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2008年4月10日 (木)

ライオン中内功からの手紙

 ライオンズクラブ(http://www.lionsclubs.org/JA/index.shtml)は、世界最大のボランティア組織である。日本では会員数が12万人弱。世界ではアメリカの38万人、インドの14万人に次いで3位の会員数となっている。ちなみに日本の次は韓国の8万人、イタリアの5万人である。

 同クラブの会報誌『The Lion』2008年2月号(pp.54-55)に表題の記事が掲載されている。中内功は、ダイエー創業者であると同時に、私の勤務先の流通科学大学を創立し、当時は学園長であった。2005年2月14日に中内は所属ライオンズクラブに退会届の手紙を書いた。私の入会は同年の4月。この退会と入会のタイミングが不思議な偶然である。同年9月に中内は83歳の生涯を閉じた。

 中内がライオンズクラブの会員であることを私が知ったのは、彼が亡くなってからである。それも偶然の発見である。数万冊に達していた彼の蔵書が希望者に無料で頒布される機会が大学であった。150人規模の教室3つに書架が運び込まれた。その中に1960年代のライオンズクラブの会員名簿があり、ページをめくれば、その中に中内功の名前も記されていた。そこで初めてライオン中内の存在を知った。この会員名簿は今、私の手元にある。

 経団連(現在の日本経済団体連合会)副会長にまで上り詰めた中内功は、その多忙のために、すでにライオンズクラブを退会していると私は勝手に思い込んでいた。しかし上記の会報誌で、亡くなる直前までクラブ会員であることを知った。

 このような経過を今から思えば、ライオンズクラブの会員が2名、同じ大学に10年以上も在籍していたことになる。もちろんライオン中内は休会をしていたのだと思うが、れっきとしたライオンである。この関係を知っていたら、もっと中内と違った話ができていたように思う。

 私が今も続けているラオス清掃ボランティア活動の推進者は中内であった。それは、2001年12月に中内が私の案内でラオス国立大学で講義したことが契機となっている。そして、その後のラオスの活動支援は、現在の私が所属するライオンズクラブが継続してくれている。

 ラオスとライオンズクラブを結びつける縁が中内と私にあった。お互いがライオンであることを知らなかったが、同じ活動をしていたのである。この偶然に驚かざるをえない。この活動を10年間続けるのが、私と中内の約束になっており、今年は6年目になる。

 上記の会報誌の記事の中には、次の文書が引用されている。

 ・人は人生それぞれの時期に初心者に戻る。 シャンフォール

 ・金儲けするだけで仕事するのはつまらない。人の役に立つことが自分の事業の最大の目標である。 中内功

 ・他人に尽くすことなくして人生の大は成しとげられない。 メルビン=ジョーンズ(ライオンズクラブ創設者)

 それぞれが記憶されるべき内容であると思う。なお、ライオンズクラブでは会員の氏名を呼ぶ場合、「ミスター」の代わりに「ライオン」と呼ぶ。

  

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