« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »

2008年7月31日 (木)

在カンボジア日本大使館を訪問:カンボジアの将来

 昨日、プノンペン滞在の最後の日は、加華銀行(CANADIA BANK)・ACLEDA BANK・在カンボジア日本大使館を訪問した。また日系初めての銀行であるマルハン=ジャパン銀行を車窓から見ることができた。

 まず銀行訪問の目的は、カンボジア証券取引所の開設状況を確認するためである。ACLEDA BANKでは本年中に増資をするそうである。同銀行はラオスにも支店を開設している。同銀行は、自らも証券会社を設立し、さらに自行も上場することを考えている。もちろん加華銀行も同様である。

 カンボジア銀行のIPO株式を取得する・・・。日本の普通の投資家なら想像もできないだろうが、プノンペンを訪問し、少しでもカンボジア企業の実態を知っている投資家なら魅力的な話である。ちょうどベトナムのEXIM BANKSACOM BANKの上場前のIPO株式を購入することと同じである。なお、これは私募であって戦略的パートナーとしての投資である。一般の個人投資家では株式取得できない。

Dsc01173  写真は、上から加華銀行・ACLEDA銀行・マルハン=ジャパン銀行である。この加華銀行ビルは来年6月に完成予定。30階建ての賃貸オフィスビルになる予定である。このビル内に証券取引所が入居する予定であったが、韓国のカンコー銀行が中心となって開発を進めるプノンペン周辺の「カンコー市」に証券取引所を誘致する提案が韓国から政府に出さDsc01175れているそうである。

 ACLEDA銀行は、入室のセキュリティーも日本並みにコンピュータ化されている。ガラス張りの会議室の隣は法務部であり、おそらく法務担当の欧米人が熱心に仕事をしていた。日本人が見て、何ら問題のない近代的な銀行であるDsc01177
 日本ではありえない赤い文字が印象的な銀行が、マルハン=ジャパン銀行である。同行は開業したばかりであり、カンボジアの金融制度の自由度が高いことを示している。今回は時間がなかったが、カンボジアでの金融ビジネスの可能性を伺ってみたいと思う。
 

 在カンボジア日本大使館では篠原勝弘特命全権大使にお目にかかった。数年前に小川特命全権大使の時代に篠原大使は公使であり、その時にお話をしたことがある。篠原大使は「通訳なしのクメール語でフンセン首相と何時間でも話合う」というほどに日本とカンボジアの外交や交流に熱意をもたれている方である。

 篠原大使は「おそらくカンボジアでは、もう戦争は起こらないでしょう」と最初に述べられた。この言葉は重い。明言されなかったが、今回の総選挙が平穏に行われたことが、平和についての自信の裏付けになっていると思われた。先日27日の総選挙は、平和に向けての歴史的な出来事になるかもしれない。

 さらに2015年に向けて、今後1年から2年がカンボジアにとって最も重要な年になるだろうと篠原大使は指摘された。この2015年とは、アセアン共同体が創設される年である。この重要性は私も何度か指摘した。「この地図を見て下さい。インドシナ5カ国(タイ・ベトナム・カンボジア・ラオス・ミャンマー)です。これら全体の物流システムの中でカンボジアの役割を考えて下さい」と大使は述べられた。

 「カンボジア人はだまされやすい」。「カンボジア人はお人好し」。「カンボジア人は仏に近い国民」。だから日本人と相性がよい。だからカンボジア人は日本人を最も信用している。そのカンボジア人に対してベトナム人は「なまけ者」という評価をして馬鹿にする傾向がある。しかし最近のカンボジア人は、よく働くようになっている。知識欲も旺盛である。何事にも先入観は禁物である。

 お話ししたいことは多々あったのだが、時間に制約があった。ご多忙の中でお時間を賜った篠原特命全権大使に感謝を申し上げたい。おかげさまで、プノンペン最後の訪問先で、カンボジアの将来に確信をもつことができた。

|

2008年7月30日 (水)

順調な入居企業の増加:プノンペン経済特区(PPSEZ)

 プノンペン市内から北西に約40分。「プノンペン経済特区(Phnom Penh Special Economic Zone)」には2回目の訪問である。すでに第1期工事は完成し、ほぼ敷地は完売。未完成の第2期工事も順調に契約が進行中である。プノンペン市内周辺の唯一の工業団地として人気は高い。

 カンボジアでの電力不足は経済活動にとって懸念材料であるが、PPSEZでは自家発電施設が用意され、電力供給に懸念はない。また労働争議もカンボジアでは比較的活発と言われているが、そういった争議の予防や対応について管理事務所が協力してくれる。

 よく指摘されることだが、このような工業団地に進出した企業は、自社の生産活動に専念できる環境が提供される。日本企業の進出は、女性用革靴の生革会社とヤマハの2社にすぎないが、それ以外ではシンガポール・台湾・マレーシアからの進出である。

 PPSEZの役員をされてる高橋さんからお話を伺った。高橋さんは総合商社トーメンのご出身で、その後に米系投資会社に移られ、カンボジアでインターナショナル=スクールの建設に関係された。なお、現在カンボジアでは日本人学校はなく、日本人補習校があるだけである。このインターナショナル=スクールはカンボジアの有力財閥ロイヤルグループに、米系投資会社から売却された。高橋さんは今年71歳ということであったが、ますますのご健康をお祈りしたいと思う。

 日本側の出資者であるゼファー(東証1部上場)が日本で経営破綻し、その影響が懸念されるが、すでにカンボジアへの出資は完了しており、PPSEZそれ自体の活動に影響はない。カンボジア側の出資者は、華僑系財閥グループAIG(Attwood Investment Group)である。この代表は女性社長であり、プノンペン商業会議所のメンバーである。またフンセン首相の奥さんと親しいそうである。なおロイヤルグループの会長が同会議所の会頭となっている。

 前述の日本の革靴会社は、すでに中国で操業しており、カンボジアに移転してきたそうである。まさに「中国プラスワン」としてカンボジアが選択されたのである。同社の管理者は中国人であり、彼らがカンボジア人を指導するそうである。カンボジアで中国人管理者がカンボジア人労働者を指導する光景は、これまでにプノンペン市内の縫製企業で何度か見たことがあるが、このような進出形態での日本企業の実例は初めてである。同社は8月にはPPSEZ内の貸し工場で操業を開始するそうである。ぜひ次回には訪問をお願いしてみようと思う。

 昨日、カンボジア証券取引所の開設準備の状況は、まさに2000年当時のベトナムのように思われると指摘した。同様にPPSEZを見れば、2000年前後の南部のビエンホア工業団地やベトナムシンガポール工業団地、北部のタンロン工業団地を想起させる。ベトナムの歴史を後戻りさせることはできないが、場所を変えたカンボジアでは可能であるように思われる。成長の潜在力を考えるなら、カンボジアに注目である。

|

2008年7月29日 (火)

カンボジア証券取引所の開設状況

 「カンボジア証券取引法」の条文を本ブログで紹介してきた。さらに、ここプノンペンにおいて証券取引所の開設状況に関して何人かの関係者から聞き取り調査を実施した。その主要な結果は次のとおりである。

 1.カンボジア証券取引所は、おそらく間違いなく2009年末から2010年初頭に開設される。

 2.そのために証券取引委員会が数ヶ月以内に設置される。

 3.すでに数社の証券会社の駐在員事務所が開設されており、さらに数社の証券会社や投資銀行がカンボジア進出に関心をもっている。

 4.カンボジア証券取引所と韓国証券取引所は緊密な関係をもっており、カンボジアの法制度・取引システム・人材育成は韓国に依存している。

 5.すでに上場の候補企業(=IPO:新規公開株)も存在している。おそらく10社程度から取引は始まる。

 6.2007年9月に成立した証券取引法に続いて関連法・政令も次々に発表されている。

 以上、カンボジア証券市場の開設に向けた簡単な進捗状況である。さらにカンボジアの大手書店では、次の書籍が並んでいる。これらはカンボジア語と英語が併記されている。

・ Hash Veasna (MBA), Toward The Establishment of Stock Exchange Cambodia: Achievement and Challenges, Phnom Phen, Cambodia, June 2007

・ Hash Veasna (MBA), What is Bond Market?, Phnom Phen, Cambodia, January 2008

 以上の書籍は出版社が明記されておらず、自費出版である。本来は、政府もしくは経済財政省が国民向けの啓蒙書として出版すべきであると思われる。ただし私の知る限り、ベトナムにおいて、このような啓蒙書が英語で出版されたことはない。

 カンボジア経済は財閥グループによって牽引されている。この意味で上場予備軍は、すでに存在しており、またベトナムよりも自由なビジネス環境が起業家の輩出を助長している。おそらく日本の投資家には想像もできないであろうが、カンボジア株式市場はかなり健闘すると思われる。それは、ベトナム株式市場開設前の2000年の状況と同じである。

|

2008年7月28日 (月)

カンボジア総選挙(2):現地続報

 昨日の総選挙の結果は、昨夜の午後9時30分に大勢が判明。政権与党のカンボジア人民党が圧勝し、カンボジア国会123議席中の91議席を占めた。現地の日刊英字新聞TheCambodia Daily Monday, July 28, 2008が、フンセン現首相の笑顔をトップで報道した。

 同紙によれば、野党サムランシー党の党首サムランシー氏は、支持者の前で選挙妨害が行われたと主張している。昨日に紹介した投票者の名簿に記載漏れがあったという内容である。私の印象では、それが事実であっても、大勢には影響しないと思われた。それほどに整然とした選挙であった。

 日本からも40名ほどの選挙管理委員が全国に派遣されたそうである。こういった国際貢献は一般に報道されないが、注目されて良い。このような活動があってこそ、カンボジアの政治的安定が支えられ、それが日本企業の投資を促すことになる。

Dsc01169_4

 写真の黒い指先は、ドアに指を詰めた内出血ではない。また指紋押捺の跡でもない。総選挙の投票を済ませたカンボジア人投票者に対して、このように右手の人差し指に黒インクの印が付けられる。これで2重投票は完全に防止できる。このインクは3日~1週間は消えないそうである。日本でも、かつて替え玉の投票の事件があったことを考えれば、カンボジアの「指インク」システムは合理的である。

 カンボジアの当面の大きな関心事は、この総選挙結果よりもタイ国境のヒンドゥー教寺院の領有権問題である。カンボジア政府は、硬軟両様の対応を考えているようである。いずれにせよ、カンボジア総選挙は平穏に終わり、次の関心は組閣メンバーや人事異動である。

 この選挙結果は、国際社会の信用を増すことは間違いない。政治的な安定がなければ、経済成長はありえない。その安定が独裁政権であったとしても、その下で経済成長は可能である。カンボジア王国は多党制を採用する「立憲君主制」国家である。経済成長ではベトナムに遅れを取っているが、「一党独裁」のベトナムに比較して、政治的な「民主化」は先行している。

 今後、来年末から再来年にかけての株式市場の開設が大きな経済発展の起爆剤になるであろう。新政権では、この運営管理が焦点となる。また原油・天然ガス・鉱物資源の開発が国家財政に貢献する。さらに新政権には「汚職防止法」の成立が期待されている。これらの要因が有効に実施されれば、カンボジアの今後の10年は、これまでの10年に比べて格段に飛躍的に成長するであろう。

 最後に再び強調すれば、経済成長の前提は政治的安定である。今回のカンボジア総選挙の結果は、カンボジア国民が本能的に政治的安定を選択したとみなすことができる。その次は、いよいよ経済成長の出番である。

|

2008年7月27日 (日)

カンボジア総選挙:現地速報

 7月27日(日)は、カンボジアの総選挙である。投票時間は、午前7時から午後3時まで。即日開票であるが、不正防止のために1票1票が公開され、それを支持者が見守っている。これなら不正は起こらないように思われた。

Dsc01141  左の写真は、プノンペン郊外の小学校の図書館の投票所である。右側に白い紙が貼ってあるが、それは投票者名簿である。ここで自分の名前があるのを確認し、そして投票する。

 プノンペンのホテルや市内のレストランでは、酒類の販売が禁止された。カンボジアで最も楽しみにしていた「アンコール」ビールは、ホテルの自分の部屋の中でしか飲めない。今回は安全のためにインターコンティネンタル・ホテルに宿泊したが、同ホテルの場合、25日から27日までホテル内のレストランでも酒類販売は禁止となっている。また多くの店舗はシャッターを下ろしている。いくら日曜日と言っても、市内は閑散としていた。

 この総選挙を契機として何らかの騒乱が発生すれば、カンボジアの国際的な評価は暴落である。隣国のベトナムは発展途上国から中進国の段階に進み始めていると私は考えている。そのベトナムを追いかけるカンボジアは、何としても平穏に総選挙を終えて、一党独裁のベトナムとは違った多党制の民主国家としての地位を国際的にアピールしたい。政府が騒乱防止のための規制を強化することは当然である。

Dsc01152  写真は、トンレサップ川からセントラルマーケットに向かう投票所である。テントが並び、そこで開票が行われている。その開票状況を見るために多数の人々が集まって、その中には熱心にメモを取っている人もいる。投票用紙には10人弱の立候補者の名前が記載されており、その中から投票する人物に印を付けるようになっている。

 下の写真Dsc01157_3は、開票の様子である。投票用紙を順番に1枚ごとに公開し、それに基づいて得票が5票ごとに「四角い箱に斜線が1本」の図形が描かれる。ちょうど日本の「正」の文字が5票を意味するのと同じである。馴染みの運転手であるトーチ氏は、午前中に投票を済ませて空港まで迎えに来てくれた。彼によれば、この開票所では人民党の得票が第1位であった。

 このような開票作業には膨大な時間が必要とされる。しかし各党の支持者に対して不正がないことを納得させるためには不可欠な作業である。明日から、この選挙についても、最近のビジネス環境とともに調査してみようと思う。

|

2008年7月26日 (土)

変貌のホーチミン市:ベトナム人は「打算」で動く

 ホーチミン市に来ている。関西空港では、昨日の関西経済同友会の講演にご出席を賜った山崎隆一郎大使とお目にかかった。偶然とは不思議である。

 ホーチミン市に着いて最初に驚いたことは、タンソンニャット空港から市内の途中で見かける日系ホテルであるオムニ・サイゴン・ホテルが、スイス資本によって売却され、別の名前(すぐに覚えられない)に変更になっていた。オムニは、私が初めてベトナムに来た1994年当時からの5shineホテルであり、これまでにも何度か宿泊したことがある。カジノやベーカリーショップがあった入り口の左側の建物は、BMWのショールームになってしまった。

 その後にサイゴンサウスを自動車で一回りして見学した。大型ショッピングセンター・韓国のロッテマートの建設は骨格ができあがった状態であった。サイゴンサウスでは投機的な住宅取得が行われたが、現在の価格は原価にまで下落したそうである。銀行ローンでの不動産取得であるとすれば、投げ売りの物件が出てくるのではないか。

 カンボジアの日本大使館からホーチミン総領事館に7月初めに転任された村田首席領事から、いくつかの辛口のベトナム評を伺った。「誇り高い」ということと「見栄をはる」こととは違う。儒教精神は打算に基づいている。たとえば高齢者を大事にするのは高齢者が財産をもっているから・・・。要するにベトナム人は「打算」で動く。

 一般に「打算」で動かない人間はいないから、ベトナム人の「打算」は程度の問題と言えるのかもしれない。日本人とベトナム人は似ているというが、それはまったく違う。ベトナム人にとって日本人は、お金をもっていて、技術力や知識もあり、言ったことは必ず実行し、正直でお人好しな世界で類例を見ない国民に見える。ということは、ベトナム人はその反対である。ベトナム人はベトナム人を信用していない。なるほど・・・。そういうことも言えるな・・・というほどに説得力があった。ベトナム人の側面を鋭く語る村田さんとは、またお話できればと思う。

 なおベトナム未訪問の日本人は信じる人が少ないのだが、ホーチミン市は大阪や東京よりも涼しい。日本の暑さは異常である。明日は、カンボジア・プノンペンに向かう。総選挙の投票日である。

|

2008年7月25日 (金)

関西経済同友会「中国・アジア問題研究委員会」で講演:質疑応答

 猛暑の中、関西担当の外務省・山崎大使もご出席され、昨日に紹介した関西経済同友会「中国・アジア問題研究委員会」の「ベトナムセミナー」が開催された。前・ベトナム特命全権大使の前での話はさすがに少しばかり緊張する。以下、質疑応答の一部を紹介する。

 1.ベトナムの汚職問題をとう思うか?
 ⇒アジア全体を見て、ベトナムは汚職の程度は低いと言える。最近、日本企業を巻き込んだ贈収賄事件が発生したが、それは特例的な事件であろう。ベトナム社会は「贈り物」の習慣は、日本と同様にある。ちょうど、日本の「お中元」・「お歳暮」と同じだ。日本では、こういった慣行をなくすという企業もあるが、ベトナムでも同じように「贈り物」をしないとすれば、ベトナム社会の中に現在のところ適応しないのではないか。

 2.ベトナム政治の将来の展望は?
 ⇒社会主義社会の実現を志向しているが、その社会主義のモデルが旧「ソ連」とか「中国」というようなことはない。独自のベトナム型の発展を志向していると思う。それは、ホーチミン思想からの影響もあると思われる。

 3.労働争議は今後、どうなるか?
 ⇒多くのベトナム人労働者は、労働組合の役割であるとか、「労働法」の知識を十分にもっていないと思われる。その状況で「給料を上げて欲しい」と思えば、自己の判断に依存せず、一部の「扇動者」の言うなりになってしまう。これが現状ではないか。経営者は、健全な労働組合の育成をする。「寝た子を起こすな」という姿勢ではなく、労働者に対して自らの権利や義務についても教育をする。おそらく将来、労使協調型の企業経営が可能であると思う。労働争議は一時的である。

 4.企業における会計監査の透明性は大丈夫か? 株式投資が安心できない。
 ⇒会計監査や株式取引において問題点は多々存在する。これらの問題は、次第に解消される問題である。特に株式売買の場合、コンピュータ取引のシステム化が不十分なことが、不正や事故の発生を助長している。このような改善は、時間の問題である。このような問題点があるからと言って、進出を躊躇していては、「ハイリターン」は獲得できないのではないか。

 5.「すそ野産業」の発展の展望は?
 ⇒中小企業のベトナム進出も活発であり、次第に「すそ野」産業が充実してきたことは間違いない。ただし、「アセアン共同体」の創設や、それに中国が加わった経済統合が2015年に予定されている。関税の撤廃された18億人の巨大市場が出現する。これまでの「すそ野産業」の発想は、一国内で「最終組み立て」を頂点とした「すそ野」産業の形成が理想とされてきた。それが日本の経済成長の原動力であった。しかし「経済統合」の世界では、「すそ野」産業が国境を超えてもよいのではないか。こうした発想の転換が迫られているように思われる。

 以上、多数のご出席を賜り、ご静聴と積極的なご質問をいただいて感謝を申し上げたいと思います。私自身も勉強になりました。

|

2008年7月24日 (木)

関西経済同友会「中国・アジア問題研究委員会」で講演

 社団法人・関西経済同友会「中国・アジア問題研究委員会」が主催する以下の要領の講演会で講演する。

 日時:2008年7月25日(金)午後3時~4時30分

 会場:関西経済同友会・会議室(中之島センタービル28階)

 論題:ベトナムにおけるビジネス環境の現状と課題

 関西経済同友会では、数年前に萩尾千里・前事務局長(現在;大阪国際会議場社長)とお目にかかったことがある。日越経済交流センターの記念事業において、何度かご出席を賜ったことがある。

 これまでの新聞紙上の報道を見れば、ベトナム経済は悪化の一途であり、1997年のタイ通貨危機のような状態になるという懸念が自然に起こっても不思議でない。私は、この1ヶ月ほどの間、「そんなこと、ありまへん」と強調してきた。

 論理的な話ではないが、国連安全保障理事会議長国であり、ミスユニバース世界大会開催国である現在のベトナムが、通貨危機で経済破綻、IMFの緊急融資といったことになるはずがない。また、本当に危機であれば、政府も国民も一体となって国難に対峙する国がベトナムである。現状を観察すれば、そのような緊張感や切迫感は政府にも国民にもない。

 ただし証券会社は、これだけの金融引き締め政策と株価低迷が続けば、経営悪化は必至であろうし、不動産価格の下落は、銀行融資に依存した不動産開発業者に大きな打撃を与えている。これらの企業の倒産・再編成がありうるだろう。また銀行経営の悪化にも注意が必要である。このような「バブル経済」崩壊の影響を受ける業種・企業はありうる。

 他方、ドン高と思われた為替レートがドン安に転じたから、総じて輸出企業は好調であるし、高インフレであるにもかかわらず、国内需要は堅調である。事実、今年度のGDP成長率は、予想が下方修正されたが、6~7%となるであろう。これが、高度経済成長期のベトナムの強みである。インフレと不況が同時に発生するスタグフレーションの発生はありえない。

 私は明日、以上のようなベトナム経済の概要をお話しし、その後に企業経営の課題について指摘しようと思っている。質疑については、明日に報告したいと思う。

|

2008年7月23日 (水)

ベトナム人材の活用法:新しいビジネスモデル

 大阪の堺市には大阪府立大学がある。この大学院で勉強した知人のベトナム人青年が堺市の中小企業に就職内定した。理工系の人材である。

 将来ベトナムに彼は帰国することがあるだろうが、その場合、その中小企業が出資して彼の独立を後押しすればよい。または、ある程度まで仕事に習熟すれば、その時点でベトナムに会社を設立し、その責任者に彼を据える。このモデルは文系学生にも妥当する。

 その中小企業だけでは資金不足なら、ベトナムで設定された日系投資ファンド会社(たとえばロータス証券投資ファンド運用管理会社)に出資を相談する。近い将来の上場となれば、投資ファンド会社からも経営支援を受けられるであろう。上場を果たせば、すべての関係者がWIN-WIN関係となる。日本で上場するのは無理でも、ベトナムで上場する夢は実現できる。市場成長性・人材供給の点でベトナムは日本よりも好条件である。これは、ベトナムの民間投資ファンドを利用した日本とベトナムの中小企業成長モデルである。

 このような「分家」方式の企業成長の留意点は、そのベトナム人と日本企業との信頼関係が構築されているかどうかである。この場合、「日本型経営」の踏襲が望ましいかもしれない。年功賃金・終身雇用・企業別労働組合が日本の高度経済成長を支えてきたのだが、同じような仕組みがベトナムに移植・応用できるかもしれない。より正確に言えば、移植できる土壌がベトナム人にあるように思われる。

 「中国プラスワン」は「中国のリスクヘッジ」という意味である。日本と中国、日本とベトナムが同じ関係であれば、「中国プラスワン」は成立するが、私見では異なると思う。「中国プラスワン」という簡単な気持ちでベトナム進出して、ベトナムで成功するとは思われない。当然であるが、中国とベトナムは別の国である。本気でベトナムに進出するなら、ベトナム式の進出モデルがあるはずだ。

 ベトナム流・ベトナム型のビジネスモデルを導入させた企業がベトナムで成功する。何も中国流・中国型にこだわる必要はない。本気でベトナム進出を考えれば、いろいろな新しい可能性が見えてくる。冒頭のモデルは、その一例である。やや言い過ぎかもしれないが、「中国の手垢」にまみれた日本企業は、それをすべて洗い流してベトナム進出を検討するべきであろう。

 

 

 

|

2008年7月22日 (火)

堺市でベトナムセミナーが開催

 猛暑の中、堺商工会議所でベトナムセミナーが開催された。大阪から地下鉄・御堂筋線の終点「なかもず」駅下車。徒歩5分ほどである。主催は、堺国際ビジネス推進協議会

 在大阪ベトナム社会主義共和国総領事館のレー=ドック=リュウ総領事の来賓挨拶、同領事館ヴォ=タイン=ハー商務担当領事が「最近のベトナム経済動向」について講演された後に、私は「途上国から中進国へ向かうベトナム:課題と展望」というテーマで約1時間ほど講演した。

 5月末頃から「ベトナム経済危機」が流布されたが、この7月にミスユニバース世界大会がベトナムのニャチャンで無事に開催された。経済危機によって投資引き上げ、ドン暴落というような混乱の国でミスユニバース世界大会の開催は似つかわしくない。直接投資が継続して増加しており、輸出も企業業績も好調な国で何が経済危機なのか? 

 高率のインフレや株価・地価の暴落があるものの、それは「市場経済の試練」という程度の一時的な現象であり、それは経済危機ではない。このような趣旨のお話をさせていただいた。かつてベトナムでは、100%を超えるインフレを経験している。25%など驚くほどではない。もちろん国民の不満は大きいが、40歳から50歳台以上の世代が社会安定の役割を果たしているように思われる。「昔と比べれば、今は恵まれている」という意識が社会不安の増大を抑制している。

 ベトナム人の所得向上に伴って、国内市場ビジネス参入のチャンスがある。たとえば「焼きたてのパン屋さん」は、食生活の洋風化が進行中のベトナムでビジネス=チャンスがある。しかし今は時期尚早かもしれない。参入のタイミングが成功の秘訣である。早すぎても遅すぎてもいけない。このタイミングは、ベトナム人のパートナーに依存する。ベトナム国内市場は、やはりベトナム人でないと理解できない。信頼できる優秀なパートナーは、どのようなビジネスにも不可欠である。このようなことも僭越ながら指摘した。

 出席者は60名を超え、会場は満席であった。質問も多数あり、活発な経済交流セミナーとなった。年内に在大阪ベトナム総領事館は堺市内の自前のビルに移転する。場所は堺市役所の近くだそうである。安土桃山時代からベトナムとの交易を推進してきた堺は、この移転を機会に再び大きく飛躍するような予感がする。どんなビジネスでも先取性・先駆性がなければならない。かつてのような堺のビジネス活力の復活は、このDNAの覚醒が必要であろう。このセミナーが、それを刺激することになれば幸いである。

   

|

2008年7月21日 (月)

なぜカンボジアは韓国と関係が深いか?

 カンボジアでは、韓国人のビザ(査証)が不要になったと聞いている。これに対して日本人は、依然として25ドルか30ドルの査証費用を空港で支払わなければならない。

 さらに現在の韓国大統領・李明博氏はカンボジアの経済顧問であった。韓国からカンボジア、特に首都プノンペンに対する民間の不動産投資は活発であるし、世界的な文化遺産となっているアンコールワット遺跡(シェムリアップ)の観光客も韓国人が最多となっている。またカンボジア証券取引所の開設については、韓国証券取引所が人材教育を担当しているし、すでに韓国の新韓銀行および証券会社がカンボジア進出を果たしている。

 このようなカンボジアと韓国の親密な関係は、どのような経緯があるのであろうか? なぜ日本は、カンボジア和平にも貢献し、PKO(国連平和維持)軍を自衛隊から派遣し、またカンボジアに対して最大のODA(政府開発援助)資金の提供国であるにもかかわらず、カンボジア関係については韓国の後塵を拝することを余儀なくされたのであろうか? 

 山田寛『記者がみたカンボジア現代史25年』日中出版、1998年。

記者がみたカンボジア現代史25年
販売元:セブンアンドワイ
セブンアンドワイで詳細を確認する

 私は、韓国企業の経営者の先取性や決断力が日本人経営者よりも優っているからだと思っていたが、上記の著書を読んで、カンボジアと韓国の深い関係の理由が理解できた(同書、pp.163-171)。

 カンボジアのシアヌーク前国王は、ロンノル政権およびポルポト政権の時代に国外亡命の時期があった。北朝鮮と中国である。その間に前国王は、中国では周恩来首相、北朝鮮では金日成主席と深い友情もしくは信頼関係をもったと言われている。

 シアヌーク国王がカンボジアに帰国後、北朝鮮は身辺警護のためにボディガードを20名派遣したそうである。1996年4月に、「そうしたボディーガードの新入りで、まだろくにカンボジア指導者の顔も覚えていない者が、地方式典に出席する国王の到着を出迎えようとしたフン・セン第二首相を跳ね飛ばして軽傷を負わせる事件まで起こしてしまった。激怒したフン・セン氏は、それでなくても大事な韓国との経済関係の強化をねらい、翌五月、対韓国国交完全回復の前段階として、代表部相互設置のための合意を成立させた」(p.166)。

 「シハヌーク国王=北朝鮮」と「フン・セン首相=韓国」という対立図式の中で、フン・セン首相は韓国に傾倒していった。同書を通して私はこのような背景を理解した。首相は、外交カードとして「ベトナムカード」の他に「韓国カード」を使いながら、シハヌーク国王と対抗しようとしてきたのであろう。これに対して国王は「中国カード」と「北朝鮮カード」をもっていた。詳述は省略するが、世界情勢の変化は首相を後押ししたとみなされる。

 以上のような意味で、フン・セン首相の現在の地位と権力の基盤形成にとって、韓国が極めて重要な役割を果たしてきたのではないか。カンボジアと韓国の関係は、日本との関係に比べて、より深い地下の根の絡み合いのように、歴史の闇の中に埋め込まれているように私には思われる。

|

2008年7月20日 (日)

NHK衛星放送:地球特派員2008「激変ベトナム最前線~チャイナプラスワン戦略を追う~」を見る

 土曜日・午後にベトナム中小企業について講演して、その日の夜に上記のベトナムビジネスのテレビを見た。実は、午後3時45分からのベトナム講演前、午後1時から恒例の「ラオス清掃ボランティア活動」の説明会を同じ場所で開催した。このように土曜日はラオス・ベトナムの日であった。

 表題のNHKテレビは、エコノミスト伊藤洋一氏のハノイ取材で構成されていた。取材先は次のようであった。日系企業ではTOTO社、そのほかに韓国系企業のグローバルMFG社、台湾企業のパソコンメーカー・コンパル社、同じく台湾のプラスティック金型成形のドラゴン=ジェット社、さらに計画投資省のダット副大臣、また住友商事が開発したタンロン工業団地周辺の出稼ぎ労働者の自宅を訪問していた。

 このタンロン工業団地に隣接する村は、空港からハノイ市内を通ると、いつも若者で溢れている様子が車窓から見える。「お祭りでもあるんですか」というような人出である。この村の取材は私もやってみたかった。中国進出の日系企業なら工業団地内の従業員寮に一般に住まわせるのだが、ベトナムでは住居は自由にさせている。これまで労働力が豊富で、周辺から労働者が集まってきたから、ベトナムで寮は必要なかった。この中国とベトナムの相違は、両者の労働力に何か影響を及ぼすのであろうか。興味あるテーマである。

 ベトナムの場合、かつての日本企業と同様に寮を建設した方が、労働者の定着率や愛社精神・相互協力の姿勢が高まると私は予想している。私の知る限り、寮を建設しているのは、日系企業ではエースコック=ベトナム社である。短期の日本人出張者は、この寮に宿泊すればよいのだ。従業員と同じ場所に住んで、同じものを食べる。こんな日本企業があれば、ベトナムで成功する可能性は高い。ベトナム人は、こういうことに感激する。意気に感じる。

 また取材ではランソンの中国国境まで足を運び、中国・広州を中心とする華南地方とベトナム間が「中越回廊」道路を通して経済交流が拡大する現状が紹介された。また中国・昆明が「すそ野産業」の集積地であり、その関係も深まる。2015年には中国とASEANの経済統合が完成し、それにより、18億人の経済圏ができると指摘された。

 韓国企業・台湾企業の取材は、さすがにNHKである。これは、日本企業にとって貴重な情報源となる。多数の日系企業は日系企業間での情報交換に終始するからである。リスクに対してより寛容な韓国や台湾の企業経営者の見解は、日本企業にとって参考になるであろう。

 私が特に注目したい会社は、台湾のドラゴン=ジェット社である。典型的な「中国プラスワン戦略」の企業だからである。社長は台湾人だが、すでに進出した中国の管理者を15名連れてきて、ベトナム人700名を指導している。

 中国人管理者にベトナム人労働者を指導させることについて、私は問題が生じるのではないかと指摘したことがある。中国人が偉そうにでもしたら、ベトナム人労働者は猛反発するであろう。ただし考えてみれば、中国人であろうが、日本人であろうが、韓国人であろうが、ベトナム人は偉そうにする人は嫌いである。この意味で、上記のドラゴンジェット社が順調に操業しているとすれば、その中国人管理者の技術的・人間的な力量は高く評価できる。

 ベトナム政府のインフレ対策が「後手」に回ったという指摘があった。この「後手」というのは、いつものこととも考えられる。何か問題があっても、それが深刻になるまでは放置される。誰も責任を取りたくない体質がベトナム人にもある。より卑近な実例では、昨年12月に実施されたバイクのヘルメット着用の義務化がそうであった。この義務化を数年前に実施しておけば、交通事故死はもっと早くに減少していたはずだ。

 政策を的確なタイミングで実施することは、ベトナムのみならず日本でも米国でも難しい。日本の「バブル経済」時の政策は的確だったのだろうか。最近のサブプライム・ローンの破綻に対して米国の対応は的確なのだろうか。このように考えれば、WTO加盟を果たして世界経済に乗り出したばかりのベトナム政府は健闘していると言わざるをえない。

 当面最大の問題は、現在の金融引き締め政策の緩和のタイミングであろう。これについては機会を改めて議論してみよう。

|

2008年7月19日 (土)

神戸研究学園都市・共同研究発表会「東アジア経済圏の発展と中小企業の役割―ベトナムを事例として―」

 神戸市外国語大学の近藤義晴教授(副学長)との共同研究の成果をユニティ(大学共同利用施設)で発表した。テーマは表題のとおりである(flairflair:漢字が多くて申し訳ないです)。

 近藤教授は、神戸大学大学院の先輩で、ドイツを中心とした中小企業論・経営学がご専門である。本研究は、神戸研究学園都市大学交流推進協議会が大学間の共同研究を推進するために交付した平成18年度から2年間の研究費に基づいている。今回の発表会とは、その成果を一般市民に公開するという趣旨である。

 ベトナムで民間企業が公式に認められたのは、1986年の「ドイモイ」政策の採択以降である。2000年1月に企業法が行され、国営企業と民間企業の法的差別がなくなった。これによって民間企業が爆発的に増加した。そしてWTO加盟を控えた2006年1月に統一企業法が施行され、ベトナム国内企業と外国企業の法的差別が原則としてなくなった。

 ベトナムの中小企業の歴史は、以上のような民間企業の歴史と重なる。ベトナム政府やベトナム商工会議所は、中小企業の育成策を講じているが、限られた国家予算の使途から見れば、中小企業よりもインフラ整備に重点が置かれているように思われる。また最近の金融引き締め政策(貸し出し金利20%)下では、中小企業経営は資金的に困難を極めているのではないか?

 また「すそ野産業:Supporting Industry」育成は重要課題であるが、2015年にASEAN共同体(経済統合)が成立すれば、ASEAN域内の貿易が自由化される。こうなれば、すべての部品を自国内で生産することが経済発展にとって不可欠とは言えないように思われる。たとえばベトナムの皮革・履き物産業のための皮革(なめし革)用の牛の放牧は、必ずしもベトナムに立地する必要はなく、より広大な土地を有する隣国ラオスでもよいという見解も成り立つ。

 私見では、ベトナム中小企業を育成する資金調達は、民間ベンチャーファンドが担うということが考慮されてもよい。せっかく設立された株式市場を活用する。一般に言って、外国語ができる30歳代の大学卒業の中小企業経営者がいれば、その彼または彼女はビジネスもしくは投資の有力なパートナーの候補者である。

 東アジア諸国には、日本の中小企業にとってビジネス好機が大量に埋蔵している。少子高齢化・人口減少の日本において、中小企業が存続・発展するためには、その埋蔵物の発掘に乗り出すしかないのではないか。将来の成長に夢をもって仕事する。そのための主な活動の舞台は東アジア諸国であるとみなされる。

 以上のような内容を90分間に渡って写真を交えながらお話させていただいた。約50名弱の熱心な受講生(年配の方々が多かった)のご静聴に感謝を申し上げたいと思う。

|

2008年7月18日 (金)

驚きの「おもてなし」料理:朝顔の話

 昨日、何人かの方々と大阪で夕食をご一緒した。皆さん、私にとって重要な方々ばかりである。そして全員の共通点はグルメ=美食家である。

 この中で嵐山吉兆の料理が話題になった。夜の会席に、ツルが巻きついたパッと開いた朝顔を利用して盛り付けられた料理が出てきたという話だ。もちろん造花ではなく、生花である。

 嵐山吉兆では、朝にしか咲かない朝顔を夜に開花させるように光を調整している。これには誰もが驚く。「さすが」と思う。もちろん料理自体の素材や味が最優先されるのは当然だが、その演出に工夫がある。これが高級店・一流店の条件なのであろう。だから高いお金を払うことに納得する。

 こういった驚きや感動の提供を追及することが、今も昔もビジネスの基本ではないか。驚きや感動は長く継続しない。たとえば、いくら安売りしても、それはすぐに飽きられる。安いことが当たり前になると、安いことが顧客に訴求しない。もっと安い店があれば、すぐに顧客は移動する。低価格だけでは顧客を保持できない。

 他方、定番商品を提供するという戦略もありうる。あえて目新しさを追求せず、顧客が安心できる商品を安定的な価格と数量で供給する。これは換言すれば、変わらないことで驚きや感動を顧客にもたらしているとも言える。

 どのようなビジネスでも相手は人間である。その人間は感情の動物である。この感情を揺さぶるような商品やサービスでないと、それは長く生き残れない。今さらながら当然であるが、こういうことを常に念頭に入れておく。換言すれば、顧客に喜んでもらうにはどうすればよいか? この問題を常に考える。

 こういったことは日本のみならず、外国ビジネスでも不可欠である。さらに言えば、外国人に対してこそ、日本人より以上に驚きや感動を提供できると思う。日本人なら感動しないことでも、外国人であるからこそ「すごい」と思ってくれることが多々ある。それは何か。その追究が外国でのビジネスの成功要因になる。

 このためには外国人を知ることである。ベトナムの場合なら、あなたは何%ベトナム人ですか? この数字が100%に近いほど、その外国人はベトナムでビジネスを成功させる可能性は高い。

 

 

 

 

|

2008年7月17日 (木)

堺市で「ベトナム経済交流セミナー」開催:ご来場をお待ちしております

 大阪ベトナム総領事館が大阪市から堺市に移転する。安土桃山時代における日本最大の貿易都市であった堺は、すでに当時からベトナムと交易していた。こういった縁もある。

 大阪府や大阪市の財政危機が指摘されているが、政令指定都市となった堺市は、シャープの液晶パネルなどの工場誘致にも成功し、大阪で最も元気な都市と言えるのではないか。総領事館の移転を契機にして、これまで以上にベトナムとの経済交流は活発化すると思われる。

 それを記念する意味も含まれていると思われるが、7月22日(火)午後2時から以下の要領で「ベトナムセミナー」が開催される。

開催日時 平成20年7月22日(火) 午後2時~ [午後1時30分より受付開始]
場  所 堺商工会議所 (堺市北区長曽根町130番地23)
対象者 ベトナムとのビジネスに興味のある方
参加費 無料
主  催 堺国際ビジネス推進協議会
協  力 ベトナム社会主義共和国総領事館

shine開会挨拶shine 在大阪ベトナム社会主義共和国総領事館 
レー・ドゥク・リュウ総領事
annoy講 演annoy
 
1.「ベトナムの経済最新情報」
  在大阪ベトナム社会主義共和国総領事館 ヴォ・タイン・ハー商務担当領事
2.「途上国から中進国へ向かうベトナム:課題と展望」
  流通科学大学教授・日越経済交流センター副理事長 上田義朗氏

◆ お申込・お問合せ先:
堺国際ビジネス推進協議会事務局(堺市産業政策部内 担当:江本)
TEL:072-228-7629 FAX:072-228-8816

 会場でお目にかかることがありましたら、ぜひお声をおかけください。株価低迷の時期と違って、今日の上昇基調の講演は元気一杯、自信満々??でお話いたします。

|

2008年7月16日 (水)

ベトナムは「正念場」を乗り越えたか?

 『日本経済新聞』長谷川岳志・ハノイ支局長は、「点検・新興国経済ベトナム」という記事で、次のような見出しでベトナム経済の懸念材料を報道した(2008年6月25日)。

 annoyインフレ加速、市場混乱annoy annoy株・通貨安、金融政策は後手にannoy annoy不透明感、外資誘致に影もannoy

 長谷川さんとは、ハノイで以前にお目にかかったことがある。ベトナムに赴任される前は、兜町を取材されており、金融証券の専門家である。その長谷川さんが、以上のような記事を書かれるのだから、それは説得力がある。そして何と言っても『日経』である。その影響力は大きい。

 さらに、この記事の中で登場する古川さんは、私がJICA短期専門家としてラオスに滞在していた2001年に、同じくラオスにJICA長期専門家として赴任されており、何度かお話をしたことがある。私にとってラオスの大先輩である。その古川さんのコメントは、次のように紹介されている。

 「日銀OBで国際協力機構(JICA)専門家としてベトナム経済の分析に当たる古川久継氏は「不動産価格の急騰が顕著になった昨年夏の時点で金融引き締めを強化すべきだった」として、金融政策が後手に回ったと指摘する」。

 古川さんの指摘それ自体は納得せざるをえない。しかし昨年夏の時点で、私の知る限り、このような指摘は皆無であった。この時点で株価が軟調になり、それに代わって不動産価格が上昇した。これは当時、株式から不動産(=実物資産)に資金が移動したと解釈されていた。

 この急騰した不動産価格も今や下落したが、それがベトナムでは「買い局面」とみなされている。この現状は株価についても同様である。以上のようにベトナム経済は、、まさに市場経済そのものである。

 私見では、生真面目なベトナム政府は、市場経済を導入するとなれば、本気で市場経済を実践しようとしている。その延長でWTO(世界貿易機構)にまで加盟を果たした。ただし「社会主義国家」を目標とするベトナム政府は、自由放任の市場経済ではなく、市場を管理・規制したいと考えている。そこで日本の高度経済成長を実現した経済政策・産業政策を参考にしようとした。このような事情が、日本とベトナムの間における経済・社会・外交の深い関係の基盤となっている。

 自由放任の市場経済では「勝ち組」と「負け組」が生まれる。民間企業は、当然に「勝ち組」になろうとするし、そのために自由放任の市場経済メカニズムを最大限に利用しようとする。そうなれば、ベトナム政府が意図するような「市場の管理・規制」は民間企業にとって迷惑である。民間企業の政府規制に対する不満・批判の発生が予想される。この事情は現代の日本も同様であろう。

 これまでのベトナム政府は、その国家運営において調和・調整・合意を重視してきた。この意味で、民間企業が自由放任の市場経済を希求し、それに対する規制・管理を好まないとすれば、ベトナム政府は昨年夏の時点で「金融引き締め」政策を採用できなかったのではないか? 金融政策よりも政治の安定を優先させたのである。古川さんの指摘に対して、ベトナム政府を弁護するとすれば、このように説明できる。

 長谷川さんは、「これまで経験のなかった世界経済との連動や急速な成長をコントロールし、足元の不安定な経済を軟着陸させることができるか。ベトナムは正念場を迎えている」と最後に指摘されている。

 これに私も同意する。しかし私が強調したいことは、これまでのベトナムの歴史を見れば、現在よりも困難な「正念場」を乗り越えてきた実績をもっているということである。ベトナム政府は、ベトナム戦争・カンボジア紛争、さらに中国による1979年のベトナム侵略から学習している。これまでの歴史的な経験から教訓を積み重ねている。それが「全方位外交」という基本政策が採用され、それが国連の安全保障理事会・非常任理事国の地位を獲得するまでに至っている。

 この歴史的な事実を考慮すれば、今回のベトナム経済危機の懸念についても、政府は重要な教訓にしているはずである。これが正しいとすれば、たとえ最悪の事態として国際通貨基金(IMF)の緊急融資を受けようとも、それはベトナムの教訓となり、長期的な経済成長が継続するであろう。 

 長谷川さんが指摘されるようにベトナム経済の停滞・低迷が懸念されたが、それは今や解消しつつある。古川さんが指摘された「金融引き締め」が実行され、その効果が着実に現実の経済に反映されているからである。

 私が以前に述べたように、ベトナムを「蟻の眼」で見ると、その欠陥・問題点が山積している。「鳥の眼」や「魚の眼」で見れば、ベトナムは「正念場」を見事に乗り越えていくと思われる。

 

|

2008年7月15日 (火)

あはらコンサルティングオフィス代表・阿原小百合さんの特別講義:アフラック代理店

 今日で大学の講義は終了。私の担当する企業論では、(有)あはらコンサルティングオフィス・代表取締役の阿原小百合氏から特別講義を賜った。

 同社は、日本で最大の契約者数を誇るアフラック(アメリカンファミリー生命保険会社)の代理店であり、神戸市でも契約者数のトップを維持する有力店である。

 前半は、保険の基礎知識のお話であった。通常の人間の一生の中で一番高い買い物は「住宅」だが、その2番目は「保険」である。住宅は慎重に購入するが、多くの保険は営業担当者の勧めに応じて購入している。それでよいのか? こういった問題提起は、やや耳が痛い。

 後半は、阿原さんの自伝的な話であり、テーマは「仕事と私」。親近感のある内容だったという多くの学生の感想であった。大学生の時代から、将来の夢や自分の姿を考えるのは難しい。それでも就職をしなければならない。真面目な学生ほど悩むことがある。

 阿原さんのお話は、真剣に一所懸命に仕事に取り組むと、道は開かれる。これは優等生的な指摘だが、他方、しかし自分に合っていない仕事もあるので、それはしかたがない。その仕事は無理しないことである。転職してもいいじゃないか。後半の「気楽」な指摘が、学生には「救い」であったようだ。人生、頑張っていれば、なんとかなる。また成功もありうる。元気の出る講義であった。

 なお私見では、阿原さんの成功の秘訣は、保険会社の側ではなく、契約者の側に重点をおいた仕事をしていることである。代理店は、本来は保険会社と契約者の両方の代理であると思う。しかし多くは、保険会社の代理ではないか。これに対して阿原さんは、常に契約者の立場に立っていただけるのだと思う。それが幅広い契約者の支持があり、さらに「口コミ」の新規の来店者を集めている。 

 最後に、学生に対して、また私にもアフラックの「アヒル」のお土産を頂戴した。学生は大喜び。先生も同様。阿原さんと同社のますますのご発展をお祈りしたい。

|

2008年7月14日 (月)

ラオス・カンボジアの連続する成長起爆プロジェクト

 ベトナムの外貨準備が200億ドル(約2兆円)以上あることが公表され、ベトナム経済危機の声は小さくなった。ロータス投資運用会社の月次レポートによれば、外国直接投資も増加しており、経済成長の基調は不変であろう。

 米国経済の低迷によって対米輸出の減少もありうるだろうが、それを補填する対EU向け輸出に期待したい。かつて「ナマズ」輸出が、米国のダンピング規制のために輸出制限されたとき、その輸出減をEU向け輸出増で補填した経験がベトナムにはある。ベトナム企業にも市場経済の試練を乗り越えた実績がある。

 「経済成長する国の周辺国は成長する」。これは、私の命題に近い仮説である。ベトナムそして中国の周辺国ラオス・カンボジアも必ず成長する。その成長促進の起爆剤となるプロジェクトが両国では連続して予定されている。簡単に列挙すれば次のようである。

 ラオス:2010年の証券取引所の開設。その前後のWTO加盟。タイ国やベトナムからの「衛星工場」の建設の増加。東西経済回廊の利用増大、タイ国とビエンチャンを結ぶ鉄道の完成。

 カンボジア:2009年の証券取引所の開設。日系工業団地「プノンペン経済特区」の発展。シハヌークビル輸出加工区の建設。道路と鉄道のインフラ整備の進展。

 タイ国とベトナムに挟まれたラオスとカンボジアの経済発展は必然である。これらの成長に次いで隣国のミャンマー(=ビルマ)が注目されることになるであろう。

 アセアン諸国において2015年までの経済統合(=「アセアン共同体」)の創設が、2007年の「セブ島宣言」で謳われている。アセアンが経済的に一体化するということは、5億人を超える新しい市場が生まれることを意味する。個々の国別の進出を検討するのではなく、5億人市場の一角に参入する。どのように将来、5億人市場と向き合うかを考える。この視点が不可欠となる。

 以上のような文脈を考えれば、ラオス・カンボジアの進出は、将来のアセアン共同体を見据えた「妙手」と言えるかもしれない。

|

2008年7月13日 (日)

経営情報を学ぶ:流通科学大学・オープンキャンパスの開催

 7月13日(日)は、流通科学大学の「オープンキャンパス」が開催された。高校生向けの模擬講義を担当した。時間は30分。私の担当科目の名称は、「実学」としての経営情報コース。このコースで何を学べるかを説明することが目的である。

 流通科学大学の建学理念は「実学」であるから、当然に「実学」を強調した説明になる。大学にとってもブランド形成は重要である。

 これまでの経営学は、極端に言えば、「経営学」学。経営学を学ぶ。換言すれば、理論を学ぶ。最低限の常識として「理論」は不可欠だが、それがすべてではない。本来の経営学は「経営を学ぶ」ことであって、経営学を学ぶことではない。

 このような説明は、言葉の遊びという印象を与えるかもしれない。そこで次に、「経営を学ぶ」とはどういうことかを話す。最初に、経営情報という概念を説明する。経営情報を「企業経営に役立つ情報」もしくは「意思決定に役立つ情報」と簡単に定義する。それを取捨選択・理解・分析・加工・応用・創造・発信する方法や考え方を学ぶ。これが経営情報コースの教育体系である。さらに、それら全体をシステム化することも重要な課題である。

 以上、簡単に言えば、企業経営の内容を様々な経営情報の集合とみなして、その各種情報の多様な処理方法を学ぶ場所が経営情報コースである。こんな話を講義の最初に少しして、その後はベトナム・ラオス・カンボジアの企業経営の状況を写真を交えて話した。

 猛暑の中を来学してくれた高校生や父兄の皆さまに感謝を申し上げます。また、来年4月の再会を楽しみにしています。

|

2008年7月12日 (土)

フィリップ=コトラー他『ASEANマーケティング:成功企業の地域戦略とグローバル価値創造』マグロウヒル・エデュケーション、2007年。

 マーケティングの教祖であるフィリップ=コトラー教授(ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院)が、昨年8月にベトナムのホーチミン市で講演し、その様子がテレビでも放映されたことは本ブログでも紹介した(2007年9月2日・22日)。

 なぜコトラー教授がベトナム訪問したのか? それは表題の書籍の出版と関係があったのだ。原著名は、Think ASEAN! ベトナムの成功事例(清涼炭酸飲料水・ナンバーワン)も含まれており、そのほかにPho 24にも言及している。本書によって、コトラー教授がベトナムを含むアセアン諸国に深い関心を寄せていることが理解できた。

ASEANマーケティング―成功企業の地域戦略とグローバル価値創造 (マグロウヒル・ビジネス・プロフェッショナル・シリーズ) Book ASEANマーケティング―成功企業の地域戦略とグローバル価値創造 (マグロウヒル・ビジネス・プロフェッショナル・シリーズ)

著者:フィリップ・コトラー,ホイ・デンフアン,ヘルマワン・カルタジャヤ
販売元:日本出版貿易
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 本書は、その副題を見ても理解できるように、各国の多様性(「地域戦略」)と統一戦略(「グローバル価値創造」)を両立させた企業がアセアン諸国で成功することを具体的な企業事例に基づいて主張している。そのための方法として、伝統的な分析概念であるポジショニング・差別化・ブランドの3つを使用する。これらの相互の連携が効果的・効率的に機能すれば、どのような国においても企業は成功することが示されている。

 たとえば日本で成功した製品戦略だからと言って、それが中国で成功するとは限らない。さらに言えば、中国の北京で成功しても、それと同じことが広州では成功しないかもしれない。また中国での成功が、必ずしもベトナムの成功につながらない。それぞれの成功の時期もしくは時代背景が異なっているし、各国・各地域の民族・社会・習慣・慣行・市場構造が相違しているからである。それらの多様性に対応した前述のポジショニングや差別化が的確に分析・検討されなければならない。そのことが、国家や地域を超えた統一されたブランドの形成をもたらす。そして、そのブランド形成が、さらに新たなポジショニングや差別化の戦略を必要とする。本書は、このようなことを説得的に教えてくれる。

 本書の豊富な成功事例は、そのままでは外国で通用しない。どのような修正・改善・応用が必要なのか。たとえばシンガポールで成功した「ブレッド・トーク」(焼きたてのパン屋さん)から日本のパン屋さんが学ぶことは何か。この「ブレッド=トーク」が、たとえばベトナム進出する場合、留意点は何か。本書の事例からこういった問題を設定して討論することは、国際ビジネスまたは国際マーケティングの思考方法を深める絶好の訓練となる。

 日本のビジネス=パーソンや学生のみならず、広くアセアン諸国の人々に読んでもらいたい著書である。

annoy追記annoy:シンガポールの「ブレッド=トーク」の事例で感心したことは、次の点である。①パンを贈り物のレベルに向上させたこと。②台湾地震の時にはそれに応じたパンを創作するなど、商品開発に社会性があること。③「焼きたてパン屋」の単なる「香り」のみならず視覚的に好印象の店舗づくりをしていること。④新製品を次々に発売して顧客を飽きさせないこと。日本で乱立気味の「焼きたてパン屋」さんにとって、これらのことは教訓となるであろう。

 

|

2008年7月11日 (金)

ロータス投資運用会社提供「ベトナム経済ニュース(20)」:株価「底値」は確定したか?

 ベトナム現地法人・ロータス証券投資ファンド運用管理会社が提供する6月のレポートを紹介する。ベトナム株式市場は株価低迷の「底値」を探る状況であったが、ようやく「反転」の兆候が見えてきたようである。ロータス社の以下の月次報告は、控えめな表現であるが、今後の「買い」局面の到来を指摘している。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 6月にVN-Indexは414.10ポイントから399.40ポイント(3.55%)まで下がり、 Hastc-Indexは119.31ポイントから112.67ポイント(5.57%)まで下落しました。他方、OTC市場には大きな変動がありませんでした。

 この直近の2週間では、HOSE(ホーチミン証券取引所)、 HASTC(ハノイ証券取引センター) 及びOTC市場ともに顕著な上昇が見られました。

 先月5月の「月次報告書」は、ベトナムにおける金融危機の発生の確率は低いと述べました。実際に最近、金融引き締め政策の効果が発揮され
 ① 経済成長が鈍化し(年初から6ヶ月のGDPは6.5%上昇)、
 ② 貿易収支の赤字も落ち着きました(5月の赤字金額が28.5億米ドルに対して6月の収支赤字は13億米ドルに縮小)。一方、
 ③ 輸出が引き続き上昇しました(前年の同期に比べて、年初から6ヶ月で32.9%増加)。
 ④ それに加えて直接投資(登録金額および実施金額)も増加し続けています。
 ⑤ 以上、貿易収支が引き続き改善されると考えられます。

 石油の値段が上昇していますが、過度のインフレはおそらく終息しつつあります。5月のCPI(消費物価指数)が3.91%上昇であるのに対して、6月のCPIは2.14%上昇であり、年初から最低の上昇率でした。多くの企業は高い貸出金利、輸入への依存、原材料費用の増加などの困難に直面していますが、これらの困難は一時的な困難に過ぎないと考えられます。物価が安定すれば、金利も低下し、企業にとっては好循環の経済環境になると思われます。

 弊社は、VN-Indexの「底値」(366.02ポイント:6月20日)が既に確定されたとみなしています(確率は80%)。そこで今後、綿密な研究調査に基づいて、企業の株式の保有率を増やす方針です。ただし依然として貸出金利が高く、石油価格が引き続き上昇し、高いインフレ率が続いているために、多くの企業の第2四半期および第3四半期の業績が良くない可能性が高いという予想もあります。そのために上記の市場の底値より更に株価は下落するという説もあります。したがって株式の取得は慎重に進めることとします。

 ベトナム証券市場の下落率は、以前の「アジア通貨危機」当時のタイ国・マレーシアの下落率よりも小さいです。ただしタイ国やマレーシアのピーク時の株価は、ベトナムの2007年のピーク時の株価よりも過大評価されていたかもしれません。

 ベトナムの困難は一時的な困難に過ぎません。その困難は地域全体に影響を及ぼしていませんし、企業業績・ビジネス機会・消費市場などの基本要素が良好に維持されています。それにもかかわらず、市場参加者が多様であるためにベトナム証券市場における短期的な予測は困難です。以上、弊社の投資活動及び投資経験を投資家と情報共有するために、弊社の主観的なコメントを述べさせていただきました。

|

2008年7月10日 (木)

ベトナムの流通事情:消費者行動の分析(下)

 {前日の続き}

 「回答者の大多数は、食料品を伝統市場で購入しているが、回答者の64%は、スーパーの方が伝統市場よりも好ましいと見なしている」(p.28)。「消費者は買い物する商品の品目に応じて、買い物場所を使い分けている」(p.29)。「食品及び非食品の両方で伝統市場が主たる買い物施設であり続けていること、そして、生鮮食品では公設市場、非食品では家族従事の零細店が主たる買い物施設になっている」(同上)。

 「ベトナムの消費者は、自然で新鮮なものほど美味しく、健康的でリスクが少ないと認識しているので」(p.30)、ほぼ毎日のように公設市場かフロッグマーケットで買い物する。「消費者はふつう生鮮食品をまとめ買いしないし、冷蔵庫に生鮮食品を保管しようともしない」(同上)。

 「商品の鮮度へのこだわりが強くて、伝統市場への距離の近い消費者ほど、買い物頻度が高ま」(p.31)り、冷蔵庫を保有しているかどうかや所得といった要因は、消費者の買い物頻度に有意な要因ではない」(同上)。「消費者が伝統市場で生鮮食品を購入する習慣と、そうした店舗の近接性(利便性)低価格といった要因が、スーパーの発展を阻む大きな要因である」(同上)。

 「スーパーと公設市場との評価を比較すると、「商品の鮮度」、「価格」の水準、「店舗の近接性」の点で、消費者はスーパーよりも公設市場を高く評価している。・・・・・・スーパーと家族従業の零細店とを比較すると、「価格」の水準、「店員のサービス」、「商品の鮮度」、「返品(調整)制度」、「店舗の近接性」の面で、消費者はスーパーよりも家族従業の零細店の方をかなり高く評価している」(pp.31-32)。

 「公設市場は、鮮度の高い商品を提供している。他方、販売促進のための活動や快適な買い物環境(例えば、清潔さ、陽ざしの良い窓、空調など)を提供していない。しかし、ベトナムの消費者にとって、それらは伝統市場のマイナス要因となっていないようである」(p.32)。

 本論文の結論は、次のように指摘されている。「伝統市場とスーパーは代替関係にあるというよりも、互いに流通機能を補い合う補完関係にあり、消費者にとって共に重要な存在となっている。こうして伝統市場とス-パーが共存する形でベトナム社会に溶け込んでいる」(p.33)。

 「ベトナムでは、今後、公設市場は加工食品よりも生鮮食品にいっそう重点をおいていくように変革していくであろうし、スーパーは加工食品や非食品の分野での主たる流通チャネルとなっていくであろうと予測できる。・・・・・・家族従業の零細店は、スーパーとの価格競争によって、加工食品や非食品の分野でシェアを失っていく可能性がある」(同上)。

shineコメントshine: チュングエン=コーヒー店およびインスタントコーヒー・G7で有名なチュングエン社が、コンビニエンスストア・G7マートのフランチャイズを展開中である。同社は、家族従業の零細店がG7マートのフランチャイジーとなってこそ、スーパーとの対抗が可能であり、将来も存続できると主張している。この戦略が正しいことは、本論文が証明している。ただし低価格の商品を各店舗に十分に供給できていないとも言われている。メーカーに対する価格交渉力が不足しているのである。本論文を同社に紹介すると同時に、その近況について再調査してみたいと思う。

 なお、本論文で言及された「ハノイ西友」(p.27)は台湾の統一グループに売却され、西友はベトナムから撤退した。西友本社が米国のウォルマートに買収され、経営が見直しされたことが原因である。現在、少数株主として三菱商事が残っており、店舗名は「ユニマート」に変更された。これは確か数年前のことである。これは、本論文における唯一の些末な誤りであるが、それは本論文の独創性や有益な実践性を損なうものではない。

 

|

2008年7月 9日 (水)

ベトナムの流通事情:消費者行動の分析(上)

 神戸大学大学院経営学研究科の丸山教授と大学院博士課程のチュン(Trung)氏の次の論文から、ベトナムの流通事情や消費者行動の実態を知ることができる。以下では、その要点を紹介する。

 丸山雅祥・Le=Viet=Trung「移行期経済諸国の流通革命に関する実証研究―ハノイにおける消費者行動のプロビット分析―」神戸大学経済経営学会『国民経済雑誌』第197巻第2号、2008年2月、pp.21-36。

 すでにベトナムには、次のような外資系スーパーマーケットが進出している。ドイツのMETRO、フランスのBIGC,台湾のユニマート。さらにロッテマートが本年3月に店舗を建設中であった。このような外資系スーパーに加えて、COOPマートなど国内スーパーがあり、さらにG7マートなどいくつかのコンビニエンスストアもチェーン展開している。

 他方、伝統的なCHO「市場(いちば)」も健在である。また街頭には、野菜・果物・花を売る「おしん」と呼ばれる行商がいるし、家電製品・木工品・衣料品などの店舗の集積も見られる。以上の小売業の概観は、私の文字通り「私見」であり、それらを体系的に調査したわけではない。

 これに対して本論文は、ベトナムのハノイにおける2000件の家計に質問票を送付し、その中の有効回答413件から、消費者の選好や行動を定量的に分析している。このような実証的・定量的な消費者行動の分析は、これまで皆無であり、それが本研究の優れた独自性・独創性である。

 まず、ベトナムの流通構造について歴史が概観される。旧ソ連型の配給制度における禁制品や密売人の存在の指摘や、「人々は米や肉が収納できるように工夫した「重ね着」をまとうなど、あらゆる手段を使って監視の目をくぐろうとした」(p.23)といった記述が注目される。「重ね着」は、ハノイの冬なら利用可能だが、夏はどうしていたのだろうか? このような状況を想像すれば、当時は「暗黒時代」であった。大多数のベトナム人が、現在の市場経済を強く支持していることが理解できる。本論文は、学術的な価値は当然高いのだが、こういった新たな情報提供も興味深い。

 ベトナム政府の流通政策として、外資系スーパーの導入と規制緩和によって流通近代化を進めると同時に、既存の伝統市場を近代化するために優遇措置を講じることが指摘されている(Decision No.559/QD-TTg、2004年5月31日)。この決定の目標期限が2010年である(p.24)。この進捗状況はどうなっているのであろうか? 

 本論文では、食料品の流通チャネルを図示し(p.25)、さらに伝統的な小売業態を次のように分類する。公設市場、フロッグ=マーケット、家族従業の零細店、スーパーマーケット。この中で「フロッグ=マーケット」とは露天商のことであり、警察の取り締まりの強化にもかかわらず、依然として健在である。こういった「商人たちの不屈の精神」(p.26)を本論文ではやや肯定的に紹介しているように私には思われる。

 分析結果として、回答者413名の消費者行動の詳細が紹介される。消費者がスーパーで買い物する理由の上位は「セルフサービス」(80.7%)、「品質の保証」(76.3%)、「定価販売」(75.6%)、「ユニークな商品の発見」(61.6%)、「ワンストップショッピングの利便性」(60.1%)となっている。またスーパーでの購入品目は、「トイレタリー関連商品」、「家庭用品」、「菓子」、「冷凍食品」、「飲料品」、「加工食品」となっている。

(以下、続く)

|

2008年7月 8日 (火)

カンボジア情報:新川加奈子『カンボジア今』を読む(8・最終回):カンボジア経済の状況

 カンボジア関係の書籍の中で、最も古く入手したものは先日に紹介した中村梧郎『この目で見たカンボジア』(大月書店、1979年)であるが、表題の新川加奈子氏の著書は最も新しい。その内容を連載で紹介・検討してきたが、今回は最後に、最近の経済状況についての指摘を考察してみよう。

 カンボジア今 ポル・ポトの呪縛は解けたのか

カンボジア今 ポル・ポトの呪縛は解けたのか
販売元:セブンアンドワイ
セブンアンドワイで詳細を確認する

この目で見たカンボジア [本]
販売元:セブンアンドワイ ヤフー店
セブンアンドワイ ヤフー店で詳細を確認する

 新川氏は、カンボジア経済の特徴を3点指摘している。「1つは、ODA依存(2国間援助によるODA総計額はカンボジアの国家予算の4割に相当し、一番の拠出機関は日本)であること。2つ目は国民からの所得税が存在せず、税収入は国家予算の約9%であること。3番目は、強固な全国的経済圏が形成されていないことである。

 基幹産業は農業であり、GDPの3分の1を占め、就業人口の7割を吸収している。観光に代表されるサービス業、縫製・製靴などの製造業が成長分野とされているが、観光業は,アンコールワット周辺に凝縮されており今後の伸びは期待されない。製造業は中国の底力に押され、伸び悩みが今後予想さzれる。・・・・・・カンボジア経済において「安価な労働力」が唯一の好条件であり、物理的インフラの整備、法の支配の確立、透明性のある行政運営等、依然として課題は多いために、今後の大きな経済発展は望めない」(p.93)。

 新川氏がベトナムを旅行して気がついたこととして、「社会主義国ベトナムでは、制服を着た公務員が多く見受けられる。・・・・・・長期にわたるベトナム戦争によって破壊された社会が、この数年で目覚しい経済発展をとげているが、その理由の一つは、公務員の安定性ではないだろうか」(p.104)。

shineコメントshine: 私のベトナムやラオスの経験から言えば、やはり現地の滞在が長ければ長いほど、より正確に言えば、現地の人々との交流が長ければ長いほど、その国を理解できる。この意味で、新川氏は私よりも遙かにカンボジアに精通されている。

 しかし、カンボジアについて「今後の大きな経済発展は望めない」と言われることには、やや驚いた。新川氏も著書で指摘されているように、王立プノンペン大学の卒業生やODAによる外国留学生といった優秀な人材が育成されている。こういった人材を吸収する外国企業が増えている思われる。また、海外在住のカンボジア人が本国に帰国・投資する事例も増えている。また国内観光地として、シハヌークビル周辺の海岸や島がリゾート地として期待できる。

 カンボジアがいくつかの有力財閥が存在した王国であることを考えれば、タイ国に似た発展過程を取るように思われる。このような発展の大きな潮流の中に隣国ベトナムや華僑(中国人)の影響が合流して、カンボジア独自の流れが形成されるような印象を私はもっている。

 なお、ベトナムの公務員の制服着用は、これまで普通の風景であっただけに新鮮な指摘であった。なるほど、新川氏の指摘の通りかもしれない。国家の統制は、少なくともインドシナ3カ国においてベトナムが最も強力である。

 ただし、この強力な国家が、近年に台頭してきた富裕層(民間大企業)と一般国民さらに貧困層をどのように調整するかは、今後のベトナムにとって大きな課題であろう。これに対してカンボジアは、民間の財閥企業と外国企業の主導の下に経済発展することが明白である。国家の役割が小さいだけに、経済成長の中で発生する問題は単純化できると言えるのではないか。

|

2008年7月 7日 (月)

洞爺湖サミット開催:食糧自給率向上の手段は?

 洞爺湖サミットが始まった。食糧問題(途上国の飢餓、食料価格高騰、日本の場合は食糧自給率向上など)も重要な議題である。

 日本の食糧自給率を向上させるためにはどうすればよいか? 経営学や心理学において必修の教材である「マズローの5段階説」によれば、飢餓は人間の「生理的欲求」であり、その安定的な供給は「安全欲求」に含まれる。人間の基本的な欲求を満足させることは、政治・行政の本来的な使命である。

 WTO(世界貿易機構)の枠組みを認めるとすれば、食糧価格の安定のための補助金の支出は好ましくない。市場原理を最大限に発揮させることは、中国やベトナムを含めた世界の共通認識である。それでは、食糧を安定的に供給し、食糧自給率を高めるにはどうすればよいか。

 私見では、まず農業従事者の準公務員化である。農業従事者に安定的な給料を公務員に準じて保証する。もしくは現在の公務員を解雇して、農業従事者として再雇用する。農業従事は、すべての公務員の必須の任務とする。食糧価格の補償ではなく、農業従事者に直接に給与支給すると考えればよい。また次のようなアイデアもある。国防力の不足を補うための「傭兵」があるとすれば、「傭農」があってもよい。外国人の「傭農」が日本の農業に従事する。食糧確保も国防のための重要な要素という観点からである。

 食糧を市場原理に完全に任せれば、利益優先になり、売り惜しみや買いだめもあるだろう。また投機資金も介入するだろうし、さらに貧困層は食糧の購入ができない。このような状況を回避するために、どうすればよいか? 一般に指摘されているように、民間企業の本格参入による農業の大規模化が最善の解決策なのであろうか?  

 農業および食糧の確保は、人間の存続にとって不可欠の課題である。地球温暖化の問題も同様である。こういった問題を世界が、そして特に日本が真剣に考える契機になることを洞爺湖サミットに期待したい。 

|

2008年7月 6日 (日)

ベトナム・イェンバイ省の訪日団と面会

 大阪のラマダホテル(旧・東洋ホテル)でベトナム北部イェンバイ省の訪日団と面会した。同省の計画投資部・副部長ティエンさんと話した。彼は、対外経済委員会の委員長も兼ねている。

 日本の都道府県と姉妹提携したいという要望だが、それは日本側の宿題ということになった。この面会には「日越経済交流センター」織田理事長代行と「ベトナムの子ども達を支援する会」板東あけみ事務局長が同席された。

 イェンバイ省は農林業が中心産業であり、ベトナム第2位のお茶の産地である。私見では、有機・無農薬栽培の野菜や酪農などの可能性がある。日本では人手不足の農林業をベトナム人が支援し、それを通して日本からベトナムに技術移転する。これらの人材交流を通して幅広い友好親善関係を深める。こういったシナリオが考えられるのではないか。

 「日本の農業を守る」という主張はあるが、日本の農業が世界に進出することを考えてもよい。「専守防衛」もよいが、「攻撃が最大の防御」という考え方もある。日本の中小企業は、好むと好まざるにかかわらず、取引先企業の外国進出やコスト削減のために外国進出を余儀なくされてきた。これが経済のグローバル化の進展であり、それが国際協調の基盤を構成すると考えられる。このグローバル化について農業は例外的な「聖域」なのであろうか。

 食糧自給率を向上させるという指摘は理解できるが、少子高齢化・人口減少の日本で農業労働者が確保できるのであろうか。こういった総合的・戦略的な食糧政策が、これまでの日本には欠如していたのではないか。

 たとえば日本人がベトナム人を指導してベトナムで作ったコシヒカリは「ベトナム製」であり、日本人がベトナム人を指導して日本で作ったコシヒカリは「日本製」である。このように原産地が製品の国籍の決め手となっているが、この場合、いずれの製造者の国籍もベトナムである。だれがどこで作ろうが、安全で安定的な食糧供給が求められている。こういった議論を多角的に深めることが必要であると思われる。

 それにしても経済危機が吹聴されたベトナムからの来訪者である。来日が中止されたり、延期されたということもない。前述の板東さんによれば、最近のハノイの物価上昇は深刻であり、バイクよりも自転車が増えたように感じるということであるが、日々の生活は普通に行われれている。ベトナムは健在である。

|

2008年7月 5日 (土)

ブログのアクセス新記録を達成

 このブログを連載して以来、1日のアクセス数が最高の921件に達した。新記録である。その日は7月3日。テーマは前日の「ベトナム株式「反転」か?:半値八掛け2割引」である。

 通常の300件台のアクセス数から見れば、驚嘆の数字である。ベトナム株式もしくは株式投資に関心の高い人々が多いということであろう。そんなことなら、もっと詳細に配慮して書けばよかったという反省もあるが、原則として発表後のブログは修正しないほうがよいと思っている。修正があれば、別途に日を改めてそのことを発表すればよい。

 さらに私の仕事の性格から、ブログをレポートや論文や著書にして発表することも可能である。その時点での修正の機会がある。ブログは、自らの考えや情報を迅速に広く発表する手段である。この意味では、月に何回かは英語版を掲載してもよい。また、そうすべきではないかとも思う。たとえばベトナム株式について、その動向は日本語の読者の売買だけに依存していないからである。今後の課題である。

 このブログも、あと1ヶ月ほどで1,000回目になる。ちょうどその頃、兵庫県が主催する「大学洋上セミナーひょうご」の講師として「ふじ丸」に乗船予定である。事前の打ち合わせによれば、船上でインターネットは使用できないそうである。したがって、この乗船中のブログは強制的に休載になる。これを「ブログ連載1000回記念」の充電期間として、新たな次の構想を考えてみよう。今から楽しみである。

 

|

2008年7月 4日 (金)

中村梧郎さんの写真展:7月26日まで横浜で開催

 中村梧郎さんは写真家であると同時に、ベトナム枯葉剤の被害者救済を日本のみならず、アメリカでも訴え続けておられる活動家でもある。

 日本ベトナム友好協会兵庫県連合会と流通科学大学が主催する「ベトナムセミナー」で、数年前に初めてお目にかかったことがある。この時も中村さんは、ベトナムの枯葉剤被害やダイオキシンの現状について説明された。なお、このセミナーでは、ベトナム商工会議所ホーチミン支所のフン副会頭からベトナム経済についてもお話を伺った。

 手元に中村梧郎さんが出版された『この目で見たカンボジア』(大月書店、1979年)がある。同書は、私が大学院生(修士課程2年)当時に入手したものである。同書は、ポル=ポト時代のカンボジアにおける大量虐殺を告発すると同時に、中越戦争の最前線の状況も写真と文書で報告されている。

 1979年当時、神戸大学大学院で金融論を勉強していたハノイ出身のグエン=ディン=カンさん(卒業後にアメリカの金融機関で働いていると聞いたが、現在の消息を私は知らない。確か経営学部の故・石井教授のゼミ生)が、中国のベトナム侵略に抗議して学内で集会を開催した。そこでは日本ベトナム友好協会理事であった神戸大学経済学部の故・則武教授も講演された。この集会が契機となって、修士論文を提出しなければならないという過度の精神的な重圧にもかかかわらず、上記の写真集を購入した。

 その私が今や、ベトナムやカンボジアを何度も訪問するようになり、その著者である中村梧郎さんともお目にかかるようになるとは・・・・・・。それにしても、自分で言うのも変だが、30年も昔のことを鮮明に記憶していることが不思議である。また上記のカンさんに会ってみたいと思う。

 さてハノイ在住の新妻さんから、その中村梧郎さんの写真展のご案内があった。私も駆けつけたいのだが、なかなか時間が取れないのが残念である。以下、その案内を紹介する。

 AGENT ORANGE IN THE VIETNAM WAR
~33年目の枯葉剤~中村梧郎写真展
2008/6/28(土)~7/26日(土) JICA 横浜1Fホール

(2007年NY展はMAGNUMの創立60周年記念フェスティバル参加作品に選出)
この写真展は、以下で写真入で紹介されています。
http://www.goro-nakamura.com/japanese/photo_exhibition.html


会場: JICA(ジャイカ)横浜1Fホール
TEL:045-663-3251
JR桜木町または、みなとみらい線馬車道下車
サークル歩道橋を目標に徒歩7分~15分
*開館9:30~18:00、祝休日もOPEN

なお、7/12(土)14:00より中村梧郎のギャラリー・トークが開催。
会場 JICA横浜ビル・1階会議室

以上、お時間とご関心をお持ちの方はお立ち寄りください。新妻さんからの連絡で、ずいぶん昔のことを思い出すことができた。しばらく懐かしい気分になった。

|

2008年7月 3日 (木)

カンボジアの証券法について(10):ベトナム法との比較

第18条 情報開示書類の登録と承認
 CSECに提出された情報開示書類が、この法律の要件とこの法律に従って規定されたすべての要件に合致していることをCSEC長官が納得する場合にのみ、その書類を承認し登録する。

第19条 情報開示書類の拒絶
 情報開示書類の拒絶は、次のように処理される。
 1.承認のために提出された情報開示書類が、この法律の要件とこの法律に従って規定されたすべての要件に合致していることをCSEC長官が認めない場合、CSEC長官は書面において申請者に次の助言や機会を与える。
 a)理由。
 b)申請された公募の優位性を申請者または証券発行者がさらに説明する機会。
 c)申請者または証券発行者が情報開示書類を修正する機会。
 2.情報開示書類が修正されても、この法律の要件およびこの法律に従って規定されたすべての要件に合致していることをCSEC長官が依然として認めない場合、CSEC長官は、情報開示書類の登録の拒絶をできるだけ早く書面で申請者に通知する。

第20条 情報開示書類の補足
 情報開示書類の公表期間に、情報開示書類の発行者または情報開示書類に関係する証券の発行者は、次の事項を認知するならば、場合によっては、承認や登録に関する補足または代替の情報開示書類をCSECに提出しなければならない。
 1.提出された情報開示書類に含まれた内容に影響を及ぼす重要な変更があった。
 2.この法律の下で求められた重要で新しい内容が発生した。またはこの法律の下で規定された要件に情報開示書類が準備された時点で発生した問題があった。
 3.情報開示書類に不明確か、虚偽があるか、または誤解を招きやすい重要な文言が含まれている。あるいは情報開示書類から重要な脱落がある。
 CSECが補足や代替の情報開示を承認および登録しなければ、情報開示書類の発行者または情報開示書類に関係する証券の発行者は、情報開示書類の補足または代替を公表してはならない。

第21条 登録された情報開示書類の保留または取り消し
 CSEC長官が、補足または代替された情報開示書類を含む登録された情報開示書類について次の事項を認める場合、CSEC長官は、公共の利益に基づいて情報開示書類の登録を保留することができる。
 1.虚偽があるか、誤解を招きやすいか、または重要な情報を脱落させた重要情報書類を含む。
 2.この法律またはこの法律の下で規定された要件に従っていない。
 情報開示書類の登録の保留は1ヶ月を超えない指定期間に実施される。保留期間に続いて、CSEC長官は、保留を発生させた問題点の解決のための的確な対処を認めなければ、情報開示書類の登録を取り消すことができる。

第22条 証券の公開と発行に関係する追加要件
 証券の公募および発行の規制と管理に関係する他の要件については、この法律に準拠してCSECが規定できる。

(以下、続く)

|

2008年7月 2日 (水)

ベトナム株式「反転」か?:半値八掛け2割引

 株価下落の局面で、その「底値」はどのくらいか? ベトナム株式市場において、これが当面の問題であった。

 最近のベトナム株価指数は7日連続の上昇となり、400ポイントを超えた。これは「底値」を探っていた状況から脱して、反転の兆候のように思われる。年初から外国人投資家は「買い越し」が続いていたのだから、特に驚くこともないとも指摘できる。

 ここで想起されるのは、「半値八掛け2割引」という日本の「格言」である。格言と言うよりも、おそらく江戸時代の大阪から始まった市場変動の「経験法則」である。

 この「半値八掛け2割引」は、最高値の32%の水準を意味する。ベトナム株価指数の最高値は1170.7ポイント(2007年3月12日)であるから、その32%は374.6ポイントとなる。

flairflair:ホーチミン証券取引所の株価指数(VN-INDEX)は、上場全銘柄の時価総額加重平均指数であり、2000年7月28日の値を100として算出される。(http://www.bloomberg.com/apps/quote?T=jpquote.wm&ticker=VNINDEX:IND)。

 ベトナム株価指数の最安値は、これまで366.02ポイント(2008年6月20日)を付けているから、すでに上記の経験法則の底値水準を下回っている。これだけ下がれば、投資家心理として「もうそろそろ上がる」という世界共通の意識が生まれるのではないか。これが経験法則である。

 ただし日本の場合、バブル崩壊の時は、最高値の20%代の水準に下落した。こういう場合は、「山高ければ谷深し」と言うのであろう。経験が通用しないほどに日本のバブルは異常であったとみなされる。

 世界各国で経済環境は多様である。それぞれの経済社会に対応して株価も多様に変動する。他方、やや大げさに言えば、国を超えて人類は普遍的な属性をもっている。特に投資家の心理は世界共通である。

 これが正しいとすれば、半値八掛け2割引」はベトナムでも通用する経験法則である。何と言っても、何度も私が指摘しているように、ベトナム人と日本人の気質・国民性は似ているのだから・・・。 

|

2008年7月 1日 (火)

カンボジア情報:新川加奈子『カンボジア今』を読む(7)

 新川氏は、カンボジアの最高学府である王立プノンペン大学の卒業生を含む30歳代の若者3人にインタビューして、カンボジアの将来について次の回答を引き出している。

 「カンボジア国のために何かをしたい。国の役人になる機会はいくらでもあり、実際に経験をしたが、あまりにも賃金は安く、権力もない。接待を受けることだけが唯一の楽しみのような、国の役人に甘んじていたくない」(p.80)。そこで彼は海外のNGOの仕事を通じて、カンボジアを変えていきたいという希望を述べている。

 私見では、彼の意見は、政府自身での変革は難しく、外国に依存せざるをえないということである。この「外圧」に弱いという点は日本も同じである。ただし彼の経験では、外国の組織と言えば、NGOしか思い浮かばないのではないか。外国の民間企業が多数カンボジアに進出すれば、そこで働くことが、先端技術や経営ノウハウの移転につながり、彼の期待に応えることにもなるだろう。つまりNGOに加えて、彼の将来の選択肢も増えることになる。

 「現在のカンボジアの社会を変えるには、国の資金力の増大が不可欠だと思う。それには、一人ひとりがしっかり稼ぐこと。今、僕は外資系の会社で働いているが、いずれは独立して会社を作る。そして外国の会社に負けないくらいの資金をカンボジアの社会に流入させる機動力になりたい」(p.81)。

 私見では、彼の期待に応えるためには、ベンチャー企業の育成ファンドの組成が有効であろうし、さらに株式市場の設立が望ましい。2009年末以降にカンボジア株式市場は設立されるであろうが、その時にカンボジアの財閥系企業の上場が予想される。それに加えて、ベトナムのFPTのような新進気鋭の民間企業の上場が期待される。そのことが、彼のような若い潜在的な起業家に対してやる気と夢を提供する。

 株式市場の設立は、NGOやNPOそしてODAに依存してきた外国からの資金援助に加えて、民間資金の流入をもたらす。このことは上記のように、カンボジアの若い優秀な人々に希望や夢を与えることになる。このような重要な役割がカンボジア株式市場に期待されていることを私は強調したい。

 

|

« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »