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2009年4月26日 (日)

「実学」の探究:「宮本理論」から学ぶ

 表題の「宮本理論」の宮本とは、剣豪の宮本武蔵のことである。津本陽『日本剣客列伝』(講談社文庫)は、私の入浴時の愛読書の一つである。同書の中で宮本武蔵について著者は次のように述べている。

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 真剣勝負の場では、小手先の技はすべて通用しない。芸道の伝授にあたって、初伝、中伝、奥伝などと段階をつけるが、殺しあいの場で、奥伝の技と初伝の技の区別はないというのである。

 当時、諸国流派のなかには、形の数が百五十から二百に達するものがあった。そのような形は、ほとんどが敵が死人か藁人形のように動かない対象でなければ通用しないものであると、武蔵はみていたのである。
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 私は、以上の指摘を次のように読んだ。正しいかどうかは検討を要するが、少なくとも問題提起に値すると思われる。

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 ビジネスの現場では、小手先の理論はすべて通用しない。経営学の教育にあたって、初級・中級・上級などと段階をつけるが、実際のビジネスの場で、上級の理論と初級の理論の区別はないのである。

 特に今日のような不況時には、ビジネス書が次から次に出版されている。そのような書籍は、そのほとんどがすでに過去の事例の受け売りであり、そのままでは企業経営や営業の最前線では通用しないものである。
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 著者の津本氏は、次のように続ける。「彼は空疎な剣術の形式を嫌い、あくまでも実戦に役立つ技を弟子たちに教え、破邪顕正の力を伝えようとしたが、そのため孤高の険路を歩まざるをえなくなった。・・・剣術は・・・すでに教養化していた。命を懸けての闘いに勝つために考え抜いた武蔵の理論は、凡庸な門人たちに理解できるものではなかった」。

 以上は、「命を懸けての闘い」に臨んだ経験をもつ武蔵の独自理論が、そういう経験のない凡人には理解できないことを指摘している。また、そもそも「命を懸ける」必要のない凡人に不必要の理論であったから、その理論は一般に受け入れられなかった。

 この意味では、経営における「実学」を探究するためには、やはり「命を懸けた実戦=実践」の体験(少なくとも疑似体験)が不可欠である。さらに命を懸けている人々のための内容でなければならない。単なる知識や情報としての経営理論は教養のために必要であるが、それが実戦に役立つかは別の問題である。

 たとえば「実学」としての理論は、ビジネスの基本は報告・連絡・相談(ホウレンソウ)するというような内容なのかもしれない。実学への探究は続く。

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