でできてベトナムでできないのか。そこには文化的な相違があるのではないかという質問が出た。これについて私見を述べた。

 生産性向上とか品質改善という場合、日本の製造業は極限までの到達点に達していると思われる。世界の製造業の「ベンチマーク」となっている。それは戦争中のゼロ戦や戦艦大和、戦後のソニーやトヨタ自動車の開発力と製造力の実績を見ても明らかである。日本の「モノづくり」は世界最高水準と言える。

 それには合理的な手法とノウハウがあるはずで、それを学ぶことに文化的または歴史的な相違があるはずがない。最良の生産性のための技術や方法は1つである。それに接近する努力をするべきである。

 ベトナム人社長はそれを理解できても、それが従業員にまで伝わらない。どうすればよいか。この解決は、社長の粘り強い努力に依存するしかない。ベトナム社会において企業経営者または管理者となれば、それは優秀・有能である。

 しかし従業員はそうではない。そうではないベトナム人従業員に偉そうに対応したり、従業員をバカにした姿勢を示せば、それを従業員も敏感に感じる。そして必要最低限の仕事しかしないであろう。それはベトナム人に限らず、日本人も同じである。

 ベトナム人社長は、このことを十分に理解しなければならない。そして、やや言い過ぎかもしれないが、無知な従業員に対しては何回も平易に愛情を込めて指導する忍耐力ある努力が求められる。日本から世界に普及した5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)や改善活動の実施には、ベトナム人社長の真摯な粘り強い決意が不可欠であると思う。

 これは、たとえば東京大学や京都大学の教授に対して、偏差値30の大学生を指導することを強要することに似ているかもしれない。しかし教授であれば、偏差値70の学生にも30の学生にも理解できるような講義・教育の広がりと厚みをもっているはずである。それがプロの教授であろう。

 同様に、ベトナム人企業経営者もプロであるとすれば、どのような従業員にも会社と自分の方針や理念を伝えきるだけの力量が必要条件である。私は、このように企業経営者の皆さんに伝えてほしいという希望を貿易大学の先生方に申し上げたい。

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2009年8月 1日 (土)

住民基本台帳カードについて:「税金のムダ」を評価する

 自動車運転免許証を返上してから約2年が経過した。自動車に比べて電車での通勤時間は2倍になったが、その間、読書の時間が増えた。

 運転免許証の代わりの身分証明書として、住民基本台帳カードを取得した。実際に身分証明書として使用してみると、このカードの普及率の低さを感じる。政府が、このカードの導入を決定してから数年が経過していると思うのだが、その普及率の数字が公表されていないのではないか。

 税金のムダ使い? この批判や問題提起は、総選挙を前にして敏感な問題であると思う。その問題解決のためには「税金のムダ」と思われるものを列挙し、それを公表することが求められる。

 このような観点から総選挙の争点を明示化することも、各政党のマニュフェストを比較対象するための判断材料となるであろう。これを報道機関に提案したい。

 各政党に対して次の質問をすればよい。「税金のムダ」を削除するための対象を優先順に10位まで指摘してください。この10位の内容と削減合計金額を見れば、それぞれの政党の諸施策の財源を示すことにもなるし、その「ムダ」をだれの立場から考えているかも明示できるであろう。それを国民が判断すればよい。

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