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2009年4月11日 (土)

講義が始まった・・・3タイプの大学教育について少し考える

 大学で講義が始まった。

 今期の講義は、企業論・21世紀の業界展望・アジアビジネス特論・基礎演習・3回生演習・卒論演習である。企業論は4単位だから、1週間に7講義である。これに大学院の研究指導がある。

 最近の大学では、受験生の減少傾向もあり、いずれの大学も教育を重視する傾向にある。その教育にも3つのタイプがあると指摘されている。これは興味深い分類である。 

 ①研究に裏付けられた教育を行う場
 ②教育のための教育を行う場
 ③モラトリアム人間の保育を行う場

 flairflair:関口礼子「「学生による授業評価」の現状を考える」『書斎の窓』No.583、2009年4月号、有斐閣、p.49。なお関口氏は「誤解のないように付け加えると、「保育」が教育より低いという意味ではない。「保育」は「教育」より幅の広い内容を持っている」と指摘している(同上)。

 経営学の観点から指摘すれば、以上の3つのタイプの分類が正しいとすれば、それぞれの「場」に最適の戦略を採用することが重要である。大学も教員も学生も同様である。これまでの大学はタイプ①であったし、そのつもりで教員も研究と教育を行うように努力してきた。

 これに対して多数の大学に求められている現実のニーズは、タイプ②やタイプ③に属していると思われる。それにもかかわらず、教員は依然としてタイプ①の大学を想定している。これでは、教員も学生も不幸である。その結果、その大学は人気を失うであろう。

 高級レストランのシェフと思って仕事していても、いつの間にかお客は大衆化して、子連れのお客(大学では親が子どもの入学式や卒業式に同伴するが・・・)が大多数になっている。かつての腕を振るったシェフの味は、お客に支持されなくなっている。また新人シェフは、手間暇かけない要領のよい料理を作っている。この古参のシェフは、しかしプライドだけは失いたくない。今の私の世代の大学教員は、このようなシェフの感情が十分に理解できる。

 どのように大学教育を変革するのか。私見では、日々の大学では教育に集中するが、たとえば5年に1回は半年間から1年間は講義をしないで研究に専念する。こういったメリハリのある制度が、タイプ②やタイプ③で働く大学教員のために必要である。少なくともシェフを自認している教員のプライドを奪うことがあってはならない。

 大学において不幸な教員や学生をなくす真剣な工夫や改革が、今こそ求められている。そうでなければ、大学経営のみならず、日本の高等教育体制が実質的に破綻するであろう。

 ところで私の場合は・・・・。上記のたとえで言えば、高級レストランのシェフであったことはないが、料理の基本は学んだつもりである。アジアで美味しい料理を探求して、いずれは自分で小さくてもよいので店舗を持ちたいと思っている。こんな感じである。

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