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2009年3月31日 (火)

ベトナム人とのつき合い方:個人を信用する

 3月のベトナム訪問でベトナム歴30年にも及ぶ日本人の大先輩とお目にかかる機会があった。1970年代のベトナムを若い頃に体験されている。その中でのお話を紹介する。

 まず、ベトナムで信用できるものに順番を付ける。①個人、②民間企業、③国営企業、④政府。ベトナムで最も信用できるものは個人である。これを私なりに敷衍してみよう。

Dsc00789  個人と個人を信用するから、あのオートバイの複雑な動きが交差点で繰り広げられるが、大きな事故にならない。交通ルールを信用しない。一般の規則よりも個人周辺の状況が優先される。

 ベトナムのビジネス成功の秘訣は、個人レベルの信頼を作ることである。政府や大企業といった所属組織によって信用度を推し量ることは、日本人でもベトナム人でもあるが、それが全てではない。最終的には個人の信用度に帰結する。

Dsc09598  私たちがベトナム生活に慣れてくると、ベトナムのオートバイの流れの中を泳ぐように渡ることができる。それは確かに運転手を信用しているからである。もし信用できなければ、いつまでも渡ることはできない。オートバイが自分を避けてくれることを信用して道路を渡る。このような人間関係はベトナム人の特徴を端的に示している。ベトナム人運転手も、歩行者の信用に応えるように慎重に歩行者を避けてくれる。

 ベトナムにおける日本人ビジネスの成功は、まず相手の中に飛び込んで、その後に信頼関係を作れるかどうか、その人物を見極めることである。当然、ベトナム人も日本人の信頼度を確かめている。もしエラソウにする日本人がいるとすれば、それはベトナムのみならず、そもそも外国ビジネスに不適当である。

 政府が最も信用できないというのは、その政府に経験がないからだ。一昨年からの株価対策も、昨年からのインフレ対策についても、政府は精一杯の政策を打ち出した。実際に「良いことを言っている」のである。しかし初めてなので上手くできない。法律があっても施行できない。この結果、政府は信用されなくなる。

 以上、ビジネスの基本中の基本である信頼関係のために、個人と政府についての留意事項である。

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2009年3月30日 (月)

もう曖昧な表現は止めよう:「社員」は「従業員」か「労働者」に

 会社法で「社員」は出資者・株主のことである。保険会社のような相互会社の社員は保険契約者である。その出資者もしくはや株主総会が経営者(=取締役)を選任する。

 それ以外の会社の構成員は、経営者に雇われた労働者・従業員である。または被雇用者と呼ばれる。なぜ、それを「社員」と呼ぶのか。

 最近まで「派遣社員」と一般に言われていたが、最近は正しく「非正規労働者」と呼ばれている。この「社員」と「労働者」の区別の曖昧さが、会社内の緊張感を欠如させているのではないか。緊張感の欠如は、換言すれば「なれ合い」であり、それが会社の不祥事の根底にあると考えることもできる。

 労働者は自己の権利を主張すればよい。また経営者は労働者の義務を語ればよい。それぞれの権利と義務の主張の中で一致点がある。そして最善の「落とし所」として「一緒に頑張ろう」という結論になる。これは本来は労働組合による労使交渉の仕事である。こういった交渉があってこそ、それぞれに緊張感が生まれ、それが企業不祥事を抑制すると思われる。

 ここで私は「労使紛争」を煽っているのではない。労働者と経営者が一丸となった企業経営が望ましいと主張している。ただし一丸となった経営のためには、労働者と経営者が区別され、その後に両者の議論が一致し、一丸とならなければならない。「社員」という曖昧な言葉の「誤魔化し」では、けっして「一丸」になれないと思う。

 これは企業統治(=コーポレートガバナンス)の問題でもある。企業の利害関係者として、まず株主や経営者がいて、そして労働者(組合)・債権者・消費者・金融機関などがいる。この利害関係者としての区別(=経営者と労働者)がなければ、企業統治も成功しなのではないか。

 この区別があるからこそ、両者の利害について話し合いがあり、そのためには情報共有が必要であり、そこから相互理解も深まり、その結果、会社に対する労働者の忠誠心や信頼感が生まれる。

 このためには、まず「社員」という曖昧な呼称は止めよう。少なくとも「従業員」であるし、より正しくは「労働者」である。

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2009年3月29日 (日)

ドンナイ省で低所得者層向けアパート500棟の建設計画

 ホーチミン市の隣りのドンナイ省の建設局は、低額所得者向けのアパート500棟を建設すると発表した(Viet Nam News, p.4, March 9, 2009)。

 100棟は、Long Thoに建設され予算総額320億ドンは地区人民委員会が負担する。残りの400棟は、Bien Hoa市で建設が準備される。すでに建設局の下で民間産業建設プロジェクト管理委員会は100棟について投資家に割り当てをしている。

 5階建て2区画のアパートであり、それぞれ2,521㎡2,625㎡となる。それぞれの部屋は64㎡で2ベッドルーム・1リビングルーム・1キッチンとなっている。日本流で言えば、2LDKである。販売価格は、約3億2千万ドン(1万8千ドル)となっている。駐車場・職員部屋・共有部屋は1階に建設される。

Dsc02304  建設省によれば、これらのアパートを借りたり買ったりできる権利を持つ人々は3つのグループに区分される。住宅を提供されていない政府職員、軍隊の将校、芸術・教育・科学などに顕著な成果を達成している個人である。そのほかの条件としては、持ち家がないこと、貸間に居住していること、平均給与が月額190万~400万ドンである。資格のある政府職員は少なくとも3年間は政府機関で働いていなければならない。(注:写真はハノイの高級アパートである。)

 れらのグループの人々の中で、ドンナイ省は低所得の政府およびと軍隊の職員を優先させる。その約30%が持ち家がないからである。

Dsc02254  建設局のホアン副局長によれば、他の住宅プロジェクトは工業団地内外の労働者を支援するために準備される。同様の計画は、ハノイ・ホーチミン市・南部ビンユン省でも進行中である。

flairコメントflair いわゆる公務員宿舎の建設である。その後に工業団地の労働者向けの住宅建設も計画されている。ベトナム政府の景気対策として、インフラ整備と住宅投資が発表されているが、その具体的な内容が上記の報道である。昨年までの不動産バブルが高額所得者の投機対象となったために、それに対して低所得者の住宅建設が求められていた。

 またドンナイ省は、ビエンホア市の工業団地で働く労働者の住居が不可欠であろう。労働者の確保と定着は、操業する工業団地内の企業にとっては死活問題である。この観点からも、これは時宜にかなった住宅政策とみなされる。

 低価格の住宅を購入できる条件に該当する人物に芸術家や科学者が含まれていることは、いかにもベトナムらしい。そういった階層を大切にする政府の姿勢が表明されている。

 ただし私見では、職業による入居資格を問わない低所得者向けの住宅が大量に建設されることが望ましい。職業の差別はあってはならないが、低所得者の支援は必要である。そうであるとするなら、どのような職業であっても、低所得者層に格安の住居を提供する。それが、たまたま公務員であったり、軍人や芸術家であったりするかもしれない。

 こういう基準は日本で当然と思われるが、個人所得を正確に捕捉できていないベトナムでは難しいのかもしれない。

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2009年3月28日 (土)

「アメリカ社会が揺らぎ始めた」:歴史のブラックユーモア

 NHKスペシャル・映像の世紀・第9集「ベトナムの衝撃:アメリカ社会が揺らぎ始めた」。このDVDを久しぶりに見た。

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 この第9集は、1960年代から70年代におけるベトナム戦争とキング牧師の暗殺などが主要なテーマとなっている。米国の「自由と平等の国」というイメージが国内外の出来事で消え去っていった時代である。ケネディ大統領が暗殺され、黒人を差別し、その人権運動を弾圧し、ベトナム民間人を虐殺した映像が紹介されている。

 私には、この時代と現在の米国が重なって見える。「市場経済の牙城」と広く思われていた米国では、膨大な政府資金が民間企業を支えるようになっている。「市場経済の国」という米国のイメージは消え去ってしまった。まさに再び「アメリカ社会が揺らぎ始めた」と考えることができる。

 他方、オバマ大統領はイラク派兵を縮小する反面、アフガニスタンに兵力増強するという。オバマ大統領の選出によって、キング牧師が夢見た人種差別問題の解決が実現されたように思われたにもかかわらず、その大統領が、ベトナム戦争を想起させるアフガニスタン戦争に本格的に踏み出そうとしている。これは”ブラックユーモア”ではないか。

 米国は国内問題で着実に民主主義を進歩させている反面、国外問題ではベトナム戦争の経験を学んでいないのではないか。このような国内と国外における二重性が米国の特徴であるとみなされる。尊敬できる国であると同時に尊大で傲慢な国。少なくとも自国中心主義の政策や思考は当然ながら非国際的である。これは米国も例外ではない。

 なお実際は、米国は市場経済を支えるために、なりふり構わず懸命の努力をしていると考えるのが妥当である。当面の財政出動を通して、市場経済の危機を脱出することが最優先の政策と考えられている。では、その後どうなるか。そのままケインズ政策(=政府の財政政策)が継続するのか、それともフリードマン政策(自由主義経済:小さな政府)に復帰するのか。いずれにせよ、米国が「市場経済の牙城」を堅守することは間違いない。ただし、その意図の通りに、それが成功するか失敗するかは別の問題である。これが、米国について今後の注目点の一つである。

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2009年3月27日 (金)

経済収縮時の雇用受け皿:サービス産業の重要性(9・最終回)・ロッテマートを訪問した

 以下では、ベトナムの流通市場の記事についてコメントし、ホーチミン市のロッテマートの紹介する。

 前日のブログで、工商省競争管理局の見解を最後に紹介したが、これに関連した発言を同省の副大臣から直接に私は聞いたことがある。流通小売市場において外国企業からの競争圧力があるので、ベトナム企業は防戦に苦労しているという内容であった。

Dsc02269  私は、流通小売業には地元企業の優位性があることを一般的に指摘した。また、外国企業の参入が進んだとしても、非公式的な参入障壁があるので心配ないのではないかと応じた。これは日本も同様である。なぜ、フランスのカルフールは撤退しなければならなくなったか? この究明はベトナムにとっても参考になるであろう。

 これまでの連載記事によれば、ベトナム大手小売業4社が連携しており、さらにベトナム小売業協 会が設立されている。これは、外国企業にとって強力な布陣の防衛線である。Dsc02271英国のTrade and Investment Agencyが言うように、確かに全般的な状況から見れば、外国小売業の参入に好機であるが、個々の企業経営の採算性を考慮すれば、外国企業においては慎重な意思決定が必要であろう。

 ベトナムの小売業の中堅企業との提携や協力という形態で外国企業が参入することによって、操業後のリスクを小さくできるかもしれない。この場合、ベトナム小売業協会の訪問は有効な情報収集先となるであろう。

Dsc02273  私は2月にサイゴンサウスのロッテマートを訪問した。もう20年近い前であるが、かつての韓国の流通企業が、日本のスーパーマーケット内(より正確には当時の新業態ハイパーマート)を盗み撮りして、それに基づいてホテル内で設計図面を描いたという逸話があった。この図面完成まで何度も足を運んだそうである。日本の店舗レイアウトを模倣するためである。当事者から聞いたので本当であろう。その韓国のショッピングセンターの写真をベトナムで撮影した。これには不思議な感慨がある。

 ロッテマートの立地はサイゴンサウス。この地域は、台湾の国民党が開発したタントゥワン輸Dsc02270出加工区の向かい側に広がっており、ホーチミン市の市内からは自動車で20~30分必要である。自動車の渋滞の状況に時間は依存する。高級住宅地が広がっており、その意味で立地に将来性はある。ロッテマートでは、韓国資本のダイヤモンドデパート店などを経由させたシャトルバスを市内から運行させている。

 開業は2008年12月17日。営業時間は8時~22時30分である。平日の午前中に訪問したが、お客は少ない。これは、以前に訪問したドンナイ省のスーパーマーケットBig C(かつてのCora)も同様である。しかし生鮮食品には人だかりができていた。食物に対するベトナム人のこだわりを感じさせる。

 2階には、Best Caringという家電売り場がある。これがベスト電器の出店であろうと想像できた。価格の比較をするだけの材料をもっていないが、品揃えは豊富であった。

Dsc02277  ロッテマート店舗全体は総じて、什器と什器の間が幅広く、ショッピングカートをもってゆっくり歩けるようになっている。明るい雰囲気もよい。ソウル駅に隣接するようにロッテマートを利用したことがあるが、それと同じで、まったく雰囲気は日本人でも違和感がない。要するに問題は商品の値段である。ベトナム人の価格感応度は非常に高いと予想される。

 かつてハノイでMetroの評判を聞いたことがあるが、ベトナム人の評価は「日用品では高いものも、安いものもある。生鮮食品は高い」。それはそうだろう。「チョー」と呼ばれる市場(いちば)と比較されると値段は負ける。スーパーは品質で勝負するしかないのだろうか。これらのベトナムの流通については、ベトナム人の日本留学生が研究を蓄積している。その成果を実務に還元することが、ベトナム流通業の発展に貢献するであろう。

 流通業の発展は、ベトナムの第3次産業・サービス業の発展にも連動する。それが雇用機会の増大にも寄与する。人口構成からみた農業国であるベトナムが、第2次・第3次産業の並列的な発展をする。それだけに高度な経済成長が期待できる。さらにベトナムでは国内流通チャネルの改革が進むと同時に外国資本との戦いも始まっている。この場合、外国資本を活用した国内改革が進むのかもしれない。日本の経験を超えた新たなベトナム流通業の挑戦とみなされる。(以上、この連載終わり)

  

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2009年3月26日 (木)

経済収縮時の雇用受け皿:サービス産業の重要性(8)・ベトナム小売業の将来

 小売市場の開放に伴って外国小売業との競争が確実である。そこでベトナム最大級の流通企業4社(Saigon Co-op、Satra、Hanoi Trading、Phu Thai Group)は、Vietnam Distribution Network Development and Investment Company(ベトナム流通ネットワーク開発投資会社:VDA)という共同企業を2007年5月に結成した。

 この共同企業は、2011年までにベトナム最大の流通グループになるという意欲的な目標をもって、商業設備・ショッピングモール・卸売りセンター・フランチャイズ事業を展開する。さらに2008年10月には小売部門で営業するベトナムの130社が手を結び、Vietnam Retailers Association(ベトナム小売業協会)を設立した。

 地元の流通グループは、外国流通企業に対して強い優位性をもっている。地元の市場や消費者をより以上に理解しているからである。しかし、ベトナム小売業協会副会長のDinh Thi My Loanは次の課題を指摘している。

 ベトナムの小売業は、専門的技術とサプライチェーンの改善と同時に、経営・人材・物流施設の投資を増やさなければならない。また、良好な発展戦略を実践しなければならない。

 国内外の小売業にとって共通の問題点は立地である。望ましい立地は少なくなり、賃貸料は高い。ホーチミン市やハノイの好立地では月額200米ドル/㎡である。外資企業の参入によって供給不足となれば、この価格は上昇するであろう。

 工商省の競争管理局によれば、流通業は、数百万の消費者や販売店に影響を及ぼす敏感な分野である。したがって市場開放にもかかわらず、公平で健全なビジネス環境を維持し、市場独占や大企業による支配的地位の乱用などの不公平な慣行を防止することが必要である。(以下、続く)

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2009年3月25日 (水)

経済収縮時の雇用受け皿:サービス産業の重要性(7)・ベトナム小売企業の新動向

 成長するベトナム小売市場に注目している大規模な外国流通グループには、前回に紹介したBigC(仏)・Metro(独)・Parkson(マレーシア)のほかに、Wal-Mart(米国)・Dairy Farm(香港)・Tesco(英国)・Carrefour(仏)・ベスト電器(日本)・ロッテリア(韓国)・GS Retail(韓国)がある。

 ロッテリアは、ホーチミン市のサイゴンサウスに「ロッテマート」を2008年12月に開店した。DairyFarmは、地元のCitimartと協力して市場浸透を図っている。日本最大の家電量販店のベスト電器は2009年に市場参入する。

Dsc02278  (:そのままの内容で記事紹介している。今回の私のベトナム調査では、上記のロッテマートの2階にベスト電器が「BEST CARING」の名前で出店していた。これについては後述する。また日本のイオン高島屋もベトナム進出を検討していると聞こえている。また左の写真のようにサークルKの店舗をホーチミン市で今回のベトナム訪問で見かけた。)

 ベトナムの小売市場は、英国の政府機関UK Trade and Investment Agencyの上級貿易アドバイザーNeil Wynn Jonesが指摘するように、強い経済成長に伴って大きな潜在力をもっており、今がその市場参入に適当な時期である。

 新規の小売市場に参入した企業は次のようである。Thai Binh Shoes(TBS)は、アディダス・ナイキ・プーマなどの国際的に著名なスポーツ衣料の小売チェーンであるTBS Sport Centerに投資した。またベトナム衣料縫製グループ(Vinatex)は、自社のスーパーマーケット=チェーンであるVinatex Martを立ち上げた。同グループは、2010年までにファッション・衣料・一般商品に特化した80店舗を開発する予定である。ITグループのFPTは自社の小売会社FPT Retailを設立しており、消費者家電や多様な機械・設備の販売を目的としている。

Dsc07815  たとえば既存の小売企業のSaigon Co-opSaigon Trading Group(Satra)MaximarkPhu Thai Groupなども好立地の新しい店舗展開を模索している状態である。Co-op Martは、ベトナム最大の小売企業であり、アジアの小売業上位500社に含まれている。全国に35店のショッピングセンターとスーパーマーケットを展開しており、数年以内に100店舗を超える計画である。

 Saigon Trading Groupは、多数の地方の地元パートナーと協力して、地方に卸売り市場と流通センターを開発し、小売販売店に商品供給をしている。Vietnam Distribution(V-Distribution)は、次の3年間でコンビニエンス=ストアV-24hを400店舗開店させる計画である。G7Martは、当初の計画では近代的なコンビニエンス=ストアを500店舗、100カ所の卸売りセンターを全国に展開する予定である。(以下、続く)

 

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2009年3月24日 (火)

経済収縮時の雇用受け皿:サービス産業の重要性(6)・ベトナムの流通市場の現状

 ベトナムにおける流通分野の開放は次の予定である。

 ・2008年1月1日:外国投資家が、参加資本の制約なしに現地パートナーと合弁会社を設立することを認可する。
 ・2009年1月1日:外国所有100%の小売企業の設立を認可する。
 ・2010年1月1日:ベトナム製品と合法的な輸入品の卸売り業と小売業が外国企業に対して認可される。

 私見では、WTO加盟の約束を真摯に果たすベトナム政府に対して高い評価を与えてもよい。ただし、かつての日本市場も同様であるが、非法律的な参入障壁が温存されていると想像される。たとえば流通経路が排他的に構築されていることなどである。この場合、外国企業は商品の仕入れができない。もっとも、すでにベトナムは「競争法」を制定しており、この発動が近い将来に求められる場合があると思われる。

Dsc08412  2009年1月1日からベトナム流通市場は完全に外国資本に開放される。サービス改善と消費者の心をつかむために国内外の販売業者は最善を尽くさなければならない。

 ベトナム小売業協会によれば、ベトナムには40万を超える伝統的な小売店が存在している。そのほかにスーパーマーケットが400店、商業センターが60カ所、コンビニエンスストアが2,000店に達している。2010年までにスーパーマーケットが62%、ショッピングセンターが150%増加すると期待されている。

Dsc08414  以下は、工商省によるベトナム小売市場の内訳を示している。独立系小売店と伝統的な市場(いちば:CHO)を合わせると84%を占めている。このことは、近代的な小売業における販売ノウハウやマーケティング戦略の適用余地が十分に存在していることを意味している。(注:写真はハノイの伝統的な市場である。生鮮食品が中心である。)

flair引用者注flair:この数字の基準単位が不明である。「売上高」であると思われるが、それが明示されていない。せっかくの貴重な統計数値の価値が半減である。これがベトナムらしい。

 ・44%:独立した小売店
 ・40%:伝統的市場
 ・10%:近代的流通システム(スーパーマーケット・コンビニエンスストア)
 ・ 6%:生産者による直接販売

 工商省は、2010年までに近代的な流通システムが30~40%に達し、2020年までには60%に増加すると予想している。それは国際的な流通グループの参入に依存している。それらの外国資本は、すでに成功を納めている。それらは次の通りである。

 Big C(フランス):スーパーマーケット6店、さらに4店の開業予定。
 ・Metro Cash & Carry(ドイツ):卸売店8店、総投資額は1億2千米ドルである。ホーチミン市・ハノイ・ビエンホア・ニャチャンにさらに4店舗の建設が計画されている。
 ・Parkson(マレーシア):ホーチミン市・ハノイ・ハイフォンにショッピングセンターを設立しており、さらに総投資額7千万米ドルでショッピングセンター10店を全国展開する計画である。(以下、続く)

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2009年3月23日 (月)

経済収縮時の雇用受け皿:サービス産業の重要性(5)・世界で最も魅力的なベトナム流通小売市場

 以下では、本ブログ(2月22日)のサイゴン= タイムズ(The Saigon Times Weekly, November 29, 2008, p.16-19)の記事を紹介し、次いで今回の調査で訪問したロッテ=マート(ホーチミン市・サイゴン南)の印象を述べる。

 世界同時不況の影響によって、世界に共通して輸出志向製造企業の経営不振が顕著になりつつある。その失業者の「受け皿」としては、政府の財政出動に伴う土木建設工事よりも、流通・サービス業など第三次産業が望ましいという指摘がある。縫製企業の労働者が建設労働者に直ちに移行できるとは思われないからである。経済学の理論では、雇用調整において労働移動が円滑にできることになっているが、現実はそうではない。

 この指摘は中国に関してであるが、第三次産業の雇用創出はベトナムで十分に可能であるように思われる。

 ベトナムの人口は8,600万人を超えているが、それは世界208カ国の中で上位13番目である。ベトナムは潜在的な大きな市場をもっており、それが外国投資家にとって魅力である。人口の半分以上が30歳未満の青年であり、GDPに対する消費比率は70%を超えている。これは2007年の数字であるが、シンガポールの57%、タイの68%、マレーシアの59%に比較して高い比率である。

Dsc02554  ベトナムの都市部では、月額所得600~1000米ドルの家庭数は急激に増加している。特にハノイやホーチミン市の大都市における1人当たり国内所得は、ベトナム全体が800米ドル超であるのに対して、その2倍以上である。

 小売市場は、インフレーションを除去して最近では12%を超えて成長している。統計総局によれば、ベトナムにおける小売業とサービス業の収入は、2005年の304億米ドルから2006年の369億米ドル(21.4%増)、2007年の452億米ドル(22.5%増)に増加している。経済停滞によって2008年の成長は低くなるであろうが、当初の10ヶ月において460億米ドルを超える収入となっており、前年比6.1%の上昇となっている。

 流通・小売市場は、GDPの15%に貢献する国内経済の重要部門である。米国の国際戦略マネージメント=コンサルティング会社AT Kearnyの調査によれば、最も魅力的な新興小売市場の順位は、次のようになっている。2008年:①ベトナム、②インド、③ロシア、④中国、⑤エジプト、⑥モロッコ、⑦サウジアラビア、⑧チリ、⑨ブラジル、⑩トルコ。

 私見では、まさに未開拓の広大な流通大陸が横たわっているベトナムというイメージである。

 その理由は、同調査によれば、①強いGDP成長、②外国投資家に好ましい規制構造、③近代的な小売コンセプトに対する消費者の高まる欲求となっている。(以下、続く)

 

 

 

 

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2009年3月22日 (日)

カンボジアとラオスの記事:2009年3月9日

 『日本経済新聞』(2009年3月9日)には、カンボジアとラオスの記事が同時に掲載されている。こういうことは、ちょっと珍しい。両国に対する関心が一般に高まっている証拠の一つである。

 カンボジア政府は、タイと領有権紛争があった「プレアビヒア」とその周辺地域を環境特別区として開発する。この「プレアビヒアは・・・9世紀末に創建されたヒンズー教寺院。12世紀まで歴代のクメール王が聖地として巡礼するなど歴史的にカンボジア側との関連が強い」。

 この環境特別区内は低公害型の自動車以外は小舟や馬車などを使うようにし、エコツーリズムを推進する。遺跡では観光客が少額を支払い、崩れた壁画などの修復や周辺の森林保護ができる仕組みも作る」。

 他方、ラオス初の鉄道「タイ・ラオス線」が3月5日に開業した。「タイ東北部ノンカイから両国国境の第1メコン友好橋を通り、ラオスのタナレンまでを結ぶ全長3.5㎞の区間で、タイ国鉄が運行する。1日2往復で500人の利用を見込む」。

 「両国国境に架かる「第3メコン国際橋」の建設も6日に始まった。タイ東北部ナコンパノムとラオス中部タケクを結ぶ。全長1423mで、2011年9月に完成予定。総工費はタイ政府が負担。バンコクとベトナム・ハノイの陸送距離は第2メコン友好橋を渡る「東西回廊」よりも約200㎞短い1300㎞になる」。

 以上のカンボジアとラオスのニュースは、タイ側から見ている。カンボジアとラオスは、北から中国、東からベトナム、西からタイが影響力を強めている。これらの国々の浸透に対して、どのように日本は対応するのであろうか。

 少なくとも各国別の狭量な戦略(=各国ごとの権益優先)ではなく、この地域全体に関する日本としての国家戦略が求められる。そうでなければ、この地域での日本の影響力は衰退する。すでに紹介しているが、ウォン安とはいえ韓国の存在感も大きいからである。

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2009年3月20日 (金)

ロータス投資運用会社提供「ベトナム経済ニュース(26)」:2009年2月の株価レポート

 ロータス投資運用会社は、この3月10日に株式会社化と増資(143万ドル)に伴う新しい認可を取得した。同社が提供する株価レポートを紹介する。これまで同社は有限会社であり、その社名を「ロータス証券投資ファンド運用管理会社」としていたが、今回の新しい認可を契機にして、その日本名が簡潔になった。英語の通称は、以前の通りLotusIMC である。
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 2009年2月には、Vn指数が18.95%、Hastc指数が15.98%下落した。OTC(店頭)市場も全体的に下がった。これは最近4ヶ月で最大の下げ幅である。この値下がりをもたらした主な要因は次の3点であるとみなされる。

 (1) 世界の国々の経済は引き続き悪い状態を示しており、その指標は特に輸出、GDP成長率、失業、大規模な金融機関の財務内容である。
 (2) アメリカを始めとする他の諸国における証券市場が低迷した。
 (3) ベトナム企業の第4四半期の営業報告が発表され、企業業績の悪化を印象づけ、それがベトナム経済全体に不安を感じさせた。

 統計総局のデータによれば、2009年の2ヶ月間において昨年同時期より輸出は5.1%、輸入は43.1%下がった。これによって貿易収支が長い間の赤字から黒字に転換された。

 FDI(海外直接投資)に関しては、外国投資管理局のデータよれば、7地方から報告された2ヶ月間の登録FDIの合計金額は5.328億USDで、昨年同時期の70%である。

 2月のCPI(消費者物価指数)は1月よりも1.17%、昨年同時期よりも14.78%上昇した。2009年の2ヶ月間の平均として、CPIは昨年同時期よりも16.13%上昇した。

 株価を下支えしている要因としては、中国の証券市場が回復の兆しを見せ、現在の株価が安いという見方がより広範な投資家に普及していることが指摘できる。

 さらに韓国・シンガポール・日本と比較して、世界同時不況が輸出に及ぼす影響がベトナムは低いということも注目される。しかし一方、外国投資家は連続して売り越しであり、世界同時不況が長期間に渡って継続する可能性もあり、投資家の心理は未だ改善されていない。これらの要素が株価反転にとって大きな障害になっている。

 しかし、弊社が直接または電話で問い合わせた数企業は、これからの企業経営に希望が持てることを表明している。今後に開催される株主総会に弊社は機関投資家として出席し、各企業についてより正確に評価・判断したい。また新たな情報に留意して、株価反転の時期に備えたいと考えている。

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flairコメントflair 昨年から暴落して低迷が続くベトナム株であるが、その展望はあるのか? 私見では、米国や日本よりもベトナム株式の反転は早い。その理由は次の5点である。

 1.国内需要の拡大が積極的に訴えられている。「ベトナム製品を買う」という愛国心に訴求する政策はベトナムでは効果的である。
 2.ODA資金が継続して投資される。
 3.賃上げに伴う所得上昇は、国内消費の拡大を後押しする。
 4.それに伴って国内外の流通小売企業の進出と展開が期待される。
 5.上記のロータス社のレポートが指摘するように各企業の決算が出そろい、次に株主総会が開催される。それによって企業の悪材料が出尽くす。
 6.現在の水準が「底値」と判断する外国投資ファンドや個人投資家による株式投資が開始される。

 今後、株価暴落を通して賢明になったベトナム個人投資家の再起に期待したい。短期の投機的な売買ではなく、中長期の安定的な投資行動を取れるかどうか。

 このためにもベトナム国内の投資信託の発展が期待される。その税制上の優遇策によって、株式投資は専門家に委任するという動向が普及することが望まれる。幸いに、それぞれの投資運用会社の運用成績が蓄積されてきている。ちょうど日本の昭和30年代の「投資信託ブーム」の再来がベトナムであっても不思議ではない。

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2009年3月19日 (木)

卒業生に贈る言葉は自らに返ってくる

 神戸ポートピアホテルで3月19日に流通科学大学の卒業式が開催された。

090319_13120001  本年度の卒業生は久しぶりに教員を楽しませてくれた。ハノイの貿易大学でベトナム人学生と「河内音頭」で交流したり、貿易大学ホーチミン市分校では、ベトナム地元資本(チュングエン=コーヒー)のコンビニエンスストアであるG7マートを調査した。さらに卒業生の中の一人が芸能界を目指すと言い出したり、なかなか個性派ぞろいであった。

 世界同時不況の中で社会人として仕事を始めるのだから、これ以上の最悪の環境はないのだと思う。それだからこそ、新しい発想で思い切った仕事ができる。簡単にあきらめずに090319_13270001 粘り強く目的を追求する。こういった時期には、このような前向きの粘りの発想が必要であろう。

 卒業生の今後の活躍を励ましながら、それに対応して私自身も努力をしたいと思う。こういうことを考える機会をもてることは教員の特権である。これこそが教員冥利である。率直にいって、この幸せの境遇に感謝しなければならない。

 

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2009年3月18日 (水)

カンボジア:マルハン=ジャパン銀行が日本デスクを開設

 本ブログは、すでにカンボジアのマルハン=ジャパン銀行を紹介したが、世界全域のインターネット情報紙である The Daily NNA [Vietnam Edition], March 12, 2009によれば、同行は来年に累積赤字を解消し、黒字転換する見込みで業績は好調ということである。さらに日本デスクを年内に開設するほか、カンボジア進出を検討する企業への相談や許認可手続きのワンストップサービス事業も開始する予定である。

 マルハン=ジャパン銀行の「貸出金利は米ドル建て12~14%で、一般商銀の10~16%どほぼ同じ。現地通貨リエル建ては扱っていない。マルハン銀によると、中央銀行による金利の既定はないという」。

 同行は、カンボジア投資支援について次のように述べている。「カンボジア開発評議会(CDC)を通すと投資御店として関税減免や最長9年の法人税免除はある。しかし、マルハン銀によると、ビジネス業態によっては、CDCの投資恩典を受けられないケースも多く、そうした企業も含め、同行で相談・融資を広く行う」。

 「現在の従業員数は62人で、カンボジア人58人、日本人3人、英国人1人となっている。ATMを本店内に2台設置したが、今のところリテール業務や支店開設の計画はない」。

 「マルハン銀は同国18番目の銀行として昨年5月に開業。日本企業の銀行業進出第1号だった。資本金2500万米ドルで85%をマルハン、残り15%を地場が出資。資本金では開業時点で5位の規模だ」。

 「現在、中銀に認可済みもしくは進出表明の商業銀行は27行。しかし、昨年末には新規設立銀行には最低資本金を1,300万米ドルから3,900万米ドルに引き上げ、既存行も来年までの引き上げを求めている。マルハンは増資する計画だが、同国の銀行業は今後、淘汰が進みそうだ」。さらにNNAの報道によれば、SBIホールディングスも昨年9月に「プノンペン商業銀行」(資本金:1,500万米ドル。現代スイス:57%、SBI:40%)の営業を開始したが、日本人スタッフはいないそうである。

 以上、NNAの記事を紹介した。アンコールワット遺跡の観光のみならず、カンボジアに大きなビジネスチャンスがあることを指摘しておきたい。

 

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2009年3月17日 (火)

華南の次は雲南に注目:中国の南下政策と新たな対応

 メコン流域国と言えば、今回の訪問国であるベトナム・ラオス・カンボジア3カ国にタイと中国(雲南省)を加えなければならない。このような視野から日本企業の東アジア戦略の策定が求められる。これが今回の調査旅行の成果である。

 日本企業のベトナム進出という観点から見て、ベトナム北部ハノイの経済発展に貢献したとみなされるのは住友商事のタンロン工業団地とキャノンの進出であった。このことは、ベトナム北部と中国華南を経済的に結ぶ契機となった。広州とハノイの間を原材料部品と組み立て完成品が往復する陸路が開発された。

 これに対して雲南省の南下政策が顕著になってきている。これまで中国製品がベトナム・ミャンマー・ラオス北部に大量に流入していた。10年ほど前のミャンマーの首都ヤンゴンの日用品や食料品は中国製があふれていた。これは、中国の雲南省からの商品の流入であり、それを中国は国境貿易と呼んでいる。

 また同時期で私がハノイ滞在中の1998年も中国製品がハノイで氾濫していた。私のホテルの受付のランさんのお父さんは、トラック運転手で中国国境からハノイに荷物輸送をしていた。「私の父は国境貿易をしている」。確か、こんなことを言っていたことを思い出す。

 これらは単なる貿易の話であるが、今日では、中国の南下政策という戦略的な意図を感じる。なぜならラオスに対する中国浸透が最近に顕著になっているからである。ラオス北部は中国一色という話も聞く。次は、この実態を調査したいという好奇心が湧くほどだ。

 雲南省は中国内陸部であり、そこから中国沿岸部までの陸路は原材料の輸入や生産物の輸出にとって容易でない。そうなれば当然、ベトナムやラオスを通した陸上交通の発展が期待される。中国・雲南省の経済発展にとってメコン川流域国との緊密が関係が不可欠な状況がある。

 この観点から、ベトナムのみならず、ラオス・カンボジアさらにミャンマーにとって中国の雲南省の経済的な関係を重視しなければならない。中国の影響力の増大を甘受するのか、中国との共存関係を発展させるのか。これらの国々は、超大国である中国に対して、この問題に直面している。

 もちろん後者が望ましいのであって、そのためには中国の広州との関係から雲南省との関係に視点を移行したビジネスモデルが、日本企業においても検討されてよい。アジアにおけるもう一つの超大国である日本が、雲南省の南下政策とベトナム・ラオスカンボジアの間のビジネスに布石を打つことが期待される。

 先日に提案したベトナムのイエンバイ省の工場進出は、その一つのアイデアである。またラオスにおける企業進出も、このような大きな視野から捉え直す必要もある。

 

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2009年3月16日 (月)

ベトナム人JICA研修生のホームビジット:飲み会の開催

 昨日の日曜日、JICA大阪国際センターで研修・滞在中のベトナム人実務家10名が、ホームビジットということで拙宅を訪問してくれた。これら10名は、ハノイとホーチミン市にあるVJCC(ベトナム日本人材協力センター)で研修を受けた成績優秀者である。

Dsc02577  拙宅訪問は恒例行事になってきて、それが私にとって楽しみになっている。何と言っても、ビールとワインと日本酒をガバガバ自宅で公認で飲めるのだから、これは止められん。もっとも食事の準備をする妻には申し訳ないのだが、これを好機にして私は3S(整理・整頓・清掃)活動を実践しているので、少しは許してもらっている。いつもお世話になっている神戸大学大学院のベトナム人学生も招待した。総勢で19名の来客である。

 すでに3月11日に1日をかけて私は研修生に講義したが、その印象を研修生のカインさんが語ってくれた。「先生の講義で、なぜベトナムが急がなければならないかがよく分かった」。これは嬉しい反応である。私の講義の意図を理解してくれている。

Dsc02574  たとえば品質改善の基本である5Sの実践は、その必要性をどの企業も理解できているが、なかなか実施・定着できない。日本人コンサルタントが指導してくれている間はできるが、そうでないと、しばらくして元に戻る。どうすればよいのだろう。真面目な経営者ほど悩みは大きい。

 私は、やはり経営者の強い信念や情熱が必要だと思う。そのためには、そうしなければならない状況を説明する必要がある。このままでは、ベトナムが中国に原材料部品を依存する不安定な経済構造になってしまう。2015年のアセアン共同体の成立まで時間がない。すそ野産業の育成は、ベトナムの緊急重点政策である。しかし、その実現に時間がかかる。だから、急がなければ間に合わない。

Dsc02580  このような話を講義では具体例を交えて話した。1998年のハノイ滞在時に購入した中国製自転車の実話は説得力があった。ブレーキが効かない。ドライバーでねじを締めるとビスが壊れる。製品の性能は部品で決まる。高品質の部品生産は製造業の基本である。ベトナム製造業の発展は、すそ野産業の今後の発展に依存している。この自転車の話は、どのベトナム人も自分でも経験したことで納得してくれる。

 3月24日に研修成果の発表会がある。ベトナム人10名の成長に期待したい。日本の貴重なODA予算での研修である。しっかりした決意をもって帰国してほしいと切望している。それが日本とベトナムの経済交流の発展にも貢献する。

 この意味で、私は日本企業が本気でベトナムに取り組むことを勧めたい。日本経済成長のパートナーとしてベトナムを選択するのである。日本のODAの推移や、先日の皇太子殿下のベトナム訪問を考えれば、ベトナムを選択して間違いないと思われる。この時代の流れを多くの日本人経営者に理解してほしいと思う。

 

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2009年3月15日 (日)

カンボジア証券取引所の開設の日程はどうなるか?

 カンボジアの証券取引所は当初、2009年9月9日の開設予定で準備が進められ、証券取引法も国会を通過し、現在は施行細則を詰めておりいる。また証券取引実務のカンボジア人研修も進展中である。

 それが昨年夏には、やや延期され2009年末と言われていた。その後に世界同時不況が発生した。カンボジア証券取引所を支援していた韓国は、それに伴って通貨が暴落した。

 すでに現地法人や駐在員事務所を設置していた韓国証券会社にしてみれば、2009年年末に証券取引所が開設されたとしても、その時点での投資資金を韓国内で集めることは困難という見方をしていると想像される。

 このような状況に対応するかのように、プノンペン消息筋によれば、フンセン首相は必ずしも2009年年末の開設にこだわらないという見解を示したそうである。これは2010年、世界同時不況の回復の程度に応じた証券取引所の開設という予想が成り立つ。

 他方、隣国ラオスでは、2010年10月10日の証券取引所の開設予定は不変であるから、こうなるとカンボジアとラオスの連続開設というような事態になる可能性もある。しかし両国ともに韓国証券取引所が支援しているのだから、韓国からの投資の状況に依存する問題であるかもしれない。カンボジアが遅れると、それに続いてラオスも遅れるということである。

 世界同時不況は、そもそも外国に開かれた証券市場をもたないカンボジアやラオスにとっては最も影響が少ないはずである。今後の展開に注目をしたいと思う。

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2009年3月14日 (土)

カンボジアのマルハン=ジャパン銀行を訪問(2):プライベート=バンクキング=サービス業務の展開

 カンボジアで出版されている月刊誌 SOUTH EASTERN GLOBE がある。同誌はカンボジア・ラオス・タイ・ベトナムを対象にした英文雑誌で私はホーチミン市の書店で買った。

 同誌の2009年2月号(FEBRUARY 2009、p.37)にマルハン=ジャパン銀行の広告が掲載されている。「マルハン=ジャパン銀行はプライベート=バンキング=サービスを開始しています。それは、カンボジアで最初の日本の商業銀行が提供するカスタマイズされた資産管理サービスです。」

Dsc02452  カンボジアに対する最大級のODA供与国である日本の銀行である。この日本というブランドイメージは、カンボジア人富裕層に対して強い訴求効果をもつと想像される。このサービスを利用する最低預金額は2万ドルである。

 写真は、このサービスを利用する顧客専用のフロアーである。ゆDsc02453 っくり飲み物を飲みながらテレビを見たり、雑誌を読んだりできる。このような余裕を感じさせる雰囲気の中で資産運用の相談ができるようになっている。カンボジア人スタッフ3名の優しい笑顔に迎えられて、日本仕込みの細かい気配りの会話とサービスを楽しむ。これは最高の気分だろうと想像できる。

 先日紹介した「カムコーシティ」のアパートの最上階に住んで、マルハン=ジャパン銀行でプライベートな資産管理の相談をする。運転手付きの自動車でゴルフやスイミングを楽しむ。日本なら夢のような富裕層の生活が、カンボジアでなら庶民の手の届く範囲にある。これで最新の病院施設があれば、カンボジア永住を考える日本人がいても不思議でない。韓国のカンボジア投資が活発であった理由は、同様のことを韓国人も考えたからかもしれないと思った。

 カンボジアの主要銀行には次の特徴がある。①Cambodian Public Bank:一般的なビジネスで評価が高い。②ACLEDA Bank:マイクロファイナンス(小口融資)が得意。たとえば20ドルからの融資もしている。全国に多数の店舗を持ち、さらにラオスにも支店がある。③ANZ Royal Bank:国際標準の銀行でATMを多数展開している。このような既存銀行に対して、マルハン=ジャパン銀行のプライベート銀行の戦略は的確な差別化戦略であると評価できる。

flairflair:カンボジアの以下のビジネス英文雑誌でも、上記の3行を紹介している。
Economic Today:Cambodia’s Business Magazine, Special Issue, Januaryv2009, p.25.

 ベトナムやラオスに比較してカンボジアは金融取引の自由度が極めて高い。そうであるからこそ各銀行における独自戦略の採用は容易である。証券取引所の開設準備が進む中で、それぞれの銀行自身の上場や銀行の証券業務の関与が注目される。なお、私の理解の範囲では、カンボジアにおいてユニバーサルバンク制度は採用していない。

 以上、カンボジアにおける日本初の商業銀行であるマルハン=ジャパン銀行の健闘を期待したい。

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2009年3月13日 (金)

カンボジアのマルハンジャパン銀行を訪問(1):銀行は銀行

 先週のプノンペン滞在中にマルハン=ジャパン銀行を訪問した。親会社のマルハンは日本では「パチンコ最大手」企業として有名である。

 マルハンジャパン銀行は2008年5月22日にカンボジアで設立された。その設立の経緯や概要は次を参照。http://www.maruhanjapanbank.com/

Dsc02455_2  もう20年ほど前であるが、私は大阪に本社があるパチンコ会社の人事部長の方と親しくしていただいていた。人事部長としてのお話は今でも記憶に残っている。「射幸的なゲームのお金を扱う会社であるからこそ、顧客の信用が第一である。そのためには従業員の人材育成や社内規則を厳格にしなければならない。また顧客の拡大や業界の地位向上のためにも、パチンコ店のイメージを女性にも入りやすいように向上させなければならない」。私は納得できた。

 その頃から今まで私はパチンコを止めている。大学院の学生時代に1日で2万円をパチンコ店に「寄付」したことが契機である。そうだからと言ってパチンコ会社を恨みはないし、さらに偏見もない。

 そのパチンコ会社のマルハンがカンボジアで銀行を設立した。今回の訪問では日本人の宮内さん(Comptroller:コントローラー)・田鹿さん(General Secretary:総務部長)・山下さん(Service Quality Manager:サービス改善部長)に親切に対応していただいた(注:役職名の邦訳が不適当かもしれません)。

 私の率直な印象は「銀行は銀行」ということである。その銀行の設立母体とは無関係に銀行は銀行としての役割を普通に果たしているという意味である。

 これは「大学は大学」ということと類似している。私の勤務先の流通科学大学は設立当初から「ダイエーの大学」と言われてきた。何か特殊な大学と思われがちであったが、あくまでも「大学は大学」である。もちろん流通マーケティングを専門にする大学であるとか、「実学」志向という特徴はある。しかし大学は大学である。普通の大学である。このような経験をしているので、マルハンジャパン銀行に私は違和感をもたなかった。

Dsc01177_3  同行では、米ドル定期預金金利が1か月で3.75%~6ヶ月で7%である(2009年2月27日時点)。超低金利の日本から見て、これは注目である。口座開設のためには、パスポートと運転免許証を提示する。必要最低預金額は普通預金で100ドル、上記の定期預金で2000ドルである。カンボジア観光の記念として預金される日本人もいると宮内さんは話されていた。ただし1年以上の預金の動きがないと口座管理料が必要である。定期預金の利息に対してカンボジア居住者は6%、非居住者は14%の税金がかかる。詳細は同行の資料を参照してほしい。

 カンボジアの金融市場は自由度が高い。カンボジアの高金利で預金し、その資金をベトナム株式に投資することも可能である。またカンボジアから日本までの送金は、カンボジア在住の日本人によれば、わずか2日である。外国送金だからと言って特に書類を要求されることもない。この金融の自由度は、ベトナムやラオスにはないカンボジアの最大の魅力である。

 現在、いずれのカンボジアの銀行も預金集めに躍起となっている。すでに紹介しているように、世界同時不況と同時に、特にカンボジアの主要投資国であった韓国が経済不振であるから、資金の流通が停滞している。不動産に対する投機的な資金の流入も止まった。

 マルハンジャパン銀行よりも高金利のカンボジア銀行があると聞こえているが、何と言っても日本の銀行である。日本語が使えることは安心である。なお、このマルハン銀行に隣接してカムコーバンクが立地している。先日に紹介した新都心「カムコーシティ」開発のメインバンクの韓国系銀行である。(以下、続く)

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2009年3月12日 (木)

ミャンマー製サンダルがカンボジアで大ヒット:次に日本でブームになる・・・

 カンボジアのプノンペンでお世話になっている石原さんにお目にかかった。一緒にプノンペ ン経Dsc00554_3済特区の見学をさせていただいたりした。

 この石原さんのお店で、ミャンマー製のスリッパを買った。カンボジアに年間5万足を輸入されているそうである。カンボジアでの大ヒット商品となっている。

 そのデザインと品質が抜群である。すべて手作りで、様々なデザインや素材の中には牛革製もある。こんなスリッパは日本で見たことない。

Dsc02518_2  写真のスリッパ3足は、左が牛革製。長く履いていると風合いが出てくるのではないか。真ん中の表面は布製。右は女性用で小さな花柄の飾りがポイント。裏はいずれも生ゴムであり、やや重い感じがするが、その方が歩きやすい。ビーチサンダルと同様のデザインであるが、そのような安っぽさはない。また「雪駄(せった)」のような大げささもない。

 数年前にベトナムの女性向けサンダルが流行したことがあったが、おそらく近い将来に、このスリッパがブームになる予感がする。丈夫でオシャレ。しかも入手困難だから希少性が高い。デザインは豊富。以前のベトナム製サンダルは女性だけだったが、このスリッパは男性・女性を問わない品揃えである。

 ミャンマー製サンダルをカンボジアで大ヒットさせた日本人。こんな日本人は皆無だ、私にとって石原さんはアジアビジネスの大先輩である。石原さんの子どもさんはミャンマーの日本語学校に通っておられて、カンボジアとミャンマーを何度も往復されている。まさにアジア最先端の国々を結ぶビジネスである。

 ミャンマーのお土産としてカンボジアにスリッパを持って帰ったことが大ヒットのきっかけだそうである。そのお土産が好評で、私も欲しいというカンボジア人が多数でてくる。海外旅行でのお土産の購入は私を含めて日本人は大好きだが、それがビジネスにもつながる。

 

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2009年3月11日 (水)

ロータス投資運用会社が増資成功:有限会社から株式会社となる

 昨日3月10日にハノイのソン会長から連絡があり、ベトナム国家証券委員会(SSC)はロータス証券ファンド投資運用会社に新しい認可証を交付した。

 証券取引法の新しい施行細則によって、投資運用会社の最低資本金が引き上げられており、その要請に応えるために同社は増資をしなければならなかった。また、それに伴って有限会社から株式会社に転換することが計画されていた。

 今回のSSCの認可によって、ロータス社は資本金50億ドンから250億ドン(約147万米ドル:1米ドル=17000ドン)の株式会社となった。

 同社の顧問として私は、昨年末から増資の引き受け先を求めて全力で奔走したが、日本で全額は集まらず、結局はベトナム側で全額を増資し、その後に店頭(OTC)市場で日本側の増資希望に対応することになった。

 同社におけるファンドマネージャーを兼務するタイ社長の運用成績は、同業他社の運用成績を上回っており、それは広くベトナムでも知られている。その高い評価が増資の成功につながったと思われる。それにしても、ベトナムの資金力は日本以上である。

 昨日のJICA主催のベトナム人ビジネス研修においても、何もしないでも売り上げが伸びて、それに社内体制が追いついていないという課題を提起する経営者がいた。このベトナムの成長力を日本企業も共有できる仕組みを作れるかどうか。これは日本企業の課題でもある。

 以上、成長する国の「勢い」を実感する貴重な体験ができた。ロータス社の今後の発展を引き続き応援したいと思う。なお、ロータス社の英語の社名は、Lotus Investment Management Company(略称:LotusIMC)であり、日本名はロータス投資運用会社となった。有限会社時代の長い名前から簡素になった。

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2009年3月10日 (火)

早朝に帰国:午後にベトナム研修講師

 本日3月10日早朝に関西空港に着いた。ホーチミン市の空港では、そのままハノイに帰ろうかと思ったほどだが、日本で仕事が待っている。3月末に締め切りの原稿がある。これを私は「本土決戦」と自称している。これ以上もう後がない・・・。

 ただし午後に、(財)太平洋人材交流センター(PREX)が実施機関となっているJICA主催の「ベトナム日本センターベトナム実務研修」の講師の仕事があった。この仕事は、VJCC(ベトナム日本人材協力センター)のハノイとホーチミン市のビジネスコース受講生のベトナム人実務家10名が日本企業10数社を訪問し、そこから企業理念や生産管理の手法を学ぶという趣旨である。

 日本政府の支援として大きなテーマはベトナムの「すそ野産業」の育成であるが、個々の企業では国際競争力の強化が目標である。生産性向上・品質改善・コスト削減・短納期・アフターサービスなど日本企業の蓄積した経験が、ベトナム企業の教訓と参考になれば幸いである。

 ただ知識を得るだけでなく、それに基づいて自分の企業を変革することを念頭においてほしい。日本で学んだ知識を応用する。この応用のお手伝いを少しでもできれば、この研修は成功である。帰国後は実践あるのみ。言い訳は不要。自分の会社の何を変えるのか。この厳しさが求められている。それは、日本国民のODAを見る眼も厳しくなっている反映でもある。

 私の今日の講義は、このような内容であった。来日後の最初の講義であるから、決意表明のようなことを研修生にも話してもらった。それによって研修生の個別テーマが明確に設定されることが目的である。明日は、日本企業の現状とベトナム企業の課題と解決策について講義する予定である。

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2009年3月 9日 (月)

どうした? 味の変わったハノイビール

 ハノイを訪問すれば、私は必ずハノイビールを飲む。ベトナムでは珍しく「苦み」のあるビールだったからだ。今回、このハノイビールの味が明らかに変わっていた。少し水っぽい味になった。あの「苦み」がなくなったらガッカリである。このことをベトナム人に話すと「その通りだ」という。私だけの「味違い」ではない。

 原材料の価格高騰が原因なのであろうか。販売価格を維持するために品質を劣化させているとすれば、それはブランド価値を下落させる。生産性の向上や人件費の抑制によって原材料コストの上昇を吸収するべきなのである。

 私が1998年に滞在していたハノイのミニホテル(Ngoc Linh Hotel)に、このハノイビールの技術指導をしていたドイツ人が滞在していた。さらに親友のハウ氏の自宅がハノイビールの工場の近くにあり、彼もハノイビールのファンであるということも私の「こだわり」の理由である。

 初めて私がベトナム訪問した1994年には「ハリダ」が発売された。これは女性社長が有名で、その缶ビールの開口部の部品は日本の総合商社が輸入していたと記憶している。ベトナムのビールと言えば、333(バーバーバー)の銘柄が有名だが、私は上記のハノイビールやBIGI(ビジ)が好きだ。このハノイビールの味が変わったので、最後の楽しみは、ホーチミン市で売られているBIGIなのだが、これも最近は見なくなった。

 こうなDsc00531れば、ハイネッケンタイガーにしようということになる。ベトナムのビール市場は乱戦・混線状態である。ビール会社で上場している会社もあるので、この詳細な業界分析が必要である。確か、ベトナムの有力証券会社FPTS(有名なIT会社FPTのグループ会社)が発行する会社レポートの中にビール業界の分析が含まれていた。別途に紹介する。

Dsc08564  さてラオスに目を転じれば、ラオスビールが健在である。同社の社長のキッサナ氏はラオス国立商工会議所の会長であるが、ビジネス界の代表として政府に対して積極的な政策提言や批判をしている。このラオスビールの味は不変であった。この生ビールは最高である。

 こDsc02502こカンボジアでは、アンコールビールが最高である。当然、生ビールが美味しい。ともかく地元のビールが美味しいに決まっている。以前にラオスビールを日本で飲んでみたが、どうも美味しくない。要するに味覚は、その時の気候や気分に大きく影響を受けるのだと思う。ご当地ビールは美味しいという先入観が味覚に影響する。

 そのカンボジアでアサヒビールのスーパードライが発売されている。値段は0.6ドル。ハDsc01197 イネッケンなど輸入ビールが1.2ドル、アンコールビアが0.7ドルである。ベトナムのビールは0.55ドル。このコンビニはSAKURA MINI Martである。このスーパードライは、日本の技術指導の下に製造されたカンボジア国産ビールである。

 この味が、アンコールビールにはない苦みのある味である。やはり値段が同じならスーパードライを買ってしまいそうな魅力である。ビールの輸入関税は農産物と同じ扱いであるとラオスで聞いた。この点でラオスビールは保護されているが、逆にラオスビールの輸出には障害になる。

 カンボジアはWTO加盟国であり、さらにAFTA(アセアン自由貿易協定)を考慮すれば、カンボジア製のスーパードライが、近い将来にベトナムやラオスに輸出・販売されても不思議でない。その価格も国内ビールと同程度となるはずである。

 それにしても、関西空港のラウンジでの生ビールから始まり、ベトナム・ラオス・カンボジアのビールを飲み続ける。この楽しみは仕事の疲れを忘れさせてくれる。

 

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2009年3月 8日 (日)

カンボジア日本人材開発センター訪問:「日本留学フェア」の開催

 JICA(独立行政法人・国際協力機構)が設置・運営を支援している「カンボジア日本人材開発センター(CJCC)」(http://japancenter.jica.go.jp/)の日本側の佐々木チーフアドバオザー(日本側所長)を訪問した。友人のイングレン氏も同席していたので英語で面談した。

 一人でも外国人が混じっていれば、日本人の間であっても共通言語(通常は英語)で話すことは常識である。これは、私がラオスJICA専門家であった2001年に学んだ。「ああそうなんだ」と思った。Dsc06276_2 このことを学生に説明しても、日本人学生の間では日本語で話すことが多い。こういったマナーもしくはエチケットを大学生は学んでほしい。また大学時代に、そういった機会が多数提供されなければならない。。

 さて、このCJCCで2008年11月30日に「日本留学フェア:カンボジア2008」が開催された。通常の「日本留学フェア」は世界各地で独立行政法人・日本学生支援機構(JASSO)(http://www.jasso.go.jp/)が主催しているが、カンボジアではJICAが主催し、JASSOを招待する開催であった。そのプログラムの概要は次の通りであった。

日本留学フェア:カンボジア2008(Studying-in-Japan Fair in Cambodia 2008) 2008年11月30日 開場:CJCC

・主催:JICA
・共催:プノンペン王立大学・CJCC・カンボジア日本大使館
・後援:JASSO・カンボジア日本同窓会

・プログラム
8:15~ 開場
8:30~8:40 開会の辞
8:40~9:00 カンボジア学生に利用できる奨学金制度の紹介
9:00~9:30 日本留学制度の説明  
9:30~12:20 参加大学による大学案内
 (10:30~10:50 コーヒーブレイク)
12:20~12:30 閉会の辞
12:30~12:50 九州大学オーケストラの演奏
12:50~17:00 各大学ブースにおける個別相談

・参加大学(全10大学)
立命館大学(立命館アジア太平洋大学)・名古屋大学・早稲田大学・神戸学院大学・九州大学・国際大学(大学院大学)・東海大学・広島大学・山口大学・筑波大学

Dsc06279_2  カンボジアで日本語を学ぶ学生は全部で5千人と言われているが、この日本留学フェアには、その10分の1である500人が参加した。簡単に言って「スゴイ人気」だ。CJCCの講義室から人が溢れるほどの盛況だったそうである。また九州大学交響楽団から学生数名が参加して管弦楽演奏も披露され大好評であった。

 若いカンボジア人の日本に向ける思いは熱い。さらにCJCCは、カンボジアの最高学府であるプノンペン王立大学内に設置されている。またCJCCには日本語コースとビジネスコースが設置されているが、同大学の中には経済学部や経営学部が含まれていないので、特にビジネスコースの存在感が発揮できるという特徴がある。

 注:カンボジアにおける経済・経営に関する教育は、別途に国立大学が設立されている。おそらく学術と実務を区別する意図があるのではないか? なおラオス国立大学内には経済経営学部がJICA支援の下に設立されている。

 カンボジア進出の日本企業はラオスよりも少ないが、その数が増えれば、ますます日本に対する関心も高まるであろう。それに対応して、日本の大学におけるカンボジア人留学生の増加が期待される。また人材育成ことが経済社会発展の基本であることは,カンボジア政府も十分に認識している。

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2009年3月 7日 (土)

プノンペン新都心の将来性:カムコーシティの魅力的な分譲価格

 プノンペン新都市開発として韓国企業がCAMKO CITY(カムコーシティ)の看板をプノンペン市内に建てたのは2年ほど前ではなかったかと思う。昨年からの韓国経済の危機は、その計画の続行を危うくしているのではないかと想像された。

 事実、このブログ(2008年2月26日)で紹介したGOLD TOWER 42という42階建ての高層アパートは韓国企業の開発であるが、その建設は中断しているように思われた。

Dsc02460_2  しかし今回に訪問したカムコーシティの開発は継続中であった。以下のウェブサイトを参照してほしい。このサイトの直近の更新が、2009年2月28日。最新の建設状況が掲載されている。同プロジェクトの健在ぶりが誇示されている。www.worldcitycambodia.com

 昨年2月の訪問時には、カンボジア証券取引所が開設される場所が、当初はカンボジアで最大の資産量を誇るカナディア銀行の新本社ビルと言われていたが、それがカムコーシティに変更されたという噂があった。

Dsc02501  今回の訪問で、その変更が確定されたことを聞かされた。カンコーシティのビジネスゾーンの一角に建設予定という説明があった。(注:このカナディア銀行の新本社ビルも建設中であり、おそらく前述の42階建てのアパートが建設されなければ、カンボジア最高層ビルになるのだと想像される。)

 証券取引所の開設予定の新都市開発が中断するはずはないと私は思っていたが、実際に訪問して、その建設現場の活況に圧倒された。また第1次開発におけるアパート(コンドミニアムもしくはマンション)が分譲中であった。

Dsc02492  そのショウルームを訪問し、モデルルームを見学した。その価格は以下の通りである。念のために確認したが、「カンボジア政府高官でも定価販売です」という返事があった。当然の返事だけれども、汚職防止の世論は高まっている。また韓国経済の危機はあるけれども、この都市開発はカンボジアで設立された韓国銀行カンコーバンクが資金面を担当している。グループ内銀行があるからこそ、資金枯渇の危機が少ないとみなされる。

  ベッドルーム数 専有面積(㎡) 価格(米ドル)
(1) 3       148.39    184,047~203,245
(2) 4       224.5      完売
(3) 2       118.2     149.139~161,794
(4) 2       113.79    143,575~156,278

 ここでの注目は、最も広い最も高い(2)タイプのが完売していることである。階段を上るメゾネットタイプである。これは、おそらく賃貸用アパートにするための投資物件であると思われる。家族同伴の外国人駐在員に毎月2000ドルで貸せば、1年間で投資回収できる。これは魅力の不動産投資である。

Dsc02497_2  前述のゴールドタワー42の販売価格が、1年前で専有面積170㎡、共有面積50㎡、合計230㎡で30万ドル台であったから、かなり割安である。もっともカンコーシティの立地がプノンペン市中心部から自動車で20分ほどである。しかし、ここにビジネスセンターが開発され、そこにカンボジア証券取引所が設置されるなら、その将来性は十分である。

 海外不動産投資においては、念のために注意しておくと、管理費や税金などの確認をしなければならない。また建築物の耐用年数や紛争処理などは日本の常識とは異なる。また、すべての都市計画が完成するDsc02488 までには、おそらく10年以上を要するであろう。もちろん外国人の不動産所有の一般的な制約も存在する。ただしベトナムやラオスのように禁止されてはいないはずである。

 ベトナムのホーチミン市の「サイゴンサウス」のアパートでは、開発当初の周辺に何もなかった2000年当時で購入価格5万ドルの物件が、現在では20万ドルに上昇した。この夢をカンボジアで再び見ることができるかどうか。韓国の経済危機を「好機」にして日本から韓国への「お買い物」ブームであるが、このカンボジアでも韓国企業からの「お買い得品」が発売されていると考えられないこともない。

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2009年3月 6日 (金)

プノンペンのPHO 24:これがカンボジアの味か・・・

 私の宿泊しているアーモンドホテルから徒歩数分でプノンペンセンターである。このセンター内には大学や経済研究所があり、ビジネスオフィスもある。またベトナム在住の板野さん所有の日本料理店「おはん」があった(現在は閉店)。

Dsc02472  このセンターの外に並ぶ店舗にPHO 24を発見した。ベトナム全国にフランチャイズ展開しているフォー(米麺)の店である。マレーシアが出資しており、ベトナムから海外展開を進めている。そのカンボジア2店舗の中の1店で食事した。店の前にトヨタのランドクルーザーが乗り付けており、しばらく見ていると、それはテイクアウトのお客であった。この風景はベトナムでは見られないように思う。

 テーブルには唐辛子・香味野菜・タマネギスライスなどが最初に並べられベトナムと同じスタイルである。その味に期待していたが、ます第一印象はスープの色が濃い。嫌な予感がしたが、やはり的中。味が濃すぎる。また人工調味料の大量使用というような懸念もあった。この味はカンボジア風なのだと思う。そう言えば、今回もお世話になっている馴染みの運転手トーチ氏も食事の時に濃い味付けを好んでいたことを思い出した。

Dsc02475  また店舗のレイアウトもベトナムと違う。このPHO 24は、日本のラーメンチェーン店と同様にカウンター席が似合っている。通常のレストランのような座席のレイアウトでファーストフードに属するフォーを食べないと思う。ちょっと違和感がある。真ん中の席に座ったお客は落ち着かない。店の間口が広いだけに、どうも安定感のない店になっている。

 事実、ベトナム料理レストランのPHO 24と看板を出しながら、カンボジア料理も出している。フランチャイズ加盟店としてカンボジア流にメニューを修正していると考えれば納得できる。私は、フォー以外にゴイクンの味を試してみたかったが、それはメニューになかった。もっとベトナム料理を強調するか、またはフォーを中心の店にして小さい店舗にすればよかったのではないか?

Dsc02477  ベトナムで大成功しているPHO 24が、果たしてカンボジアで成功するか?。値段は2.90米ドル。ベトナムに比べて高い。カンボジアの中でも割高。午後5時頃の店には若い男女と若い女性のカップル2組が来店していた。少し値段は高くてもオシャレなフォーの店としてベトナムで成功したPHO 24であるが、果たしてカンボジアではどうか? その回答のためには、しばらく観察する必要があると思われた。

 これは研究テーマとして十分に価値がある。カンボジアとベトナム両国の消費者行動や店舗展開の比較分析である。私に時間があれば、私自身が取り組みたいテーマだ。

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カンボジアにやって来た

 4日にラオスからカンボジアに移動した。ラオスでは、メコン川に近いラオ・オーキッドホテルという比較的新しいホテルに宿泊したが、待ち合わせはラオプラザホテルを利用した。ラDsc02435 オプラザの何人かのスタッフは私の名前を覚えてくれている。こうなると値段は高くても次はラオプラザホテルに戻ろうと思ってしまう。

 また、ラオプラザから噴水公園に向かう途中の左側のフォーンパセス・ゲストハウスのマネージャーに偶然に会って、「オー、ミスター上田、学生は来てないのか」と聞かれたりする。学生に同行しての清掃ボランティア活動も今年で7回目である。学生は同じゲストハウスを利用しているから、毎度おなじみの固定客である。

 カンボジアでは、これまで決まったホテルがない。インターネットの円滑な使用が私の最低条件なのだが、適当なところが見つからなかった。今回のアーモンドホテルは、無線LANが円滑に使用できて問題ない。ラオスのラオ・オーキッドホテルも無線LANであるが、時間帯によって通信が弱い場合もあり、少し不自由があった。もちろんラオプラザホテルやプノンペンで昨年宿泊したインターコンティネンタルホテルのような5☆クラスなら問題ない。

 カンボジアでは、CJCC(カンボジア日本人材協力センター)を必ず訪問している。そのビジネスコース担当のイングレン氏が親友である。縫製企業の訪問先を紹介してもらったことがDsc02441 縁になっている。2003年のカンボジア初訪問時には、JETRO駐在員事務所の中根さんにお世話になった。また丸紅の松下さんにも親しくしていただいた。中根さんや松下さんがカンボジアでは恩師である。

 今回のカンボジア訪問は6回になる。最初は馴染みのない少し怖い都市であったが、今では普通である。しかし、ベトナムやラオスに比較して未だにピンと来ない国である。やはり長期滞在していないからだろうか。次回から、カンボジアの近況を報告してみよう。

 

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2009年3月 5日 (木)

フランス政府の人材育成:ハノイで研究方法セミナー

 ラオス国立大学経済経営学部の親しい友人にトンバン准教授とトンペット准教授がいる。この2人は、私の紹介で流通科学大学で短期の研修を受けているし、私の拙宅にも来ている。2001年以来の友人である。

 この2人が現在ハノイに滞在している。ハノイ商業大学で開催されている「研究方法セミナー」に出席するためである(3月2日~13日)。これはフランス政府のODAで開催されており、インドシナ3カ国(ベトナム・ラオス・カンボジア)の研究者を対象にしている。

 使用言語はフランス語であるから、ラオスから2人が選抜されたのだと思う。彼らはベルギー(Dsc02396_2 言語はフランス語)にも留学しており、英語よりもフランス語が堪能である。彼らのフランス語の発音に近い英語は、私にとっては慣れてきて聞き取りやすい。経営管理を講義する学部長のカムルーサ准教授もフランスで博士号を取得しているから、フランス語はできるはずだ。

 それ以外の経済経営学部の教員は、タイ・日本・シンガポール・オーストラリアなどに留学し、基本的に英語ができる。日本に留学して修士号を取得しながら、日本語が十分にできない場合がある。立命館アジア太平洋大学大学院・新潟国際大学大学院・政策研究大学院・早稲田大学大学院などでは、英語で講義が提供されているために日本語能力は必要ない。

Dsc02395a  さて3月1日(日)に、ハノイ出発前のトンバン先生の家族と私のホテルの近くで夕食をご一緒した。先生の奥様はベトナム語が堪能であり、夏休みは毎年のようにベトナム中部ダナン方面に陸路で家族旅行をしている。彼の子どもは12歳。中学2年生である。

 トンバン先生は以前オートバイに乗っていたが、今では韓国製の小型乗用車を所有して運転している。このように間違いなくラオス人の生活は向上している。トンバン先生との交流も私にとってラオスを魅力的な国にしている。

 それにしても、フランス政府のODAによって研究方法のセミナーが開催されるとは、いかにも学術志向のフランスらしい。研究方法を学ぶことは悪くないが、間違いなく日本のODA対象にはならない。日本は応用力や実践力を重視してるとみなされる。

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最先端は規模が小さいのは当たり前

 カンボジアのホテルでNHK衛星放送を見ていると、日本語が多用されている。ベトナムやラオスのホテルで放映されているNHK放送は「NHKワールド」であって、カンボジアのホテルでのNHKとは違うようだ。

 以前のベトナム滞在の経験から言えば、外国向けNHK放送では通常のNHK衛星放送とNHKプレミアムの2放送があった。後者は、大晦日の紅白歌合戦を見ることができるが、前者はダメであった。さらに私が滞在していた1998年当時のハノイのホテル(1☆ホテル)の通常のNHK衛星放送では、やたらに「文字放送」が多かった。

 このNHK衛星放送によれば、表題のような「最先端は規模が小さいのが当たり前」という日本の中小企業経営者の指摘があった。こういう言葉は、ラオスやカンボジアを調査している私にとって激励のように思われた。

 ベトナムビジネス研究に15年以上関係してきて、日本企業の関心度の激増に驚かされる。単純に言って、「ベトナム=貧乏国」はかつての思い出話になっている。ベトナムは着実に成長している。もはやベトナムは最先端ではない。それはカンボジアとラオスに移動している。また、もっと最先端はミャンマーであり、バングラディッシュである。また北朝鮮も最先端とみなされるかもしれない。さらにアフリカ諸国も注目であろう。

 「最先端の研究」。これは自然科学者のみならず、社会科学者にとっても魅力的な言葉である。ラオスとカンボジアを訪問して、そういった魅力を感じている。

 このような発想で言えば、南極ビジネスの研究があってもよいのだが、それが多数の関心を集めようになるまでに私の寿命が尽きるのかもしれない。しかし、これも先入観に囚われているのかもしれない。スーパー最先端の研究対象として、この「南極ビジネス」を提唱しても、おそらく「変人」扱いされるのだと思う。最先端の研究においても、その先端の度合いは「ほどほど」が肝要なのかもしれない。

 このような意味でも、ラオス・カンボジアは適切な「最先端の研究」であると思われる。

 

 

 

 

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最も美味しいラオス料理店は私の家・・・

 今回のラオス訪問では、まったく偶然に関西大学・後藤先生と立命館アジア太平洋大学・Dsc02411_3 夏田先生と部分的にご一緒できた。さらに偶然に拓殖大学の吉野先生ともお目にかかった。春休みは、大学の先生にとって情報収集・研究調査の繁忙期である。

 後藤先生・夏田先生と一緒にラオス国立大学・LJCC(ラオス日本人材協力センター)・ラオス国立商工会議所を訪問した。そしてラオシルク博物館をご案内し、親友のハンサナ氏家族と夕食を共にした。ハンサナ氏は2001年以来の親友である。

 後藤先生と夏田先生は前日に名門ラオス料理店クアラオ(秋篠宮殿下や小渕元首相も食事された)で食事をされたそうであるが、ハンサナ氏奥様と妹様の夕食は、それよりも美味しいと言っていただいた。これは、まるで自分のことのように嬉しい。

 ダイエー創業者の故・中内功氏夫妻もハンサナ氏邸をご案内して、中内氏の葬儀時にはハンサナ氏から私宛に弔電のメールが届いた。ハンサナ氏が私に親しみを感じてくれるとすれば、それは故・中内氏の偉業があってこそである。彼は、私を誤解しているのかもしれない。そうであるとしても、ハンサナ氏との交流は8年目になった。

 ハンサナ氏の奥様の出身地はシェンクワン県であるから、彼女の料理もシェンクワン料理である。そもそもラオス料理は野菜が豊富である。薬膳料理と言ってもよい。そういう国だからこそ日本からツムラ(http://www.tsumura.co.jp/)がラオスで漢方薬の製造を始めている。

 今回も、コレステロールを下げると言われる小さな実がブツブツと付いた野菜(正直に言えDsc02415_2 ば「草」である)、胡麻付きビーフジャーキー、キノコを漬け込んだラオラーオ(ラオス焼酎:原材料は餅米100%)などを楽しく賞味させていただいた。その中でも初めては、写真の料理である。直感的に幼虫系の料理だとわかったが、それは蟻の幼虫であった。かつての日本人も蜂の巣の中の幼虫は栄養価の高い珍味として食していたから、ラオスで蟻の幼虫を食べたからと言って特に不思議ではない。

 こういう場合、私は何も考えないことにしている。通常も何も考えていない私であるから、食Dsc02420 べる料理も考えない。美味しければよい。また珍味であればよい。もっとも気持ち悪くなる味は遠慮したいが、これまでに遭遇していない。ベトナムの海老の塩辛やチュンベットロン(孵化直前のアヒルの卵)、ラオスのワットプーの船着き場で食べたバッタ系昆虫の串焼き、カンボジアのツバメの串焼きなど、いずれも美味しいとは言えないかもしれないが、珍味であって、けっして気持ちが悪くなるほどまずいということはなかった。これらは、日本のウニ・イカの塩辛・フナ鮨・カニ味噌などに相当する珍味と考えられる。

 ハンサナ氏家族の暖かく長い交流に感謝したいと思う。以前に私が遠慮して食事のお金を払おうとすると、ハンサナ氏の奥様が「あなたは私の家族だから・・・」と言っていただいた。それ以来、何も考えない私はハンサナ氏をラオスの親戚のように思っている。

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2009年3月 4日 (水)

ラオス経済発展の真偽:先入観で判断するな!!

 2001年9月~12月まで私がJICA専門家として働いていたラオス国立大学(NUOL)経済経営学部(FEMB)とラオス日本人材センター(LJCC)を訪問した。

 LJCCでは初代所長の阿部さん、その後の鈴木さん、そして現所長の佐藤さん三代に渡っDsc02427_2 てお世話になっている。佐藤所長からラオス経済の堅調ぶりを説明していただいた。佐藤所長の熱い語りに圧倒された。佐藤所長から頂戴したVientiane Times(Nov.24, 2008)のKPL発表情報によれば、ラオスにおける2008年GDP成長率は7.9%に達する:KPL(Lao News Agency)はラオス政府の情報機関である。中国では「新華社」、ベトナムでは「Vietnam News Agency」に相当する。

 ラオスの計画投資省副大臣・Bounthavy Sisouphanthong氏は、いくつかの困難(世界金融危機、食糧価格の高騰、原油価格上昇、何度かの洪水)をラオスが克服したことを表名している。2008年のGDPは、45兆328億キップ(約5億2千万米ドル超)となり、1人当たりGDPは752万キップ(835米ドル)となる。

 副大臣によれば、インフレーション率が予想よりも2%上回って8%になったが、この数字は管理可能である。ラオスの通貨キップは、米ドルに対して11.45%強くタイバーツに対して11.74%強くなっている。前年2007年は米ドルに対して5.75%強くなったが、タイバーツに対して3.6%弱くなっていた。このことは、ラオス通貨キップの為替は総じて安定しており、約5%の変化であったと結論される。

Dsc02393_2  このようにラオス通貨キップが強くなることについて、本ブログで「オランダ病」ではないかと紹介したが、ラオスの人々は、ラオス在住の日本人も含めて特に心配していないようである。それは輸出の全額が鉱物資源・水力資源だけに起因しているわけではなく、たとえば日本企業についても王子製紙・山喜・ミドリ安全・サンテ・CVC(チョーギン)・丸八真綿などがラオス進出をして操業しているからである。これらの企業の製品は100%輸出である。

 さらに国際観光も、昨年後半の世界同時不況から減少しているものの、欧米人の観光客は私の見る限り増加している。:写真はラオプラザホテル正面の横断幕である。「日本メコン交流年2009」を公示している。このイベントに関連して、私が学生を指導している恒例の「ラオス清掃ボランティア活動」も実施したいと思う。この清掃活動は、2003年に「アセアン交流年」の記念事業に認定された。

 ラオス経済は絶好調。その国民性は周辺国からも愛されており、東南アジア諸国において信頼を徐々に獲得する有望国であると判断される。ラオスの人口が少ないからと言って、その先入観でラオス経済の潜在力を見誤ってはいけない。

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2009年3月 3日 (火)

ラオスの経済発展:韓国からの影響

 ラオス証券取引所が2010年10月10日に開設予定である。その前の2009年末に隣国のカンボジア証券取引所が開設される。多くの日本人投資家は信じられないかもしれないが、これは既定の事実である。両国で証券市場の開設準備は着実に進んでいる。

Dsc02403  この準備を韓国政府と韓国証券取引所が支援している。世界同時不況によって韓国経済は危機的状況であるが、この支援は継続している。それは当然であろう。経済状況が悪いからこそ、より高い収益性のある事業を指向する。

 写真は、ドンチャンパレスホテルである。その右側から手前にかけて緑地のように見えるが、それは今が乾期だからである。雨期に入ると、その緑地が水没してしまう。

 JICA専門家としてラオスに私が滞在していた2001年にも、韓国企業・コ-ラオ(KO LAO)は存在感があった。自動車販売などが主な事業である。そのコアラオが、インドチャイナ銀行を設立した。まず銀行を設立し、おそらく次に証券会社が設立される。このように韓国は着々とラオスでの地位を確立している。

 これに対して日本企業は慎重だ。大手証券会社にとってラオス市場の規模は小さすぎる。他方、中小証券会社にとってラオスは未知の国である。日本の金融機関がラオスに注目しない理由である。

 ラオス政府は今年度の経済成長率を8%と見込んでいるが、それは「根拠のない自信」のように思われる。国際金融機関の予想によれば、その成長率は5~6%である。アジア経済を見渡せば、それでも高い水準である。ベトナムの次にラオスそしてカンボジアが注目である。

 

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2009年3月 2日 (月)

ハノイからビエンチャンに移動:日本人として恥ずかしいこと

 日曜日にハノイからビエンチャン(ラオス)に移動した。ハノイのノイバイ空港でベトナムのDsc02397_3 英字新聞(THAN HNIEN DAILY)に次の記事を見つけた。「日本の人気のない麻生太郎首相は・・・」(同紙、March 1,2009,p.15)。

 またベトナム人の友人からは「日本の政治は無茶苦茶ですね・・・」と言われて、その返す言葉に困った。その責任の一端は、日本国民としての私にもあるからである。どのような政府を選択するかは、すべて国民の責任である。こう言ってしまうと「全員の責任は無責任」ということになってしまって何も変化しない。これまでの日本がそうであった。

 日本がODA資金で最大級の援助をしているベトナムの国民からも、不人気で無茶苦茶と日本政府が評価されている。このことを日本国民なら恥じ入って当然であろう。正直に言って何とかしてほしい。また何とかしなければならない。

 ノイバイ空港で久しぶりに日本の新聞(読売と朝日)を読んだ。総選挙の日程が政局になっており、今後の麻生首相は得意の外交活動で政権を延命したいと考えているとのことであった。しかしながら、この外交活動において「国民に不人気の首相」が、どれだけの影響力を発揮できるのであろうか。他方、そのためにODA資金をばらまいて外交力を発揮する時代でもないと思う。
 
 それなら、今の中国と同じではないか。中国のODAはラオスでも顕著である。日本は、中国とは違った独自の影響力の行使を指向しなければならない。ODA金額の高低を中国と競争する必要はない。もちろん軍事力による外交的な影響力の行使も時代に逆行している。中国が航空母艦を造船するからと言って、それに負けないように日本も航空母艦を所有する必要はない。当面、賛否があるものの、在日米軍が存在している。

 今後の日本の戦略課題のキーワードは「尊敬される日本人」であると私は思う。そのためには政治家のみならず、国民自身の矜恃が必要である。それが日本人としての存在意義である。これは個人個人のイデオロギーもしくは思想の問題ではなく、それ以前の姿勢や態度や生き方の問題である。

 意見や考えの相違はあっても、人間的に尊敬できる人は尊敬できる。他方、意見や考えは同じでも、尊敬できない人は存在する。こういう尊敬できる人間性を養成することが教育の課題であろう。今の日本には、これが問われているのではないか。

 高等教育の現場にいる人間として、自らの課題として対策を具体的に実施しなければと思う。4月の新学期から、こういった問題を学生に分かりやすく語りかけたい。難しい話は学生にとって「ウザイ」だけである。この点に注意だ。

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2009年3月 1日 (日)

「割り箸」の作り方:ベトナムの特性を生かした生産

Dsc02372  イエンバイ市の割り箸工場で割り箸の作業工程を見学した。日本・韓国・台湾(商談中)にも出荷されているが、この工程を見て私は割り箸を粗末に扱えないと思った。典型的な労働集約産業だからである。

 以下、作業工程を紹介する。中国製設備が中国人技術者の指Dsc02332 導によって配置されている。それをハノイ工科大学卒業のベトナム人工場長が改良した。工場長は日系製造企業数社の勤務経験があり、そこから5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾け)の導入と実践や品質管理・労務管理の方法を学んだ。

Dsc02340 (1)原材料の木材を適当な大きさに切断する。
(2)木材を蒸す(熱湯または蒸気)。
(3)木の皮を取り、割り箸の厚さのロール状に薄い木材を巻き取る。
(4)割り箸の原型に切断する。
(5)原型を削って角を丸くする。
Dsc02348 (6)形状を整える。
(7)最終検査する。この後に小袋(はかま)挿入作業をすることもある。
(8)コンテナー用に梱包する。
(9)廃材や不良品を燃料に使用する。

 割り箸の使用は森林破壊になると批判されるが、この工場では破壊ではなく植林による森林再生に配慮している。原材料は菩提である。従業員は160名おり、工場は生産設備の拡大を想定して6,000㎡。工場は拡張中であり、従業員用の食堂を建設予定となっている。平均給与は月額100万ドン。従業員は90%以上が若い未婚女性である。

Dsc02389  写真の左から、①不良品、②割り箸原型、③最終製品の順に並んでいる。①は先が曲がって開いている。②は角張っている。この角を削り取って丸くすれば、完成品③になる。

 作業工程の中における検品は、すべて人間の眼によって行われる。そして③の不良品はナイフや紙ヤスリで補修する。ベルトコンベアーを入れた「流れ作業」ではなく、人間の手渡しによる生産工程が見られた。こういった単純な労働集約的産業では、低コストを徹底するために機械設備は最少が望ましい。減価償却費が利益を圧迫しないように考えるべきである。

 この会社は、けっして日本の企業ではない。外観はコテコテのベトナム企業である。しかし日本企業で学んだベトナム人工場長が、品質管理や作業効率化について日本風の「味付け」をしている。日本企業の模倣ではなく、ベトナム企業の日本風の味付け。これが技術移転の現実なのかもしれない。

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イエンバイ市を訪問:雲南省の海上輸出ルートの中間地点

 ハノイからホン川上流に向けて自動車で片道3時間、イエンバイ(Yen Bai)市の割り箸工場を訪問した。日本ベトナム経済交流センターのハノイ代表ソン氏に同行してもらった。

 イエンバイ省はハノイから170㎞、中国国境のラオカイからも170㎞に位置した山中の都市である。2007年に138㌶の工業団地が造成されたDsc02311_3。日本ベトナム経済交流センターは、このイエンバイ省から日本の友好親善都道府県の紹介を依頼されたが、その後に同省で洪水の被害があり、その話が中断して今日に至っているという経緯がある。

 今、このイエンバイ市が注目である。中国の雲南省からベトナムのハイフォンまでの高速道路が建設されるからである。そうすれば、雲南省からハイフォンまで5~6時間の距離になる。中国内陸部の雲南省から海上輸送を考える場合、中国沿岸から出荷するよりもベトナムのハイフォン港から出荷する方が輸送コストが安い。この中間にイエンバイ省が位置している。

 たとえば次のようなビジネスモデルが想定できる。雲南省から原材料をラオカイを通してイエンバイ省にもって来て、ハノイやホーチミン市よりも安くて定着率の高い労働力を活用して製品を加工生産する。それをハイフォン港から出荷する。

Dsc02317_2  ベトナム国内だけを見ているとイエンバイは山間部の小都市であるが、中国を後背地にした海上物流ルートの中間地点と考えれば、その将来性は大きい。すでにハノイからハイフォン、それにランソンからハノイの国道線の周辺は工場が立地しており、労働力不足も懸念される。これに対してラオカイからハノイのルートは未開拓である。

 そして地方都市であるから、新規の工場設立に対する優遇税制がある。これは外国企業もベトナム企業も同一条件である。5年間の法人税免税措置が適応される

 イエンバイの工業団地に関心の日本企業は、ぜひ日本ベトナム経済交流センターにご連絡をいただきたい。すでに中国に進出していて、現在の沿岸部から内陸部に生産工場の移転を検討している労働集約産業の中小企業は、ベトナムのイエンバイ省の進出も検討されてよい。

 

 

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チューバンアン高校で学生に日本語で挨拶する・・・

Dsc02288  チューバンアン高校は、ハノイ市内の北の西湖に面しており、日本の長谷部建設が開発した外国人用の住居であるココ=インターナショナルの近くである。ハノイ市内にも同じ名前の通りがあるが、場所は違っている。このココ=インターナショナルの開発当初の佐々木社長には、1994年に初めてお目にかかり、その後も何度か訪問させていただいていた。当時では珍しい冷蔵庫で冷やしたビールを飲ませていただいたことが記憶に残っている。佐々木さんに再びお目にかかりたくなった。

Dsc02297  この高校は、かつてのフランス植民地時代の校舎を使っており、ハノイでも3本の指に入る名門高校である。正門の左側の門衛所の前に置かれた大きな太鼓が「ドン」と鳴って、時計を見るとちょうど2時30分であった。次の授業が始まる合図である。その門衛所の右に続いた2㍍ほどの間口は売店になっていて文房具を販売している。

 さてタオ副校長によれば、この9月の入学生は中学校4年間に日本語を勉強している学生が入学してくる。したがって日本語の初学者ではない。これで私は納得できた。初めて外国語を学ぶために週2コマでは少ないからである。教師はベトナム人と日本人の2名であり、日本人は日本大使館が派遣した人だそうである。残念ながら、次の訪問先のために日本人の方にお目にかかれなかった。

 学生総数は1600人。45クラスがある。この中の2クラスが日本語である。このほかに英語・フランス語などのクラスもある。

Dsc02294  この学校は日本からの帰国子女の受け皿にもなっており、家族の都合で日本滞在して日本語が理解できる学生や、1年間の日本留学をした学生が留年して在籍している。高校3年生になって日常会話が話せるというレベルだそうである。ただし日本の大学で講義を受けるための作文や聴解の能力に問題があるかもしれないということであった。

 特別に10分ほどの時間をもらって、日本語クラスの2年生に日本語で挨拶をした。「日本語検定2級に合格してる人は?」と質問すると、男子学生1名の手が挙がった。「テア?」(本当?)と対応すると「笑い」が取れた。2級検定合格またはそれに準じた日本語能力があれば、日本の大学に進学できるから頑張って勉強して下さいと話した。

Dsc02292_3  積極的な女子学生がいて、「先生の大学には奨学金制度がありますか。それは100%ですか」という質問が来た。鋭い質問である。日本留学したくても資金面の不足がある現状を考えれば、奨学金の充実はもちろんのこと、その種類も給付と貸与の2本立てにしたり、民間銀行の低利の学資ローンが普及してもよい。この実現のための障害は、ベトナム側よりも日本側の入国管理の厳しさではないかと思われる。

 教室から出た廊下で質問の女子学生が声を掛けてきて、留学するための具体的な情報はどうやって入手できますかとさらに聞かれた。日本語が非常に上手なので事情を聞くと、松山に小学生まで住んでいたということであった。日本の帰国子女である。

 こういう若いベトナム人の期待と夢に応えるためにも、同じアジアの先進国として日本は責任がある。日本が魅力のある国でなければ、いくら奨学金などを増額しても留学生は増えないであろう。それは学術・研究に限らず、音楽であっても、アニメやゲームであっても、スポーツであってもよい。留学生の「憧れの国」であるための努力をすることは日本人自身の課題である。

 

 

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