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2008年3月31日 (月)

写真で紹介するベトナム:その2

 Dsc00842 3月22日にタンソンニャット空港でチェコ首相(Mirek Topolanck氏)の専用機(写真左)と出逢った。特別着陸であるから、私たちの空港バスは、しばらく待機させられた。ベトナムのズン首相は、その前のハノイで観光と労働交流の促進についてチェコ首相と合意した。そのために両国間に直行便が就航する予定である(Viet Nam News, March 22, 2008)。

 旧ソ連時代にチェコはチェコスロバキア。東欧諸国の一員であった。おそらくベトナムとチェコは、その当時から友好関係があったのだと思われる。誰だか忘れたが、チェコの大学に留学していたというベトナム人がいたことを思い出した。 

 また「労働交流」ということで言えば、チェコにベトナム人労働者が「出稼ぎ」のために多数在住しているはずである。以下で紹介するエースコック=ベトナム社の即席ラーメンは、確かチェコにも輸出されていたはずだ。懐かしい「ベトナムの味」は、海外在住のベトナム人に人気があって当然である。

 全方位外交を外交の基本とするベトナムは、昨年のWTO加盟後、まさに世界に門戸を開放している。世界から援助をもらう立場から、世界とビジネスする立場に移行している。ベトナムは日本の「独占物」ではない。こDsc00970のような認識で日本企業もベトナムに対する必要があるだろう。

 次の写真は、ホーチミン市内の中央郵便局の電話ボックスである。カード式になっていて、別売のカードを買わなければならない。なぜ電話かと言えば、これが「悩みの種」なのである。今年8月に「大学洋上セミナー」が兵庫県主催で開催される。兵庫県下の学生480名が大型客船(ふじ丸)船上で交流・勉強する目的である。神戸港を出発して、サイゴン港に初めて上陸する。

 初めての上陸地では、日本の家族や友人に対して国際電話をかける学生が多数でてくると予想される。この電話をどうするか。これが悩みである。通常はホテルから電話するのだが、「大学洋上セミナー」では宿泊が船内になる。 またホーチミン市でホームステイの計画もある。これらの学生の国際電話のニーズにどのように対応すればよいのだろうか。写真の郵便局から国際電話できるが、長い行列ができることは間違いない。この対応が検討課題となっている。

 最後の写真は白衣の完全装備。エースコック=ベトナム社の工場見学の様子である。まず腕時計やDsc01042指輪など金属品を外し、手洗いをし、その後にアルコール消毒。さらに粘着テープのローラーで髪の毛などの付着物を取り、最後はエアシャワーで全身のホコリを払う。食品業の衛生安全管理の厳格さを体験した。

 エースコック社は、最近になって7,000ドンの最高級の即席ラーメン(商標:Tien Vang)を発売した。顧客は富裕層向け。さらにベトナム人は「新しいもの好き」だから、とりあえず買ってみようという顧客もいると想定されている。これらのマーケティング戦略の是非は、実証されるべき問題である。私は日本に帰って食べてみたが、レトルトの食品材料が封入されている。この椎茸が珍味である。麺は、日本でも人気の春雨である。

 ベトナムの食品業界をリードするという社是があり、同社の衛生基準は他社の「ベンチマーク」になるはずである。来年春にはキリンビバレッジ社と共同で清涼飲料水のお茶を製造・発売する予定である。キリンビバレッジ社は、ペットボトル業界では世界一の無菌充填の技術をもっている。他方、エースコック=ベトナム社はベトナム国内市場で過半数の市場占有率を誇り、ベトナム国内流通網を熟知している。この両社が共同開発する新製品がベトナムでどうなるか。今後の展開が注目される。

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2008年3月30日 (日)

写真で紹介するベトナム

 ベトナムDsc00861のニャチャンでは今年、「ミスユニバース2008」が開催される。大きな看板で宣伝しているし、雑誌で主催者は公式スポンサーを募集している。
 ニャチャンで私が宿泊したVINPEARLホテルでは、すでに「ミスベトナム」のコンテストを開催したことがある。こういった経験を蓄積して、その教訓に基づいてより大きな国際イベント開催する。ベトナムらしい成長=拡大のための手法であると思われる。

 ドンズーDsc01013日本語学校の学生交流は盛り上がった。写真は、同校での風景である。ドンズーの校歌を聞かせてもらったが、まるで軍歌のようなリズム感があり、勇気と元気が出てくる。校舎の屋上での交流会。屋根はブリキ板。その暑さには参った。「汗びっしょり」の状態になる。あえて冷房を入れていないと伊藤先生は言われていた。かつての日本の厳しい教育がホエ校長先生を通してベトナムに移転された。

Dsc00900  VINPEARLホテルのオーシャンビューの部屋からの風景である。プライベートビーチ。椰子の木。何カ所ものプール。資生堂のスパ。マリンスポーツ。まさにリゾートである。ベトナム人資本で建設され、マレーシア人のマネージャー。ベトナム人の中には驚くべき金持ちがいる。このホテルにも、ベトナム人は多数宿泊している。

Dsc00968
 ホーチミン市の統一記念館からの風景。次第に高層ビルが増えている。建築ブームである。数10億円程度の不動産開発はベトナム人でもする。外国投資なら100億円は欲しい。ホーチミン市の私の友人の指摘である。恐るべし、ベトナム。

 明日も、写真をいくつか紹介しよう。

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2008年3月29日 (土)

朝からの仕事

 学生4名は、ニンビン省のタムコック観光に向かった。最初はハーロン湾観光を勧めたのだが、午後6時30分にハノイからホーチミン市に戻るために、時間の余裕を考慮して近郊にした。

 私は、ロータス投資運用会社のソン会長と仕事の打ち合わせのために大宇ホテルで面会した。ソン会長は、私と同様に日越経済交流センターの仕事も兼務しているので、なかなか休みがない。さらに彼は貿易会社の取締役の仕事もしている。「先生、なかなか休みがないんです」。そう言われると辛い。「私は仕事を嫌いではないので」というソン会長は、日本人ビジネスピープルの感覚に近づいている。

 午後は、所要のためにIT会社を訪問したが、さすがに土曜日のために休みだった。チャンティエン通りの書店を訪問し、夕食ではGABBベトナムの鈴木社長にお目にかかった。

Dsc01098  この間に、私はホテル隣りの理容院で散髪した。6万ドン。ベトナムでは高級店。コンテストで優勝した理容師がいる。日越経済交流センターの事務所を併設しているITIP(投資貿易促進会社)も訪問した。このビルの1階には「便利マート」というコンビニがある。また安全野菜を販売する店舗もある。日本のマンション生活よりも便利かもしれない。

 深夜に関西空港に向けて出発。ノイバイ空港までの自動車代も午後9時に出発して250万ドン払った。かつては10ドル程度であったと思うのだが、それも時代の趨勢である。

 学生の同行と私の仕事が同時進行であり、多重多忙であった。でも、その仕事の緊張感が魅力である。さあ、次は日本で頑張ってみよう。

 

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2008年3月28日 (金)

ホアビン省の2企業を訪問:多忙な日を過ごす

 ハノイから約2時間。国道1号線を走るとホアビン省である。フェニックス・ゴルフ・クラブを右手に見て、しばらく走って右折して橋を渡ると左手にホアビンダムが見える。このダー川を渡って左折すれば、岩手県が本社(アーアル研究所)のTechnical Research Vietnamに到着する。同社はカメラやビデオ用のガラスレンズを製造している。そして午後は、同社の紹介で青森県を本社(三興電子工業)とするSANKOH VIETNAMを訪問した。同社は、温度センサーの部品を製造している。

 私のホアビン省訪問は3回目となる。前回は、アーアル研究所の小川会長・社長を訪ねて2003年に訪問した。その当時、水力発電所を建設する旧ソ連の技術者のための宿舎となっていた建物で同社は仮の生産をしており、現在の工場は基礎工事が始まったばかりの状態であった。それが今は、敷地内に迎賓館もある立派な工場が完成し、そこで順調に操業している。同社とベトナム双方の成長を実感し、自分のことのように嬉しかった。小川会長・社長が帰国中であったために小川常務にお話を伺った。

 午後は、偶然にベトナム訪問中であった小松崎社長にお目にかかることができた。ベトナムにおける最近の賃金上昇に対応するために、コスト削減や生産性向上を進めるという計画を伺った。同社は、ベトナムと同時期の2003年に上海にも工場進出している。「もの作り」の観点から言えば、中国よりもベトナムの労働者の気質が適していると明言された。

 今回のホアビン省の訪問は、ハノイ・ホーチミン市を中心とする賃金高騰に対して、いわゆる地方都市の状況がどうなっているかを調査することが目的であった。上記の両社ともに月額賃金は最低賃金(100万ドン=約7000円)もしくは少し上という程度であり、明らかに大都市部よりも賃金は低い。昇給も政府の指示に従っているだけで特別なことはしてないそうである。ただしハノイからの大卒者の求人が難しくなっていると言われていた。

 このホアビン省にも学生4名を同行した。企業訪問時の質問が的確になり、さらにベトナムに急速になじんできたように見受けられた。ほんの数日間であるが、多方面で大きく成長したのではないかと思われる。これが外国研修の成果である。教員として喜ばしいことである。

 ホアビン省の2社については、また別に紹介したいと思う。ハノイに戻って、さらに私は3名の方々にお目にかかった。本当に今日は、自分に対して「お疲れ様」である。

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2008年3月27日 (木)

ロータス投資運用会社提供「ベトナム経済ニュース(18)」:株式投資ファンドの現状

 ホーチミン市からハノイに午前に移動して、午後は学生4名を伴ってロータス証券投資ファンド運用会社を訪問した。同社のタイ社長からベトナム株式市場の近況についうて説明を受けた。タイ社長はファンドマネージャーでもあり、自らの投資哲学を英語で明確に語った。

 いつもながら一貫したブレない投資方針に感心させられるし、それだからこそ安心できる。ファンドマネージャーが信念をもっていなと、株価変動に一喜一憂する一般投資家と同じことになってしまう。こういった話は日本では、おそらく聞くことができない。学生にとって大いに刺激になったと思う。

 昨年3月に1100ポイントに達したベトナム株価指数が、ちょうど1年で半減した。これは、だれも予想できなかったのではないか。インフレ対策のための高金利が主な理由である。12%もの高金利では、どんな株式市場でも株価は下落する。こういった経済情勢の変化は、なかなか事前予想が難しい。

 このような状況下で、ロータス社は、20数社ある投資運用会社の中で運用成績トップ5に入ると考えられる。それぞれの会社が運用成績を公表しているわけではないが、IPO入札の状況を考えれば、他社の資産構成が想像できるからである。

 おそらく、ドラゴンキャピタルインドチャイナキャピタルといった大手投資運用会社の純資産価値は、大幅に下落しているはずである。新規公開(IPO)株式を大量に買い込んだ機関投資家は軒並み資産を減少させている。「ベトナムIPO株式の入札価格は高い」ということが、これまでの教訓である。しかし大量資金を現金で保有する大手投資運用会社は、それでも買わざるをえない。大量株式を一気に買う好機であることは間違いないからである。

 さらに言えば、投資運用会社の成績を上下させる決め手は、ファンドマネージャーの株価評価の能力である。ロータス社は、これまでに何度かのIPO入札に失敗しているが、その理由は簡単である。ロータス社が企業評価した株価よりも、最低入札価格が割高だったからである。その後の状況を見れば、明らかにロータス社の評価株価が的確であったことが証明されている。

 その後に学生を伴って、ある投資対象の候補会社を訪問した。会社社長にインタビューし、その内部の監査報告書をもらって財務分析する。タイ社長は、このような企業訪問を繰り返している。その現場に初めて私は接したが、ここでも私は安心した。的確な質問と的確なノート取り。すべてのベトナム語を理解できるわけではないが、私自身のインタビュー経験から言っても、タイ社長の質問力は高い。

 外国ビジネスの成功は、現地のパートナーが重要である。これには「当たり外れ」という要因もある。パートナーの選択は自分の思い通りにならないし、その判断が誤っていることもある。それは偶然や状況に依存する。この意味で、私のパートナーであるタイ社長は、間違いなく「当たり」である。

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2008年3月26日 (水)

ベトナム違法ストライキの対応:現地からの再考

 今日は、エースコック=ベトナム社(食品製造販売)、サンヨーホームアプライアンス社(冷蔵庫・洗濯機・エアコン製造販売)、GABBベトナム社(ソフトウェア・IT人材育成)、そしてMetran社(医療機器商社)を訪問または面会した。これらに共通して、今年の旧正月前後に発生した「違法ストライキ」や最近の賃金上昇・地価高騰が主な話題であった。

 新3回生の学生にとっては、まるまる1日を企業訪問に使うのは初めての経験であろう。今後の就職活動の参考になればよいと思う。

 違法ストライキについては、3月19日にホーチミン日本商工会が対策セミナーを実施した。その報告書は、ストライキ発生の背景として次の3つの要因が重なり、ドイモイ政策実施後に初めての強烈な賃上げ圧力が企業にかかってきたと説明している。

1.2008年1月に昨年同月比で食料品を中心に2桁を超える消費者物価指数の高騰。
2.WTO加盟後の新たな企業進出や既存企業の事業拡大による労働力不足。
3.管理職・技術職の引き抜き。

 私見では、インフレと賃上げが追いかけ合うように発生する現象は日本の高度経済成長期に経験されたことである。このような時代にベトナムも入った。賃上げが、企業それぞれの事情によって、インフレに追いつかないこともある。しかし長期的に賃金も上がる。日本の経験がそうであった。このことを経営者側も労働者側も認識しておく必要がある。

 上記の報告書で「労働組合との交渉・妥結が意味を成さない」と指摘されている。それだから「違法スト」と呼ばれるのだが、この問題は重要である。ベトナムは労働者の国である。労使対立がない。もともと労使協調である。それだからこそ労働組合は、福利厚生の一環としてスポーツ大会を主催するなどの役割しかしていなかった。経営者と同様に労働組合にとっても、労使間の紛争解決など初めての経験であったと思われる。

 労働組合の活動を積極的・日常的に経営者が支援する。会社に意見・要望があれば、上司には言いにくい場合は、労働組合に何でも言う。その意見に経営者も真摯に対応する。こういった労使間の信頼関係をつくる。そのために労働者に対する指導と教育をする。経営者は労働組合に対して会社情報を開示する。これが「違法スト」対策のための1つの教訓ではないか。

 オーナー経営者を除いて、大企業の場合、ベトナム日系法人の経営者自身が日本本社では労働者にすぎない。本社組織の中では自らが中間管理職として、たとえば本社の意向と現場の意識との乖離の板挟みになることもあるだろう。その努力や苦労を本社が理解してくれない。さらに自らの人事考課は不当に低い。このような自分と同じ立場にベトナム人中間管理職が立たされていると考えなければならない。自分と同じ悩みをベトナム人はもっていなかどうか。労働問題を懸念する経営者は、こういった自問自答することから始めることを勧めたい。

 なお、この種の違法ストの多くには扇動者がいるのだが、その政治的な背景はないようである。いわゆる「小遣い稼ぎのアウトサイダー(はみ出し者)」というような人間が首謀者のようである。

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2008年3月25日 (火)

4人対120人:学生交流の試み

 ドンズー日本語学校のホエ校長とは10年来のおつきあいをいただいている。現在、日本を訪問中。そこで日本語教師の伊藤先生にお世話になり、流通科学大学の学生4名とドンズー日本語学校の学生120名の交流会が開催された。

 日本側の学生は、いずれも体育会に所属しており、元気一杯。物怖じしない姿勢は現代の若者だ。初対面のベトナム人120名を相手に十分に対抗していた。身びいきではなく、日本人学生を頼もしく思った。棟田さん・中渕さん・神田くん・藤本くん、ご苦労さまでした。今後もベトナムさらにアジアについて勉強してほしいと思う。流通科学大学の商学部の中にアジア流通学科が設置されているので、研究の環境は整っている。

 さらに交流会を通して、ベトナム人学生の素直さや純粋さに感心させられた。これはドンズー日本語学校の校風の影響もあると思われる。今回の交流会は人数た多いために分校で実施されたのだが、その入り口の正面には次のように書かれていた。

 ドンズー学生の三つの誓い
 

 ①ベトナム建国に貢献できるように、一生懸命勉強し、広い知識と道徳心の習得に励むこと。
 ②他人に対しては、素直であること。そして、誠実で熱心な態度で接すること。また、謙遜する気持ちを忘れないこと。
 ③仲間と団結し、お互いを助け合うこと。


 交流会の最初と最後にはドンズー学校の校歌を全員で大声で合唱した。まるで軍歌を思わせる元気で軽快なメロディーであったが、歌っている学生の表情は自信と希望で輝いて見えた。同校では、日系大手企業のベトナム人従業員の日本語研修も引き受けており、その教室には5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾け)が掲示してあった。

 この分校を初めて訪問して、ホエ校長の熱心な教育方針が、学校全体に伝わっているように感じた。先生は1975年の南北統一前に京都大学に留学している。当時の日本の伝統的な「美習」を先生は体験されたのだと思うが、それがベトナムで生き残っている。日本では、どんどん変容している日本人の美しい伝統が、ホエ校長によってベトナムで継承されているように思われた。

 「こんにちは」・「さようなら」という元気のよい挨拶が、どのベトナム人学生からも帰ってくる。ドンズー日本語学校は、高校卒業後に日本語を学ぶ専門学校である。社会人や大学生は、都心の本校で受け入れており、専門学校生は主に分校で学んでいるようである。人なつっこい学生たちの笑顔を想起しながら、ますますのドンズー学校の発展を祈念したい。さらに私自身がベトナムに貢献できればと思う。

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2008年3月24日 (月)

ニャチャンの甘い海

 ニャチャンの に2泊した。海上の島を開発したホテルであり、船またはケーブルカーで島に渡る。マネージャーはマレーシア人で、資本はベトナム人ということだ。海岸はホテル宿泊者のプライベートビーチになっている。この2月にはカンボジアのシハヌークビルのSOKHAホテルも訪問したから、すっかり最近はリゾート評論家の気分だ。
 
 ニャチャン訪問にはカムラン空港を利用するのだが、この空港には「ミスユニバース世界大会08年」の大看板が掲げられていた。昨年に優勝した日本人の森さんが大写しである。ベトナム近代化は確実に進行中である。また、その手順がベトナムらしく手堅い。昨年は、このニャチャンで「ミスベトナム」のコンテストが開催された。まず国内で実験し、その後に国際的なイベントを誘致する。
 
 今回、ホーチミン市のタンソンニャット空港で同乗していた日本人が「冷房が効いてる!」と言っていたが、これと五十歩百歩の日本人は依然として多いのではないか。「ベトナム=遅れた国」・「ベトナム=貧乏」という印象を早く払拭しなければ、ビジネス判断を誤る。
 
 確かにベトナムは遅れた国だし、まだまだ貧乏であるが、それは年々に改善されている。たとえば日本の中小企業が初めて外国企業と取引することを想像すればよい。最初は不手際や戸惑いや失敗があるだろう。ベトナムも同様の状態と考えればよい。ベトナムが遅れているのだが、その前進・改善のスピードに日本人が遅れてはいけない。

 なおニャチャンの海水の味は甘かった。ニャチャン近郊のファンランの塩と同じ味だ。このファンランは塩田で有名。東京の高級料亭が特に取り寄せるほどの絶品の製塩所があるそうである。ミネラルを豊富に含んだ塩は甘い。この海水は魅力だ。

 ホーチミン市に戻って流通科学大学の学生4名とタンソンニャット空港で合流し、VJCC(ベトナム日本人材協力センター)の藤井所長にお目にかかった。これからが仕事である。

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2008年3月23日 (日)

ベトナム最新の金融為替情勢:ベトナムニュースの記事から

 ベトナムに滞在すると、日本の新聞は読めないから、ベトナムの英字新聞のお世話になる。これまでVIETNAM NEWSだけに依存していたが、今回から空港や飛行機内やホテルでベトナム青年同盟が発行するTHANH NIEN Dailyが日刊で読めるようになった。ベトナムニュース紙が5,000ドンに対して、タンニエン紙は2,500ドン。前者が公式報道とすれば、後者は活字も大きくて大衆的な記事と論調である。

 さて以下では、読み慣れたViet Nam News(Thursday March 20, 2008)から最近の金融情勢を紹介する。

 商業銀行のドル建て預金金利が上昇している。SeA BANKは3月24日から、13ヶ月定期預金を0.9%上昇させて6.9%にする(最低預金金額は500ドル)。 それより早く、Saigon-Hanoi Bankは、12ヶ月間の預金金利を6.47%とし、3ヶ月から6ヶ月の金利を6.45%とした。 VIB Bnakは金利を0.6~1.3%上昇させて、6ヶ月から12ヶ月の金利を6.1%とした。Asia Commercial Bankは3月初旬に13ヶ月の金利を5.85%として、銀行間の金利戦争に火を付けた。

 SeA BANKによれば、毎日の預金量が金利上昇前の数千ドルから上昇後には数百万ドルに増加している。しかしVIB BANKは、預金者は短期預金を選択していると報告している。

 この事情を私見を補足して説明すれば、次のとおりである。ベトナム国家銀行は、ドン建て財務証券(=国債)の購入を商業銀行に求めており、それに応えるために商業銀行は資金が必要である。しかしドン建て預金金利が上限の年間12%に到達している。そこで新たな預金獲得の手段としてドル建て預金金利を各行は上昇させた。

 他方、一般にドン建て借入金利が17~18%になっており、この高金利に企業は辟易している。したがって米ドルは銀行にも企業にもラストリゾート(最後の拠り所)となっている。ドルの借入金利は約8%であるが、その水準は乱高下している。

 銀行のドル建ての預金と貸し出しにおいて、ドン高(=ドル安)が進行すれば、ベトナム国内企業は為替差益を獲得できる。ドル借入時に必要なドンよりも、ドル返済時に必要なドンが少額になるからである。さらに非公認の為替市場を利用すれば、通常よりも安いドルを買うことができる。実際に、このようにしてドル建ての借り入れをしているベトナム企業があると同紙は報じている。この意味で、ドル建て預金に対する需要は存在している。

 事実、ベトナム国家銀行の銀行間為替レートは、1ドル=16,005ドン。ベトコムバンクのドルの売値は1ドル=15,845ドン。ハノイ市内の金の売買店では1ドル=15,420ドンである。
 
 ただし今後も、ドル建て金利上昇を伴う銀行間競争が激化すれば、企業の資金需要それ自体が減退する懸念がある。インフレ抑制を目的とした金融引き締めは、経済成長を犠牲にする。経済管理中央研究所(Central Institute for Economic Management)のThanh上級研究員は、中央銀行のドン金利の上限規制はビジネスの自由を制限するので反対と主張している。ただし、ドル預金金利の上限は設定されないと見ている。米国連邦銀行のドル金利が切り下げられたからである。

 以上の報道から、日本のビジネスマンは何を考えればよいか。低金利で円を借りて、円高の今にドルに交換し(円キャリー取引)、ドルをベトナムに投資し、高金利のドルまたはドンで運用し、ドン高と円安を見計らってドルを日本に持ち帰って、円の借金を返済する。この場合のハードルは、ベトナムから日本に対するドル送金である。要するに、そんなに美味しい話は多くない。

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2008年3月22日 (土)

ホーチミン市からニャチャンへ

 ベトナムに着くと快適だ。

 これに比べて日本では毎年、春先に血圧が上がり、不快である。これには生理的だけでなく、精神的な要因もある。学生の成績評価と同時に、自分自身を評価しなければならないからだ。教員も1年間の研究と教育の成果を自省し、それを申告する。そのほかに教授会・委員会の出席状況なども考慮され、それが来年度の年収に反映する。こういう時期は、1年の間で最大の不快の時期である。

 私見では、自己申告でA・B・C・Dだけを提出し、経営者もA・B・C・Dを評価し、それが不一致の場合だけ協議するようにすればよい。膨大な事務処理の時間と手間が省略できるはずだ。おそらく多くの人は、少し年収が上がる「B」評価か、現状維持の「C」評価を自己申告するだろう。自信のある人は「A」、そうでない人は「D」ということになる。たとえば「D」を自己申告する人は、休講が多かったり(もちろん補講をするのは義務。しかし休講は休講)、委員会や教授会を欠席する人だろう。そういう人は自分で自分を懲戒して当然だ。

 大学の教育者や研究者には、こういった自己反省・自己評価ができなければならないと思う。それができなくて、どうして自己の内面的な深化をも含む研究や思索が遂行できるだろうか。ましてや、そういった問題を他人が評価できるはずがない。

 こんなことを考える時間的余裕があるのがベトナムである。とは言っても、宿題の原稿執筆がある。明日は、リゾートホテル生活で余裕の原稿執筆だ。

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2008年3月21日 (金)

今日から再開:この2週間は何をしていたんだろう?

 今、関西空港である。いざ、ベトナム行かん!!

 原稿執筆のために時間と精神を集中すると言いながら、この2週間に何をしたんだろう。思うような成果が出ていない。本来なら自由な楽しいベトナム訪問なのだが、仕事はドッサリと残っている。

 まあ、しかたがない。能力と体力と精神力に問題があるのだ。問題がありながらも、いろいろ頑張っているとしか言いようがない。出版関係者の皆さん、ごめんなさい。

 今回のベトナム訪問では、ニャチャンのリゾートホテルに宿泊する。VINPEARL RESORT & SPAという初めてのホテルである。ニャチャンから船で島に渡る。プライベートビーチがあるらしい。ここで原稿を書くという贅沢を享受しようと思う。

 その後に学生が合流したり、日越経済交流センターのコンサルタントの仕事があったり、もちろん調査研究も兼務である。さらにロータス投資運用会社の仕事もする。また少し公的な使命もある。いろいろ仕事が多忙だが、それが楽しい。

 これまでの2週間で最悪のことは次の2点。1.高血圧で不快感が続く。2.愛用のパソコンに不具合が発生。世間の不幸を私一人が背負っているような感覚であった。幸いに、これらはすべて解決したのだが、2週間で終える仕事が残っているという点では未解決である。

 さて、もう搭乗の時間である。午前10時35分になった。今日はホーチミン市であるが、今後の予定を詰めなければならない。でもベトナム。あの生暖かいサウナのような感覚があれば、元気回復である。では、次の報告にご期待下さい。

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2008年3月20日 (木)

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2008年3月19日 (水)

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2008年3月18日 (火)

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2008年3月17日 (月)

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2008年3月16日 (日)

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2008年3月15日 (土)

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2008年3月14日 (金)

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2008年3月13日 (木)

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2008年3月12日 (水)

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2008年3月11日 (火)

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2008年3月10日 (月)

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2008年3月 9日 (日)

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2008年3月 8日 (土)

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2008年3月 7日 (金)

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2008年3月 6日 (木)

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2008年3月 5日 (水)

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2008年3月 4日 (火)

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2008年3月 3日 (月)

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2008年3月 2日 (日)

タンソンニャット空港から:しばらく休載のお知らせ

 本日、深夜便で日本に帰る。タンソンニャット空港の新しい国際線ターミナルは快適だ。ワイヤレスでインターネットができる。ベトナム航空ラウンジの食事の種類も豊富だ。

 ホーチミン市内から空港まで時間がかかるようになった。交通渋滞だ。自動車の数量が増加したことと、地下鉄工事の影響があるのかもしれない。隣を走るバイクの人々を見ていると、それぞれがオシャレなヘルメットをかぶっている。ファッション感覚でヘルメットもオシャレするベトナム人に感心した。このヘルメットをカンボジアで生産している会社があるらしい。

 今日一日、ホーチミン市のホテルで原稿を書いていた。その後に日越経済交流センターのホーチミン代表のタムさんとサイゴンサウスをドライブした。まさに近代都市に変貌したベトナムを見た。ここには歌手などベトナムのスターも住んでいるらしい。また、ロッテが巨大なショッピングセンターを建設予定である。ユニリバーの大きなビルも建設中。

 今日早朝の帰国後にも原稿執筆の仕事が待っている。そこで、このブログをしばらく休載することにする。毎日継続していたブログだが、それを休むとなると、それは「非常事態」を意味していると理解していただきたい。

 3月20日過ぎに再開(=再会)の予定である。どのような原稿かは追ってお知らせいたします。

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2008年3月 1日 (土)

ベトナムの賃金体系

 昨日、WTO加盟によって外国企業とベトナム企業の最低賃金が同一になったと指摘したが、それは未だ達成されていない。両者の同一賃金が目標とされるが、それは現状においてベトナム企業の競争力を減衰させることになる。

 何事も民意を吸収しながら、徐々に改革するベトナムらしい施行手順である。かつてベトナム航空料金も外国人とベトナム人は格差があった。同じ人間で差別だという批判があったが、その反論は「ベトナム人は貧乏だから」という理由であった。しかし、このような格差も段階的に解消された。スピードは遅いが、摩擦を最少にする。これがベトナム政府の「手口」である。

 以下にベトナムの賃金体系の資料を提示するが、これはロータス証券投資ファンド諮問委員会竹岡さん三洋電機ホームアプライアンス=ベトナム元社長)の指摘である。竹岡さんとは昨年の学生スタディツアーに同行していただいた。初めてホーチミン市でお目にかかって、もう10年になる。ご厚情に感謝を申し上げたい。

最低賃金
 1.国の機関や軍隊・治安組織、政治組織、社会組織、公的機関などの公務員の最低賃金は一律54万ドン(約3,913円)となる。新卒の大卒者で国家機関に就く者の場合、1ヶ月の最低賃金は現行より21万ドン(約1,522円)多い126.3万ドン(約9,152円)が適用される。
 2.企業は、現行と同じように地域ごとに1種・2種・3種に区分される。
外資系企業で、1種:100万ドン(約7,246円、上昇率15%)、2種:90万ドン(約6,522円)、3種:80万ドン(約5,797円)。
国内企業で、1種:62万ドン(約4,493円、上昇率38%)、2種:58万ドン(約4,203円)、3種:54万ドン(約3,913円)。
 規定によると、最低賃金は、通常の労働条件においても最も単純な職務を行う者に対する最低の賃金ラベルで、企業による人材育成を含め、専門教育を経た労働者に対して対しては最低賃金より少なくとも7%高いレベルとしなければならない(2007年11月、政府発表)。

 なお外国企業の職員採用については別途に賃金の規定がある。この後者の賃金規定については、たとえば「ベトナム人通訳の最低賃金は300ドル」という内容である。この規定の存在の有無を疑問に思っていた。今回、カンボジアでベトナム投資に関する次の著書を購入した。Mekong LAW REPORT, Vietnam Legal & Investment Guide 2007 Edition, DFDL MEKONG.その規定も以下に列挙しておく。

 外国人契約者は次の職種に応じた最低賃金(月額・ドル)を支払う。
・上級エンジニア:1,000
・主要エンジニア:  700
・エンジニア: 500
・通訳者:  400
・技能者(テクニシャン): 350
・秘書: 250
・事務員: 200

 実際の日系企業は、これ以上を支払っている場合が多く、この規定はほとんど気にされないし、こういった賃金は労使双方で自由に決定できるという意見もある。他方、以前に外国駐在員事務所のベトナム人代表の最低賃金が500ドルというベトナム人弁護士の指摘を紹介した。以上の意味が私には依然として不可解である。

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