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2008年6月12日 (木)

ベトナムにおける「インフレ戦争」勝利に向けて:中国からの教訓

 ベトナム政府は、インフレ抑制を最優先の課題と認識している。これまで「貧困撲滅」に成果を上げてきたにもかかわらず、インフレによって貧困層の拡大が懸念されているからである。国民の不満の増大は、政権維持の不安定性にもつながる。これは、ベトナムの国家としての競争優位性の弱体化を意味する。

 ではインフレ抑制のために何をするべきか。そのためには原因の究明が必要である。そこで中国の経験を参考にする。そのために次の論文を以下で紹介する。劉鳴「中国の経済発展とインフレーション―中国学界の見解と統計による検討―」経済研究論集』広島経済大学経済学会、第24巻第1号、2001年6月、pp.87-108。

 2001年までの「中国では、1949年10月の建国以来6回のインフレーションが発生している」。1950年代は「インフレーションは搾取階級の消滅に伴って永遠に存在することはない」(p.90)という学者の見解もあり、インフレがインフレと認識されなかった。当時の「中国学界のインフレーションに関する議論は経済学ではなく、「政治的立場」の問題になった」(同上)と指摘されている。(flairflair:今日のベトナムで、こういった認識は存在していない。)

 その後のインフレーションでは第6回目(1991-96年)が、今日のベトナムの参考になると思われる。「市場経済化の進展と価格改革の深化によって、1991年から物価がだんだん上昇し、ピークの1994年の小売物価指数は21.7%になって、建国以来最大のインフレーションは発生した」(p.103)。

 この時期は、「①1992年の鄧小平の「南巡講話」をきっかけにして、各地で争うように経済開発区が設立され、株式や不動産への投資熱が空前のブームになった」(pp.103-104)。「固定資産投資額の増加率は1991年の23.8%から一気に93年の61.8%になって、日本のバブル期に似た状況が発生した。また、投資需要は供給を上回ることによって、ディマンド・プルインフレの様相が現れた。②経済改革の進展に伴って、農産物買付価格、為替レートおよび名目賃金の変化が激しくなって、コスト・プッシュインフレの性格も強い」(p.104)。

 flairflair:ベトナムの今日のインフレーションでは、上記の中国で指摘された要因に加えて、国際的な商品価格の上昇(上記のコスト・プッシュインフレ)や外国人の直接・間接投資の急増(マネー・サプライ要因)も原因であると思われる。こういった複合的なインフレ要因の対応は単純ではない。私見では、政府が強力なリーダーシップを発揮し、思い切った施策が望まれる。政府の「思い切った」施策が、多くの国民を感動・安心させる。国民を感動させれば、政情は安定する。その結果、インフレという「国難」を克服できるであろう。

 このような中国のインフレに対して「政府の対策は以下の通りである。金融秩序の整頓、投資項目、不動産および開発区建設の全面的審査、物価管理責任制の実施、市場価格を主とする価格体制づくり、である。これによって、1996年の経済成長は9.6%、小売物価指数は6.1%となって、中国経済のソフト・ランディングが実現した」(同上)。

 当時の中国よりも今日のベトナムは、市場価格体制は普及していると思われる。したがって、かつての中国で見られた「隠蔽的インフレーション」(flairflair:政府が補助金を支出するなどして価格を統制し、市場メカニズム下ではインフレーションが発生しているにもかかわらず、強制的・恣意的にインフレーションを抑制する状態を意味する。)は、ベトナムで顕著でない。

 当時の中国では、為替レートが1991~93年は1USDが5元台であったが、1994年に8.6元に下落した。これもインフレーションを助長した。この意味で、ベトナム政府の為替管理の強化が望まれる。そのほか、この当時の中国政府の具体的な施策が必要な情報であるが、前述の論文では触れられていない。

 以上のような中国の経験と教訓が、そのままベトナムでは適用できない。より精密な比較分析が必要である。ただし中国のインフレ克服の実績それ自体が、ベトナムのインフレ抑制が不可能でないことを示している。ベトナム政府による「インフレ戦争」の勝利を期待したい。その勝利によって、健全な経済成長と株価上昇の軌道に乗ることができる。

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