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2009年5月20日 (水)

FTA(自由貿易協定)における農業問題:韓国のベトナム戦略に注目(1)

 日本では農業の将来について国家戦略が確定していないように思われる。貿易自由化は世界の潮流であり、その中で日本農業の「位置づけ」を政府は明示しなければならないと思う。

 私見では、今後の食糧問題の解決の道筋が、近づく衆議院選挙の争点になるべきであるし、それは国民の懸念材料のひとつを軽減するために必要である。

 将来の不安や不確実性から開放されるためには、将来像を明示することである。その将来像に賛否があって当然だが、その賛否にかかわらず、将来像が確定されれば、それに対処する方法を各自で検討できる。

 これは、たとえば人間の死の問題を考えるとよい。人間には必ず死が訪れるが、その時期は不確実である。その不確実性に対処するために生命保険があったり、医療機器・医薬品が開発されたり、安全・防犯体制が整備されたりしている。そして死は万人に平等のために不公平感はない。

 人間は死という不確実性に直面しているが、現在の大多数の日本人は不安にならないで日々生活している。死の恐怖や懸念から開放されて当面の仕事をしている。それは以上の事情があると思われる。

 このように考えれば、日本の崩壊とか破綻が予想されるとしても、それに個々人が対処すれば将来に不安はない。税金を払わない。外国に移住する。外国資産を保有する。日本で資産をもたない。今できる最大の対策を実行する。最悪のシナリオを前提にすれば、日本に何があっても不安はない。今日の日本政府を見ていると、このような対応を取らざるをえないと考える人が増えるような状態である。

 それが好ましいはずがない。国家も企業と同様で継続性の維持が大原則である。国家や民族そして文化が未来永劫に続くことは、どの国にも共通した理念であろう。

 こういう観点から日本の農業を考えてみたい。私は、「日本人の私が作りました」というベトナム産のコメや、ラオスやカンボジア産の野菜や果物を食べてみたいという立場だが、農産物は必ず日本で作らなければならないという立場もある。それなら「ベトナム人の私が作りました」という近郊野菜の生産はどうだろう。人手不足の農家を外国人が支援する。他方、農産物については、日本人が日本で作らなければならないという立場もある。

 二国間のFTA(自由貿易協定)や多国間のWTO(世界貿易機構)を議論のための議論にするのではなく、具体的な施行・実施の内容を日本が決定する必要があるのではないか。問題の先送りを日本人は得意だが、世界は待ってくれない。

 以上のような問題意識で、FTAの下での韓国とベトナムの農業について紹介する。大きいテーマなので、何回かの中断をご容赦いただきたい。(以下、続く)

 

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