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2008年12月 8日 (月)

やっぱりハノイは忙しい・・・

 かつての生活の場所だったハノイに帰ると、昨日の感傷に沈んでいる場合ではない。朝からブーバンに会った。82歳。元気だ。ベトナム鉄道労働組合元委員長。日越経済交流センター前ハノイ代表である。私とは「兄弟」だから、この義理を欠いてはベトナムで生きていけない。

 電話番号が変更になり、ほとんどはハノイの番号04の次に3を追加して従来の番号である。携帯電話は以前のままである。電話会社が違うと、3の代わりに2や6を追加する場合があるそうだ。

 その後に、ホライゾンホテル4階のロータス投資運用会社で「経営会議」をした。これは重要な訪問目的であった。ベトナムや日本の経済情勢の交換を始め、同社の今後の方針を話した。ソン会長・タイ社長。私の信頼できるベトナム人である。新しいスタッフも加わり、会社は活気がある。

 洋菓子店ポエメの鈴木さんと昼食。貿易大学のタム先生、VJCC(ベトナム日本人材協力センター)の小樋山所長にもお目にかかった。ホーチミン市では同じくVJCCの藤井所長にもお会いしている。また日本ベトナム友好協会の小松さんや新妻さんにもお会いした。さらに電話で何人かの人々とお話をした。

 やっぱりハノイは忙しい。ホテル近くのフットマッサージで時間を過ごして空港に今から向かう。関空到着後に神戸で講義がある。日本でも同様に忙しいが、忙しさの種類が異なっているように思われる。ハノイでは多様に変化に満ちて動いている。

 なおフットマッサージは、率直に言ってハノイよりもホーチミン市が上手だし、ホーチミン市とラオスのビエンチャンは良い勝負になる。ハノイは見よう見まねで「ツボ」を押さえていないと思う。ホーチミン市は中国=台湾式。ビエンチャンはタイ式だ。

 夕方にベトナムとマレーシア戦をテレビ中継していた。もちろんサッカーである。街の至る所で歓声が聞こえた。おそらくベトナムが勝ったのではないか? 最後に注意点として、夕方の交通渋滞はハノイも同様である。時間には余裕をもって行動することをお勧めしたい。

 

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