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2009年5月24日 (日)

最近の訃報に接して:ご冥福をお祈り申し上げます

 私の10年来の友人であるベトナム人・リンさんのお父さんが亡くなった。リンさんが大学生の時から私は知っているが、今は結婚して一児の母となっている。リンさんが日本の会社に就職して、お父さんとお母さんを日本に招待した。その時に京都や奈良をわが家総出で案内した。懐かしい想い出である。

 お父さんに日本食が合わなくてリンさんは苦労していた。一緒に数カ所のベトナム料理店で食事したが、なかなかOKが出なかった。あのお父さんが亡くなったというのは、私にとって感慨深いものがある。娘を信頼して娘の自由にさせた教育方針に確かに私は影響を受けた。また私の名刺を大事にもっていただいて、それをお父さんは私に見せてくれた。何か娘にあった時は頼りにしているという意味であった。

 次いで毎日放送の報道局長であった樺沢さんの訃報を受けた。大阪の千里会館の葬儀は無宗教の音楽葬であったが、薫り高い多数の花束に覆われた葬儀は厳粛であり、かつ心暖まる雰囲気であった。阪神大震災の時に毎日放送(MBS)の報道局長として陣頭指揮を執られたそうである。脚立の上に登ってフロア全体を見渡して総指揮をされたという逸話は目に浮かぶようである。

 樺沢さんと私は、日本ベトナム経済交流センターの理事として一緒に仕事をした間柄である。もっともっとご教示をいただくことがあったと思うのだが、それが実現しなかった。毎日放送を退職後は大手前大学教授に就任されており、これから共通の仕事ができると楽しみであった。享年64歳は早すぎる。同じ箕面市の住人であり、私の出身の箕面第一中学のご近所に住まわれているということだけはお聞きしていた。結局、ご自宅を訪問しないままの別離となった。残念である。5月19日がお誕生日でその前日のご逝去であった。

 韓国の盧武鉉前大統領が自殺したという。ソウル大学出身のエリートが権力をもつのが当然の韓国社会において、前大統領は異質の人物であった。韓国社会の伝統的な常識を打破した人物として私は彼を評価していたし、そういった人物を大統領に選出した韓国社会の民主主義の成熟度を私は彼から実感させられた。

 政治家であるから、当然に反対勢力からの批判がある。しかし盧武鉉氏の人柄に私は好感をもっていた。その晩年の汚職事件は私も残念に思っていたが、周囲の人々よりも彼自身が最も本気で自責の念にかられていたのであろう。韓国の歴史に残る大統領であったと思う。

 それ以前に日本銀行総裁であった速水さんが亡くなった。速水さんは岳父を通して私の勤務先の流通科学大学のご講義をお願いしたことがあった。残念ながら日銀総裁の退任後もご多忙のようで依頼をお引き受けいただけなかったことが残念であった。商社を経験された日銀総裁として異例の人物であったと思う。

 以上、私の誕生日5月20日を前後して何人かの方々が逝去された。私自身の人生を振り返る機会を頂戴したように思う。人間いかに生きるか。死ぬ瞬間まで考えなければならない課題である。皆さまのご冥福をお祈りしたい。

  

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