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2008年8月 1日 (金)

ラオスの近況

 7月30日(水):午前中の活動は昨日に紹介した。午後にプノンペンからラオスの首都ビエンチャンに移動。私が2001年に4ヶ月間滞在したラオプラザホテルに宿泊。その後の行程は次のとおりであった。

Dsc01192_2  7月31日(木):午前中に在ラオス日本大使館を訪問。富永幸子さんが主催されているIV-JAPANで昼食。その後に「友好橋」を歩いてタイ国境まで到達。続いてスズキの張元さんにお話を伺い、その後にJICA事務所に立ち寄ってラオス関係の最近の報告書を頂戴した。そしてラオシルク博物館で親友のハンサナ夫妻と夕食。なかなか密度の濃い日程でホテルでブログを書く時間がなかった。

flairflair写真のように友好橋ではラオス側にも鉄道が敷設された。現在は、タイ国側のノンカイ駅とラオス側のタナレーン駅まで3.5㎞間の列車の試運転中である。8月末から9月上旬に開通予定と言われている。多数の意見によれば、この列車を蒸気機関車(SL)にすれば、大きな観光収入源になる。私も同感である。この橋は一車線であり、本格的な貨物輸送の開始は将来である。当面、旅客が対象となる列車運行であれば、観光に焦点を当てるべきではないか。

 8月1日(金)午前中には、ラオス財務省の鈴木浩史JICA専門家と面談し、その後に首相府のWREA(水資源環境管理)のヴィラニーさんに面会。続いてラオス日本センター(LJCC)の佐藤所長を訪問。さらにラオス商工会議所のカンタボン事務局長と一緒に食事をして、さらに市内の様子を自動車でぐるっと見学して、ワッタイ空港からハノイに向かう。この日も前日と同様に自信をもって密度が濃い。到着したハノイホテルでは、ワイヤレスでのインターネット接続ができない。

 そこで翌日8月2日(土)に昔なじみのNgoc Linhホテルに移動して、ようやくブログを書くことができた。

 以上の日程の調査の中から、最近のラオスについての知見の一部を列挙しておく。

 (1)ラオスの証券取引所の開設は、韓国の支援の下に準備中である。上場予定株式は、ビアラオ、ラオテレコム、ラオペプシ、水力発電、ITC、鉱山さらに縫製業が考えられる。財務省が国債と社債、国家銀行は株式を管轄する。そして国立銀行内に証券委員会が設置される予定である。

 (2)中国のラオス進出は2009年11月のSEAゲーム開催のためのスタジアム建設を契機に拡大する。一説では、20万人規模の中国人がラオスに移住する。そうなると、ビエンチャン市の人口が70万人であるから、中国人の比重拡大が懸念されている。

 (3)この中国進出に対応して、ベトナムもSEAゲームの選手用宿舎をラオス国立大学内に建設し、その後は学生寮に転用する計画である。この資金は借款と無償援助の半分半分である。

 (4)傾向的なラオス通貨「キップ高」である。私の滞在していた2001年に1ドル=11000キップ程度であったが、現在は1ドル=8500キップとなっている。私見では、ラオス中部のセポンの豪州企業オキシアナ社による金鉱や銅鉱の開発収入が外貨としてラオス政府に流入しているし、縫製業の輸出も順調なことが「キップ高」を誘導していると思われた。

 (5)ただし「キップ高」の真相は、キップとバーツの為替レートは安定していることを考えれば、単なる「ドル安」と解釈できる。キップ自身の価値が高いのではない。政府が為替市場の管理をするというよりも、市場に任せた結果が対ドル「キップ高」ということであろう。このことでラオス人は、自国通貨に自身をもつようになっていると言われている。

 (6)2010年は「ビエンチャン市450周年記対念」の行事が各種に計画されている。

 (7)中国の蘇州大学が1万人規模の大学を設立する予定である。優秀なラオス人に奨学金を与えて中国に留学をさせている。中国のラオスに対する接近は本気である。

 (8)ラオス中部のサワナケットの工業団地の開発を勧めると同時に、首都ビエンチャン近郊の工業団地の開発も検討されている。

 (9)日本のJICA(国際協力機構)が支援して設立された日本センターでMBAコースの募集が開始された。ラオス国立大学から正式にMBA(経営学修士)の学位が取得できる。この詳細については別途に紹介する。・・・・・・ 以下、紙幅の都合で省略。

 

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