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2007年12月 8日 (土)

ベトナム共産党について私論(1)

 私は、ベトナム共産党について特に研究しているわけではないが、以下では私見を述べてみようと思う。それが、ベトナムビジネスにおけるカントリーリスクの評価にも関係するからである。

 ベトナム共産党は、ベトナム祖国の統一や独立のために多大の貢献をしたことは疑問の余地がない。それが党の権威の源泉にもなっているし、党に対する国民の信頼を寄せる根拠にもなっている。

 1975年以前の戦争を経験している世代がベトナム共産党を否定すると、それは自己否定にも通じるのではないか。父母兄弟や自分自身が経験した戦時の苦労や犠牲を有意義であったと考えるためには、ベトナム共産党が健全に発展しなければならない。そのことで過去の苦労や犠牲が価値あるものとなり、それが報われる。少なくとも心の平穏が維持できる。

 こういった父母に育てられた子どもも、そういった心情に共感する。儒教精神が健在なベトナムではなおさらだ。これが、大多数のベトナム国民の心情ではないかと想像される。さらに、ベトナム共産党を象徴する故ホーチミンの存在は依然として国民の中で大きい。これまでにホーチミンに対する悪口を私は聞いたことがない。

 もちろんベトナム共産党に対する批判も多々存在する。その一つは社会主義建設に向けた強引な路線の誤りから派生したものである。ただし、それは党自身が自己批判し、1986年の「ドイモイ政策」として修正された。またベトナム共産党も人間の集団であるから、それに伴う問題が常に発生する。権威主義や官僚主義である。さらに人間固有の欲望は汚職の温床となる。これらは人間の克服すべき普遍的な課題である。

 こういったベトナム共産党が政権を担当している。政権安定のために国民の期待に応えなければならない。さらに歴史上の栄光と権威を保持しなければならない。また共産党として将来の社会主義実現という目標から逃れることはできない。このような多重の制約条件の中でベトナム共産党は政策を主導している。これは、かなり困難な政策選択であると想像される。以下、続く。

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