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2008年7月21日 (月)

なぜカンボジアは韓国と関係が深いか?

 カンボジアでは、韓国人のビザ(査証)が不要になったと聞いている。これに対して日本人は、依然として25ドルか30ドルの査証費用を空港で支払わなければならない。

 さらに現在の韓国大統領・李明博氏はカンボジアの経済顧問であった。韓国からカンボジア、特に首都プノンペンに対する民間の不動産投資は活発であるし、世界的な文化遺産となっているアンコールワット遺跡(シェムリアップ)の観光客も韓国人が最多となっている。またカンボジア証券取引所の開設については、韓国証券取引所が人材教育を担当しているし、すでに韓国の新韓銀行および証券会社がカンボジア進出を果たしている。

 このようなカンボジアと韓国の親密な関係は、どのような経緯があるのであろうか? なぜ日本は、カンボジア和平にも貢献し、PKO(国連平和維持)軍を自衛隊から派遣し、またカンボジアに対して最大のODA(政府開発援助)資金の提供国であるにもかかわらず、カンボジア関係については韓国の後塵を拝することを余儀なくされたのであろうか? 

 山田寛『記者がみたカンボジア現代史25年』日中出版、1998年。

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 私は、韓国企業の経営者の先取性や決断力が日本人経営者よりも優っているからだと思っていたが、上記の著書を読んで、カンボジアと韓国の深い関係の理由が理解できた(同書、pp.163-171)。

 カンボジアのシアヌーク前国王は、ロンノル政権およびポルポト政権の時代に国外亡命の時期があった。北朝鮮と中国である。その間に前国王は、中国では周恩来首相、北朝鮮では金日成主席と深い友情もしくは信頼関係をもったと言われている。

 シアヌーク国王がカンボジアに帰国後、北朝鮮は身辺警護のためにボディガードを20名派遣したそうである。1996年4月に、「そうしたボディーガードの新入りで、まだろくにカンボジア指導者の顔も覚えていない者が、地方式典に出席する国王の到着を出迎えようとしたフン・セン第二首相を跳ね飛ばして軽傷を負わせる事件まで起こしてしまった。激怒したフン・セン氏は、それでなくても大事な韓国との経済関係の強化をねらい、翌五月、対韓国国交完全回復の前段階として、代表部相互設置のための合意を成立させた」(p.166)。

 「シハヌーク国王=北朝鮮」と「フン・セン首相=韓国」という対立図式の中で、フン・セン首相は韓国に傾倒していった。同書を通して私はこのような背景を理解した。首相は、外交カードとして「ベトナムカード」の他に「韓国カード」を使いながら、シハヌーク国王と対抗しようとしてきたのであろう。これに対して国王は「中国カード」と「北朝鮮カード」をもっていた。詳述は省略するが、世界情勢の変化は首相を後押ししたとみなされる。

 以上のような意味で、フン・セン首相の現在の地位と権力の基盤形成にとって、韓国が極めて重要な役割を果たしてきたのではないか。カンボジアと韓国の関係は、日本との関係に比べて、より深い地下の根の絡み合いのように、歴史の闇の中に埋め込まれているように私には思われる。

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