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2008年5月 2日 (金)

北京オリンピック以降に中国経済成長は失速するか?:民主化と愛国心の観点から

 これまでのオリンピック開催や万国博覧会の開催経験を見れば、たとえばオリンピック東京大会(1964年)・大阪万博(1970年)の後に日本経済の成長は失速している。

 その理由は簡単に次のようである。国際的なイベント開催のために、高速道路や新幹線などインフラ整備事業が推進され、その国内需要が経済成長を牽引してきた。そのイベントが終了してしまうと、それに関連した需要がなくなり、そこで経済成長の勢いが止まる。

 同じことはオリンピック・ソウル大会(1988年)にも妥当する。もっとも韓国・ソウルの場合、オリンピック開催を契機にして政治的な民主化運動が進展し、賃金が大幅に上昇した。それは「民主化のコスト」と呼ばれたほどである。これが、その後の経済成長を鈍化させた主要な原因ともみなされる。

 いずれにせよ、過去の日本や韓国を見れば、オリンピック後の経済停滞が事実となっている。中国もそうなると懸念されるのは当然である。しかし私は、そうならないと今年2月のラオスやカンボジア訪問で確信した。その理由を以下で述べる。

 (1) 中国国内の需要は減少しない。日本や韓国と違って中国は広大である。オリンピックの北京、万国博覧会の上海が終わっても、それ以外の主要都市、さらに地方都市や内陸部の開発需要は依然として大きいとみなされる。それが経済成長を維持する。

 (2) 中国国内の需要が減少したとしても、それを補う海外需要が増大する。それは中国周辺国に対する外国直接投資である。ラオスの不動産開発や、カンボジアの鉱山開発などのように中国は積極的な海外進出によって経済成長を維持できると思われる。

 かつての日本や韓国と中国では時代背景が相違している。現在の経済はグローバル化が格段と進展している。換言すれば、外国投資環境は大きく改善されている。たとえ国内経済が不振であっても、外国の経済活動で補填できる環境が整備されている。このように考えれば、中国経済は何ら心配ないと思われる。

 ただ留意すべきは、韓国のような民主化運動が、中国でもオリンピック以降に興隆しないかということである。オリンピックを開催するからには、国際社会の一員として恥ずかしくない国でなければならない。このような愛国的な意識が、少なくとも韓国では、政治的な民主化を推進する原動力になったと私には思われる。

 それでは中国はどうか。オリンピック開催前にチベット問題が発生した。そのために民主化推進という国民の愛国心が、国家統一という愛国心にすり替えられたように思われる。よりよい方向に国家を変革する意識は愛国心の発露である。中国の場合、それは民主化であったり、所得格差の是正であったりする。しかし同時に、国家の独立や統一という意識も愛国心を表現している。中国政府は、国民の世論形成において、前者の民主化を後者の国家統一に代替することに成功したとみなされる。

 チベットの自由や民主化は、中国全体の自由や民主化と不可分であるが、前者のみが強調されると、一般の中国国民は「国家分断」の危機感を覚える。そうなれば、中国の国家統一を守ることが主流になり、中国の民主化という問題意識は後回しにされる。韓国のようなオリンピック開催後の民主化というシナリオは、中国の場合、偶然または巧妙に書き換えられたのである。

 このように考えると、オリンピック後の中国経済の停滞の懸念は小さいとみなされる。しかしそれは、民主化問題の先送りであり、経済停滞の火種が残されていると考えるべきであろう。 

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