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2009年2月19日 (木)

経済収縮時の雇用受け皿:サービス産業の重要性(1)

 経済学では、労働市場における需給関係で雇用量や賃金が決まるという話になっている。しかし雇用の需給調整が簡単にできないことは当然である。最近の「派遣切り」や正規従業員の解雇は、経済学の理論と現実経済の乖離を実感させられる。

 たとえば「介護士」が不足しているので失業者が「転職」しようとしても、それには資格が必要であったり、また職業的な適性の適否もある。失業者が職種を選り好みしないとしても、労働移動が容易でないことが、失業率を増加させる。どうすればよいか?

 政府規制を強化して、企業に雇用を維持させるという主張はありうるが、それが唯一の対策ではない。国際競争力が劣化するという企業の反論も理解できるし、自覚的に国民が政府に要求・要望して実現する政府規制ならよいが、日本人の「他者依存」精神を助長する政府規制であるとすれば、それに私は賛成できない。

 「誰かがやってくれる」。「政府に任せる」。「お上(かみ)の言うことに従う」。「長いものに巻かれろ」。この延長上に政府規制に依存する国民の体質があるとすれば、日本経済の成長に悪影響である。自己責任で自主的に意思決定できる経済主体の存在が、市場経済には不可欠である。そこに緊張感があり、それが経済や社会発展の原動力になる。

 この観点から言えば、今回の世界同時不況の米国の対応を見ていると、米国主導の「市場経済」の理念は信用できない。政府に救済を求める自動車企業や「バイ・アメリカ(=米国製品を買う)」の保護主義を導入する政府は、明らかに「市場経済」の原理から逸脱している。市場経済の「御本尊」であるはずの米国がこのような状況では、その「市場経済」は「ご都合主義」の「強者の論理」であったことを証明している。

 自分が市場経済で勝てる時は、市場経済を他国に流布・強制し、自分が負けるようになると、市場経済を投げ捨てる。これこそが「ご都合主義」である。米国にとって自国が強者の立場でいるときの自分に都合のよい論理が市場経済である。今日の米国を見ていると、このような批判があっても不思議でない。

 さて前述のように市場経済の原理に立ち戻って、雇用調整すなわち労働移動を円滑にするためにどうするか。中国の場合、規制緩和によってサービス業を育成することだと指摘されている。カ=リュウ「中国:8%以下なら資質的にマイナス成長 実態に合った景気対策がカギ」『週刊エコノミスト』2009年2月10日号(28-29頁)。

 この事情はベトナムも同様であると考えられる。この点を検討する。(以下、続く。) 

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