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2009年3月30日 (月)

もう曖昧な表現は止めよう:「社員」は「従業員」か「労働者」に

 会社法で「社員」は出資者・株主のことである。保険会社のような相互会社の社員は保険契約者である。その出資者もしくはや株主総会が経営者(=取締役)を選任する。

 それ以外の会社の構成員は、経営者に雇われた労働者・従業員である。または被雇用者と呼ばれる。なぜ、それを「社員」と呼ぶのか。

 最近まで「派遣社員」と一般に言われていたが、最近は正しく「非正規労働者」と呼ばれている。この「社員」と「労働者」の区別の曖昧さが、会社内の緊張感を欠如させているのではないか。緊張感の欠如は、換言すれば「なれ合い」であり、それが会社の不祥事の根底にあると考えることもできる。

 労働者は自己の権利を主張すればよい。また経営者は労働者の義務を語ればよい。それぞれの権利と義務の主張の中で一致点がある。そして最善の「落とし所」として「一緒に頑張ろう」という結論になる。これは本来は労働組合による労使交渉の仕事である。こういった交渉があってこそ、それぞれに緊張感が生まれ、それが企業不祥事を抑制すると思われる。

 ここで私は「労使紛争」を煽っているのではない。労働者と経営者が一丸となった企業経営が望ましいと主張している。ただし一丸となった経営のためには、労働者と経営者が区別され、その後に両者の議論が一致し、一丸とならなければならない。「社員」という曖昧な言葉の「誤魔化し」では、けっして「一丸」になれないと思う。

 これは企業統治(=コーポレートガバナンス)の問題でもある。企業の利害関係者として、まず株主や経営者がいて、そして労働者(組合)・債権者・消費者・金融機関などがいる。この利害関係者としての区別(=経営者と労働者)がなければ、企業統治も成功しなのではないか。

 この区別があるからこそ、両者の利害について話し合いがあり、そのためには情報共有が必要であり、そこから相互理解も深まり、その結果、会社に対する労働者の忠誠心や信頼感が生まれる。

 このためには、まず「社員」という曖昧な呼称は止めよう。少なくとも「従業員」であるし、より正しくは「労働者」である。

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