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2008年6月 5日 (木)

海音寺潮五郎の史観からベトナム・カンボジアを考える

 海音寺潮五郎は、1977年12月に没しているが、今年になって文春文庫から『武将列伝』の新装版が出版された。その背景には、混迷する日本そして日本人についての再検討を必要とする社会的な要請があるのだと思う。

 乱世の時代・・・石油価格暴騰・物価騰貴・食糧危機・年金破綻・消費税率上昇・財政破綻・老舗ブランド(船場吉兆)崩壊・猟奇的殺人事件・官僚腐敗・政治家KY・・・現代日本の社会不安は増大している。こういった時代には、改革を進める強いリーダーが求められている。小泉元首相が「強いリーダー」とみなされた時代もあったが、その影響で今日の乱世が到来したとも言える。そのように考えれば、国民が待望する真のリーダー像を模索する試みがあってもよい。海音寺潮五郎の作品が、このような意味で最近再び注目されていると私には思われる。

 ここで私は、以上とは異なった問題意識から彼の作品『乱世の英雄』からの発想のヒントを指摘したい。それは、ベトナムやカンボジアといった発展途上国の理解や認識に新たな観点をもたらすように思われるからだ。

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 同書で海音寺潮五郎は次のように述べている。「歴史文学において、現代人の常識で、歴史時代を解釈して書く行き方は、日本では芥川、菊池、吉川氏等で、おわっている。こうした行き方では、もう何にも出て来ない。現代人としての常識を具えながら、歴史時代を歴史時代として書く行き方が、一つの新しい途だと僕は思う」(p.82)。

 「今日の科学智識に照らして、間違いであろうとあるまいと、当時の人々には、(引用者注:陰陽五行説を)信奉するだけの合理性を持っていたはずだ。・・・この点では、仏教の修法も同じだ。当時の人は信じ切っていたはずである。ぼくならば、その解釈の下に書く。そうすることによって、新しい歴史文学の途の一つが開けて行くと思うのだ。(引用者注:そうすれば)・・・陰陽道なども、単なる時世粧としての道具を脱してヌキサシならぬ有機的なものとなるはずである」(p.83)。

 「谷崎氏ほどの作家が、そして、国文学に対しては、あれほどの造詣のある人が、ここに気づかないのは、古典を、文学や、普通史学の目では読んでも、社会史または民俗学的に読むことをしないからである」(p.84)。

 かつて日本の株式市場を分析する場合、欧米流の「経営者=エージェント理論」を前提とする分析手法が尊重されていた。しかし日本の現実には、株式相互持ち合いという世界に類例を見ない株式所有構造があった。そこから日本型「会社観」(会社=共同体という意識)が醸成されてきた。欧米の最先端の分析視点が、日本で適用されないことは当然であった。

 ベトナムやカンボジアなど途上国の社会経済の現状について語る場合、日本人もしくは欧米流の価値観や論理で理解し、それに基づいて課題を指摘することは比較的容易である。また、そういった分析が「鋭い」とみなされてきた。そしてベトナムに「警鐘」を鳴らしてきた。ベトナム人留学生も、そういった分析の訓練を留学先で受ける。それがベトナム「近代化」の進展とみなされた。

 しかし上述の日本と同様に、ベトナムやカンボジアには独自の現実があり、独自の価値観がある。それを無視した現状分析はありえない。しかし、それを無視・捨象して、先進国の価値観や論理で途上国の「現状」を説明し、そこから「教訓」をわれわれは指摘してきたのではないか? それらは、現地を無視した「机上の空論」ではなかったのか?

 そのようにならないためには、たとえばベトナムを現状分析する場合、ベトナム人に成りきる。ベトナム人の価値観や慣行や思考方法を念頭におく。このような心がけや姿勢が不可欠である。そうすれば、海音寺が言うように、その分析結果は「ヌキサシならぬ有機的なもの」になるのではないか?

 以上のような意味で、モルガン=スタンレー社の最新レポートが発表した「sadベトナム通貨危機説wobbly」(1997年の「アジア通貨危機」がベトナムから再発するという趣旨)は謬論である。私は全文を未読であるが、比ゆ的・感覚的に言えば、アメリカがベトナム戦争で負けた理由を教訓としていないレポートだ。単純な数字で表現された兵力分析だけでベトナム戦争の勝利を判断したアメリカの誤謬が繰り返されている。

 たとえば越僑(海外在住ベトナム人)からのベトナム送金が、40億ドル(2006年)から100億ドル(2007年)に増加し、それがインフレの加速要因とみなされている。(flair注:この金額は公式送金額。実際には、この数倍の送金額と想像されている(JETRO投資アドバイザー荒川研氏からの情報)。

 これらの資金が、外国に引き揚げられると、確かにドンは暴落する。確かにそうであるが、しかしこれらの資金は、親族に対する送金である。こういった資金を引き揚げることは一般に考えられない。国家予算に迫ろうとする金額が国内に流入して、インフレにならないはずがない。これらの資金が落ち着き先を求めてベトナム国内を渉猟しているのが現状であろう。それが安定すれば、当然インフレも収拾され、株式市場も回復するであろう。

 ベトナム人に成りきってベトナムを考える。研究でもビジネスでも留意するべきことである。ただし、この「成りきれる」ことが、どの国の場合も共通して国際理解のための最大のハードルと言えるであろう。

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