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2008年6月24日 (火)

ベトナム経済危機説に反論する立場

 日本の外務省の言う「開発の三角地帯」ベトナム・ラオス・カンボジアを対象にして、10年以上も私は仕事をさせていただいてきた。このことを考えれば、これらの国々には感謝の気持ちで一杯だheart04

 このような感情から言えば、ベトナム経済の危機説が最近に主張されると、それを否定したくなるのが人情である。もちろん、客観的な分析や視点に基づいて、危機を認めざるをえない場合もあると考えられる。この時には、さすがの常時「強気」の私でも、「こら、もうアカンhappy02」と表明するだけの覚悟と矜持をもっているつもりである。

 この意識は、1991年の「ソ連崩壊」時に、私の周囲の人々から聞かされた私の経験に基づいている。旧ソ連は、日本人のソ連研究者に対して、自国の広告宣伝(=プロパガンダ)に活用できる場合、勲章を授与したり、さまざまな便宜を提供してきた。その顕彰と期待に応えて、日本人研究者も、旧ソ連の宣伝にも似た研究(実際には、ソ連における研究成果の翻訳と紹介)に従事してきた。

 しかし、こういった日本人研究者は、ソ連崩壊後には、自らの立場を喪失した状況に置かれた。持続的発展をすると信じて疑わないソ連が崩壊すれば、その後に何を対象に研究すればよいのか? 普通の神経では、茫然自失の状態になる。

 これと対照的に、ソ連崩壊後も元気であった日本人のソ連研究者は、研究対象であるソ連を客観的に、さらに批判的に研究してきた。ソ連崩壊を予見しえた研究者が、ソ連崩壊後もソ連研究者として生き残ることができた。

 客観性と批判精神は、研究者として尊重すべき最優先の姿勢であると思う。ベトナム研究においても、その対象に情熱をかけながらも、その分析は客観的・批判的でなければならない。

 以上、私は、このように表明した後であっても、ベトナム経済やベトナム株式市場の長期発展に疑いの余地はないと思っている。

 

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