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2008年8月29日 (金)

「大学洋上セミナーひょうご2008」:シンガポールに着きました

 8月18日に神戸を出発して、8月24日・25日にホーチミン市で陸上活動。そして8月28日にシンガポールに上陸。29日は「ふじ丸」から下船して市内のホテルにいます。前期講師としての仕事が終わりました。これまでの簡単な活動を写真で紹介します。

Hoomestay_012  8月15日から17日まで貿易大学ホーチミン市校のウエンさんとハンさんが拙宅にホームステイしました。写真の背景は京都の清水寺。
 日越経済交流センターが呼びかけ、(財)兵庫県国際交流協会が受け皿となった皆さんのご寄付のおかげで、この2人を始めとして合計20名のベトナム人大学生の来日が実現しました。「大学洋上セミナーひょうご2008」に参加し、日本人学生480名と一緒に船上で学生交流をします。神戸港からサイゴン港まで「ふじ丸」に乗船して2人は帰国します。

Dsc01513  台風を避けるために航路が変更。台湾海峡を越えて香港まで全速力。その後はベトナム沖200㎞から300㎞をホーチミン市まで南下しました。2万3千トンの大型船ですが、さすがに少し揺れました。そうは言うものの台風の影響は、ほとんどなく船上の講義は順調に進みました。写真は、船内の航路図。白い点が現在位置。海南島の少し南です。朝食は毎日が和食でした。豪華な品数で文句はありませんが、野菜ジュースや野菜サラダが恋しい。

Dsc01650  ブンタオ沖を経由してサイゴン川の河口から市内のサイゴン港に至る左右の風景に感動しました。最初はマングローブが左右に広がり、その中に次第に海老やカニの養殖場が見えました。港に近づくと大量のコンテナーの積み出しのクレーンが林立。この活気に圧倒されました。経済活動の「呼吸」を「物流」から感じることができることを体感しました。ベトナムは健在です。港に到着するとベトナム国家社会人文大学の学生達が出迎えに来てくれていました。日本人の学生は、この歓迎とアオザイ姿に感激の様子でした。

Dsc01698  8月25日にベトナム国家社会人文大学のホールで学生交流が行われました。日本側からは「よさこいソーラン節」が披露されました。ベトナム人学生に負けずに日本人学生も元気で立派でした。ベトナムと言えばアオザイですが、日本と言えば何か? 日本文化の多様性を感じました。その前日には船上で懇談会があり、日本総領事館の水城総領事を始め、吉岡JETRO所長、藤井日本センター所長のご出席を賜りました。吉岡さんと藤井さんは以前から面識があり、懐かしい再会でした。

Dsc01758  ホーチミン市からシンガポール国立大学の学生20名が乗船し、船内での学生交流を続けました。もちろん講義や試験や、ベトナム調査活動の報告もあります。学生も多忙ですが、講師も多忙です。
 写真は、シンガポールのハーバーフロント接岸の直前です。シンガポールからホーチミン市には格安航空券がありますが、それは人間の交流を活発にする経済効果を考えたシンガポール政府の政策と言われています。9月には「F1レース」が世界初の市街地で開催予定。さらに現在はカジノが建設中で、次にユニバーサルスタジオも誘致。国際観光都市としてシンガポールは国家戦略が明確です。

 神戸からベトナムを経てシンガポール。私は下船しますが、ふじ丸は広州・香港を経て9月7日に神戸港に戻ります。シンガポールからは野上神戸大学学長に代わり、川合神戸女学院大学学長、さらに阿南・前中国特命全権大使も特別講義のために乗船されます。

 学生・教職員の無事の帰港を祈りたいと思います。学生リーダーの大学院生や各大学から派遣された職員の方々の学生に対する献身的な努力に感心しました。この大学洋上セミナーの乗船は2回目ですが、こういった方々の苦労が前回は見えなかったように思いました。当時の私は若かったのだと思います。この自省は大きな収穫でした。

 この大学洋上セミナーは、今年の第15回で最後になります。これだけの大規模な大学交流を全国で唯一、兵庫県が実施していましたが、そのセミナーが終了です。多くの人々が存続を望んでいますが、惜しまれて終わるのも判断のひとつだと思います。最後のセミナーに参加できたことに感謝しています。ベトナムを再訪してくれる日本人学生、それに日本が大好きになったベトナム人学生の今後の活躍に期待したいと思います。

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2008年8月16日 (土)

では、行って参ります!!

 8月15日まで集中して原稿執筆と計画したものの、そうは簡単に仕事は進まない。「まさに逆境だ!!!sad」。

 私のお気に入りの映画『逆境ナイン』 によれば、「逆境とは、思うようにならない境遇や、不運な境遇のことをいうっ!!!」。

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 しかし・・・「それは逆境ではない!!! 自業自得・・・」というセリフも上記の映画では印象深い。私の場合・・・「自業自得だ!!!!」。「ウーン・・・辛いcoldsweats02」。

 8月1Dsc014465日(金)、「洋上大学セミナーひょうご2008」のために来日したベトナム人大学生 18名など総数21名に対するの歓迎会が神戸・三宮で開催された。(財)兵庫県国際交流協会が主催し、その後援者として日越経済交流センターが中心となって、ベトナム人大学生の来日費用の募金活動を行った。

 駐大阪ベトナム総領事館・リュウ総領事外務省・Dsc01444山崎特命全権大使(関西担当)のご来賓を賜り、さらにベトナム人大学生のホストファミリ ーの皆さんや、ご寄付を賜った法人・個人の皆さまに出席していただいた。総勢70名である。

flairflair:写真上はリュウ総領事、写真下はパーティの様子。

 16日(土)、拙宅に貿易大学ホーチミン市分校の学生2名がホームステイしている。朝から妻と娘が京都を案内した。金閣寺・竜安寺・清水寺、その間に松花堂弁当の昼食、そして夕食は「回転ずし」。さらに大型商業施設「箕面ヴィソラ」の「カルフール」を訪れて、最後に拙宅の庭での花火・・・。初めての来日のベトナム人にとって盛りだくさんの1日であったと思う。

 ベトナム人大学生は『名探偵コナン』ベトナム語版を読んでいて京都のことは詳しい。貿易大学の敷地内にあるVJCC(ベトナム日本協力センター)の図書館では、こういった日本語のコミックも用意されている。世界に対する日本のコミックの情報発信力を実感することができた。これは発見である。

 17日(日)には、大阪と神戸を案内して、神戸ポートターミナルに停泊中の「ふじ丸」に送り届ける予定である。そして私は、翌日の18日に乗船し、翌日から講義が始まる。書き残した原稿を船内で書き続ける覚悟の乗船である。これほど悲壮感のある船旅は余りないのではないか?

 これは逆境ではなく、自業自得・・・。では、行って参ります!!。 

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2008年8月10日 (日)

9月まで休載のお知らせ

 annoyお知らせannoy: しばらくの間、本ブログを休載します。ただし不定期に随時、時間の余裕があれば、近況をお知らせ致します。

 9月中に「カンボジアとラオスのビジネス書」を出版できるように、カナリア書房の編集部から原稿執筆を強く要求されています。また8月末までにベトナム企業経営についての原稿をミネルバ書房から依頼されています。さらに経営学入門の教科書の「企業論」部分の原稿も書かなければ、出版社・八千代書房を始めとする皆さんの人間関係が喪失する危機に迫られています。

 さらに8月18日からは「大学洋上セミナーひょうご2008」に講師として参加し、神戸港からふじ丸に乗船し、その後にホーチミン市・シンガポールを訪問します。その前には、ホーチミン市から来日してふじ丸に乗船して帰国するベトナム人大学生2名のホストファミリーの役割を果たさなければなりません。この間に、私の大学のゼミ学生がカンボジアを訪問するというので、その指導や助言をすることになっています。

 下船後のシンガポールからは、ハノイ経由で恒例のラオス清掃ボランティア活動に参加。ここでは、ビエンチャンにおける清掃活動の交流のほかに、サワナケットにおける東西経済回廊を走破する予定です。そしてホーチミン市に移動して、ベトナムにおける流通科学大学の現地入試の面接試験委員を担当。その翌日は、ベトナム進出を検討する日本企業の方と合流して、現地で助言する予定です。

 このようにして、私の夏は終わります。船上ではインターネットが使用できないので、原稿執筆には好環境です。毎日のようにブログを書いていると、原稿執筆は簡単のように考えておられる人がおられますが、私にとっては、いつでも難行苦行です。すべてを捨てて逃避したくなる誘惑がいつもあります。

 以上のような「多忙」という理由で、しばらくの間、このブログを休載することにします。これまでの掲載記事は、985件に達しています。1,000件に向けて9月には再開しますので、よろしくお願いいたします。

 では、しばらくの間、さようなら。また9月にお会いしましょう。最後になりましたが、残暑の中、くれぐれもご自愛ください。coldsweats01

shine追伸shine:オリンピック北京大会が始まりました。日本選手に注目ですが、同時にグルジアではロシアとの軍事衝突が伝えられています。オリンピックが「平和の祭典」とは言い難い世界情勢です。マスコミの注目がオリンピックに向かうこの時期に、あえて軍事行動が取られたようにも思われます。世界そしてアジアの中で日本の役割は何か? 大学洋上セミナーでは、こんなことを学生と一緒に考えてみたいと思っています。

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2008年8月 9日 (土)

カンボジアの農場経営:「業務スーパー」を展開する(株)神戸物産を訪問

 8月8日に株式会社・神戸物産http://www.kobebussan.co.jp/関西FC本部を訪問した。JR西日本・東加古川駅からタクシーで片道1750円の距離である。

Dsc01440  昨年にカンボジアで農産物の開発をするという新聞報道があり、それ以来、一度は訪問したいと思っていた。また同社が全国に展開する「業務スーパー」は、いつもお世話になっている自宅近所の激安の食品スーパーとしてなじみがある。

 写真は関西FC本部である。ご覧のとおり、兵庫県加古川市の田園の中である。恐るべし神戸物産。「激安」を差別化戦略の基本とするなら、立派な本社ビルは必要ない。同社の見識である。まず、このことに感心させられた。この本社ビルの隣に、タクシー運転手によれば、同社発祥の八百屋さんである「フレッシュ石守」が健在である。

 同社の加古川営業所・カンボジアプロジェクトの田所聡さん・中田雅人さん・ダヴィー=ダンさん(カンボジア人)にお話を伺った。首都プノンペンから国道6号線の途中から国道7号線に入って全体で4時間ほど走れば、同社のコンポンチャム州の専用農場に到着。ここはベトナム国境に近い場所であり、借地権80年間の1,800haに達する同社の農場がある。私見では、この1,800haという広さは、ほぼ地平線に近い広大さである。

flairflair:このことは、ラオスの首都ビエンチャンで中国人20万人が移住すると言われている1,600haの敷地を見て実感した。

 農場では主に根菜系野菜の栽培実験をしており、その加工もカンボジアで行う予定である。最短で来年4月にはカンボジア野菜が業務スーパーの店頭に並ぶことになる。神戸物産は、すでに中国から野菜など食品を輸入しており、独自の全品検査を実施しており、食品の安全を保証している。しかし中国の農場は、農薬の大量使用の後の土壌保全が不十分であり、次第に中国の土壌は貧弱になっている。これに対してカンボジアは、農薬使用は稀有であり、その土地は豊饒である。この土地を専用に効果的に管理すれば、継続して低農薬で良質の野菜を提供できる。業務スーパーは、このように考えてカンボジア進出を決定した。

Dsc01427  写真は、カンボジアプロジェクトのスタッフであるカンボジア人のダンさんである。本社の入り口前である。ダンさんは、日本の専門学校を卒業して同社に就職した。カンボジアにおける農場もしくは農園の大規模な開発は、国民の80%が農民であるカンボジア農業の発展にとって効果的な技術移転の典型となりうる。この意味で、日本とカンボジアの両国を結ぶダンさんの役割は重要である。また、カンボジアプロジェクトの田所さんからは、カンボジアに対する熱い思いを語っていただいた。彼の情熱と熱意は、ビジネス成果として結実するであろうし、両国の友好と親善に大いに貢献すると確信された。

 WTO交渉が決裂した理由が、日本の農業に対する保護政策に関係している。農産物市場の開放によって、日本農業の壊滅が懸念されるという論理である。それは理解できるが、たとえば日本の高級野菜や高級食材を外国に輸出し、それによって利益と外貨を確保するという「攻めの農業」の発想が欠落している。他方、一般食材の日本における提供は、ここで紹介した神戸物産が試みているように、カンボジアなどから安価に高品質な農産物を輸入すればよい。

 まだまだカンボジアに対する日本人の関心は、「アンコール=ワット(:シャムリアップ)」に集中・偏重している。今後は次第に、神戸物産のような先駆的な日本企業が、カンボジア投資の優位性を普及・情宣する役割を果たすものと思われる。神戸物産=業務スーパーのカンボジアにおける発展を祈念したい。

 

 

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2008年8月 8日 (金)

ロータス投資運用会社提供「ベトナム経済ニュース(20)」:7月の株価レポート

 ロータス株式投資ファンド運用管理会社は、顧客に対して毎月のベトナム株式のレポートを送付している。以下は、その7月の株式市況に関するレポートである。

 7月にVN-Indexは13.01%、Hastc-Indexは27.2%上昇しました。OTC市場も同様な変化が見られました。前月のコメントで指摘したように、下落を続けた株価も「底値」が確定したと判断してもよいでしょう。但し、政府が最近にガソリン・オイル価格を値上げした為に、それが投資家の心理さらに株価に大きく影響を及ぼしました。どの程度まで実際に企業経営に影響を及ぼすか理解する為には、下記の要素を検討すべきであると考えます:

 1) ガソリン価格上昇によって影響を受ける当該企業のコスト構造の変化。
 2) 当該企業が供給している製品に対する市場の需要変化。ガソリン関係製品に対する市民の支出費用が増加した為、ガソリン関連以外の製品に対する支出の比重が減少します。
3) 販売価格を上げても製品の販売数に影響を及ぼさないか、或いは影響があっても僅かな程度である可能性。

 直近また次の四半期の経営成果が、多数の投資家によって議論・予測されています。弊社の私見では、株価はその企業の長期のキャッシュ・フローに依存する為、投資に当たっては、その株式を1年間保有するにせよ、或いは10年間保有するにせよ、その企業の将来性、できれば5年・10年・20年先を予測するべきであると考えます。次の1~2年間の短期的な好業績が予想される企業は、投資の観点からいうと、検討するべき企業ではないと思います。

 弊社の私見では:
 - 次の10年間、ベトナムにおける多数の企業は引き続き良好な経営成果が達成されます。
 - 次の10年間、自然金利(例えば預金金利など)は大幅に下落します。その理由は①インフレ率の減少、②銀行預金以外の資本調達形態の多様化、③外国市場とベトナムの金融市場の連結の強化などです。顕著な落下局面を乗り越えた最近の政府債券の値上がりは、他の投資家も弊社と同様な観点を持っているとみなされます。

 もし、上記の判断が正しいとすれば、いくつかの株式の現在の価格は、その株式の実際の価値よりもはるかに低いと判断されます。弊社は、このような観点から、慎重に投資を進めたいと考えております。

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2008年8月 7日 (木)

ベトコン銀行の預金金利の紹介

 ベトナムの代表的な国営銀行であるベトコン銀行(ベトナム外国貿易銀行)で、日本円とドンの両替をした。私は通常、ハノイの常宿ホテル近くの金の売買店の奥にある両替所を利用している。為替レートがホテルや銀行よりも有利だからである。そこで今回は「日本円とドンの両替はできないから、ベトコンバンクに行ってくれ」と言う。これまで何度も両替してきたが、こんなことは初めてである。ベトナム外国為替市場において、日本円に何か異変があったのだろうか。これは、今後の課題としておく。

 さてベトコン銀行の窓口で、銀行預金金利の利率表をもらった。以下で紹介する。これだけの高金利でインフレ対策をしていることが実感できる。

 ベトナムドン(VND)は2008年7月28日から適用。外貨預金は2008年6月17日から適用。(単位:%)

       VND   USD   EUR   GBP 
1週間  15.60   ---   ---  ---
2週間  16.00   ---   ---  ---
1ヶ月  16.50   6.20   1.75  ---
2ヶ月  16.80   6.25   1.85  ---
3ヶ月  17.00   6.30   1.95  2.25
6ヶ月  17.10   6.40   2.25  2.50
9ヶ月  17.22   6.50   2.35  2.75
12ヶ月 17.00   6.80   2.50  3.00
18ヶ月 16.50   6.00   ---  ---
24ヶ月 16.50   6.00   ---  ---
36ヶ月 16.50   6.00   ---  ---
48ヶ月 16.50   ---   ---  --- 
60ヶ月 16.50   6.00    ---  ---

 以上の預金金利表を見れば、ベトナムドン預金は、わずか1週間でも15.60%の金利が付く。ただし誤解のないように、これは年金利である。最高は9ヶ月で17.22%となっている。なお、たとえば年金利16.5%で5年間をベトナムドンで預金すれば、複利計算して5年後には2倍以上になる。もちろん為替レートの影響は受けるが、株式投資の場合、現在は「底値」と考えられるので、絶好の「買い場」であるが、その目標は5年で2倍以上である

 私見では、5年間で株価が2倍以上に上昇する可能性は極めて高いと思われる。昨年3月のVN指数の最高値を回復すれば、3倍の上昇となる。5年間あれば、最高値更新の可能性は十分ある。なぜなら下方修正されたとは言え、本年度の経済成長率は6%以上である。ベトナムは依然として高度経済成長の発展途上国だからである。

 1年間で金利17%という事態を、果たして、これまでの日本経済は経験しているのであろうか。こういった歴史的な検証によって、ベトナムと日本の金融・経済状況を対比することができる。この問題は研究課題となりうる。

 

 

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2008年8月 6日 (水)

ホーチミン市での1日:通貨危機はどうなった?

 早朝に関西空港に到着。その午後から「箕面船場ライオンズクラブ」が主催する献血のボランティア活動に参加。私は受付を担当。赤い献血手帳を持っている人は、そのまま献血の記録照会に進む。初めての献血の人は登録用紙に住所・氏名を記入する。私は、この案内係である。寝不足で居眠りをしながらの受付係であった。

 さて昨日、月曜日のホーチミン市ではMPI(計画投資省)のホーチミン市の出先機関であるSFIC(南部外国投資センター)を訪問した。日越経済交流センター・ホーチミン市代表タムさんの紹介で、管理責任者のソンさんにお目にかかった。双方の協力関係について話し合った。

 その後に金属・木材加工が専門のベトナム企業を訪問。日本企業との仲介の仕事をした。このベトナム人社長とは、2年前からの交際である。彼は、けっして洗練された人ではないが、誠実な人であることを再確認した。また、経営者として不可欠な「金儲け」の嗅覚をもっているように思われた。「果たして、この人は信用できるのか」。この判断はビジネスの基本であるが、この社長は合格である。

 午後は、ベトナムと日本の双方のIT企業のマッチングを仲介した。面会後の車中でベトナム企業の社長が躊躇しているので、私は「運」とか「巡り合わせ」の話をした。このマッチングは偶然の好機と考えるべきであり、そのことを従業員にも伝えなさいと指摘した。従業員に会社の将来について夢を提供することは、経営者の重要な任務の一つである。明るい展望を提示して従業員を励ます。従業員が希望をもって働くようにする。これは経営者の責務であり、それができる会社は、おそらく改善と成功に向かうであろう。こんな内容をベトナム人経営者に話した。

 以上のような仕事は、けっして日本では経験できない。まさに「大学教授:アジアで「実学」を追究する」という実践活動である。

 その後にVJCC(ベトナム日本協力センター)ホーチミン市の藤井所長を訪問した。VJCCが立地する貿易大学の学生7名が、「大学洋上セミナーひょうご2008」に参加するために8月15日に来日する。その進捗状況の情報交換が目的である。私も、この貿易大学ホーチミン市分校の学生2名のホストファミリーになる。こういった青年交流は、将来の優良な日越関係の基礎になりうると思われる。このベトナム人大学生20名の来日費用のために多数の人々からのご寄付を賜った。心から感謝を申し上げたい。

 このようにしてホーチミン市の1日は過ぎた。その翌日が、日本で献血のオランティア活動。世界は狭いものである。それではベトナムでの献血は、どのような制度になっているのだろうか? 外国についての私の知識は、まだまだ不足している。謙虚な気持ちを忘れずに、ベトナムそしてカンボジア・ラオスの人々に向き合っていきたい。

 以上、今回のベトナム訪問で、ベトナムの人々はインフレに辟易しながらも、活発な経済活動を展開していることが実感できた。株式投資について言えば、韓国や米国の投資金額が急増している。それは当然だ。株式指数の「底値」が確定したと判断できるからである。

 では、日本はどうか? 日本は遅い。日本は慎重。日本は保守的。日本は臆病。リスクに対する考え方が、日本企業や日本の投資家では世界とは異なっている。なぜ「底値」の今、投資しないのか? 通貨危機を煽った人々が、その原因であろうか? 悲観論が歓迎され、楽観論は警戒される。これが日本のマスコミ・言論界・学界の一般的な特徴であるとすれば、その弊害は大きい。ベトナムの株式・不動産投資、カンボジアのIPO株式投資、ラオスの不動産投資。ビジネスの好機が私にはshineキラキラshineと輝いて見えた。 

 

 

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2008年8月 5日 (火)

ホーチミン市におけるPCI社の贈収賄についてコメント(2)

 以上のような「贈収賄」の実情は、ベトナムの低所得が原因であることを示している。次第に所得が上昇すれば、自然に解消することも多い。確かに今では「有料セミナー」における「お車代」も次第になくなっているし、最近の大学内の様子も変化していると思う。

 在ベトナム日本企業では、ベトナム人幹部従業員に対してベトナムの慣行である「贈収賄」を厳しく禁止している日本人経営者も多い。しかし「郷に入れば、郷に従え」ということもある。厳禁すると、日本人経営者に対する反発があったり、ベトナム人従業員の立場が悪くなったりするなど別の問題が発生するかもしれない。一般に外国ビジネスは、日本人の常識や基準通りに進まないことがほとんどである。

 他方、ベトナム共産党の権威を死守している人々が現在も存在する。賄賂とは無縁の人々がベトナムにいることは事実である。

 ここでの問題は、贈賄側のPCI社にある。その資金の出所が税金となると、日本の国民感情として「けしからん」となる。収賄側のベトナムは、当然のように10%程度の手数料を要求する。おそらく罪悪感はない。お互いに「WIN-WIN関係」になるという普通の発想だ。しかし、その関係に日本国民が含まれていない。日本の国民感情が配慮されていない。この配慮をベトナム側に求めるのは酷だ。日本側が考えるべきことだ。

 おそらくPCI社の担当者は、ベトナム側からの「贈収賄」の提案が会った時に苦慮したと思う。ベトナムのビジネスでは慣行である。「贈賄」について、おそらく部下のベトナム人スタッフに意見を聞け「ば、「それは普通」という返事があったに違いない。さらに他方、その資金源は日本の公的資金である。しかも3億円に達する巨額資金。発覚すれば、大問題になる。もし私がPCI社の担当者なら、苦しい選択を迫られるであろう・・・。

 やはり私なら、公的資金ということを最優先して、やはり贈賄の誘いは拒否する。私も「科学研究費補助金」という公的資金を何回か受給したことがある。最近では、その資金流用が頻発し、その使途も厳しく管理されるようになった。公務員の仕事に対する国民の批判も厳しくなった。税金の使途に国民は敏感だ。また、そうでなければならない。この潮流の中でPCI社の贈収賄が浮かび上がったと思われる。

 より一般に言って、公的資金の使途に対する国民の意識が日本では低い。このように判断されて、贈賄が発生したのではないか? 公的資金に対する国民の意識が厳しくなっている今日の風潮が考慮されれば、この贈賄は発生しなかったのではないか? この事件は、ベトナム側の問題であると同時に、それ以上に私は日本側の問題であると思う。

 

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2008年8月 4日 (月)

ホーチミン市におけるPCI社の贈収賄についてコメント(1)

 ハノイからホーチミン市に移動。ハノイでは時間不足だった。親友のベトナム人・ハウさんに会った。「家に来てくれると思っていたのに・・・」と言われて申し訳なかった。初めて会ったときは小学生だった彼のお嬢さんが結婚したので、お祝いをしたかった。彼は、来年に「おじいちゃん」になるそうだ。「月日の経つのは早い・・・」といった話をして、何とかギリギリ(30分前到着)でノイバイ空港の離陸時間に間に合った。

 ホーチミン市のホテルでNHK衛星放送のニュースを見ていると、大手建設コンサルタント会社・PCI(パシフィック=コンサルタンツ=インターナショナル)のベトナム・ホーチミン市でのODA(政府開発援助)資金による贈収賄事件が報道されていた。記者が直接ベトナムから報道しており、さらに元大手商社のOBが匿名で出演していた。本格的な取材である。

 ベトナムのビジネスにおいて、贈収賄が普通に行われているか? この質問は難しい。そうだとも言えるが、それは日本人の常識とは異なる。よくベトナム人は「WIN-WINの関係」でやりましょうと言う。これに日本人も納得するが、この発想はベトナムで伝統的であると思う。簡単に言えば、「お互いに利益を分けましょう」という相互扶助である。ホーチミン市の市庁ぐるみの汚職とテレビで指摘されていたが、受け取ったお金を個人が独占したわけではない。収賄側のベトナムでは日常的である。これまでに私が見聞したことを以下で紹介する。

 第1、大学の講義を休講して、アルバイトで通訳の仕事をする先生がいる。その代講をする先生がいる。アルバイトで得た収入の一部を大学の学科に「供出」して、そのお金を使って学科の教職員で夕食を食べに行く。これをやならいと、アルバイトする先生は同僚から「白い目」で見られる。また代講する先生が個人的に御礼をもらうと、あの2人は「ずるい」といった雰囲気になる。

 第2、寄付金をもらって大学でセミナーを開催する。会議費や資料作成などお金が必要だが、余ったお金はどうするか。手数料として担当者に分配される。通常の給与の範囲以外の仕事だから、それについて報酬は当然という発想である。また、こういった研究会やセミナーに出席するために「お車代」が渡されることも多い。セミナーに出席してお金を払うことが日本では普通にあるが、ベトナムでは出席するだけでお金がもらえる。「有料セミナー」の意味が反対である。この場合、主催者は多数の出席者でメンツが立ち、出席者はお金をもらって嬉しい。・・・・・・そう言えば、これと同じことが政府主催の公聴会で日本でもあった。

 こういったベトナムで仕事をしていると、当然、日本企業も収賄側に立つ。ベトナム企業が仕事を取るために日本企業に接近してくる。たとえばベトナムの事務所の中に飲料水の機械を設置する。熱湯と冷水が選択できるので便利だ。この飲料水タンクを納入する仕事がほしいので「贈収賄」が発生する。つまり商品それ自体が価格や品質で差別化できないので、競争の手段として納入担当者に対する贈賄が発生する。これは小さな実例であるが、こういった「贈収賄」は当然のように行われている。(以下、続く)

  

 

 

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2008年8月 3日 (日)

ハノイから国道5号線を走る

 ハノイから国道5号線を走って、ハイフォンを経てドーソン海岸までの休日のドライブを楽しんだ。手作りケーキ店POEME:ポエムwww.poemecake.com)のフンさんと鈴木さんに同行していただいた。このHPはベトナム語版。お店の場所は、ハノイのフォルツナホテルから徒歩で5分ほど。110 H1 Lang Ha, Ba Dinh.電話は、ハノイ(04)-2662974。ハノイにお連れする方々を私は必ず一度はご案内している。

 数年前に鈴木さんとご一緒した時は、ドーソン海岸で水上モーターバイクに乗ったが、今年は雨上がりで海水も汚れており、昼食と見学だけであった。もちろん海辺の海鮮料理は最高。私の定番の子持ちのCUA(日本名:エガニ)は絶品。シャコもプリプリの子持ち。大満足の昼食であった。それはさておき、以下、国道5号線の様子を写真で紹介しよう。

Dsc01247  写真をクリックして大きくして見ていただきたい。「女性タクシー」である。このタクシーの運転手はすべて女性である。数ヶ月前から操業開始。女性運転手の方が男性よりも安心ということなのだろうが、このビジネスは日本では「ジェンダー差別」になるような気もする。この会社について調べてみる価値はありそうだ。面白い発想だ。

Dsc01293_2  ハノイとハイフォンを結ぶ国道5号線を走る「マイリンタクシー・エクスプレス」である。車種はベンツ。以前にホーチミン市とカンボジアのプノンペンを結ぶ国道1号線で見かけた車体と同じである。ホーチミン市を本社とするマイリンタクシーの活躍は、ベトナム全土に広がっていることを実感した。この緑色のタクシーの人材教育は注目である。運転手の接客マナーやサービスが他社を圧倒している。

Dsc01311 国道5号線をハノイから走り、オリンパスやスミハネルが入居するサイドンB工業団地を右手に見て、その先を左折すると、バイク部品のスタンレーや合資タンロンといった日系企業の工場がある。さらに国道5号線を進めば、国道1号線と交差する。この交差点のバイパス陸橋が大林組によって建設中である。左手に進めばランソンを経て中国国境に達する。

 こういったインフラ工事によって、交通網のスピード化は飛躍的に進む。事実、ノイバイ空港からハノイ市内の道路についても、ちょうどキャノンの工場前のバイパス工事が完成し、渋滞なく快適に走行できるようになった。

 flairflair 数ヶ月間から指摘された「ベトナム通貨危機説」は、おそらくベトナム在住の人なら、「いったい何のこと?」といった反応であろう。確かに一般の国民にとってインフレは悩みだが、この経済活力を実感しないで、ベトナム経済のことを語らないでほしい気持ちになる。

 さらにその先に「タンロン工業団地2」の大きな看板が見える。ハノイのタンロン工業団地の第2期の募集が完売し、さらに新たに団地を国道5号線から右手に建設する。住友商事の仕事である。この立地は、中国との陸路輸送、ハイフォン港の海上輸送にとってハノイよりも好都合であろう。ハノイからは30㎞。通勤の範囲内である。

 この国道5号線は、エースコック・ブラザー・住友電工など日本企業のみならず、フォード自動車、お菓子の上場企業キンドーなどの工場が並ぶ。またHoa Phatやハノイビールなどベトナム有力企業の工場もある。まさに北部ベトナムの経済発展を象徴する国道である。

Dsc01323  ただしハノイに向かう帰路で写真のような交通事故の現場に出くわした。大型バスとバイクの事故である。昨年12月15日からヘルメット着用が義務化されたが、その効果はあったのだろうか? 人だかりができていて、パトカーが現場検証をしていたから、すでにバイクの運転手は病院に送られたようであった。悲痛な気持ちになる。交通規制を実施することから公安当局は一般に嫌われる傾向があるが、その規制は自らの人命尊重のためである。こういった交通安全教育を幼少時から徹底することも、ベトナムにとって重要な課題であろう。

 交通規則を順守することは、より一般には法令順守=コンプライアンスの考えと共通する。人命保護のための交通規則すら守れない国民は、より一般の法律を守るはずがない。このように思われてもしかたがないのではないか。ベトナムの人々に考えてもらいたいことである。ただし少なくともタクシーやレンタカーの運転手は高い職業意識をもっている。このことを最後に強調しておきたい。

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2008年8月 2日 (土)

ベトナム・ハノイゴルフ場で「ジャトロファ」栽培が始まる

 ハノイ市内から自動車で約1時間のハノイ=ゴルフ=クラブを訪問した。偶然にゴルフ場でキエム副首相兼外務大臣Dsc01229_2とお目にかかった。カーボーイハットをかぶられ、にこやかに軽く会釈される仕草に好感がもてた。 本当なら一緒に写真を・・・とお願いしたいところだが、キエムさんは、あくまでも土曜日の休日に私用で来られている。見てみないふりをするのが当然だ。ハノイゴルフ場の室賀社長によれば、お一人で9ホールを廻られるということであった。外務大臣ともなれば、外国要人とゴルフする機会もあるだろうから、その個人練習と想像される。

 そう言えば、私がハノイに滞在していた1998年に、貿易大学のズン先生(現在、教育訓練省・国際局長)とテニスをしたことがある。この時に、当時の工業大臣が隣のコートでプレーしていて、軽快な動きをされ、その後に、ひょうひょうとして自転車で帰宅されたことを思い出す。今年に亡くなったキエト元首相もテニスをされたと聞いている。

 かなり激しい運動量が伴うテニスに比べて、運動と会話を同時に楽しめるゴルフは、多数の人々が楽しめる社交スポーツとして最も有効であろう。ベトナムもそういう時代になった。ハノイゴルフ場は、日本人が経営するゴルフ場として信頼を集めており、クラブハウスのレストランは「すし東京」が入居。その美味しさは定評がある。まさにハノイゴルフ場は、ベトナムにおける非公式な首脳会談の場ともなっている。

 このハノイゴルフ場で、ジャトロファ(Jatorooha)の栽培が始まった。ゴルフ場の片隅であるがDsc01221_2、写真のように元気に育っている。生育すれば5mほどの高さになる。このジャトロファの果実を原材料にしてディーゼル油を生産することができる。日本名は、南洋アブラギリ。私の知る限り、すでにフィルピンで生産され、それがフィリピン市内の交通機関に利用されている。バイオエネルギー開発と言えば、トウモロコシのような穀物の利用であり、それが世界の穀物価格を上昇させていると指摘されている。しかしジャトロファは、「食糧にならないバイオ燃料」である。
 
 果実それ自体には毒性があるので、防虫の手間が省けるし、少量の水でも育成ができる。さらになかなか枯れない丈夫な植物だそうである。落下した果実を拾えばよいので、収穫の手間もかからない。この果実を1万ドル程度の機械で搾れば、それが油になる。このようにフィリピンでジャトロファ栽培をされている方からお聞きしたことがある。

 もともとベトナムは原油産国であり、そのほかに鉱物資源も豊富である。しかしエネルギー問題は深刻であり、現在でも電力不足が指摘されている。そのために原子力発電の開発が進行中である。素人の考えであるが、ベトナムには原子力発電よりも、こういったバイオエネルギーの開発が適合しているように思われる。この意味で、ベトナムよりも広大な原野をもっているラオスやカンボジアが、ジャトロファ栽培により有望であると思われる。

Dsc01244  ハノイゴルフ場の室賀社長に初めてジャトロファのお話をさせていただいたのは今年2月であった。早速に、その栽培を実行されるという意思決定の早さに驚かされた。ゴルフ場の芝生管理の従業員がいるので、その片手間での栽培と収穫が可能と判断されたそうである。

 上の写真は、ハノイゴルフ場から40分ほどのダイライ湖である。ハノイのベトナム人なら必ず知っている昔からのリゾート地である。これまでに数回訪問したが、日没時は初めてである。まるで水墨画のような風景は、1週間の過密な日程の疲れを和らげてくれた。

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2008年8月 1日 (金)

ラオスの近況

 7月30日(水):午前中の活動は昨日に紹介した。午後にプノンペンからラオスの首都ビエンチャンに移動。私が2001年に4ヶ月間滞在したラオプラザホテルに宿泊。その後の行程は次のとおりであった。

Dsc01192_2  7月31日(木):午前中に在ラオス日本大使館を訪問。富永幸子さんが主催されているIV-JAPANで昼食。その後に「友好橋」を歩いてタイ国境まで到達。続いてスズキの張元さんにお話を伺い、その後にJICA事務所に立ち寄ってラオス関係の最近の報告書を頂戴した。そしてラオシルク博物館で親友のハンサナ夫妻と夕食。なかなか密度の濃い日程でホテルでブログを書く時間がなかった。

flairflair写真のように友好橋ではラオス側にも鉄道が敷設された。現在は、タイ国側のノンカイ駅とラオス側のタナレーン駅まで3.5㎞間の列車の試運転中である。8月末から9月上旬に開通予定と言われている。多数の意見によれば、この列車を蒸気機関車(SL)にすれば、大きな観光収入源になる。私も同感である。この橋は一車線であり、本格的な貨物輸送の開始は将来である。当面、旅客が対象となる列車運行であれば、観光に焦点を当てるべきではないか。

 8月1日(金)午前中には、ラオス財務省の鈴木浩史JICA専門家と面談し、その後に首相府のWREA(水資源環境管理)のヴィラニーさんに面会。続いてラオス日本センター(LJCC)の佐藤所長を訪問。さらにラオス商工会議所のカンタボン事務局長と一緒に食事をして、さらに市内の様子を自動車でぐるっと見学して、ワッタイ空港からハノイに向かう。この日も前日と同様に自信をもって密度が濃い。到着したハノイホテルでは、ワイヤレスでのインターネット接続ができない。

 そこで翌日8月2日(土)に昔なじみのNgoc Linhホテルに移動して、ようやくブログを書くことができた。

 以上の日程の調査の中から、最近のラオスについての知見の一部を列挙しておく。

 (1)ラオスの証券取引所の開設は、韓国の支援の下に準備中である。上場予定株式は、ビアラオ、ラオテレコム、ラオペプシ、水力発電、ITC、鉱山さらに縫製業が考えられる。財務省が国債と社債、国家銀行は株式を管轄する。そして国立銀行内に証券委員会が設置される予定である。

 (2)中国のラオス進出は2009年11月のSEAゲーム開催のためのスタジアム建設を契機に拡大する。一説では、20万人規模の中国人がラオスに移住する。そうなると、ビエンチャン市の人口が70万人であるから、中国人の比重拡大が懸念されている。

 (3)この中国進出に対応して、ベトナムもSEAゲームの選手用宿舎をラオス国立大学内に建設し、その後は学生寮に転用する計画である。この資金は借款と無償援助の半分半分である。

 (4)傾向的なラオス通貨「キップ高」である。私の滞在していた2001年に1ドル=11000キップ程度であったが、現在は1ドル=8500キップとなっている。私見では、ラオス中部のセポンの豪州企業オキシアナ社による金鉱や銅鉱の開発収入が外貨としてラオス政府に流入しているし、縫製業の輸出も順調なことが「キップ高」を誘導していると思われた。

 (5)ただし「キップ高」の真相は、キップとバーツの為替レートは安定していることを考えれば、単なる「ドル安」と解釈できる。キップ自身の価値が高いのではない。政府が為替市場の管理をするというよりも、市場に任せた結果が対ドル「キップ高」ということであろう。このことでラオス人は、自国通貨に自身をもつようになっていると言われている。

 (6)2010年は「ビエンチャン市450周年記対念」の行事が各種に計画されている。

 (7)中国の蘇州大学が1万人規模の大学を設立する予定である。優秀なラオス人に奨学金を与えて中国に留学をさせている。中国のラオスに対する接近は本気である。

 (8)ラオス中部のサワナケットの工業団地の開発を勧めると同時に、首都ビエンチャン近郊の工業団地の開発も検討されている。

 (9)日本のJICA(国際協力機構)が支援して設立された日本センターでMBAコースの募集が開始された。ラオス国立大学から正式にMBA(経営学修士)の学位が取得できる。この詳細については別途に紹介する。・・・・・・ 以下、紙幅の都合で省略。

 

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