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2009年4月18日 (土)

松本清張『象の白い脚』を再読:ラオスはインドシナの「要衝の地」である

 今年2009年は、社会派推理小説の開拓者である松本清張の生誕100年周年であり、再び清張の作品が注目されている。

 その松本清張が、1969年のラオスの首都ビエンチャンを舞台にして小説を書いている。文春文庫『象の白い脚』(1974年)が私の手元にある。

 この小説の文庫版は絶版になっていて、全集の中でしか今は読めない。この本の存在は数年前にハノイの小松みゆきさんに教えてもらって、私は中古本を購入した。

 この小説は、「清張ブランド」に対する読者の期待を裏切らない。私見では、表題の「象」はラオスの国をイメージし、それに米国の巨大な政治力・軍事力を重ね合わせている。そして「白い脚」は米国情報機関CIAを示唆している。外国の主権とは無関係にアジアに足を踏み入れるCIA、そして白人を暗示し、白色の麻薬もイメージさせる。

 同書は、ラオス特権階級と米国CIAが結びついた麻薬取引が素材となっており、その実態に迫ろうとした日本人記者はメコン川に浮かぶ死体となる。その記者の眼から見た当時のビエンチャンの様子が生々しい。過度の好奇心は身を滅ぼすし、それは虎の尾を踏むことと同じである。表題の「像の白い脚」という命名は、これらの内容を圧縮して絶妙である。

 小説それ自体を十分に楽しむことができるし、さらにラオス訪問の経験者または予定者にとっては、40年前のラオスの風景を想起する楽しみがある。

 それにも増して同書では、原寿雄氏の解説が秀逸である。当時のラオスの政治社会環境が的確に説明されているように思われる。原氏は、共同通信の記者を経て専務理事・編集主幹となり、現在は84歳であるが、意気軒昂な本物のジャーナリストである。今から40年前の1969年7月に初めて原氏はラオスを訪問している。原氏の解説から次を引用する。

 「もし、インドシナ戦争がなかったら、この国は至極平和な小王国として、国際ニュース種になることもなく、世界から忘れ去られていたことであろう。・・・(引用者注:著者は)この物語の舞台であるラオスの首都ビエンチャンについて「どこか咲き損ねの隠花植物のような感じがする。それも毒々しい花ではなく、日蔭にある色のない感じである」と書いている。南国の街ビエンチャンを隠花植物のようにしてしまったのは、米国が国民に知らせずにひそかに介入を深めた秘密戦争のためだと言えよう」(339頁)。

 「米国は中国の雲南省および南北ベトナム、カンボジア、タイ、ビルマと国境を接するラオスを戦略上重視してきたからこそ、それまでもビエンチャン政権の左傾防止にテコ入れしてきた。ベトナムから撤退するに際しては、ラオスの赤化防止がいわば前提条件とならなければならなかった」(341頁)。

 ラオスは港湾を持たない内陸国であり、経済発展にとって障害になると言われてきたが、北に中国を後背地としてもち、ラオス周辺の港湾(モーラミャイン・バンコック・シハヌークビル・ホーチミン・ダナン・ハイフォン)に連結する「ハブ」となっている。現在、東西および南北経済回廊の整備が進行中であり、その完成後にラオスは「通過される国」になると懸念されているが、逆にラオスは「ハブ国」になりうる可能性もある。

 それだからこそ前述の引用のようにラオスは軍事的要衝として米軍に認識されたのである。仏教徒が住む温和な国民性の平和な国を変貌させたのは、米軍機によるB52の焦土作戦と、米軍が育成したメオ族部隊である。その不発弾の処理や民族的な確執は40年を経過した今も残っている。ラオスにとって米軍との戦争は、未だに解決できていないように思われる。

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